2024年7月4日の総選挙に向けて、各政党は最後の2週間の選挙運動期間が残されるのみとなった。スナク首相が5月22日に総選挙の実施を発表してから既に4週間が過ぎた。総選挙が発表されてから現在までの総選挙各政党議席獲得予測は、MRP予測によると以下のようだ。
実施日 | 調査会社 | 標本数 | 保 | 労 | SNP | LD | PC | 緑 | リ | 他 | |
6月 7–12 | Ipsos | 19,689 | 115 | 453 | 19 | 38 | 4 | 3 | 3 | 0 | |
5月31 –6月13 | Survation | 42,269 | 72 | 456 | 37 | 56 | 2 | 1 | 7 | 0 | |
5月22– 6月2 | Survation | 30,044 | 71 | 487 | 26 | 43 | 2 | 0 | 3 | 0 | |
5月24 – 6月1 | YouGov | 58,875 | 140 | 422 | 17 | 48 | 2 | 2 | 0 | 0 |
なお、MRP予測は、2017年総選挙でYouGovが使い始めた手法である。2017年総選挙では、YouGovが結果を得た後、その結果を直ちには信じられず、発表を躊躇した。発表したのは、選挙結果が出てからだった。それ以来、議席予測は、英国ではMRPに移行している。
MRP予測では、それぞれの選挙区の様々な特徴、有権者のバックグラウンドや過去の投票行動を分析し、それにサンプル調査で出た結果を当てはめて予測する手法である。例えば、YouGovの5月24日から6月1日に実施したサンプル調査では、58,875のサンプル数であるが、これを単純に632選挙区(650選挙区から北アイルランドの18選挙区を差し引いたもの)で割ると、1選挙区当り93のサンプル数となる。すなわち、1選挙区当り100前後のサンプル数で、有権者の投票動向を分析している。
上記の4つの総選挙予測結果では、いずれも野党第一党の労働党の地滑り的な勝利を示している。よく比較されるのは、1997年のトニー・ブレア率いる労働党の地滑り的大勝利である。この総選挙では、当時の全659議席のうち労働党が418議席を獲得した。保守党は165議席だった。現在のMRP予測では、スターマー党首率いる労働党は、ブレア労働党を上回る勢いである。それでも英国ではよく、政治の1週間は長いと言われる。あと2週間で情勢が変わる可能性はゼロではない。
ただし、今回の総選挙で注目する必要があると思われるのは、タクティカルボーティング(戦術的投票)との関係である。これは、有権者が特定の政党を勝たせたくないと考える際、自分の支持政党ではなく、勝たせたくない政党を上回る可能性のある他の政党に投票することである。英国では、完全小選挙区制で、それぞれの選挙区で最多の得票をした候補者1人が当選する制度で、タクティカルボーティングがしやすい制度であるといえる。タクティカルボーティングは、これまでも使われてきたが、今回の総選挙では、有権者の反保守党フィーリングが例になく強い。
タクティカルボーティングを奨励する団体、例えば、Best for Britainは、上記のMRP予測のうち、Survationと提携して、その結果から6月17日にタクティカルボーティングのガイドを発表した。このガイドには、一部恣意的と思われる判断があるが、それぞれの選挙区で、Survationの分析した支持動向がわかる。
一方、Ipsosの分析では、保守党の候補者と他の政党の候補者との差が現在5%以内の選挙区が117あり、そのうち、保守党のリードしている選挙区が56、労働党のリードしている選挙区が48あるという。これらの選挙区では、特に保守党の候補者がタクティカルボーティングを警戒しているだろう。例えば、ジェレミー・ハント財相は、Survation(5月31日〜6月13日)での予測では、労働党の候補者の後塵を拝していたが、Ipsosではややリードしている。Best for Britainによると有権者の4割がタクティカルボーティングをして保守党に議席を取らせないつもりがあるという。このような状況の中で、候補者は、MRP予測の結果が広範囲に出回るのはいい気持ではないだろう。
一方、根拠の乏しい情報を選挙リーフレットに載せて、自党に有利なタクティカルボーティングを勧める問題も生じている。今回の総選挙は、一筋縄の分析が通用しない面がある。1997年の総選挙時には有権者の7割が自分の支持政党に投票したと言われるが、今回は、それがわずか4割になっているとの指摘がある。有権者の支持動向が流動的になっている中、総選挙の結果が注目される。