ウクライナ戦争の英国への影響

ロシア軍が2022年2月24日からウクライナを侵略し始めた。そのため、西側はまとまってロシアに対抗する体制をとっている。核大国のロシアと直接戦闘するのは避けながらも、それ以外の手段はなんでもとる構えだ。経済制裁、武器供与など、これまでロシアと敵対するのに消極的だったドイツもその立場を変え、ウクライナへの直接武器供与に踏み切った。

この戦争で、英国の新聞のトップは連日ウクライナ情勢であり、ジョンソン首相の「パーティゲート」疑惑は吹き飛んでしまっている。野党の労働党は、ジョンソン首相のウクライナ戦争の立場を支持している

ジョンソン首相は、この戦争を利用して、地に落ちた国民からの信頼を少しでも回復しようと躍起だ。アメリカやEUと足並みを揃えて、ロシア相手の経済制裁などを積極的に進めている。ロシア側は、西側がここまで足並みを整え、かつ強力な経済制裁を課してくるとは考えていなかったようだ。国際金融取引決済のためのスウィフトの利用が制限された上、事前に増強していたロシア中央銀行の外貨準備が凍結される事態となり、ロシア経済に大きな影響を与えている。ロシアの国内総生産(GDP)は、10位の韓国を下回る11位(IMF2021年)であり、経済的に強いわけではない。しかし、西側の経済制裁などの手段だけで、ロシアのウクライナ侵略を止められるかというと、少なくとも短期的には難しいと見られている。

ウクライナの戦況のため、英国の国内政治状況をまともに考えられる時ではない。3月3日に英国下院議員補欠選挙がある。労働党下院議員が急死したために行われる補欠選挙であるが、特に英国政治に影響を与えるものではないと言える。

ジョンソン首相は、パーティゲートなど数々のスキャンダルで傷ついた。まだロンドン警視庁のパーティゲートの取り調べが進行中であり、早晩その結果が公表され、同時にトップ国家公務員スー・グレイの厳しい報告書全文が発表されることとなる。ジョンソン首相は、ロシアのウクライナ侵略で少し息を吹き返したように見えるが、それがどこまで続くか。ウクライナが一刻も早く平和になるのを期待しているが、ロシア軍がウクライナから撤退する状況が早い時期に生まれなければ、英国内でも、ジョンソン首相のウクライナ対応への責任が問われる状況になりかねない。

北アイルランドの将来

英国領の一部である北アイルランドの副首席大臣だった(2022年2月に首席大臣が辞任したため、副首席大臣も自動的に職を離れた)シン・フェイン党の副党首ミシェル・オニールが、アイルランド島の南部のアイルランド共和国はアイルランドの統一に向けて準備する時だと訴えた。シン・フェイン党は、北アイルランドとアイルランド共和国にまたがる政党で、両者の統一を目指している「ナショナリスト」の政党である。

オニールの発言には、北アイルランドとアイルランド共和国の両方でシン・フェイン党への支持が他の政党を抑えてトップになっていることが背景にある。次の北アイルランド議会選挙は、2022年5月5日に予定されているが、2022年2月の世論調査によると、シン・フェイン党が最大議席政党になる見込みだ。そうなれば、オニールが北アイルランドの首席大臣となることになる。

シン・フェイン党は、アイルランド共和国の前回2020年の総選挙で、最も高い得票率を上げ、最大政党に拮抗する議席を獲得した。その勢いは継続しており、2022年2月の世論調査によると、2番目の支持率を得ている政党に10%近い差をつけている。次の総選挙はまだ先の2025年であり、過半数を獲得するには至らないだろうが、結果によっては、他の政党との合従連衡で、シン・フェイン党党首のメアリー・ルー・マクドナルドがアイルランド共和国の首相となる可能性もある。シン・フェイン党は、IRA暫定派の政治組織であったが、北アイルランドのトラブルズと呼ばれる血で血を洗う時代のリーダーたちが身を引き、ルー・マクドナルドもミシェル・オニールも女性でイメージを一新している。

現在、北アイルランド議会の最大政党は、英国との関係を重んじる「ユニオニスト」の民主統一党(DUP)である。DUPは、2016年のEU離脱をめぐる国民投票で、英国のEU離脱に賛成した。しかし、ジョンソン政権がEUとの離脱交渉で、北アイルランドとEU加盟国であるアイルランド共和国との、アイルランド島内の地図上の国境に構築物を設けることを避けることとし、北アイルランドを、モノの移動の上でEU統一市場の内とする特別な扱いをする代わりに、北アイルランドと英国本土の間の海上に事実上の貿易上の国境を設けることとした。「北アイルランドプロトコール」と呼ばれる。これは、英国の国内市場とEUの統一市場にアクセスできることから「いいとこどり」だという見方が多い。ところが、ユニオニストにとっては、英国本土と異なって扱われ、分離を意味するため、ユニオニストの多くが嫌っている。このため、DUPの支持が大きく減少することとなった。

DUPは、2021年4月にDUP党首を辞任させた。ところが、その代わりに党首となった人物は就任して3週間もたたないうちに辞任することとなる。そしてその後の新党首の下で党勢の立て直しを図っているが、この顛末でかなり大きなダメージを受けた。ユニオニスト有権者の党離れを食い止めるため、2022年5月の議会選挙を目前に、「北アイルランドプロトコール」を廃止もしくは根本的に変更すると主張している。しかし、その動きは必ずしもうまくいっているとは言えない。新党首のジェフリー・ドナルドソンが「いいとこどり」の話をしたからだ。

さて、1998年のベルファスト(グッドフライデー)合意で、オニールが言うような北アイルランドとアイルランド共和国の統一は、住民の多数意思が求めた場合に行われることになっている。すなわち、住民の多数がそれを求めていると判断された場合、北アイルランドとアイルランド共和国の双方で「国境投票(Border Poll)」と呼ばれる国民投票が行われることとなる。ただし、今のところ、その機運はまだ高まっていない。北アイルランドの中では、英国に残りたいという人の割合が高い。一方、アイルランド共和国の中では、統一に賛成する人の方が多い。しかし、北アイルランドとアイルランド共和国の間には多くの違いがある。その一つは、北アイルランドで医療は基本的に無料だが、アイルランド共和国ではそうではない。コストの点や、ユニオニストの扱いの問題など簡単ではない問題がある。人口約500万人のアイルランド共和国が、人口190万人ほどの北アイルランドをすんなり受け入れるかどうかには予断を許さない点がある。

一方、英国がEUを離脱した後、北アイルランドとアイルランド共和国の双方の間の貿易は大きく増加している。なお、英国本土からアイルランド共和国への輸出は大きく減っているものの、その逆は大きく増えていることがアイルランド共和国の統計でわかった。ビジネス関係者には北アイルランドプロトコールを歓迎している人が多いようだ。

今のところ、北アイルランドとアイルランド共和国の統一は、まだ現実的な問題ではないと言えるが、今後、EU離脱後の英国が長期的にどうなるかで、アイルランドの統一問題が決まってくるように思われる。