保守党の党首選 有力候補者

イギリスが6月23日の欧州連合(EU)国民投票でEUを離脱することとなったことを受け、キャメロン首相が辞任した。そして後任の保守党党首を選ぶ選挙(保守党は下院の過半数をしめているため、事実上首相を選ぶこととなる)が始まった。

6月30日正午の立候補受付締め切り直前、最有力と見られていた前ロンドン市長のボリス・ジョンソン下院議員が、突然立候補しないことを発表した。そのため、党首選は、5人の立候補者のうち、テリーザ・メイ内相がリードし、それをエネルギー閣外相のアンドレア・レッドソムとマイケル・ゴブ法相が追うという形となっている。

保守党の党首選のルール

まず、保守党下院議員が立候補者を2人に絞り、その2人のいずれかを党員全体の選挙で選ぶ仕組みである。立候補者を2人に絞るため、まず7月5日に下院議員が第1回目の投票を行い、最も得票の少なかった候補者を除いて第2回目の投票を実施、さらに同じ要領で第3回目の投票を行い、2人に絞るということとなる。ただし、今回は、メイ内相が他の候補者を圧倒的にリードしていると伝えられ、第1回目の投票の結果によっては、他の候補者が辞退し、一挙に党員選挙に進む、もしくは、一挙に党首が決まる可能性がある。

有力候補者

テリーザ・メイ

最有力のメイ内相は、英国国教会の司祭の娘として生まれ、オックスフォード大学で地理学を学んだ。その後、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行に勤務、そして金融機関で働きながら、ロンドンのマートン区議会議員も務めた。59歳。1997年に下院議員に当選。保守党幹事長などの重職を経て、2010年に、内閣で最も重要なポストの一つ内務相に就任。

メイ内相は、これまで内相として6年間務めてきたが、リスク回避の傾向が強い。失点を防ぐため、細かな問題にまで気を配りすぎ、先だっても内務省第二事務次官に内務委員会での応答をさせず、内務委員会ともめ事を起こした(拙稿参照)。内務省は、移民やセキュリティの問題を担当しているが、比較的小さな問題で得点稼ぎのためメディアに登場する一方、キャメロン政権の大きな公約である移民の削減は達成できず、この問題がメディアで大きく扱われる場合には、担当閣外大臣の影に隠れてきた(拙稿参照)。党首選立候補の記者会見で、自分の首相としての能力を見るには、自分の業績を見てくれと発言したが、内相としての「遺産」にはそう目立つものはない。イギリスがEUのメンバーであることから、できることが限られている上、さらに欧州人権条約によってもできることが限られている。なお、メイは、2016年4月、イギリスは欧州人権条約から離脱すべきだと主張した。しかし、イギリスがEUから離脱することとなった後、党首選立候補にあたって欧州人権条約からの離脱は求めないとした。欧州人権条約からの離脱には保守党内にも反対があり、党首選に邪魔になるという判断があると思われる。また、EUとの関係については、単一市場との関係を最優先し、人の移動の自由については柔軟に対応することを示唆した。メイは保守党党首(そして首相)となるために細心の注意を払ってきた。手堅いが、臆病と思われるような点があり、リスクをできるだけ避けるイメージがある。

EU国民投票では、もともと離脱派ではないかと見られていたが、キャメロン首相やオズボーン財相とともに、残留派に留まった。残留派のキャンペーンでは意識的に目立つのを避け、その結果、自分が傷つくのを避けられた。党首となる最有力候補であったジョンソンが出馬を断念した後、離脱派と残留派の両派をまとめられ、難しいEUとの離脱交渉を行える人物として期待が集まっている。

アンドレア・レッドサム

ウォーリック大学で政治学を学んだ後、金融機関に務めた。一時、地方議会議員として働いたことがあるが、下院議員となったのは2010年。53歳。エネルギー省の閣外相であるが、EU国民投票のキャンペーンで離脱派として、討論で注目を浴びた。離脱派のリーダー、ボリス・ジョンソンが出馬せず、突然立候補した、マイケル・ゴブが振るわない中、レッドサムに離脱派の期待が集まっている。レッドサムは、金融業界で25年働き、多くの経験があると主張したが、その政治的な能力は未知数である。実際のところ、有権者が、例えば、銀行のトップが首相となるようなことを歓迎するか疑問がある。

国民投票のキャンペーンの論点の一つは、EUからの移民の自由を認めるかどうかであった。しかし、これは単一市場へのアクセスを求めるには必須の条件だと考えられている。しかし、レッドサムは、単一市場へのアクセスにこだわっておらず、移民の自由を認める考えはない。この立場は、次のマイケル・ゴブも同じである。

マイケル・ゴブ

スコットランドに生まれた。母親が育てられず、養親に育てられた。オックスフォード大学ではイングリッシュ(英語学)を学ぶ。有名なオックスフォード同盟の会長ともなった。卒業後、新聞ジャーナリストとして働き、後にタイムズ紙に移る。2005年に下院議員。48歳。キャメロン党首の側近となり、2010年には、キャメロン政権の教育大臣に就任。管轄するイングランドの初等、中等学校のアカデミー化などを教員らの反対を押し切って強力に進め、また、これらの学校の首席視察官に、アカデミー化で成功した校長を任命し、レベルアップを推進。後に、法相となり、そこでも刑務所の改革に着手するなど、改革マインドを持った人物。

EU国民投票では、ジョンソンとともに離脱派をリードしたが、離脱側が勝った後、ジョンソンの党首選挙を応援する予定になっていたにもかかわらず、ジョンソンの首相としての能力に疑問を持ち、ジョンソンの立候補発表直前に自ら立候補することを発表した。それまで自分はカリスマがなく、首相にふさわしくない、なりたくないと繰り返し明言していたにもかかわらず、立候補したのである。ジョンソンは、ゴブの「裏切り」で出馬を断念した。

ただし、翌日の7月1日、ゴブをどう思うかきかれたジョンソンは、考えた上で「成功を祈る」と答えた。ジョンソンは100の役職(首相の任命できる政府のポスト)を300人(保守党下院議員330人)に約束していると批判した保守党下院議員がいるが、空手形をかなり切っていた可能性がある。6月29日に誤って送られたとされるゴブの妻のEメールでは、ジョンソン政権で最も重要な役割を担うと見られていたゴブにポストを約束するのを拒否していたようだ。重要な役職は、他の誰かに約束してしまっていた可能性がある。もしそうなら、ゴブがおとなしくしていることはできなかっただろう。

ゴブは、恐らく、今回の立候補者の中では、知的能力が最も高く、大臣としての実績が最もある人物だろう。7月1日に所信を発表したが、この機会にイギリスを改革すべきだと明言した。EU側との交渉を進めるには適任だろうが、その出馬の経緯から「裏切り者」としてのラベルが貼られ、支持者獲得に苦労している。

テリーザ・メイ 次期保守党党首・首相へ

6月23日に行われた国民投票でイギリスが欧州連合(EU)を離脱することになったことを受け、残留派のキャメロン首相が辞任を表明した。後任の首相となる次期保守党党首選挙の立候補受け付けは6月30日正午に締め切られたが、正午間近になって、これまで最有力候補と見なされていた前ロンドン市長のボリス・ジョンソン下院議員が、党首選に立候補しないことを発表した。5人の下院議員が立候補を表明したが、そのうち現内相のテリーザ・メイが最有力となっているEU国民投票前にメイ内相の次期首相の可能性について触れた拙稿)。

2010年から6年間、非常に運営の難しいと言われる内務省を内相として手堅く務めてきた手腕は、イギリスのEUからの離脱という難しい仕事を成し遂げるには最もふさわしい人物のように思える。メイは「氷の女王」と呼ばれるほど冷たい印象を与える人物であるが、詳細な点にも気を配ると言われる。子供がいないが、その仕事に対する熱意は、かつての女性首相マーガレット・サッチャーと比較されるほどである。タイプ1型の糖尿病で、インシュリン注射が必要であるが、それはその仕事遂行の上で大きな支障にはならないとされる。

ジョンソンが立候補を取りやめた理由は、今後明らかになると思われる。それでもジョンソンが当選の可能性が乏しいと判断したことは、明らかである。その最大の原因は、離脱派の盟友であったマイケル・ゴブ法相が当日突如立候補を表明したことである。ゴブ法相は、ともに離脱派のキャンペーンを率いてきた上、国民投票でイギリスのEU離脱が決まった後、ジョンソンの家で今後の戦略を練るなど一緒に行動してきた。前夜8時頃、ゴブの秘書が、ある保守党下院議員にテキストメッセージを送り、ジョンソンの党首選正式表明の会場に出席するよう要請したと言われるが、それ以降、一晩で状況が一変したようである。前夜、ゴブの妻セーラ・バインの、ジョンソンが信頼できないのでよっぽど注意しなければならないとゴブにアドバイスしたEメールが誤って第三者に送られ、それがメディアで大きく取り上げられる事件があった。

ゴブは、その変心をジョンソンに伝えず、ゴブ出馬の話を朝聞いたジョンソンが驚いたと言われる。ゴブの変心の原因は、何らかの情報、もしくはアドバイスを受けて、ジョンソンでは勝てないと判断したことにあるように思われる。その時点では、勝ち馬となれないだろうジョンソンとの関係を断つには、自分が出馬することが最善であると考えたのではないか?

ジョンソンは、離脱派の顔として離脱派の勝利に大きな影響を与えた。しかし、ジョンソンは、自分の野心のためにその立場を残留派から離脱派に突然変えたのではないかと見られた(拙稿参照)。また、国民投票キャンペーンの過程で多くの敵を作り、開票後、離脱が決まった朝には、ジョンソンの家の前で「嘘つき」などと叫ぶグループが出現した。また、保守党の下院議員の中にも、反ジョンソン派が増え、ジョンソンが首相となるのを防ぎたいとする下院議員が増えていた。

ジョンソンは6月26日にテレグラフ紙に寄稿して、自らの離脱についての考えを明らかにしたが、その内容には大きな疑問が残った。基本的に、離脱後もイギリスはこれまでの権利を享受し、自由貿易を維持するが、EUの規制から解き放たれ、移民は制限するというのである。次の首相となろうというような人物がこのようないいとこ取りの話を真剣に考えているとは信じられない思いがした。

一方、ゴブは「ブルータス、お前もか」というセリフのように「マイケル、お前もか」と揶揄された。つまり、裏切り者扱いされ始めている。そのため、ゴブが保守党党首、そして首相となる可能性はそう大きくなく、メイ内相で集約されていく方向に向かうと思われる。

保守党の内乱のもたらすもの

欧州連合(EU)にイギリスが残留するか離脱するかを決める、6月23日のEU国民投票まで4週間足らず。保守党は、残留派、離脱派で分裂しており、キャンペーンが過熱している。いずれの側も誤解を与えるような主張や誇張が多いと批判され、一種の泥仕合の様相を呈している。

これを見たギリシャの前財相(極左のエコノミスト)が、このEU国民投票は、EU初めてのもので非常に大切なものだが、それが一政党の党内対立で埋没していると批判した。この批判は当たっているように思われる。

ただし、この保守党の党内対立で漁夫の利を得ているのが、テリーザ・メイ内相と労働党のコービン党首のように思われる。まず、ここでは、メイ内相を見てみたい。

女性のメイ内相は、キャメロン首相の後の保守党党首・首相の座を狙っているが、このEU国民投票をめぐる保守党の分裂で、メイ内相の株が大きく上がる可能性がある。

2015年総選挙の前、キャメロン首相が、その次の総選挙では保守党を率いないと発言した。そのため2020年に予定される次期総選挙前の2019年ごろに党首選が行われると見られている。

しかし、国民投票の結果、もしEU離脱ということになれば、残留派のキャメロン首相が退陣するのは確実で、もし残留という結果でも、この国民投票のキャンペーンで大きく分裂した保守党をまとめていくのは容易ではなく、また、キャメロン首相の早期退陣を求める声が強まり、次期党首選が早期に行われる可能性がある。

キャメロン首相は、次期党首に盟友のオズボーン財相を推すが、キャメロン首相が早期退陣に追い込まれると、オズボーン財相の可能性が乏しくなる。一方、離脱派の旗頭の1人となったボリス・ジョンソン下院議員は、もしEU離脱ということになれば、次期党首の座が近づいてくるだろう。もし残留となっても、その差が少なければ、離脱派の多い保守党党員の支持を受けて党首となる可能性があろう。

また、残留が離脱に大差をつけた場合、オズボーンが有利となるが、オズボーン党首ではこのキャンペーンでできたしこりで保守党がまとまりづらい状況が生まれる可能性がある。

キャメロン首相は、自分の跡をつげるのは、オズボーン、ジョンソン、メイだと言ったと伝えられる。メイ内相は、難しい問題が多く、大臣の墓場と言われる内務省の大臣を記録的な6年間務めてきている。その手堅さは有名だ。キャメロン首相やオズボーン財相の推す残留派の立場を取りながらも、この問題であまり目立った活動をしていない。一方、内務省の管轄である警察などに関しては、警官の会に出席して、予想以上に警察の問題を鋭く批判するなど自分の存在を印象づける機会を慎重に選んでいる。

メイ内相は、2014年に保守党員らのインターネットサイト、コンサーバティブホームの大会で、自分の省管轄以外の問題にも触れた演説をし、党首選出馬準備だと批判されたことがある。そのため、かなり慎重に振る舞っている点はあるだろう。

いずれにしても、オズボーンとジョンソンの死闘の中、いずれもが党首となることができず、メイ内相が妥協的候補者として保守党の次期党首・首相となる可能性が高まっているのではないかと思われる。

キャメロンが弱まり変化したイギリスの政治環境

タックスヘイブンであるパナマの法律事務所から漏えいした1100万以上の書類の中に、キャメロン首相の亡き父の設立したファンドの書類が含まれていた。キャメロン首相はこれに関連する株式を首相になる前に処分しており、キャメロンがこれから受けた利益はかなり限られている。しかし、これがイギリスの政治に与えている影響を4月13日の「首相への質問時間」で感じられた。

「パナマ書類」に関連した報道で、キャメロン首相への有権者の評価が大きく下がり、労働党のコービン党首を下回る結果となっている。キャメロン政権は、3月のオズボーン財相の予算発表以来、悪いニュースが続いている。この予算発表では、障碍者手当を削減しながら、中高所得者に減税し、その結果、イアン・ダンカン=スミス労働年金相が、オズボーン財相とキャメロン政権を批判して辞任した。慌てたキャメロン首相らは、障碍者手当削減を中止したが、有権者に「上流階級」とのイメージのあるキャメロン首相やオズボーン財相は、金持ち重視だという印象を与えた。「パナマ書類」関係の問題は、その印象を深める結果となった。キャメロン首相をはじめ、トップ政治家たちが、それぞれの納税申告を公表し、いかがわしい収入はないと証明することとなった。キャメロン首相は「金持ち」とは言えないようなものであった。

キャメロン政権は、タタ製鉄のウェールズの製鉄所の売却問題で対応が遅れ、大きな批判を受けた。また人々の日々の医療・健康を担当する国民健康サービス(NHS)では、若手医師の待遇問題で、厚生相と医師会が対立し、若手医師たちがストライキを継続する事態に陥っているなどの問題があり、政権運営に対する評価が下がっている。

この中、文化相が性業界関係者とかつて関係があったことが表面化した。メディアの中には、この関係を把握していたものがあったが、これまで報道されていなかった。文化相が昨年任命された時、そのことをキャメロン首相に報告していなかったが、政権のこれ以上の混乱を避けたいキャメロン首相は不問に付した。

イギリスが欧州連合(EU)に残留するか離脱するかを問う6月23日のEU国民投票まで2か月余りだが、残留派、離脱派いずれの活動も活発化する中、キャメロン首相らは残留票を増やすため努力しており、残留派の労働党のさらなる支援が不可欠となっている。

「首相への質問」では、キャメロン首相は、いつものようなコービン労働党党首を見下したような言動ははるかに少なかった。コービンは、「パナマ書類」関係やイギリス関連のタックスヘイブン、国税局(HMRC)の体制に絞った質問をしたが、このような「金持ちの税回避策」に関連する問題は、コービンの強い分野であり、コービンは、いつになく自信が感じられる質問を行った。

現在の状況を受けて、キャメロン政権は、政権が「金持ち優遇」ではなく、また「税回避対策」に力を入れているということを継続的に示していく必要が出てきている。オズボーン財相は財政削減に力を入れており、その柱の一つに、急激に増大する福祉予算の削減を考えているが、それがかなり難しくなってきている。

EU国民投票で残留派が勝利しても、残留・離脱で二分する保守党内の混乱を、それ以降も抱えていく必要のあるキャメロン首相の政権運営は容易ではない。有権者の評価が下がり、求心力が弱まっているキャメロン首相の前途には難しいものがある。

イギリス政治2015年から2016年へ

2015年の政治は、5月の総選挙を中心に展開した。もちろん、政治は、過去からの継続であり、これまでの出来事に大きな影響を受ける。特に以下のものは重要だ。

  • 2010年総選挙後、保守党と自民党の連立政権成立と自民党支持の急落
  • イギリス独立党(UKIP)への支持の急伸
  • 2014年9月のスコットランド独立住民投票とスコットランド国民党(SNP)への支持の急伸
  1. 自民党支持の急落
    自民党は、2010年総選挙後、支持が急落した。2010年5月の総選挙の得票率は23%、そして総選挙直後20%余りの支持があったが、同年8月には10%台前半、そしてその4か月後の12月に一桁となる。その年10月、総選挙後に発表されることになっていたブラウン報告で、大学学費の大幅アップが提案された。それまでの年額3千ポンド(54万円:£1=180円)ほどから、一挙にその3倍の上限9千ポンド(162万円)とする案は、その年12月に両院の議決を経て、法制化。結局、保守党との連立に応じ、大学学費値上げ絶対反対を唱えていた自民党の支持率はそれ以降回復せず、2015年総選挙で惨敗した。そして、現在も低迷している。
  2. UKIP支持の急伸
    UKIPへの支持は、2013年からコンスタントに二ケタとなる。この支持率は、国政選挙の総選挙への投票支持動向であり、2014年5月に欧州議会議員選挙イギリス選挙区でトップとなるUKIPへの支持率とは異なる。2014年後半には、保守党から離脱した2人の下院議員が、UKIPに加入し、選挙区有権者の信を問うとして下院議員を辞職、それぞれ補欠選挙に立ち、いずれもUKIPの下院議員として当選した。しかし、2015年総選挙では、得票率12.6%だったが、このうち一人が当選しただけで、UKIP党首はじめ、全員落選。これはイギリスの小選挙区制度に基づくものであり、もしこれが比例代表制だったら82議席獲得していたはずと言われる。
  3. SNP支持の急伸
    スコットランド独立を標榜するSNPには、2011年スコットランド議会議員選挙で全129議席の過半数を占めた実績があった。しかし、2014年9月のスコットランド独立住民投票では、独立反対が賛成に大きな差をつけるという見方が強く、独立住民投票の実施で、SNPがその勢力を弱めるという観測があった。ところが、この住民投票の直前、独立支持派が急伸。結果は、独立反対55%、賛成45%で、独立は否定されたが、この住民投票後、SNPへの入党が急増し、それまでの2万5千余りから10万人を超え、4倍以上の増加。このSNPの党勢強化を背景に総選挙に臨んだ。

この3つの要素が、保守党、労働党の動きなどと絡み合い、2015年総選挙の行方を左右した。保守党と労働党が互角の勢いと見た人が多かった。保守党は、その経済・財政政策に力を入れ、その実績の強みを強調し、コンスタントなメッセージを有権者に送ったのに対し、労働党は、福祉、経済・財政、NHSなど、バラバラなメッセージを出すこととなった。さらに保守党は、キャメロン首相への有権者の評価が、ミリバンド労働党党首よりもはるかに高いことを強調した。

選挙戦では、保守党を含め、いずれの政党も過半数が獲得できずないハング・パーラメントとなると予想され、連立を組むことになると予想された。その中、SNPがスコットランドを席巻する勢いとなっていることを受け、労働党とSNPが連立を組む可能性が高いことが指摘された。その中、保守党が強調したのは、以下の点である。

労働党が政権を獲得するためには、SNPが必要、しかし、SNPはイギリスを壊そうとする政党であり、SNPに支えられた、リーダーシップが乏しく、弱いミリバンド政権は危険、一方、保守党は、右のUKIPに票を奪われており、苦しんでいる。このメッセージを、そのターゲットとした、前回の勝者と次点の差の小さなマージナル選挙区で強力に浸透させようとした。

その影響を直接受けたのが、自民党である。低い全国的な支持率にもかかわらず、自民党が優位と思われた選挙区、特にイングランド東南部などでは、自民党が議席を失い、20数議席は獲得できるとの予想が、一桁の8議席と、2010年総選挙の53議席から大幅に後退した。

労働党は、UKIPにもイングランドの北部などで大きく票を奪われた。イングランドでは、マージナルの選挙区で予想以上に敗れ、前回2010年の191議席から206議席へと若干議席数を伸ばしたものの、スコットランドに割り当てられた59議席のうち、前回の43議席からわずかに1議席となった。SNPに56議席を奪われる大敗北を喫し、その結果、労働党は、2010年の256議席から232議席へと大きく議席を減らす結果となった。

労働党は、歴史的な大敗を喫したという見方があるが、事実上、労働党はスコットランドで負けたのである。

総選挙後の政治

2015年総選挙では、過半数をやや上回り、他の政党の合計議席数を幾つ上回るかを示す「マジョリティ」が12となった保守党の単独政権となり、保守党関係者も含め、大方の予想を裏切る結果となった。そのため、総選挙後の政治は、保守党が総選挙で約束したことを実行するのに手こずる形となっている。その最も顕著なものは、低所得者の所得を補助するタックス・クレジットと呼ばれる制度である。財政赤字を減らすための財政削減で、福祉手当を大幅に削減する必要があり、その標的となっていたのがこのタックス・クレジットの大幅削減であった。オズボーン財相は、何とか実施しようとしたが、結局、低所得者の収入が大きく減るなどの理由で、上院の賛成も得られず、少なくとも当面、実施しないこととなった。

さらに、キャメロン首相が、総選挙後、首相の職に留まれば、2017年末までに実施すると約束した、欧州連合(EU)に留まるかどうかの国民投票がある。この問題で、キャメロン首相は、他のEU加盟国との交渉に懸命だ。

一方、野党第一党の労働党では、総選挙結果を受けて、エド・ミリバンドが党首を辞任した。その後任の党首には、当初全く勝ち目がないと思われた、労働党の中で最も左翼と見なされるジェレミー・コービンが、党首選有権者から圧倒的な支持を受けて選ばれた。それ以来、労働党内は、揺れている。党所属下院議員の支持をほとんど受けなかった新党首と、それ以外の下院議員の関係が落ち着くには今しばらく時間がかかりそうだ。

2010年総選挙で大きな役割を果たした主要3党のうち、自民党が大きく後退し、小政党が大きく躍進した。保守党と労働党の2党は、1945年総選挙で97%の得票をしたが、2015年には、それが67%。それでも、小選挙区制をとるイギリスでは、保守党が過半数を制し、2大政党制が保たれた形となった。なお、保守党、労働党に自民党を加えた3党では、2010年総選挙で88%(2大政党では65%)の得票率、2015年総選挙では、それが75%となった

2016年の政治

2016年の政治環境は、これらを反映したものとなる。イギリスは、4つの地域、イングランド、スコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドを併せた連合王国だが、それぞれの地域でトップの政党が異なる。イングランドでは、保守党、スコットランドでは、SNP、ウェールズでは労働党、そして北アイルランドでは、地域政党の民主統一党(DUP)であり、それぞれの地域の利害は一致していない。その中、保守党と労働党の2大政党が総選挙で投票の3分の2しか獲得できず、このうちのいずれかが3分の1をやや上回る得票で政権に就く形である。なお、投票率は2015年総選挙では66%で、有権者の3分の1が投票していない。つまり、現在のキャメロン保守党は、かなりぜい弱な政権基盤を持つといえる。その中で大きなカギは、2016年中に行われると見られているEU国民投票の結果と、2015年9月に労働党党首に選ばれたコービンがどの程度国民の支持を集められるかである。コービンの場合、2016年5月5日に行われる、地方選挙並びに分権議会選挙の結果がその目安となるだろう。いずれにしても、2016年末までには、2020年に予定される次期総選挙の基本的な構図がはっきりとしてくるように思われる。

保守党の「SNPに支えられた労働党」警告

5月7日の総選挙の結果が、いずれの政党も過半数を占めることのないハングパーリメント(宙づりの国会)となると見られている中、30から50議席を獲得し、下院で、保守党と労働党に次ぐ勢力を持つこととなると予測されているスコットランド国民党(SNP)の動向が注目されている。

SNPは、労働党との連立政権は否定しながらも、保守党政権を阻むために、労働党に支持協力する意向を繰り返している。つまり、SNPが過半数を確保できない労働党政権を支えれば、保守党政権は生まれないが、その代わりに、SNPは強い立場となり、労働党政権の政策に影響を与えると言うのである。

これに対し、保守党は、イギリスからスコットランドを分離独立させようとするSNPに支えられた労働党政権は危険だ、SNPに牛耳られるとして、キャメロン首相、それにメージャー元首相も、強く警告している。保守党ならばSNPに牛耳られないと言うのである。

これには、2つの狙いがあるようだ。まだ態度を決めていない有権者、特にイングランドの有権者と、UKIP支持者の反スコットランド感情を高めさせ、その結果、保守党に投票させようという作戦である。一方、スコットランドでは、SNPの中央政権での影響力に期待する有権者と、イングランドでの反スコットランド感情に憤ったスコットランド有権者からSNPにさらに支持が集まり、労働党がさらに議席を失うという具合である。

前者に関しては、YouGovの世論調査によると、労働党とSNPが何らかの提携をしそうだが、これは悪いことで、保守党政権の方がよいと考えているが、まだ保守党に投票するとは決めていない人が有権者の8%いるという。つまり、保守党の選挙戦略上の狙いはよいと言えるだろう。

しかし、保守党の中にもこの作戦は、スコットランド住民とイングランド住民の溝を広げ、危険だと指摘する声もある。

ただし、この保守党の作戦には、一つ欠陥があるように思える。例え、保守党がイングランドで、若干の議席を増やしたとしても、スコットランドでは、党派を超えて、スコットランドの反独立派の人たちが、SNPの候補者を破る可能性のある候補者に、こぞって投票する可能性を高めるように思える。

さて、前回の2010年のスコットランドでの総選挙結果は以下のとおりであった。スコットランドの議席59議席のうち、2010年の総選挙では、労働党が41議席を獲得し、SNPは6議席であった。しかし、今回は、数多くの世論調査によると様相が一変している。

スコットランドのストラスクライド大学のジョン・カーティス教授は、大手の世論調査会社がすべて参加しているイギリス世論調査協議会の会長も務める、世論調査の専門家だが、4月20日現在の世論調査の平均は以下のとおりだとする。なお、まだどの党に投票するか決めていない有権者は除かれている。

2010年得票率(%)

世論調査2015年4月20日現在(%)

2010年議席数

現在の世論調査による2015年議席予想

SNP

20

49

6

54

労働党

42

26

41

4

自由民主党

19

4

11

1

保守党

17

15

1

0

SNP以外の政党の支持者は、SNPに対抗して、議席を獲得する可能性のある他の政党に投票する可能性が高い。これは、タクティカル・ボーティング(戦術的に投票すること)と呼ばれ、最近の世論調査でも裏付けられている。それは、そう簡単にはいかないとカーティス教授は言う。ただ、かなりタクティカル・ボーティングが行われても、労働党が大幅に議席を減らすことは間違いない。

保守党は、過半数が取れなくとも、最大議席を獲得することを目指している。最も有権者の支持を集めた政党として、正当性が高まり、政権交渉を最初にする権利が生まれると考えているためだ。自民党は、この最大議席の政党の問題に敏感だ。自民党は、ハングパーリメントとなった場合、最大政党がまず、政権設立の試みをした上で、もしまとまらなければ、第2位の政党に機会が与えられるべきだと考えている。自民党としては、連立政権参加、もしくは、閣外協力をする場合には、最大政党と連携する方が正当性の観点からは都合がよい。

そのため、保守党が最大政党となれば、話し合いを有利に進めることができる。そのため、労働党がスコットランドで議席を減らせば減らすほど保守党には都合がよい。それがキャメロン首相、メージャー元首相の行動の裏にある。

SNPの前党首が、労働党政権となれば、自分が予算を書くと冗談を言ったと報道され、その結果、既にSNPとの連立を否定している労働党のミリバンド党首は、SNPとの協定はないと言明した。しかし、保守党の「SNPに支えられた労働党」への攻撃はまだ続く。勢いづいている労働党に対抗するには、これはほとんど最後の手段とも言えるからだ。総選挙の結果にどのような影響を与えるか注目される。

新聞のミリバンド攻撃

今回の総選挙では、いくつかの新聞が露骨な偏向報道を行っている。そのため、それぞれの新聞の論調傾向を踏まえて、記事を読む必要があるように思われる。特に労働党の党首ミリバンドへの個人攻撃は過剰と言える。

イギリスの新聞には、支持政党がはっきりしているものがいくつもある。2005年と2010年の総選挙では、支持動向は以下のとおりだった。

新聞 2010年支持政党 2005年支持政党
タイムズ 保守党 労働党
ガーディアン 自民党 労働党
テレグラフ 保守党 保守党
ファイナンシャルタイムズ 保守党 労働党
インデペンデント 保守党 自民党
メール 保守党 保守党
エキスプレス 保守党 保守党
ミラー 労働党 労働党
サン 保守党 労働党

(この表で挙げた新聞紙の多くには日曜の姉妹紙があるが、それらの政党支持動向も同一である。)

これを見ればわかるように、ブレア労働党時代(1997年から2007年)には、新聞王ルパート・マードック氏のニューズ・コープ傘下の新聞、タイムズとサンは労働党を支持した。しかし、2010年には、保守党支持に転換した。なお、ブラウン労働党政権政党だった2010年には、労働党を支持したのはミラー紙のみである。

2005年と2010年に保守党を支持したのは、保守党の別名トーリーをつけた「トーリーグラフ」と揶揄して呼ばれるテレグラフ、それにメールとエキスプレスだった。このうち、今回の総選挙では、エキスプレスの社主がイギリス独立党(UKIP)に130万ポンド(2億3400万円:£1=180円)の献金をしており、UKIP支持となった。

今回の総選挙では、メールとサンの労働党党首ミリバンドへの個人攻撃は徹底している。メールは、かつて、ミリバンドの父(マルクス主義学者:故人)を、イギリスを嫌ったと攻撃し、反駁したミリバンドが涙ぐむシーンもあったほどだった。サンは、最近、その記者が労働党の記者会見などから締め出されたと紙面で公表した。

ガーディアン紙は、これらの新聞のミリバンド攻撃は、単にその政党支持だけではなく、プレス規制の問題が絡んでいると指摘する。主要政党の中でプレス規制に最も強硬な立場をとっているのは労働党であり、ミリバンドは、新聞の電話盗聴問題に関連した、レヴィソン判事を委員長とする公聴会で、プレスに対する規制が手ぬるすぎる、また、メディアに対する一部企業の影響力が大きすぎると批判した。そして、一企業のメディア所有を制限する意向を表明した。

レヴィソン答申を受け、主要政党の保守党、労働党、自民党は、勅許によるプレス規制制度を設けたが、新聞大手らは、この制度は、報道の自由を妨げる恐れがあるとして、自分たちで自主規制組織を立ち上げ、勅許による制度には入らない立場を明確にしている。そして、右寄りの新聞大手が、労働党の立場を嫌い、そのような政権が生まれるのを何としてでも阻止したいと考えているとガーディアン紙は指摘する。

労働党のマニフェストでは、メディアについて労働党の立場を再確認している(68ページ)。ここでは、メディアの支配の寡占を防ぐ手段を取り、しかもプレス規制については、勅許制度の下で、レヴィソンの勧告を実施するとしている。メディアの寡占の問題の標的は、タイムズ紙とサン紙、さらに衛星放送のSkyBの大株主であるマードック氏のニューズ・コープと見られている。

もともと、このような立場を取ったミリバンドは、非常に勇気があったといえるだろうが、ここまでの攻撃があるとは予想していなかったかもしれない。しかし、投票日までの3週間足らずの間、これらのメディアからのミリバンドと労働党への攻撃が、さらに強まる可能性がある。

キャメロンの苦悩

保守党のもともとの選挙戦略は、投票日が近づくに従い、支持率で労働党に追いつき、逆転し、その差を拡大していくというものだった。つまり、有権者は、経済財政政策で弱い労働党を信頼できず、しかも「首相らしくない」ミリバンド労働党党首に投票できないと判断し、保守党に支持が帰ってくるとの計算であった。

このシナリオは、多くの政治コメンテーターも描いており、また、イギリスの賭け屋もそうだった。そのため、保守党は、これらの労働党の「弱み」を強調することに重点をおいた選挙運動を展開してきた。

ところが、実際に起きたことはこのシナリオどおりではなかった。保守党は、支持率で労働党に追いつき、少しリードし始めたものの、労働党の大学学費値下げや非定住外国人の税優遇取扱い廃止などの政策、さらに「テレビ討論」で、ミリバンドの評価が次第に上がり、再び、労働党に少し差をつけられ始めた。

それに慌てた保守党は、ミリバンドへの個人攻撃を強めるとともに、人気取りのために、国民保健サービスNHSへの予算に80億ポンド(1兆4400億円:£1=180円)追加、さらには、公共住宅の住民購入権の拡大など、予算の裏付けに乏しい、疑問のある政策を打ち出し、また、かつて人気のあった政策、すなわち、相続税がかかり始める額を、住宅の場合100万ポンド(1億8千万円)まで拡大する公約も出した。

しかし、これらの支持拡大を狙った政策は、有権者から予期した反応が得られておらず、不発に終わっているばかりではなく、逆に保守党の経済財政運営能力に疑問を投げかけることとなっている。

一方、保守党のマニフェストの主要な政策である、欧州連合(EU)のメンバーシップに関する国民投票を2017年末までに実施することは、大きな頭痛の種になっているように思われる。キャメロン首相は、イギリスのEUとの関係を見直し、その関係を再交渉し、イギリスに有利な状況を作った上で、EUに留まるかどうかの国民投票をすることとしていた。ところが、EUの欧州委員会委員長周辺や他の加盟国から、そのような交渉は、現欧州委員会委員長の任期の終わる2019年11月までないという話が伝わった。フランスなどは、かつて条約批准のための国民投票で敗れた過去があり、EUの加盟国との関係を見直すことに消極的だ。

これは、キャメロン首相にはかなり悪いニュースである。それでも、交渉し、一定の成果を得られるとする見方もあるが、実質的な交渉ができないまま、もし国民投票が行われるようなら、イギリスのEU脱退の可能性が大きく高まることになりかねないからである。

労働党のミリバンド党首が、「テレビ討論」など、メディアに頻繁に登場し、その評価が上がる中、キャメロン首相は、決め手となるはずの政策が不発で、しかも次から次に出てくる問題に対処しながら、接戦の選挙を戦うのは容易なことではない。

さらに輪をかけているのは、キャメロン政権の経済財政運営の成果と誇る、経済成長の結果、雇用が大きく増え、失業率が大きく下がり、しかも所得が上昇しているのに、それが保守党支持につながっていないように見える点だ。キャメロン首相の苦悩は続く。

 

保守党マニフェストの目玉:住宅組合の住宅購入権

保守党のマニフェストの発表で、キャメロン首相は、労働党のお株を奪うかのように、保守党を「働く人の党」と主張した。ミリバンド労働党党首への個人攻撃はなく、有権者に前向きなメッセージを送ることを狙ったものだった。

その目玉は、低中所得層をターゲットにした住宅政策である。住宅組合(Housing Association)の住宅に住む人たちに、その住宅を購入できるようにすると約束した。これは、かつて保守党が大きな成功を収めた政策の焼き直しで、相続税の削減政策とともに、かつて一定の効果のあった政策である。この住宅政策には、特に、前回総選挙で次点との差の少ない選挙区のイギリス独立党UKIPの支持者を保守党支持へ向けるという選挙上の戦略があるが、保守党のアイデアが枯渇していることのあらわれとも言える。

このもともとの政策は、マーガレット・サッチャーのもので、サッチャーが保守党党首として、1979年の総選挙で勝利を収め、首相となったが、その際のマニフェストに「不動産所有デモクラシー」として、公営住宅を借りている人に、その住宅を買う権利を与えるとしたものだ。

そして、そのマニフェストで謳っていた通り、1980年から住民が住んでいる公営住宅を割引価格で買えるようにしたのである。この政策は、非常に人気があり、1983年の次の総選挙までに50万軒の公営住宅が買われた。また、この政策で、150万軒の公営住宅が購入されることとなる。

イギリスでは、不動産を所有することは、中流の象徴であり、その結果、その人たちの多くは、保守党を支持することとなり、この政策は、保守党支持の強化に役立った。一方、労働党はこの政策を嫌った。利用できる公営住宅の数が減ることとなり、しかも保守党の勢力拡大の道具という意識があったためだ。そのため、1997年からの労働党政権では、割引率を徐々に下げた。ところが、キャメロン政権では、その割引率を大幅に拡大し、現在では、最大限70%の割引が適用されることとなっている。

今回の保守党のマニフェストでの公約は、この方式をイングランドの住宅組合の家にも、公営住宅と同様、住民が買える仕組みを導入するというものである。住宅組合は、民間の組織であるが、公共的な役割を果たしており、公費を受け取っているが、これまで大半の住宅には購入制度はなかった。しかし、もし、保守党が総選挙後に政権を担当することとなれば、この制度を利用できる世帯は130万ある。

保守党は、この政策を、低中所得層への明るい材料とし、特にこの層に多い、UKIP支持を保守党支持へと向ける狙いがあった。

しかしながら、この政策には少なからぬ批判がある。まず、この政策の実施に必要なお金の調達方法である。それぞれの地方自治体の公営住宅のうち、最も価値のあるトップの3分の1の公営住宅が空いた場合、それを販売した収益を充てることにしている。この収益から、その住宅の割引額、そして、汚染されているなどの理由で使えない、もしくは使っていない用地を使えるようにする費用、さらに、売った住宅の代替住宅を建設する費用に充てられることになっており、その金額は年に45億ポンド(8100億円:£1=180円)が期待されており、政府の追加の財源は必要ないことになっている。

ただし、これが計画通りにいくかどうかには疑問がある上、売った後、その代替の住宅を建設したとしても、それまでにはかなりの時間がかかり、ただでさえ、住宅の供給が大幅に遅れている状態をさらに悪化させる可能性が高い。

労働党は、この計画は、お金の裏付けがないと批判している。サッチャー政権時代、特にその初期に大きなインパクトがあったが、その効果が、今回もあるかには疑問がある。保守党のマニフェストの目玉のうちの一つで、保守党支持新聞が特に大きく第一面で報じたが、これで保守党支持への大きな原動力となるだろうか?

保守党のマニフェスト発表は、インパクトを欠き、恐らく、このまま労働党との支持獲得競争が膠着したまま、投票日を迎えるのではないかと思われる。

保守党選挙戦略の転換

総選挙投票日まであと3週間余りとなった。4月13日に始まる週には、保守党と労働党のマニフェストも発表される。いずれの党もしっかりとした総選挙キャンペーン計画に基づいて行動していると思われたが、ここ最近大幅な手直しが行われているようだ。

この中でも注目すべきは、保守党の転換だ。保守党は、これまで、この5年間の実績をもとに、キャメロン首相の高い評価を売り物にした選挙戦略を立てていた。確かに5年間の政権で、財政赤字を半分にし、経済は、先進国G7で1、2位を争う成長ぶりを示している。これを有権者は評価し、世論調査で、経済財政運営能力では、労働党に大きな差をつけている。

しかしながら、この過去の業績に頼ろうとする姿勢が、保守党に大きな問題を起こしている。つまり、次期政権のイメージがはっきりと出てきていない。これには、財政赤字削減に力を入れ過ぎている点があるように思われる。つまり、財政削減で、新しい分野に予算をつぎ込む意欲が減退しているように見える点だ。

2010年総選挙では、保守党は、その選挙キャンペーンの中心に「ビッグソサエティ」を打ち出した。市民が、それぞれの地域社会に、より大きな責任と権限を持つというアイデアだった。これは、当時、「ビッグソサエティと小さな政府」というスローガンにも使われた。キャメロン政権が発足して、当初、ビッグソサエティが積極的に進められたが、財政削減などでチャリティの予算が減り、順調に進まず、政府の責任者は辞任し、運動そのものが停滞してしまった。これに懲りたためか、今回の総選挙では前向きの発想が乏しくなっている。

一方、財政研究所IFSが、それぞれの政党の政策の予算的な裏付けを細かく分析していることは、政党にとってかなりの重荷となっている。保守党は、2016と17年度の300億ポンド(5兆4千億円:£1=180円)の財政削減計画で、例えば、福祉予算でどの分野の削減をするか明らかにしていない。また、独立機関の予算責任局は、オズボーン財相が徴税回避策などへの取り締まり強化で生み出せるとしている額に疑問を呈した。既に、保守党のオズボーン財相が、3月の予算発表で、大幅な財政削減を打ち出しているのに、その削減がどの分野で行われるか、明らかになっていない部分が多いのである。もちろん、選挙結果にマイナスの影響を与えるような税などの変更は、この段階ではなるべく触れずにおきたいという考えがある。

例えば、保守党の相続税の緩和政策で、夫婦の控除額を合わせれば、100万ポンド(1億8千万円)までの家には、相続税がかからないようにすると発表したが、その税収減で生まれる10億ポンド(1800億円)の財政への穴は、年収15万ポンド(2700万円)以上の高額所得者の年金拠出金への控除額を大幅に減らすことで生み出すとした。このような政策は、選挙前にはなるべく発表したくないが、財源を明らかにするためには、やむをえないということになる。なるべく、選挙への悪影響が少なく、一般の有権者にアピールできるようなものを発表したいという考えはわかるが、この穴埋め策をIFSは批判している。

このような財源作り策は、他にも数多くあると思われるが、選挙前には、なるべく触れるのを避けたいがために、新しいものを打ち出せる余地が、極めて小さくなっている。有権者の最大の関心事である国民保健サービスNHSを守るために、80億ポンド(1兆4400億円)追加して支出するという約束も、その財源がはっきりとしていない。もともとNHSに関して、有権者の保守党への信頼は乏しいが、有権者は、この約束には懐疑的だ。

次に、キャメロン首相の高い評価と、ミリバンド労働党党首の低い評価を、選挙戦略の中心に据えた考え方だ。

イギリスの有権者は、総選挙で、どの党に投票するかを決めるのに、党首、政党のイメージ、そしてマニフェストの3つを考えると言われ、どの党首がイギリスの首相にふさわしいかは、有権者の選択の大きな要素だ。つまり、マンガの登場人物のようで、「奇妙な」ミリバンドはイギリスの首相にふさわしくなく、そのため、有権者は、最終的にキャメロンを選ぶという見通しで、それを促進する戦略を取っていたのである。

これには、保守党支持の新聞、特に、デイリーメールやサン、テレグラフなどが協力し、ミリバンド攻撃を繰り広げた。しかも、キャメロンは、自分自身が、ミリバンドを軽蔑するような態度、発言をすれば、効果があると判断したようで、それを繰り返した。ところが、保守党支持者の中にも、キャメロンがそのようなことを言うとは思わなかったという見解も出た。その上、国防相のマイケル・ファロンにも、ミリバンドは、自分の権力欲のために、兄も裏切った人物だと言わせた。ファロンは、イギリスの政界では、かなりの尊敬を集めている人物であるが、ファロンは、わざわざタイムズ紙に寄稿して、そう主張したのである。ファロンはメディアでも自分の主張を正当化しようとしたが、ファロンが自分の発案でそうしたと見る人はほとんどいない。有権者は、このような主張は、アンフェアだと見ている。

一方、ミリバンドは、3月26日の、キャメロンと別々に行ったジェレミー・パックスマンとのインタビューで評価を上げ、4月2日の、7党党首の「テレビ討論」では、まずまずの成果を上げた。これらの結果、有権者のミリバンドへの評価は次第に上がっている。また、労働党は、非定住外国人への課税政策などで、次々に、保守党との差をつけ、一般の有権者の関心を引く政策を発表してきている。

これらの結果、保守党のこれまでの、労働党は信用できないが、保守党は信用できるという主張は、次第に力を失い、逆に、保守党は、「嫌な政党」、金持ちを守る政党、人の気持ちのわかっていない政党との、従来のイメージが復活してきた。そのため、保守党は、選挙キャンペーンの戦略を見直す必要に迫られ、もっと前向きのイメージを作り出すような方策に転換した。

マニフェストがその大きなカギを握ると見られているが、その発表で、保守党のイメージ回復ができるだろうか?その大きな柱は、相続税対策だが、これでメリットを受けるのは、わずか4%の人たちだとされる。2007年の保守党大会で発表され、有権者の多くが支持し、そのために、当時の労働党のブラウン労働党首相が解散すれば勝つと見られていた総選挙を食い止めたとされる政策だが、柳の下にドジョウがまたいるとは限らない。