スナク首相の苦境

スナク首相が次期総選挙を来年10月31日に考えているのではないかという憶測がある。次期総選挙は遅くとも2025年1月までに実施なければならない。しかし、スナク首相率いる保守党は、野党第一党の労働党に15%を上回る差をつけられており、その差が縮まらないばかりか、直近の世論調査の中には28%という結果が出たものもある。

インフレはやや落ち着いてきたが、それでも6.7%と高く、生活苦は続いている。その中で、来年10月31日総選挙のアイデアは、1年後には現在の経済状況を改善できる可能性に期待をかけ、また、その時は、大学生が学期中間休暇(ハーフターム)で、住んでいるところにいない可能性が高いことに期待をかけているようだ。若者の支持は圧倒的に労働党に偏っている

スナク保守党政権は、まだ1年過ぎたばかりだが、2010年から13年間続いている保守党政権の問題を引き継ぎ、さらに次から次に出てくる問題の対応に四苦八苦している。保守党下院議員の辞任などを受けた補欠選挙では、労働党や自民党に次々に敗れ、直近の2補欠選挙では、圧倒的に保守党が強かった2議席ともに労働党に敗れた次に予想される補欠選挙でも保守党が勝てる状況にはない。下院議員の不品行や、それを看過してきた風潮が問題の根底にあるばかりではない。保守党の公共サービス運営も大きな批判にさらされている。短視眼的な政策で緊縮政策を推し進め、公共投資が不足し、必要なお金を提供せず、2010年に保守党が政権に就いた時よりはるかに悪くなっているという。

10月初めの保守党大会で、スナク主将は英国の第2都市バーミンガムと北部イングランドの重要都市マンチェスターを結ぶ高速鉄道(HS2)の建設を取りやめると発表した。土地購入も進展しており、既に購入した土地は売却するという。イングランド北部と南部の格差を解消すると言いながら、鉄道網はキャパシティの限られた既存のものに頼らざるを得ない。その政策のちぐはぐさ、同時に打ち出したイングランド北部の格差解消策がいい加減なものであったために、大きな批判を受けた。驚くことにHS2建設の廃止もイングランド北部の格差解消策も政府の自ら設けたインフラ諮問委員会に諮ったものではない。

環境問題対策を緩和する方針も打ち出したが、これは、国内ばかりか国際的な批判も受けた。この政策緩和の目的の一つは、自動車の使用者を重んじるとしたものである。このアイデアは、ボリス・ジョンソン元首相が下院議員を辞任した後の今年7月の補欠選挙で、勝てると思っていなかった保守党候補者がロンドンの労働党市長の自動車排出ガス対策地域拡大方針に反対する政策を打ち出し、その結果、かろうじて勝ったことから来ている。しかし、その際の他の補欠選挙、その後の補欠選挙や世論調査の結果から、世論調査の権威ジョン・カーティス教授は、ジョンソン元首相選挙区の補欠選挙結果は、「蜃気楼」だとする。

右を向いても左を向いても苦境に陥っているスナク首相には選挙のことしか頭にないようで、場当たり的対策に終始している。そのため、なかなか日の目が見えず、苦境に陥っている。

2010年以来の緊縮財政がもたらしたもの

今秋の新学年が始まる間際になって、ある学校の天井に使われたコンクリートが落下した。このコンクリートは多くの学校で使われており(病院や英国議会の建物を含め非常に広範囲に使われている)、児童生徒に危険をもたらす可能性があることから、イングランドの学校を担当するスナク政権の教育相の指示で多くの学校で施設が全面的または部分的に使えなくなった。このコンクリートの問題は、かなり前から指摘されていたが、これまでその対策改善への予算は大幅削減されていたのである。最近起きている多くの問題は、刑務所脱獄、地方自治体の財政危機、NHSの問題などを含め、保守党が政権についた2010年以来行っている緊縮財政の結果もたらされたものといえる。

2010年総選挙では、1997年以来政権に就いていた労働党が敗れ、最も多くの議席を獲得した保守党と第3党の自民党で連立政権を作り、5年間政権を担った。2010年総選挙の労働党の大きな敗因は、2007から8年の世界金融危機である。当時のブラウン労働党政権が銀行のとりつけ騒ぎなどを抑えるために数々の銀行の支援に踏み切り、国有化など一連の政策をとった。英国政府は今でも、NatWest銀行(かつてのRoyal Bank of Scotland)の38.6%の株式を持っている。

保守党は、労働党政権の経済財政政策を攻撃し、政権に就いてから緊縮財政を打ち出した。しかし、保守党の政策がそううまくいったわけではなく、保守党のオズボーン財相が、2012年のロンドンパラリンピックのメダル授与式に出席した際、観衆からブーイングを受けたほどだった。しかしながら、2015年の総選挙では、大方の予想に反し、保守党が過半数を占めた。その一方、それまでの5年間連立政権を組んだ自民党は、壊滅的な敗北を喫し、57議席から8議席となる。保守党が単独で政権を担うことができたために、キャメロン首相が思っていなかった、公約したEU離脱の国民投票を実施せざるを得なくなり、また国民投票で離脱という結果となるとは思っていなかったキャメロンは、即座に首相を辞任することとなる。

保守党は、2015年総選挙のキャンペーンで、財政赤字は労働党前政権のせいだと主張した。2010年総選挙で労働党が敗れた際、労働党のリーアム・バーン財務副大臣が、次期政権の財務副大臣宛てに「お金はない、幸運を祈る」というメッセージを残した。ジョークのつもりだったのだろうが、保守党は、このメッセージをたびたび取り上げて労働党の経済財政政策を攻撃した。バーンは、2015年の総選挙後、そのメッセージを残したことを、毎日非常に恥ずかしく思っていると言ったが、保守党政治家は2023年の現在でもそれを持ち出して労働党を攻撃する。なお、国の借金は一般の人やビジネスの借金とは大きく異なる。英国政府の借金は、今やGDP額に達しているが、日本政府の借金は国のGDPの2倍を超えている。

2010年総選挙でキャメロン保守党が訴えた政策の一つは、小さな政府で、政府の支出を極力減らし、減税を行うことが保守党のイデオロギーでもある。労働党政権で財政運営を誤ったためにお金がないという主張は、保守党の都合にもあっていた。しかし、労働党政権は13年も前のことである。緊縮財政を継続し、十分な投資を怠ってきたことが、現在の状況を招いていると言える。