政治家の悲劇(Chris Huhne’s Tragedy)

前エネルギー・気候変動大臣クリス・ヒューンが、10年前に起こしたスピード違反に関して司法妨害罪を認め、下院議員を辞職した。「信じられない悲劇」と言われる。このような失墜を見るのはどういう立場であろうとも快いものではないが、人間的といえ、人間の業を感じさせる。

原因は、ヒューンが自民党の欧州議会議員だった2003年に始まる。空港から高速道路で自宅へ帰る途中、自動車のスピード違反にひっかかった。制限速度時速50マイル(約80キロ)のところを69マイル(約110キロ)出していたのだという。その通知が届いた時、そのスピード違反を犯したのは、ヒューンの妻だと申し出て、妻が違反点数を受けた。ヒューンはそれまでの違反点数の上に新たに3点の点数を受けると免許停止となるため、それを避けようとしたようだ。その2週間後には、自動車を運転しながら携帯電話で話していたために点数を受け、いずれにしても免許停止となった。

ヒューンは、2005年に自民党の下院議員となり、2006年の党首選挙に出馬して次点で敗れた後、2007年に再び行われた党首選挙では現党首ニック・クレッグと争った。クレッグが優位と見られていたが、蓋を開けると、4万1千余りの投票の中で、差はわずかに511票であった。実は、12月のクリスマスの多忙な時期に郵便投票が紛れ、投票締め切りに間に合わなかった票が1300票あり、その票の結果を勘定に入れるとヒューンが勝っていたと言われる。
http://www.dailyecho.co.uk/news/2175503.mp_huhne_stands_by_lib_dem_leadership_election_results/

2010年に保守党と自民党の連立政権が発足し、ヒューンは閣僚となった。かつてガーディアン紙などの経済部長を務め、格付け会社に移った後、ヒッチの副会長となった人物であり、有能な大臣として知られた。しかし、2003年のスピード違反事件が浮上してきた。ヒューンが自分の元アシスタントと不倫し、妻と別れてこの女性と一緒になることにしたためである。それに怒った元妻が2003年のスピード違反問題を知人に話したことからこれが大きなスキャンダルとなった。

英国では、このようなスピード違反で免許停止や取消しを免れるために、誰か他の人にその違反点数を受けてもらうということがかなりあるようだ。これは英国のスピードカメラでは、通常運転している人が特定できないためだ。例えば、元保守党下院議員のニール・ハミルトンとその妻クリスティーンは、スピード違反した時にどちらが運転していたか覚えていないと主張して裁判でスピード違反を逃れたことがある。現在では、このような場合、自動車の持ち主が運転していたと見做されることになっている。

つまり、ヒューンがしたことは、かなり広範囲に行われているようなことではあるが、もちろんそれが発覚すれば、これは英国では深刻な罪である司法妨害罪となる。

今から振り返ると、もし、ヒューンが2007年の党首選で勝利を収めていれば、このような問題は起きなかったかもしれない。党首としての自分の責任を認識してもう少し行動に慎重になっていたかもしれないからだ。

もちろん英国の政治家にも多くの性に関する問題がある。例えば、ジョン・メージャー元首相の元下院議員の女性との不倫、ブレア政権で副首相を務めたジョン・プレスコットの女性秘書との不倫など枚挙にいとまがない。

ブレア政権下でロビン・クック外相が妻と別れて秘書と一緒になったことがあるが、英国では、こういう問題は個人の問題として対応され、そういう問題を起こしたからといって、大臣が辞職を迫られることはない。しかし、党首となると、元自民党のパディ・アッシュダウン党首がその秘書と不倫していたことが明らかになって、その対応に苦しんだことがあるが、少し意味が異なってくると思われる。

ヒューンには実刑が言い渡されると見られている。かつて司法妨害罪でジョナサン・エイトケン元下院議員が18か月の刑期を与えられ、服役したことがある。

この事件は、ウェストミンスターに大きなショックを与えたが、政治は既に先に向かって動き出している。ヒューンの選挙区イーストレイで補欠選挙があるからだ。この選挙区では自民党と保守党が激しく競い合っており、連立政権を組む自民党と保守党がかなりすさまじい戦いを繰り広げると見られている。

党大会シーズンを終えて(How the Party Conferences Went?)

 

キャメロン首相の保守党大会のスピーチは聞かせるものだった。前日のロンドン市長・ボリス・ジョンソンの演説とは趣を変え、大向こうに受けるようなレトリックを避け、着実に自分の来歴と、自分の目指すもの、これまでの実績、そしてこれから予想される困難な障害を労働党との違いを浮き立たせるように語った。一種の緊張感を最後まで保ち、非常に完成度の高いスピーチだった。さすがという印象があった。あるBBCのジャーナリストは、首相らしい演説だったと評した。

ただし、聞き終わった後、いったい何を話したのだろうかと振り返ってみると、キャメロンのジョークと父親の話、亡くなった長男の話、そして、自分の育った恵まれた境遇を社会に広く広げたいという話であった。キャメロンのジョークは、労働党をダシにしている。労働党は政権担当中も、野党になっても、お金を借りることばかり考えている。One Nation ならぬOne Notionだと揶揄したものだ。これは、保守党大会だからジョークになる。

キャメロンのスピーチは聞かせるものではあったが、話の中で使った統計には疑わしいものがあった。もちろんどこかにそのような統計はあるのであろうが、政治的なスピーチでは、時に統計を非常に巧妙に使っている場合があるので留意しておく必要がある。

それよりも、BBCの政治副部長が、キャメロンは保守党の党首となってから7年もたつのに、自分をあらためて今さら定義しなければならないのは、尋常ではないとコメントした。一方、政治部長は、これまでの批判に対する反論を一つ一つ上げた、防衛的な演説だと評した。

キャメロン首相は、競争のますます厳しくなる国際環境の中で、英国が生き残っていくためには、国の財政を立て直し、福祉制度を見直し、教育を向上させ、公平な社会とし、誰もがよくなろう、よくしようという向上心を持つ国が大切だと訴えた。

これはよくわかる話で、多くの人がそれに賛成するだろうが、向上心や、一生懸命働くなどと言っても、このような「スローガン」は、残念ながらすぐに忘れ去られてしまうように思われる。このスピーチは保守党大会参加者にはかなりの満足感を与えたようだが、一般の有権者の判断はどうだろうか。

今年の党大会シーズンのハイライトは、ミリバンド労働党党首のスピーチだろう。10月14日のサンデータイムズのYouGov世論調査では、この党大会シーズンで最も成功したのは誰かという問いに対して、キャメロンとした人が22%、自民党のクレッグとした人が3%だったのに対して、32%がミリバンドと答えた。それまであった、ミリバンドは党首そして将来の首相としてふさわしくないのではないかという大方の見方を変えたものだったからだ。そのスピーチでOne Nation Labourを打ち出したが、これは、保守党のこれまでのOne Nation Toryを変えたものである。One Nation Toryとは「金持ち・特権階級」と「貧しい労働者階級」がかい離した国ではなく、全体で一つにまとまった国にしようとする考え方である。かつてこれを打ち出したのは、かつて保守党首相を務めたベンジャミン・ディズレーリであった。ディズレーリはもともとポルトガルから移ってきたユダヤ人移民の子孫で、ミリバンドは英国に移ってきたポーランド系のユダヤ人の子供である。ディズレーリとミリバンドはこの点で共通点があるといえるだろう。

ミリバンドンの演説は、かなりリラックスしたもので、65分の演説をすべて覚えておいて話したものだった。政策的な内容はほとんどなかったが、政策の方向性を示すもので、これには多くが驚いた。One Nation Toryの上から下を見下ろした発想ではなく、つまり、金持ちにより多くのお金を稼がせながら課税し、それを下に振りまくという発想ではなく、国全体をOne Nationに合致するように変えていくという発想である。ミリバンドは、この演説に相当な自信があったように思われる。それが演説に現れていた。その結果、政治を報道するジャーナリストのかなりの敬意を勝ち取った。これは大きな成果と言えるだろう。今後ミリバンドのことを書く際の視点が異なってくるからだ。これとOne Nation Labourのスローガンは今後長く残るように思われる。

なお、ミリバンドは、今の時点で、詳細な政策を出す必要はない。選挙はまだ2年半先のことで、経済状況はまだまだ変わる。その上、一般に英国では、選挙は「政権政党が失う」ものだと考えられている。経済状況が悪く、保守党には左右の対立があり、政策のUターンやミスが続いている。しかも保守党は、英国のEUからの脱退を求める英国独立党UKIPに大きく票を失う状況だ。自民党の支持率は低いままで、前回の総選挙で、自民党に票を投じた人の多くが労働党に投票する構えである。そういう中、ミリバンド労働党はまったく焦る必要はない。

次に自民党のクレッグを見てみよう。クレッグのスピーチは率直でしっかりしたものだったと評価される。自民党は連立政権の中で重要な役割を果たしているとし、クレッグについてきてほしいと訴えた。クレッグのスピーチで、キャメロン首相らとの間で政権の基本的な財政経済政策については変えないという合意ができていることが明らかであったが、その後のオズボーン財相のスピーチで、具体的な税制などではまだ合意ができていないことが明らかになった。

自民党の中にはクレッグ党首を今の時点で入れ替えようという考えはあまり大きくない。しかし、代替党首の筆頭候補とされるケーブル・ビジネス相のスピーチを聞きに集まった人の方が、クレッグより多かったと言う話を聞くにつけ、クレッグの命運はいずれにしても大きく変わらないと思われる。ただし、今現在党首を交代させるのは時期的に早すぎるだろう。自民党も保守党も今の時点での選挙は避けたいと考えており、次期総選挙は任期満了の2015年5月の見込みである。クレッグもスピーチで述べたように、これからさらに厳しい財政削減に取り組まねばならない状況だからだ。つまり、党首を今変えても、クレッグのように大きく人気を失う可能性がある。

一方、クレッグがどのような将来的な構想を描いているとしても、その時がくれば、かつてメンジー・キャンベルが党首から引きずり落とされたように事態は急に進む可能性がある。

いずれにしても、経済が停滞しており、しかも財政再建も停滞している中で、財政緊縮策を取る政権を担当している政党には厳しい状況だ。その中で、野党の労働党は有利な立場であったと言える。