変わらないジョンソン外相

ボリス・ジョンソン外相が、メイ首相がEU離脱後導入したいと考えている、EUとの関税パートナーシップ案を愚かな案だとけなしたジョンソンは、この案のアイデアをこれまで閣僚として支持してきた。ところが、保守党内で影響力の増しているジェイコブ・リース=モグ率いる強硬離脱派のERG(European Research Group)がこの案では求められたEU離脱はできないと強く反対し、関税パートナーシップの問題点が浮き彫りになっていることから気持ちが変わったようだ。

ジョンソンが気持ちを変えるのはそう稀なことではない。そもそも2016年のEU国民投票前にも残留派、離脱派でなかなか立場を決められなかった。それでも残留派でキャンペーンすると思われていたが、直前になって離脱派に変わった。

その原因は、残留派が予想通り勝てば、残留派の中心人物だった当時のオズボーン財相がキャメロン後継者の地位をさらに固めると見られていたためのように思われる。離脱派で運動すれば、保守党内で強い離脱派のリーダーとしてオズボーンに対抗できると判断したためだろう。

自分の損得やその場の状況で立場を変えるのはジョンソンにとってそう不思議なことではない。

ただメイ首相は閣僚として前例のないジョンソンの批判を受け流し、ジョンソンを外相の地位にとどめるつもりだ。メイ首相の弱い立場を改めて浮き彫りにした出来事だと言える。

綱渡りのメイ首相

メイ首相は、イギリス離脱後のEUとの 貿易関係について、イギリスはEU単一市場も関税同盟も離脱するとしてきたが、交渉の時間が乏しくなってきた現在、どのような対応をするかで綱渡りを強いられている。

これまでに提示した、EUとの貿易関係をできるだけスムーズにすすめるためのMax Fac案と関税パートナーシップ案は、いずれもEU側が消極的だ。その上メイ首相の選択する後者には保守党内の強硬離脱派が強く反対している。

メイ首相は関税パートナーシップ案を5月2日に開かれた内閣小委員会に提示したが、そこでは同意が得られなかった。そしてさらに検討を進めるよう指示したと言われる。そのため、関税パートナーシップ案は北アイルランドの国境問題の解決に役立つが消えたと見られた。しかし、5月6日のBBC番組に出演したビジネス相がこの案はまだ捨て去られていないと発言したことから、EU強硬離脱派の反発が強まっている。

EU強硬離脱派は、関税パートナーシップ案ではイギリスがEUに支払うべき関税を集める役割を担う上、イギリスがEUの規制に従う必要があるという点を指摘する。すなわち、EU離脱の一つの目的は、イギリスがEUの規制の枠から外れ、独自の規制を設ける、すなわち「独立」することだが、それがかなえられないとするのである。

政権基盤のぜい弱なメイ首相は、昨年6月の総選挙で保守党が下院の過半数を割り、10議席を持つ北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力で政権を維持している。保守党とDUPを除く議席数を実質上13上回るが、もし7議員が反対側に回ると下院の判断は覆されることとなる。そのため、強硬離脱派の脅迫に弱いと見られている。

これに対し、メイ首相周辺は、もし強硬離脱派がメイ首相の案に賛成しなければ、議会がさらにソフトな離脱をさせることになると逆に脅しをかけ始めている。これは、議会の上院がメイ政権提出のEU離脱法案を修正し、下院がメイ政権の最終的なEUとの合意案に同意しなければメイ政権を交渉に戻らせることを可能にして法案を下院に送り戻したことを指している。すなわち、メイ首相らの案がもし下院で認められなければ自分たちの判断で交渉できなくなる可能性があるため、保守党内の強硬離脱に反対する勢力も受け入れられる折衷案を自分たちの判断で決めた方が良いとの立場である。

イギリスの議会には選挙で選ばれていない上院と選挙で選ばれる下院がある。基本的に法案は両者が同意して法律となるため、上院と下院は協同して働く必要がある。それでも保守党の勢力の弱い上院は、下院の意思に方針に反し、既に10点修正している。もちろん、最終的には下院の意思が優先されるが、それには時間がかかる。イギリスのEU離脱は来年3月末であり、イギリス離脱後の「移行期間」や将来のイギリスとEUとの関係を含んだ離脱合意は今年秋までになされる必要があるため、時間は既になくなってきている。

もし、メイ政権が倒れるようなことになると、総選挙に向かう可能性がある。5月3日のイングランド地方選挙の結果をもとに世論調査専門家カーティス教授とBBCが算出したものによると、もし有権者がこの地方選挙と同じように投票すれば、労働党が最大議席を獲得することとなるという。一方、その地方選挙で明らかになったようにUKIPなどの離脱支持票の多くが保守党に向かったが、メイ政権のEU離脱合意の内容によっては、それらの票をあてにできないかもしれない。そのため、保守党内の強硬離脱派、もしくはそれに反対する勢力は、その行動によって保守党を政権から離れさせることになる可能性がある。

様々な政治上の読みが交錯している。時間の無くなってきたメイ首相の綱渡りの政権運営は続く。

新内相サジード・ジャビド

新しく内務大臣に就いたサジード・ジャビドの親はパキスタン出身だ。父親は1961年にイギリスに来た。バス車掌などの仕事をしたという。インド系の人がイギリスの4つのトップ大臣ポスト(Great Offices of State)の一つに就くのは初めてのことである。なお4つのトップ大臣ポストとは、首相、財務大臣、内務大臣、外務大臣だ。メイ首相に批判的な元閣僚でパキスタン系のワルジ女男爵は、この任命を「ガラス天井を打ち破った」として評価した。

48歳のジャビド(1969年12月5日生まれ)はこれまで何度も天井を打ち破ってきた。家庭環境を乗り越え、近年評価の高まっているエクセター大学で経済と政治を学んだ。保守党に入党し、20歳で初めて党大会に出席する。サッチャーを尊敬し、大臣に就任した後、大臣室にサッチャーの写真を飾っていたという。

大学卒業後、金融の仕事に就こうとしたが、あるイギリスの銀行で、顔がその仕事に合わないとして採用されなかったという。そこでアメリカのチェースマンハッタン銀行に入る。瞬く間に昇進し、記録を破り、25歳でVice Presidentとなる。後にヘッドハントされ、ドイツ銀行に移り、役員となった。2009年にドイツ銀行を辞め、2010年に保守党の下院議員に当選。それまで年俸300万ポンド(4億5千万円)だったと言われ、当時の下院議員の年俸6万ポンド(900万円)あまりと比較して、98パーセント減給との評もあった。それでも大学時代からの政治の思いを果たしかったようだ。

キャメロン政権でオズボーン財相に目をかけられて頭角を現し、文化相、ビジネス相、そしてメイ政権でコミュニティ・地方自治相を経験し、今回内相となった。内相への任命は、前内相の辞任のきっかけが内務省の少数民族への対応だったことから出てきたもので、幸運であったといえるだろう。しかし、政治の世界でも、ビジネスの世界でも運は非常に重要だ。

まだ政治経歴は長くない。それでも2016年のEU国民投票でイギリスがEUを離脱することとなり、キャメロン首相が責任を取って、辞任した後の党首選挙で、同じ閣僚だったスティーブン・クラブと組んだ。結局クラブは党首選を退くが、もしクラブが党首・首相となっていれば、ジャビドは財相となることとなっていた。ジャビドが将来の保守党党首、首相を目指しているのは間違いないだろう。

ジャビドはイスラム教徒の家に生まれたが、イスラム教を実践していないという。頭に髪はなく、奥さんローラが剃っていると言われる。その顔が将来の保守党のイメージにふさわしいかどうかという問題はあるかもしれない。それでも、これまでの「天井破り」の事例から見ると、それも克服するかもしれない。

EU離脱とイングランド地方選挙

5月3日のイングランドの地方選挙で、イギリスをEUから離脱させることを目的として設立されたイギリス独立党(UKIP)の支持票が崩壊し、その他の政党がその恩恵を受けた。特に保守党への恩恵は大きい。

UKIPは2014年の欧州議会議員選挙でイギリスに割り当てられた73議席のうち24議席を獲得し、2位の労働党20議席、3位の保守党19議席を上回った。地方議会議員の任期は通常4年で、今回のイングランド地方選挙は基本的に4年前に戦われた地方議会議員選挙の再選だった。2014年のイングランド地方議会議員選挙は、この欧州議会議員選挙の直前に行われた。そのため、UKIP票がかなり多かったのである。

2015年の総選挙では、UKIPは、EUの問題以外の不満票も惹きつけ、保守党、労働党に続き、第3位となる12.6%を得票したが、1選挙区から最大得票の一人だけが当選する小選挙区制のため、獲得議席はなかった。もしこれが比例代表制だったならば全650議席のうち80議席余りを獲得していただろうと言われる。

ところが、2016年に行われたEUを離脱するかどうかの国民投票で51.9%対48.1%の結果となり、イギリス国民が離脱に投票したため、UKIPの存在意義がなくなる事態となった。2017年の総選挙でUKIPの得票率が1.8%まで下がり、今回の地方選挙でUKIPの地方議員がほとんどいなくなる結果は予想されていた。

今回の地方選挙で、保守党は、EU国民投票で離脱票が60%以上の選挙区(すなわちUKIP支持が強かったところ)では、13ポイント支持が上昇している。一方、離脱票が45%以下のところでは支持率が1ポイント減少した。これは、2017年総選挙と同じような傾向だ。

また、若い人の多い選挙区、すなわち、18歳から34歳の割合が35%を超えるようなところで保守党は支持を10ポイント落とし、この年代が20%を下回るところで8ポイント支持を伸ばしている。また、65歳以上の人が20%を超えるようなところで保守党が10ポイント支持を伸ばしている。

若い人の多く、大卒の人が多い、そして少数民族出身者の多いところでは保守党の支持は伸びていない。すなわち、離脱に反対した人たちが多いところで保守党は苦しんでいるのである。その代表は、EU残留を強く打ち出している自民党が議会の過半数を新たに占めた4つの地域であろう。

今回の地方選挙でさらにはっきりしたことだが、メイ政権は、党内だけではなく、一般有権者の離脱派の支持を継続して受けられるように政権を運営していく必要に迫られている。

2018年5月イングランド地方選挙(2)

2018年5月の地方選挙では、野党労働党が優勢で、メイ首相率いる保守党はかなり議席を失うと見られていた。地方選挙の予測で良く知られているRallings & Thrasherは、労働党が議席を200ほど増やし、保守党が75ほど減らす、また自民党が12議席増やす一方、イギリス独立党(UKIP)は125議席失うとしていたが、結果は、労働党が77議席増やし、保守党が32議席減。自民党が75議席増やした。全体で4400議席ほどが争われ、労働党が全体で2350議席獲得し、保守党が1332議席、自民党が536議席獲得した。中では、保守党と労働党にとっては、いずれも数%の増減で、それほど大きな変化があったわけではない。なお、今回の地方選挙はイングランドのもので、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドでは行われなかった上、イングランドの中でも全体をカバーしたものではない。

また、地方選挙では投票率は総選挙に比べてかなり低い。2017年総選挙の投票率は、69%だったが、今回の地方選挙の投票率は、公共放送BBCによると前回の2014年と同じく平均で36%である。

このような状況の中で、現在の有権者の政党支持の状況を読み取ろうとするのはそう簡単ではない。BBCは、世論調査の専門家、ジョン・カーティス教授と共同して、参考的な数字を出し、保守党と労働党への支持を35%づつと見ている。総選挙のように全体の結果がはっきりしているわけではなく、ところどころのデータを集めて推定するわけであるから、完全なものではない。それでも実際の投票から得られたものであるため、世論調査の結果より価値があると見られている。

数々の問題はあり、見方は様々に分かれるが、以下のような結果が導き出される。

まず、保守党と労働党の勢力が拮抗しているということだ。カーティス教授は、昨年の総選挙時より労働党がやや支持を伸ばしていると分析するが、これでは労働党が次に政権を取るのは難しいという見方がでる。ただし、ここで注目されるのは、UKIP票の行方である。この票のかなり多くが保守党に回り、今回の選挙で保守党が労働党を上回る議席を獲得したところで特に顕著である。当たり前のことだが、労働党が前回と同じ票を獲得したとしても、それまでの保守党票にUKIP票が加わって労働党票を上回れば、保守党が議席を獲得する。

イギリスのEU離脱を謳って生まれたUKIPはイギリスがEUを離脱することになり、その存在意義を失った。それでも、これらの有権者は、メイ首相のEUからきっぱりと離脱するというこれまでの発言を信じて、保守党に投票した。そのため、もしメイ首相が今後のEUとの交渉で弱腰となれば、これらの有権者が保守党から離れるという見方があり、カーティス教授は、メイ首相は、保守党内とこれまでのUKIP支持者の動向に注意を払うことが重要で、かなり難しい政権運営、EU離脱交渉を強いられると見ている。

一方、労働党はコービン党首のイメージ問題があると指摘されている。イングランド中西部のウォルソ-  ルで、全60議席の内、21議席が争われ、保守党が13議席(+5)、労働党が7議席(-2)、UKIPは0議席(-3)の結果となり、保守党がそれまでの議席と合わせ、30議席で最大政党となった。BBCが有権者になぜこのような結果が生まれたのかを問うたインタヴューを実施したが、コービンには政権が任せられないとの意見が多かった。そのロシアやシリア攻撃、EUの離脱交渉の立場、さらに労働党の反ユダヤ人問題に関連していると思われる。ただし、この地域は、2016年のEU国民投票で、3分の2が離脱に投票しているところであり、メイの今後のEU離脱交渉の対応次第でかなり変わる可能性がある。

次に保守党との連立政権に参画して以来大きく支持を失った自民党に回復の兆しが出てきてことだ。保守党から3つの地方自治体のコントロールを奪った上、それまで過半数を占める政党のなかった自治体で過半数を占めた。自民党が2010年総選挙前の支持を取り戻すにはまだかなり時間がかかるだろうが、望ましい方向に向かっている。

2018年5月イングランド地方選挙(1)

地方選挙は、政治の現状を見るのによく使われる。今回の地方選挙の結果もその意味で注目されていた。イギリスの地方選挙では、地方によって様々な形があり、一様ではないが、地方議会議員の任期は通常4年であり、2018年の4年前の2014年との比較がなされることとなる。ただし、今回の地方選挙では、労働党関係者が、2014年の地方選挙と2015年の総選挙との関係、2017年5月の地方選挙と6月の総選挙の関係を取り上げ、地方選挙と総選挙は関係がないという主張をした。

確かに地方選挙では、地方の事情が色濃く出る場合がある。例えば、今回の地方選挙では、ロンドンで労働党が大きく支持を増やす可能性が強いと見られていたが期待外れになった。特にロンドンのワンズワース区とウェストミンスター区で、労働党が保守党から区議会過半数を奪い取る可能性がささやかれていた。しかし、いずれの場合も労働党が若干の議席を増やしたものの、保守党の支配は揺るがなかった。これらの区は、イングランドで最も地方税(カウンシル税と呼ばれる)が安く、標準の地方税の半分程度である。すなわち、労働党が過半数を占めれば、地方税が大幅に増える可能性が強く、有権者がそれに慎重になったのは理解できる。また、ロンドンのバーネット区では、保守党が議席を増加させ、過半数を獲得したが、その大きな理由の一つは、この区にユダヤ系住民が多いことが指摘された。すなわち、反ユダヤ人的だと攻撃されていた労働党に影響が出たのである。

地方選挙を見る場合、このような地域の事情を見ることが重要だが、それでも全体的な傾向を見ることは可能だ。

メイの難問:イギリス離脱後のEUとの貿易関係

メイ首相は、EU離脱後、イギリスはEUの単一市場も関税同盟も離脱するとしている。関税同盟は、域内の関税をなくし、域外からの輸入に同じ関税をかけるものであり、他の国に対しては一つのブロックとして交渉する。そのため、イギリスはこれまで独自の貿易交渉をしてこなかった。イギリスの単一市場、関税同盟離脱の大きな理由は、EUに事実上の決定権を握られ、しかもイギリスが独自に貿易関係を結ぶことができないからである。

ただし、それではイギリスの貿易の半分近くを占めるEUとの貿易関係をどうするかという問題がある。EU内にあることでイギリスに拠点を置いてきた外国資本がイギリスから撤退していくかもしれない。また、アイルランド島内のイギリス領北アイルランドとアイルランド共和国(EUメンバー)の国境問題がある。現在の境界も検問もない状況のままで継続していくためには、イギリスとEUとの貿易関係を緊密にし、検問などのチェックをできるだけなくする仕組みにしなければならない。

そこで出てきたのが、以下の2つの案であるが、いずれもEU側は消極的である。

①Max Fac(Maximum Facilitation)案:認定企業制度とテクノロジー(まだ開発中のものを含む)などを駆使し、国境でのチェックをできるだけ少なくする案である。しかし、税関でのチェックが完全になくなるわけではない上、EU側も同じような制度を設ける必要が出てくる。また、このような試みは世界でまだなく、実施までにかなり時間がかかる可能性がある。

②関税パートナーシップ(Customs Partnership)案:関税同盟の代わりに、イギリスとEUとの間で新たな枠組みを作り、EU並びにイギリスへの外部からの輸入に関し、それぞれの手続きをお互いの手続きと同じと認め合う案である。関税に関しては、もし外国からモノがイギリスに入ってきた場合、EUもしくはイギリスの関税のうち高い方をかけ、もしモノがイギリスに留まり、イギリスの関税がEUより低いものであれば、その関税の差を輸入業者は払い戻し請求ができる仕組みである。

この案では北アイルランドの国境で通関チェックの必要なしで済ませられる。しかし、EUの様々な規制に縛られる他、EU側、イギリス側の両方でかなり大きなコストがかかると見られる。また、事実上、イギリスがEU外の国と貿易関係を結ぶのに障害があると心配されている。

メイ首相は、この②案の方をよいと考えているが、5月2日のブレクジット内閣小委員会でこの案への反対が上回った

EU側は、アイルランドの国境問題の解決策をこの6月のEUサミットまでに合意したいと考えている。この問題は、EUとイギリスの将来の貿易関係に非常に密接に関係している。時間は乏しい。

なお、これからのイギリス・EU関係のスケジュールの概略は以下の通り。

2018年6月28-29日 EUサミット

2018年10月18-19日 EUサミット: EU側交渉代表者のバーニエはEU側がそれまで交渉してきた離脱合意に合意することを目指している。これには、「移行期間」に関する合意も含み、将来のイギリスとEUの関係についての「政治宣言」を含む。

2019年1月 イギリス議会と欧州議会の両方の離脱条約承認を目指す。

2019年3月29日午後12時(イギリス時間3月29日午後11時)イギリスがEU離脱。計画通りに進めば、イギリスは「移行期間」に入り、EUの意思決定過程から外れるが、それまでのイギリス・EU関係が続く。この関係は、2020年12月31日まで続き、それ以降、イギリスとEUは新しい関係に移る。イギリスは他の国と独自の貿易条約を結ぶことができるようになる。

上院の役割

イギリス議会の上院が、政府の提出したブレクジット法案に修正を加え、もし下院がメイ政権のEUとの離脱合意(もしくは合意なし)に満足しなければ、議会がメイ政権にEUと再交渉させることができるようにした投票結果)。この修正案は下院に再び帰ってきて、さらに審議されるが、そのまま残る可能性が高い。

メイ政権の案では、EUとの交渉結果は議会に諮るが、その合意(もしくは合意なし)を全体として受け入れるか、もしくは受け入れない(すなわち合意なしで離脱)の二者択一としていた。

メイ政権はEUの単一市場も関税同盟も離脱するとしている。しかし、メイ率いる保守党の中には、EUとの関税同盟に残るべきだという考えの下院議員もおり、メイ政権の最終的な交渉結果に反対する保守党下院議員がかなり出ると見られている。そのため、メイ政権の最終的な交渉結果が下院で覆される可能性がある。

強硬離脱派の国際貿易相は、この上院の動きに、選挙で選ばれていない上院が国民の意思(EU離脱の国民投票の結果)に反していると攻撃した。

ただし、選挙で選ばれていない上院を残そうとしてきたのは、保守党である。2010年から2015年まで続いた、キャメロン首相率いる保守党と自民党の連立政権では、連立政権合意に基づいて自民党が上院のほとんどを選挙で選ぶ制度に改革しようとしたが、保守党が反対したためにできなかった。そのようなことを棚に上げて、上院が国民の意思に反するなどと主張するのは、まったくのご都合主義だと言わざるをえない。

むしろメイは、ブレクジットに関し、できるだけ議会の関与を避けようとしてきた。国民の意思云々という主張は、議会からの横やりを防ぐための一つの言い訳である。最高裁判所が明言したように、2016年のEU国民投票の結果は、あくまでも「諮問的」なものだ。

イギリスは日本の国民主権と異なり、議会主権の国である。そのような国で、議会の意思をきちんと尊重せずに、政権が自分たちの判断だけでEU離脱を進めるのはおかしい。これはメイの仕事のやり方を反映していると言えるだろう。保守党内に小さな反乱があれば下院の判断が変わる状況では、上院の意思はこれまで以上に重要だと言える。

ブレクジット交渉の難問の一つアイルランド問題

イギリスはEUから2019年3月末に離脱する。EU側のイギリス離脱交渉責任者ミシェル・バーニエによると、交渉の75%は合意したという。しかし、バーニエは、離脱合意に至るには、アイルランド問題での合意が不可欠だとする

ここでのアイルランド問題とは、アイルランド島内のイギリス領北アイルランドとアイルランド共和国の国境の問題である。イギリスがEUを離脱した後、イギリスとEUとの地上での国境が接するのはここだけである。現在、両者の間には地図上の国境はあるが、建物も検問もない。ところが、イギリスが、EU離脱後、EUの単一市場も関税同盟も離脱する方針であることから、EU側は、EU内の統一性を維持するために現状のまま放置できず、何らかの対策を立てなければならない。昨年12月の交渉で、イギリスは、もしこの国境問題で両者が合意できなければ、EU内の統一性を守るための方策を講じることに合意したが、その内容について争っている。

イギリスのメイ政権は昨年の総選挙で過半数を失ったが、その政権を閣外協力で支えているのが、北アイルランドの民主統一党(DUP)である。このユニオニスト(イギリスとの関係を維持していく立場)政党はイギリスのEU離脱に賛成しているが、アイルランド共和国との国境に新たな建物や検問を設けることに反対する一方、イギリス本土と異なる扱いを受けるのに反対している。北アイルランドのナショナリスト(アイルランド共和国との統一を目指す立場)政党も新たな国境制度を設けるのには反対しており、アイルランド共和国も基本的に同じ立場だ。北アイルランドをアイルランド共和国と共に関税共通地域として、アイルランド島とイギリス本土との間に関税などの国境を設ける方策にはDUPが反対している。イギリス政府は、絶対譲歩できない立場(レッドライン)として単一市場も関税同盟も離脱するとし、北アイルランドとアイルランド共和国との間は新しい国境制度を設けず、テクノロジーで対応するとしているが、これがきちんと機能すると考える人は少ない。

離脱合意が達成できなければ、離脱後予定されている「移行期間」もなくなり、イギリスは2019年3月末で、いわゆる「崖っぷち離脱」することとなる。すなわち、来年3月末で法制が変わり、貿易関係やそれ以外のイギリスとEUの関係が大きく混乱することとなる。

その一方、きちんと離脱合意がなされるには、イギリス議会や欧州議会での合意内容の吟味や審議、それに採決もあるため、今年秋までには基本的な離脱合意がなされる必要がある。そのためにはアイルランド問題はこの6月のEUサミットまでに解決される必要があるとされている。すなわちほとんど時間がない。

DUPのフォスター党首は、バーニエを攻撃し、バーニエは北アイルランドの状況を理解していない、「誠実な仲介者」ではないなどと発言したが、フォスターはバーニエの役割をわかっていないようだ。バーニエは、EU側の交渉担当者である。EU側(アイルランド共和国を含む)の利益を優先するのが、その立場である。この事態を招いているのは、その立場に固執しているメイ政権といえる。

メイは、ラッド内相が辞任し、自分の内相時代に推進した移民政策の批判に直接さらされる状況にある上、さらに5月3日の地方選挙では保守党がかなり劣勢と見られている。その上、議会の上院で政府のブレクジット政策が次々と覆されている中、メイ政権内の離脱派・残留派のバランスを取り、さらに政権を維持していくために保守党内の離脱派・残留派の対立もまとめていく必要がある。これらに関連したアイルランド問題を処理し、EU側との離脱交渉を進めていくのも簡単ではない。これらは実はメイが自ら作り出した状況である。

辞任した内務相

内務相のアンバー・ラッドが辞任した。ラッドの下で移民担当の閣外相だった、現保守党幹事長が4月29日のBBCテレビの看板政治番組アンドリュー・マーショーで、ラッドを救おうと細かな議論をしようとしたが、逆効果に終わり、事態はさらに悪化した。ラッドが自らを強制退去数の目標の問題から遠ざけようとする試みは、完全に失敗し、さらに多くの情報の漏えいが始まる中、ラッドはとても4月30日の下院内務委員会の厳しい尋問に耐えられないと判断したのだろう、4月29日午後10時前(イギリス時間)、メイ首相に辞表を提出し、メイはそれを受諾した。

ラッドは、前任の内務相メイや自分が、内務省の役人に強制退去数の目標で強い圧力をかけていたことを隠したかったのだろう。その目標を達成するため、役人が「ウィンドラッシュ世代」をはじめ、本来在留権はあるが、必要な書類をすぐに提出できない、簡単な標的(Low-hanging fruitsという表現がよく使われる)を狙い、それぞれの個人の事情を慎重に見極めることなく、非情な処分に走っていた事実から自分たちを守りたかったように思われる。

国家公務員は、ラッドやメイ政権の言動に強い不満を持っていた。内務相の大臣室の首席秘書官も自分が重要書類をラッドに渡さなかったという疑いを受け、自分の立場を守るためにも内務省の事務方トップの事務次官に文句を言っていたのではないか。ガーディアン紙が内務省筋の強い不満を報道し、BBCはさらなる情報の漏えいを指摘した。

メイがラッドを何とかして守ろうとしたのは、2010年から、首相となる2016年7月まで自分が内相としてこの状況を作り出したためだ。これまで盾となっていたラッドがいなくなり、自分が直接その標的になる可能性がある。内務相の後任には、現コミュニティ相のサジード・ジャビドが就く可能性が高い。少数民族出身のジャビドを内相にし、より同情的な対応を内務省がするような印象を与えたい狙いがあるだろう。

いずれにしても5月3日にはイングランドの都市部の多くで地方選挙がある。特にロンドンの区議会議員選挙では、労働党がかなり優勢だと見られており、ラッド辞任は、メイ政権にとって大きな打撃だ。