キャメロン首相に移民制限ができるか?

イギリスの経済成長率はG7トップだが、ドイツを含めユーロ圏は経済が停滞しており、欧州からの移民は益々増える勢いだ。移民の数は20143月までの1年間で243千人の純増となっており、その3分の2EUからの移民がもたらせたものである(拙稿参照)。EU内では、新加入国を除いて、人の移動の自由の原則を定めたローマ条約が適用されており、自由に移動できる。

イギリス独立党(UKIP)への支持の増加に伴い、キャメロン首相は移民対策に躍起だ。UKIPはイギリスをEUから脱退させることを標榜しているが、イギリスがEUの中にいる限り、移民を抜本的に減らすことは不可能だと主張している。 

キャメロンは既にこれらの移民に対する福祉手当の制限を打ち出しているが、その効果は乏しい。さらにクリスマス前までに移民政策を打ち出すと約束したが、その方策には、移民の上限枠を設ける、もしくはイギリスで働くために必要な国民保険番号の数を制限するなどの案が出ていると言われる。しかし、人の移動の自由の原則に抵触しない変更は極めて難しい。

その中、ユンカー次期欧州委員会委員長が労働力の自由移動について次期欧州委員に送った指示が明らかになった。移動の自由をさらに容易にするとしたもので、この欧州委員(ベルギー人)は移動の自由の原則は揺るがない主張している。また、移動の自由の原則を基本的に変えることを支持しているEU加盟国は他にない。 

キャメロンは、もし来年の総選挙の結果、首相の地位に留まれば、EUとの関係(移民の問題は最重要課題)を交渉し直し、その後、2017年末までにEUに留まるかどうかの国民投票を行うと約束している。キャメロンは、基本的にイギリスはEUの中に留まるべきだとしているが、EU内の移民の問題で国民の納得のいく交渉結果を得ることは困難だ。

しかし、その前に、保守党はUKIP対策を打つ必要がある。UKIPに票を奪われているからだ。1120日に行われる補欠選挙では、保守党を離党してUKIPに入ったマーク・レックレスが優勢だと伝えられ、UKIP2人目の下院議員が選出される可能性が高まっている。もしそうなれば、UKIPにさらに勢いをつけるばかりか、保守党の内部が大きく揺らぐ可能性がある。 

キャメロンは、移民に対する強い立場を打ち出さざるをえない立場に追い込まれている。ミリバンド労働党党首は出来ないことは約束しないとし、出入国のチェック徹底(なお、出国チェックはメージャー保守党政権で廃止した)など常識的な範囲の政策を発表している。しかし、キャメロンはその程度の政策では党内も満足させられない。そのためEU法に違反することを承知の上で、イギリスが一方的に上限を定めるなど捨て身の策を打ち出すかもしれない。

保守党の暗い見通し

恒例の秋の保守党大会の始まる前日、保守党下院議員のマーク・レックレスが、イギリス独立党(UKIP)の党大会に出席し、保守党を離党し、UKIPに加入すると発表した。8月のダグラス・カースウェルに引き続き、2人目の保守党からUKIPへの転換である。そしてレックレスも下院議員の職を辞職し、補欠選挙で戦う。 

この党大会は、来年57日に予定されている次期総選挙前の最後の党大会であり、世論調査でリードされている労働党を追い抜くためには大切な場である。ところが、レックレスの離党だけではなく、閣外相の稚拙なセックススキャンダルでそのポストを辞任するという事態もあり、党大会のスタートは大きく乱れた。 

保守党は次期総選挙で勝てないのではないかという雰囲気が高まる中、2005年に保守党党首の座をキャメロンと争ったデービッド・デービスが、UKIPがこれから二ケタ台の支持率を維持していくようだと、総選挙では何かすごいことが必要だと発言した。また、保守党の副幹事長をかつて務めたアッシュクロフト卿の世論調査によると、労働党が過半数を上回る状況であり、保守党にとっては、暗いニュースが続いている。 

レックレスの選挙区(Rochester And Strood)の補欠選挙は11月中旬になると見られている。最初にUKIPに移ったカースウェルの補欠選挙は、109日に行われるが、地元で人気が高く、しかもUKIPに投票しそうな有権者層が最も集中している選挙区(Clacton)であり、カースウェルが圧勝すると見られている。一方、レックレスの場合、補欠選挙で勝つのはそう簡単ではないと見られている。選挙区では、伝統的な保守党支持の層が強く、カースウェルの場合とは異なるからだ。

レックレスは、2010年の総選挙で初当選したが、下院の内務委員会のメンバーでもあり、その欧州懐疑的な行動から下院で目立つ存在である。なお、レックレスの選挙区は保守党が非常に強い選挙区であり、レックレスがUKIPに移らないと次期総選挙で議席を失う恐れがあったとは見られていない。それでもレックスが勝つ可能性の少ない補欠選挙をするとは考えにくい上(レックレスが計算間違いをしているかもしれないと指摘する声もある)、賭け屋もレックレスが勝つと見ている

カースウェルの補欠選挙のある日には、労働党下院議員の死去による補欠選挙(Heywood And Middleton)も行われる。この補欠選挙では、労働党が勝つと見られているが、次点には保守党ではなく、UKIPが入ると見られており、この10月、11月は保守党にとってはたいへんみじめな時期となりそうだ。 

来年5月の総選挙までに残された時間はそう多くないが、キャメロン首相にかかる重圧はそう簡単に軽くなりそうにない。補欠選挙が行われ、UKIPをメディアがますます頻繁に取り上げるばかりではなく、現在は党所属下院議員のいないUKIPが新下院議員(実際には元保守党下院議員だが)を得て、下院で保守党を揺さぶる活動を積極的に進める可能性がある。つまり、UKIPへの注目度がさらに高まり、UKIPの支持率をさらに押し上げる可能性がある。

保守党からさらに下院議員がUKIPに移るのではないかという噂が多くなり、保守党の下院議員が浮き足立ち、保守党内での不信が高まり、同時にキャメロン首相の信頼が弱まり、権威が下がることとなる。

このままでは、保守党はガタガタになっていく可能性が強まっていると言える。いかに優れた、妥当な政策を打ち出しても、有権者の信頼を失えば選挙に勝つことは難しい。