キャメロン首相の能力

保守党が世論調査の支持率で再び労働党に差をつけられ始めた。711日に行われたYouGov/Sunday Timesでは保守党33%, 労働党 38%, 自民党 9%, UKIP 12%であり、保守党は労働党を5ポイント下回っている。保守党が来年5月の総選挙で勝つためには、労働党を10%近く上回る必要があり、その差を埋め、さらに差をつけるのは簡単なことではない。

714日に始まる週前半に内閣改造が行われると見られているが、あと10か月の任期内に何ができるか疑問がある。総選挙を控え、連立政権を組む自民党との政権内での軋轢が増すのは間違いなく、この内閣改造は、単なる化粧直しに過ぎないと言える。

キャメロン首相は、内閣の3分の1は女性であるべきと発言したことがある。女性の登用で、その目標に近づけようとしているのは間違いない。これは若干の世論調査支持増加の効果があると思われるが、一時的なものだろう。すぐに夏休みに入り、9月の党大会シーズンまで政治的に低調になるからだ。

タイムズ紙の政治部長が、キャメロン首相は内閣改造よりも自分の側近に手を入れた方がよいのではないかと示唆したが、キャメロン首相にはそのような考えは全くないようだ。しかし、最近、キャメロン首相の判断能力が問われることがたびたび起きている。EUの首相ともいえる立場の欧州委員会委員長のポストをめぐって、キャメロン首相はEU加盟28か国のうち、ドイツを含めた26か国の支持したユンケル前ルクセンブルグ首相に反対した。この問題でも焦点のあたったのは、キャメロン首相の下でEUの状況分析、判断をするスタッフの能力である。

キャメロン首相の首相官邸での体制は、トニー・ブレア元首相のものに似ているが、要となるのは、首席補佐官のエド・ルウェリンである。ルウェリンは、このEU分析で大きな役割を果たしているが、欧州委員会委員長人事についての動向を十分把握していなかったようだ。特に問題と思われるのは、政治家が国益や政治状況によってその立場を変えることがあるということを軽視していたように思われることである。

この点で、ブレアの首席補佐官だったジョナサン・パウエルとは差がある。パウエルは、北アイルランド問題でブレアのネゴシエーターとして活躍し、関係者の裏の裏まで読み、困難な交渉を成功裏に終えた人物だ。

ブレアはスピーチをできるだけ自分で書くなど、自分で考えることが多かった人物であるが、キャメロンはほどほどで満足する人物だと言われる。それを考えるとキャメロンのような人物には特に優れたスタッフが必要だろう。キャメロンのブレーンの中心人物の一人、オズボーン財相はキャメロンに一日2回会っている。ルウェリンに多くの批判があるが、キャメロンは現在のブレーンの構造を変えるつもりはない。これもキャメロンの判断能力の一部と言える。

今後10か月間、政権のミスをなくし、攻勢に出る必要があるが、キャメロンが総選挙で勝つためには多くの幸運が必要であるように思われる。

高齢者票に期待するキャメロン首相(Cameron Relying on Elderly Votes)

2010年総選挙の前に主要3党の党首討論が行われた。その第2回目の討論で、労働党のブラウン首相(当時)が保守党のキャメロン党首(当時)に質問した。保守党のマニフェストには、高齢者への無料の薬処方と検眼が含まれていないがどうするのかときいたのである(これらはイングランドのみで他の地域は分権されている)。

キャメロン首相は即座にいずれも行うと返答し、マニフェストで既に約束していたテレビ視聴料無料、冬季光熱費補助(Winter fuel payments)、バス無料乗車証を改めて繰り返した。

キャメロン首相は、これらを再び2015年総選挙のマニフェストで約束する考えだ。また、2010年に自民党との連立政権下で導入した基礎年金の上昇率を保証する「トリプルロック」をさらに2020年まで保証すると明言した。なお、これについては、野党労働党も同じ考えを示している。

なお、2013年度の週当たりの基礎年金は以下の通り
1人:£110.15(18,945円:1ポンド=172円)
夫婦:£176.15(30,297円)

また、貧困層に与えられる年金クレジットを加えた最低保障は週当たり以下の通り
1人:£145.40(25,008円)
夫婦:£222.05(38,192円)

トリプルロックとは、物価上昇率(CPI)、平均賃金上昇率もしくは2.5%アップのうち、最も高いものを基礎年金の上昇率にあてはめるというものである。つまり、最低2.5%アップすることになる。そのため、2012年度は5.2%アップ、そして2013年度は2.5%アップした。2014年度は2.7%アップで1人週113.10ポンド(19,453円)となる。その結果、2014年度は、このトリプルロックがなかった場合に比べて年間440ポンド(75,680円)高くなる。

基礎年金支払総額は労働年金省の計算(2012年)では現在価値で以下のようになる。

2010年度 580億ポンド(9兆9760億円)
2011年度 600億ポンド(10兆3200億円)
2015年度 660億ポンド(11兆3520億円)
2021年度 760億ポンド(13兆720億円)
2031年度 1,160億ポンド(19兆9520億円)
2061年度 3,020億ポンド(51兆9440億円)

この増大する年金に対して政府は年金受給年齢を上げることで対応しようとしている(拙稿参照)。

しかし、キャメロン首相は、基礎年金のアップ率を保証するだけではなく、裕福な人にも一律にテレビ視聴料無料、冬季光熱費補助、バス無料乗車証を継続すると言うのである。これらは2014年度には以下のような額(75歳以上)となる。

テレビ視聴料無料

6億1,600万ポンド(1,059億5200万円)

冬季光熱費補助

22億ポンド(3784億円)

バス無料乗車証

12億ポンド(2064億円)

この高齢者への厚遇は、選挙を念頭に入れているのは間違いない。前回の2010年総選挙の年齢別投票率では、18歳から24歳までの投票率が44%であったのに対し、65歳以上は76%であった。

またこれは英国独立党(UKIP)対策でもある。8千人余りを対象とした世論調査によると2010年総選挙で保守党に投票したが、次の選挙でも保守党に投票すると言わない人が37%いたが、もし総選挙がその次の日にあればその人たちの半分以上の55%はUKIPに投票するつもりだという結果が出ている。 2013年のYouGovの世論調査によると、50歳を超える有権者の割合は46%でだが、UKIP支持者のその割合は71%だという。UKIPにはかなり高齢者の支持が高い。つまり、次期総選挙で、これらの高齢者に下院に議席を持たないUKIPよりも政権を担当する可能性のある保守党に投票する方が得策だと信じ込ませる戦略だともいえる。