政治家の信念と政治的なセンス(Clegg: Lack of Political Sense)

政治家が信念を持つことは大切だが、同時に政治的なセンスがなければ、その政治家が生き延びて行くことは難しい。

ここでは、自民党の党首ニック・クレッグ副首相の例をとりあげる。クレッグを主要3政党、保守党、労働党そして自民党の3党首の中で最も信念のある政治家だと見る人が多いが、政治的なセンスに乏しいように思われる。

2010年5月の総選挙で、どの政党も過半数を占めることのない「ハング・パーリアメント(Hung Parliament)」すなわち「宙ぶらりんの議会」の状況となったため、最も議席数の多かった保守党と第三党の自民党が連立した。

そしてクレッグ自民党党首は、保守党のキャメロン首相の下で副首相に就任した。

自民党は2010年の総選挙では23%の得票をしたが、それ以降、世論調査で自民党の支持率は非常に低く、せいぜい総選挙の得票率の半分程度で、一桁のこともしばしばある。

その自民党の秋の党大会は9月14日からだが、9月13日に発表されたEvening Standard/Ipsos Moriの世論調査によると、自民党支持者の中で、クレッグが自民党を正しい方向に導いているという人はわずか51%しかおらず、誤った方向に導いているという人が45%もいる(なお、同じ質問でキャメロンは78%と14%の割合、ミリバンド労働党首は59%、32%である)。

つまり、総選挙以降自民党は多くの支持者を失ったが、今でも残っている自民党支持者の中にもクレッグ党首に疑問を持っている人がかなりいることを示している。

クレッグの「自分が正しいと思ったことをする」ということ自体悪いことではないと思われるが、その政治的なセンスを疑われる例が以下のような重要な問題に表れている。

①シリア問題への対応。キャメロン首相が下院に提出した、化学兵器を使ったアサド政権に軍事攻撃を含む制裁を加えるという動議に賛成した。

②大学授業料の値上げ。財政削減の折柄、授業料の大幅値上げはやむを得ないと賛成した。

③保守党との連立政権に参画。政権を安定させないと株価、英国の格付けが下がり、大きな困難を招く、と踏み切った。

いずれも正しいことをする、という動機から生まれたことのように思われるが、これらの①から③の何が問題なのだろうか。

①シリア問題での下院での採決では、自民党の中でも議論が分かれ、30人が賛成したが、9人が反対した(自民党下院議員55人中)。

10年前の英国のイラン参戦に自民党は反対した。その後の2005年の総選挙で、当時のチャールズ・ケネディ党首率いる自民党は躍進し、62議席を獲得した。その際の最大の要素は「イラク参戦反対」だった。

2010年の総選挙では、主要3政党の党首テレビ討論が初めて行われ、その結果、クレッグ・ブームが起きた。それでも2005年より獲得議席数を減らした。それを考えると、自民党のシリア武力攻撃賛成は、2005年以来自民党を支持してきた人たちをさらに離反させる可能性がある。

②自民党は、大学授業料の値上げ絶対反対を訴えて2010年の総選挙を戦かった。しかし、連立政権が授業料を9千ポンド(135万円)までと3倍に上げたことから大きな公約違反となった。

③自民党はその中に多様な意見があるが、労働党と多くの政策が似ており、そのため、選挙区によっては、自民党・労働党の支持者が、いずれかの他の党の候補者が保守党の候補者を破って当選するよう他党の候補者に投票する、いわゆる「タクティカル・ボーティング(Tactical Voting)」、すなわち「戦術的投票」がかなり広範囲に行われてきた。

自民党が保守党と連立政権を組んだために、これまで自民党に投票してきた人たちのかなり多くが自民党を離れたが、さらに労働党支持者が「タクティカル・ボーディング」で自民党候補者に投票する可能性が減った。

クレッグ党首の前任の党首だったケネディは、保守党との連立に反対したが、反対は少数派にとどまった。かつて1997年にブレア労働党との連立政権を画策したパディ・アッシュダウン元自民党党首・現上院議員らが、保守党との連立に賛成し、自民党の「トリプル・ロック(Triple Lock)」つまり「3重のカギ」となっている党内合意の仕組みを通過させ、連立に踏み切ったのである。

ケネディ元党首は、アルコール中毒で党首を退いたが、以上のことを考えると、政治感覚のある人物だったと言えるだろう。つまり、党勢拡大という点では、ケネディ元党首の判断はかなり優れていたと思われる。

ところが、上記の①から③のような重要な判断で、クレッグは党勢拡大とは反対の方向に動いている。「正しい方向」かもしれない。しかし、問題は、必ずしも自民党にとって「正しい方向」とは思われない点である。

クレッグは、連立政権の中で、一般の国民に対して大きな貢献をしている。例えば、課税最低限度額の大幅アップであり、所得税を払い始める収入額が上がったため、多くの勤労者が恩恵を受けた。しかしこういう貢献はあまり目立っていない。

自民党が次期総選挙でどの程度の議席を維持できるか予測は難しいが、議席を大きく減らすことは間違いなく、「正しいことをする」けれども、政治感覚の乏しいクレッグを党首に選んだことの叡智が問われることとなるように思われる

2015年総選挙への準備 (2015 General Election Is Not Far Away)

2015年総選挙の準備が活発化してきた。次の総選挙は、2015年5月の予定であり、まだ2年近く先のことである。しかし、オズボーン財相が2015~6年の歳出のフレームワーク(Spending Review)をこの6月26日に発表することにしたことから、連立政権を組む自民党も総選挙をにらんだ対応が迫られたことと、労働党は、何も決められないという批判を避けるため、財相の発表前に独自の方針を発表しておく必要があったためである。財相の発表では、既に守られている予算の他は、ほとんどの省庁がこれまでの削減に加え、8~10%の歳出削減を強いられる。

6月22日の、自民党の党首であるクレッグ副首相と労働党のミリバンド党首によるそれぞれのスピーチで2015年に向かっての両者の戦略の基本が明らかになった。興味深いことに、いずれの党も有権者からの「信頼」がキーとなっている。

クレッグ首相は、党所属の地方議員らに対して、2010年の総選挙で大学授業料の値上げに反対すると約束したのに、連立政権に入ってそれを破ったことから、「できることを訴える」と発言した。そして、次回総選挙後、2010年のようにどの政党も過半数を占めることのない「ハング・パーリアメント」となった場合には、党として譲歩できない点をもとに交渉するという。

その譲歩できない点とは、地方議会選挙への比例代表制導入、課税最低限度額の1万2千ポンド(180万円)以上への引き上げ、脱炭化策などだと言われる。

自民党の目標は、保守党と連立政権を組んだことや大学授業料の問題で自民党から離れた多くの有権者を再び引き寄せ、さらに新しい支持者を獲得することである。また、前チーフ・エグゼクティブのレナード卿のセクハラの問題で、クレッグ党首を含め、自民党の幹部が大きな批判を浴びた。つまり、いかに「信頼」を取り戻すかが党への支持を回復するカギである。

自民党は、その下院議員と地方議員、党員が、信頼を取り戻すために尋常ではない努力をしている。それでも次の総選挙は、非常に厳しい状況だ。クレッグは、これまでの抗議政党の立場を越えて、政府の党としての役割を担っていく覚悟があるべきだと発言したが、これは、クレッグの現在の立場を考えると当然の発言だろう。

自民党に今もなお大きな影響力を持つアッシュダウン元党首らの支持を受けている中、次の総選挙までその立場に留まるのは間違いない状況だが、総選挙の結果次第で、自らの進退を考えるように思われる。

一方、ミリバンド党首が、その政策フォーラムで訴えたことは、2015年~16年の予算では、オズボーン財相の予算の枠組みを踏襲し、追加の借金をして歳出を増やすことはしないということである。1997年にブレア労働党政権が誕生した時には、経済が上向いており、歳出を増やせる状況であったが、2015年は状況が異なるとし、もし、労働党が政権を担当しても、政府支出を削減する必要のある状況は変わらないとした。

ミリバンドには保守党の批判を予め封じる目的があった。「政策がない」とか「借金して使うだけだ」という批判をかわし、一般の有権者のミリバンドの「経済・財政に弱い」という評価を覆していく必要がある。つまり、ミリバンドは、自ら率いる労働党政権の経済財政政策への「信頼」を獲得しようとしている。

その一環として労働党は既に裕福な年金生活者への冬季燃料手当を廃止することや、子供手当も年収による額の削減を打ち出したキャメロン連立政権を踏襲することを表明している。

ミリバンドは、労働党の中では、労働党政権の政策的な夢を語りながらも、財政的には過大な期待が高まるのを防ぎ、同時に有権者にミリバンドらの「信頼性」を増そうとする対応をしようとしている。

すでに、国家公務員の一般スタッフの組合PCSは、ミリバンドは頼りにならない、とこき下ろしている。また、保守党はミリバンドの発言に、「ミリバンドは弱すぎて約束を守れない。信頼できない」と批判している。しかし、ミリバンドは、これから同じメッセージを繰り返し、訴えていくことで有権者の理解を得ようとする作戦である。

なお、賭け屋大手のウィリアム・ヒルの賭け率は、次期総選挙で労働党が最大政党になるのは4/9で、次の首相にミリバンドがなる賭け率は4/6であり、ミリバンドにかなり有利な状況だと見ている。しかし、労働党が単独で過半数を取る賭け率は5/4で、やや不安がある。

各政党は、次の総選挙に向かって、できるだけ有利な立場に立てるよう、その準備に本格的に走り始めている。