疑問のある主張に固執する保守党

6月7日夜に行われた、7党討論で、保守党のペニー・モーダントは、既に統計規制局などに批判されている主張を何度も繰り返した。労働党のアンジェラ・レイナ―は、それは嘘だと強く反駁した。

その主張とは、6月4日の保守党と労働党の2党党首討論で、保守党のスナク首相が、労働党が総選挙に勝てば、1勤労者家庭当たり2000ポンド(40万円)税金が上がると、繰り返し、10回ほども繰り返したものである。この背景には、英国の非常に厳しい財政状況の中、英国のGDP額に近い借金を減らすため、保守党も労働党も政策の財源をはっきりさせると約束していることがある。

スナク首相の主張に対し、6月5日に統計規制局が調査を始め、その翌日の6月6日には調査結果を報告した。スナク首相は、財務省の職員がその計算をしたとしたが、財務省の職員が計算したものもあるが、保守党や外部の団体の計算や様々な条件設定が含まれており、財務省の職員が作ったものではないとした。また、スナク首相の発言では、2000ポンド増税が1年で行われるように聞こえるが、一般の人には、それが4年間のものであるとはわからないとした。さらに政党は、一般の人がわかるように統計を使い、根拠を公表すべきだとしたのである。

統計規制局の調査結果の発表のあった6月6日には、80年前の6月6日に行われた連合国軍のノルマンディー上陸作戦D-Dayの記念式典が行われた。この式典で、英国関係の行事がすんだあと、スナク首相は、バイデン米大統領やマクロン仏大統領、ショルツ独首相、さらに連合国関係代表者らと交流せずに英国に帰国した。そしてテレビ局ITVのインタビューを受けて、自分が2大党首討論で行った主張を正当化しようとした。後に、このインタビューの時間は、ITVが求めたものではなく、スナク首相側から提示されたことが明らかになった。評論家ティム・モンゴメリー(Tim Montgomerie)は、保守党関係で非常によく知られた人物であるが、スナク首相の式典途中での帰国の理由を求めて知りうる限りの保守党関係者に連絡を取ったが、何の情報も得られなかった、この帰国は最高レベルの不始末だという。明らかにこの帰国は、スナク首相の判断であろう。それほど「労働党2000ポンド増税」にこだわっていたように思われる。スナク首相は、自分の行動を何度も謝罪するはめに陥った

6月7日の討論では、保守党は、財務省の職員が作ったとは言わなかったが、同じ主張を繰り返した。6月8日になっても、スナク政権は、この主張を繰り返している。明らかに、スナク保守党は、この主張を継続するつもりだと思われる。

マニフェストは、保守党が6月11日、労働党が6月13日に発表する予定で、保守党の方針はマニフェスト発表後変更されるかもしれない。しかし、スナク首相が、「労働党2000ポンド増税」にこだわり続ける可能性は高いように思われる。

スナク首相の労働党攻撃戦略

6月4日夜の2大政党党首討論で、保守党のスナク首相は、労働党が総選挙で勝てば、税金を一勤労者家庭当たり2000ポンド(40万円)上げる(4年間で)と労働党を攻撃した。

保守党は2010年から14年間政権にあるが、有権者の3分の2が保守党政権に不満を持っている。保守党は世論調査支持率で、野党第一党の労働党に20%程度の差をつけられており、獲得議席予測では惨敗する情勢である。そのため、なりふり構わない状態になっている。

スナク首相は、討論の中で労働党が2000ポンド税を上げるとの主張を繰り返した。しかもこの数字は、偏っていない財務省の国家公務員が出したものだと主張したのである。財務省の職員が計算に関わっていたのはまちがいないようだが、保守党のスペシャルアドバイザーらが、この計算の根拠となる労働党の政策を想定し、しかも計算の根拠となる条件を勝手に判断していたようだ。マニフェストはまだ出ていない。財務相の国家公務員トップである事務次官も、保守党の大臣らにこれは財務省の仕事であるとは主張しないでくれとあらかじめはっきりと明言していた。しかし、スナク首相は、あえてそのような要請を無視したのである。

スナク首相と保守党は、財務省の国家公務員が出したということは言うことをやめたが、労働党の2000ポンド増税は、継続して主張している。保守党の選挙放送でもそれが中心メッセージである

2000ポンド増税の金額が有権者の記憶に残りやすいという指摘がある。しかも、この2000ポンド増税が話題になって以来、メディアがこれを繰り返し報道しており、保守党は「労働党政府=2000ポンド増税」を有権者の頭に叩き込むことを狙っているようだ。

保守党の「労働党が2000ポンドの増税をすると財務省の国家公務員が計算した」という主張は、統計規制局(The Office for Statistics Regulation)が調査中である。ただし、スナク首相と保守党にとっては、総選挙の結果以外のことは考えていないようだ。

一方、労働党は、スナク首相を「嘘つき」だとして個人攻撃に出ている。実際、スターマー党首は、討論の際、非常に緊張していた。そのためか、スナク首相の2000ポンド増税攻撃に直ちに対処できなかった。それでも討論後の2つの世論調査では、スターマー党首の人柄が高く評価されている。労働党は、2人の人柄の差を取り上げていくだろう。なお、労働党にとって、「2000ポンド増税問題」は、警鐘といえるだろう。スターマー党首は、元人権問題の法廷弁護士であり、イングランドの公訴局長だった人物である。同じような失敗を2度と繰り返さないだろうと思われる。