袋小路に陥ったキャメロン首相(Cameron in a cul-de-sac)

EUに留まるか脱退するかの国民投票案をめぐり、保守党内が混乱している。保守党のジェレミー・ハント厚相は、保守党は一致団結していると主張したが、そう思っている有権者は、わずか10%しかいない(http://ukpollingreport.co.uk/blog/archives/7473)。

女王のスピーチにEU国民投票の法案が含まれていなかったことを遺憾に思うという5月15日の動議に賛成した保守党下院議員は116人にも上った(総勢305人)。キャメロン首相の率いる連立政権の公式な政策発表に異議を唱える動議は、自民党と労働党の大多数の反対で否決されたが、これほど多くの同調者が保守党の中から出たことは衝撃的であった。

そのため、キャメロン首相は、訪米中でありながら、急きょ保守党のEU国民投票法案を発表した。連立を組む自民党がそのような法案には賛成しないため、それを議員の法案として提出し、それを保守党として押すという形である。しかし、この議員提出法案が成立する見込みはない。これは、単に保守党内部の不満を抑え、有権者にキャメロン首相はEU国民投票に真剣だという姿勢を示すだけのものにしか過ぎない。

これには、保守党の欧州懐疑派は、対応が不十分だと見ており、しかも有権者からは、保守党が分裂しており、キャメロン首相がバタバタしているぐらいにしか受け止められていない。

悪いことに、キャメロン首相の側近が、保守党の地方組織や活動家たちが現在のような状況を招いていると批判したとされ、さらにそのような発言に活動家や下院議員たちが怒っているという報道も加わった。

こういう報道は、キャメロン首相にとっては大きな打撃だ。こういう象徴的な事件は、キャメロン首相のリーダーシップに大きな疑問を投げかけ、有権者の心に残るからである。

実際のところ、この首相側近の分析は、かなり当たっているように思われる。活動家たちは、かなり年配の人たちが中心で、昔からの価値観をなかなか捨てきれない人たちが多い(参照 http://kikugawa.co.uk/?p=427)。

そういう人たちが、英国独立党(UKIP)の脅威を最も肌身に感じている。保守党の活動家たちには欧州懐疑派が多く、そのため、その考え方に近い人たちでなければ党首になることは極めて困難だ。そのために2001年の保守党党首選では親欧州派のケネス・クラーク(前法相で現内閣府大臣)は党首になれず、ほとんど無名だったイアン・ダンカン・スミス(現労働年金相)が党員の決選投票でクラークを破り党首となった。

しかし、UKIPを支持する人たちの51%は、EUの問題をこの党に投票したい理由のトップ3つないしは4つに入れていない(http://ukpollingreport.co.uk/blog/archives/7473)。つまり、これらの保守党活動家が強く感じているEUの問題を取り上げてキャメロン首相を突き上げたところで、保守党への支持が増える保証はないといえる。

UKIP現象は、英国の現在の社会・政治状況を反映している。2009年の議員経費乱用問題などで、政治家への信頼が根底から揺るぎ、既存政党への信頼が現在の経済状況などと重なり、非常に低くなっていることが背景にある。

それでもUKIPが政党として躍進し、政権を握ることを期待している有権者は今のところ少ないと思われる。次期総選挙では今のところUKIPが議席を獲得することは難しい見通しだ。同党の財務担当が政策に力を入れなければならないとし、政策が乏しいことを認めたが、UKIPは政権を担えるような政党ではない。それでもUKIPの躍進は保守党の票を大きく奪い、保守党の獲得議席を大幅に減らす可能性が高い。

保守党の下院議員や活動家の中には、キャメロン首相の進める保守党近代化(これは保守党を「嫌な党」から脱皮させるための方策であるが)に反対している人も多い。この政策には同性結婚を認めることや、非常に厳しい財政削減を行っている最中にもかかわらず国際援助費を増額するなどが含まれているが、これらに反発する人たちも多い。特に同性結婚の問題は、伝統的な価値感に反するために保守党の中に強い反発がある。

同性結婚の問題が自分の投票行動に影響を与えるという人は上記の世論調査でわずか7%であり、しかもそのうち58%が同性婚に賛成する政党に投票するという。確かに、有権者は単一の政策で投票を決めるものではなく、どの政党がどの程度の能力がありそうか、党首はどうかなど党全体のイメージや印象で投票する傾向が強い。そのため、望むイメージを与える政策を追求することには意味があるが、今回のように党が分裂している印象を与え、しかもキャメロン首相のリーダーシップを傷つけるような事態の展開は大きな誤算だといえる。

欧州懐疑派の中には、連立を解消して保守党の少数与党で政権を運営する案も出てきている。そうなればキャメロン首相のリーダーシップへの疑問が増す可能性があり、しかも政権はますます不安定になる。もし万一今の状況で選挙となれば、支持率で労働党に差をつけられ、UKIPに大幅に票を奪われる見込みの保守党が勝てる可能性は非常に低い。

むしろ、保守党も自民党も2015年まで待って、現在の景気が上向いたところで、その上昇ムードと、財政経済政策の成功を訴えて選挙に臨みたいと考えている。また保守党がもし自民党と辛らつな「離婚」に終われば、これまで党のイメージを変えるために努力してきたことが無駄になる可能性もある。つまり、両党ともに現在「離婚」する考えはない。このような状況の中で、保守党は連立政権が分裂する事態も想定してその場合のシナリオも研究していると伝えられたが、自民党には今のところそのような動きはなく、このシナリオの話は、保守党の党内対策の感が強い。

BBCの政治部長であるニック・ロビンソンが現在の保守党の問題を端的に表現している(http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-22517322)。

Many Tories loathe Brussels, hate Coalition, distrust their leader and are terrified of UKIP.

つまり、多くの保守党下院議員は、EUを嫌悪し、連立を組む自民党を嫌い、党首のキャメロン首相に不信を持っており、そしてUKIPに怯えているというのである。

UKIP現象は、単に英国のEUとの関係のみの問題ではなく、はるかに広範囲のものであり、キャメロン首相が短期的なその場しのぎの対応を続けても、これらの下院議員たちが満足する可能性は乏しい。結局のところ、キャメロン首相は、連立政権の中で制約を受け、保守党の不満分子の求めることを受け入れる余地はなくなっている。キャメロン首相は、袋小路に陥ってしまっているようだ。

もし英国がEUを離脱すれば?(What If UK Leaves EU)

保守党の下院議員が中心になって、EUに留まるか否かの国民投票に関連した法案が5月8日の女王のスピーチに含まれていなかったことに遺憾の意を表する動議が提出された。その討議と採決が5月14日か15日に行われる見込みだ。

女王のスピーチでは、キャメロン首相率いる保守党と自民党の連立政権の今後1年間の政策を表明した。キャメロン政権では、親欧州派の自民党が反対するため、EU国民投票関連の動きを進める政策を進めることが難しい。そのため、この動きは、保守党がEU国民投票に前向きだということを強調する一種のデモンストレーションと言える。5月2日の地方選で、英国のEUからの撤退を党の看板にすえるUKIPが大きく躍進したことに対して、保守党が危機感を高めていることがその背景にある。

ただし、この動きがどの程度のインパクトがあるのか疑問だ。世論会社のPopulusが5月8日から10日に2千人余りにどのニュースにもっとも気づいたかという質問を行ったが、女王のスピーチを挙げた人はわずか3%だった(https://twitter.com/PopulusPolls/status/332843047664635904/photo/1)。高級紙では女王のスピーチにかなり大きな紙面が割かれたが、一般の有権者の関心は低い。

労働党の大半と自民党がその動議に反対し、しかも保守党の中にもその動議に反対する議員がでる見込みで、動議が可決される可能性はほとんどないが、たとえ可決されても拘束力はなく、何も変わらない。そのため、この動きは自己満足的なものにしか過ぎないように思える。

英国がEUから離脱すればどうなるか?

保守党の重鎮の元財相のナイジェル・ローソンが、キャメロン首相がEUとの関係を改めるための交渉をしてもあまり意味がない、英国はEUから撤退すべきだ、と主張し、保守党関係者に大きな衝撃を与えた。保守党のラモント元財相やジョンソン・ロンドン市長らは、まずは交渉をしてみて、それで成果が上がらないようなら英国はEUから撤退すべきだと考えている。いずれも、基本的に、英国がEUから離脱しても大丈夫だという考え方に立っている。

英国がEUから脱退すればどうなるかについては、決定的な分析はない。そのプラス・マイナスについては、わからないというのが結論である(参照:http://www.bbc.co.uk/news/business-22442865)。

英国がEUに加盟していることで支払っているのは、2012年に150億ポンド余りであり、そのうち、英国に返ってくるものを除くと約70億ポンド(約1兆円)である。英国はドイツの次に実質拠出額の多い国であり、GDPの約0.5%である。ただし、それがEUを脱退するとなくなるわけではない。例えば、EUのメンバーではないノルウェーは単一市場に入るために、より貧しいEU加盟国に一定額を拠出している。つまり、英国がEUを脱退した後も継続して単一市場に残ろうとすればかなりの費用負担が必要である。

EUの規制が、英国にコスト増などの負担を強いていると見られるが、EUを脱退したとしても、そのまま残す必要があるものはかなり多いと見られている。すぐに廃止できるものはそう多くないようだ(タイムズ紙5月8日 David Charter)。

貿易では、英国はその半分をEUと行っており、輸出よりも輸入のほうがかなり多い輸入超過となっている。しかし、英国への企業投資は、EUのメンバー国であることがプラスに働いているものが自動車産業などかなりある。英国の金融セクターへの影響もある。経済的なプラス面とマイナス面をすべて網羅して適切に判断することは極めて困難だ。また、英国がEUを離れると、その国際舞台での威信や影響力の低下は避けられないと見られ、それを政治的・経済的にどう評価するかもある。

読めないEU脱退の影響

多くの議論で欠けていると思われるのが、EU脱退の短期的な影響である。英国がヒース保守党政権下でEECに加盟した時に、英国経済へのプラス効果がすぐには現れなかった。労働党ではEECの問題について意見が対立し、その結果、次の労働党政権下で国民投票をせざるを得ない状況となった。一方、もし英国がEUを離脱すればそのマイナス効果はすぐに表面化する可能性がある。

EU脱退は、その国民投票の結果が出てからのこととなるが、細部にわたる交渉が必要であり、脱退するのにも時間がかかる。つまり、中途半端な状態が続くこととなる。また、国民投票の結果が出れば、その時点から企業は新しい状況に対して動き始める。その結果、投資の中止、引き揚げなどの動きの影響がすぐに出てくる可能性がある。

さらに、その時点での景気の動向もあるだろう。景気の上昇局面と下降局面では、その影響が異なる可能性がある。

しかも、EU脱退のマイナスの影響の出てくる時期が選挙に近いと、時の政権にとっては、有権者からの反応が心配となるだろう。問題は、このような時期や状況がどれくらい続くかをあらかじめ予測することは極めて難しいように思われることだ。

結局、英国には、EUから脱退しても大丈夫だという威勢のよい見解はあるものの、離脱の影響が十分読めないために、よほど大きな政治・経済的環境の変化がなければ、英国のEU脱退は政治的に非常に大きなリスクがあるように思える。