キャメロン首相官邸の決断が遅い?(Cameron’s No 10: Slow in its decision making?)

首相官邸の反応が遅いという不満がたまっているとタイムズ紙の政治部長がコメントした(10月10日)。決め方にきちんとした手順がなく、キャメロン首相の首席補佐官の資質を疑う声もあるようだ。首相官邸には、人あたりなどを気にせず、物事を強力に進めていくことのできるエンフォーサーがいない、官僚トップの一人で内閣担当の内閣書記官がいつも賛成するとは限らない、キャメロン首相とそのストラテジストであるオズボーン財相が最後の最後まで決断しないなどという見方を挙げている。しかしながら、この問題の根底には、キャメロン首相がいったい何をしたいのかはっきりしていないということがあるだろう。

もちろんキャメロン首相には、2010年5月就任以来、財政赤字を減らす、そしてその結果、将来的に政府の負債を減らすという目的がある。しかし、タイムズ紙のフィル・コリンは、キャメロンには、それを越えて、その後のものがないと言う(10月6日)。フィル・コリンは、トニー・ブレア元首相のスピーチライターを務めた人物であるが、このコメントは必ずしも労働党寄りの考え方のためではなく、理由があると思われる。

キャメロンは総選挙前から「ビッグソサエティ」というスローガンを掲げていた。首相となり、政府がこれまで実施してきたことや行政が手の及ばなかったことを市民が自分たちのために、自らの力や創意工夫で、担っていく役割を拡大していくよう推進してきた。これは、ローカリズム法や、この11月のイングランドとウェールズの41警察管区で行われる警察・犯罪コミッショナーの選挙にも体現化されている。つまり、中央集権的なやり方(中央政府でも地方自治体でもありがちだが)から、市民の声が直接その地域で起こっていることに反映される仕組みを作っていこうというものだ。問題は、この「ビッグソサエティ」という考え方そのものの発想は良いが、その内容が希薄である点だ。そのため、政府の「ビッグソサエティ」に関するプロジェクトは勢いを失った。警察コミッショナーの選挙には有権者のほとんどに関心がなく、投票率が低くなるのではないかと心配されており、大きな広告キャンペーンが始まった。あまりに投票率が低いと、例えば15%程度しかないなどという事態になれば、制度そのもののレジティマシー(法的正当性)に疑問が生じる可能性がある。

キャメロンは、この「ビッグソサエティ」の考えをかなり前から持っていたと言われるが、この考え方を肉付けしたのは、キャメロンの側近であったスティーブ・ヒルトンである。つまり、キャメロンにアイデアはあったかもしれないが、「ビッグソサエティ」で行っていることは、他の人が考えたことと言えるだろう。キャメロンの党大会のスピーチで「ビッグソサエティ」に関連して、これまで自分が3年間説明しようとしてきたことを、オリンピックを作った人たちが3週間で素晴らしく行ったと言ったが、これは残念ながら、キャメロンが3年間言い続けてきたことが十分なものではなかったことを示唆しているようだ。

キャメロンは、自分が首相として取り組んでいくことの目的を次から次にスピーチで取り上げたが、これを是非やり遂げたいというものがない。その上、首相官邸の反応が遅ければ、意欲の空回りということになりかねないように思われる。

ロンドン市長ボリス・ジョンソン:首相の器?(Is Boris fit to become a PM?)

ロンドン市長ボリス・ジョンソンの人気が高い。ロンドン市長は日本の東京都知事に匹敵するポストであるが、現在バーミンガムで開催中の保守党大会に出席し、昨日の付属イベントでのスピーチで大喝采、そして今日の本大会でのスピーチで満場総立ちの拍手喝采を浴びた。

ジョンソンのスピーチは、アドリブも交え、ジョークも満載だが、それ以外に琴線に触れる点がある。インタヴューでも、自分の思ったことを率直に言う傾向が強い。ほとんどの人は政治家を信頼しないが、ジョンソンの言うことには耳を傾ける傾向がある。それは単に保守党支持者だけではない。例えば、10月7日のオブザーバー紙で発表された次の世論調査の結果だ。
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この世論調査では、キャメロンが保守党の党首であるより、はるかにいい印象のあるジョンソン党首の方が、保守党に投票する人が増えることを示唆している。

ジョンソンは、今年5月、統一地方選で労働党が大勝する中、しかも労働党の強いロンドンで、市長に再選された。その後のオリンピックでもその成功の立役者の一人と見なされ、全国的に知名度を大きく上げている。

それでは、ジョンソンは首相にふさわしい人物だろうか?保守党の支持者らのウェブサイトConservativeHomeの編集長を務めるティム・モンゴメリーは、BBCをはじめ、各種のメディアでも活躍している人物だが、ジョンソンは、他の保守党の政治家が手の及ばない人にまで影響を与えることができるという。しかし、ジョンソンに首相となる能力があるかどうか疑いを持つ人がおり、しかもそれは、保守党の活動家よりも保守党の下院議員に多いと言う(タイムズ紙)。ジョンソンを比較的近くで見てきた人も同じような疑いを持っている人がいる。ロンドン市長選前に、主要候補者がロンドンのイブニングスタンダード紙主催の討論会に出席したが、現職の大ロンドン市議会議員で、前リビングストン市長の下で副市長を務めた、緑の党の候補者が「(市長職は)ボリスにできるなら私にもできる」と発言したことがある。

ジョンソンにはこれまで様々な女性問題もあり、かなりだらしない、という印象があるのは事実だろう。しかし、過去4年余りのロンドン市長としての施政を振り返ると、ジョンソンには、モンゴメリーも言うように、優れたチームを作る能力があるとも言えるようだ。つまり、有能な人たちを副市長などの重要なポストに任命し、それらの人たちに権限を委譲し、実際の行政を担当させる。これは、これまでのところかなりうまくいっていると言えるだろう。5月の市長選でも、オーストラリアの選挙専門家に自分の選挙を任せ、その結果当選したことでも伺える。つまり、ジョンソンが自分の強みと弱みをわきまえ、それに適した行動をすれば欠点をカバーできるということを知っているということである。

政治のリーダーには、自分の能力を過信し、そのために失敗する人が多い。例えば、英国の最近の例では、ゴードン・ブラウン前首相だ。自分は首相として優れた資質があると信じて首相になるまでの人生を過ごしてきた人で、それを信じた人も多かった。非常に頭のいい人で、10年務めた財相として、世界で最も優れていると言われたほどだった。ところが首相になると、ブラウンの弱みがはっきりと出た。ブラウンは優れたリーダーではなかった。社会のために貢献したい、貧しい人々を救いたいという思いは非常に強く、それらを達成するために、早朝から夜遅くまで仕事中毒と言われるほど働くことをいとわなかった。しかし、対人能力に欠けていた。

こういったことを考えると、自分の能力を知り、権限委譲をわきまえたジョンソンには、強みがあると言えるかもしれない。しかし、一旦首相となると、一つ一つの言動に留意する必要がある。そういう問題を起こさないようにできれば、案外優れた首相になれる可能性はあるだろう。