スコットランドSNP政権の危機

スコットランドでは、現在、スコットランド国民党(SNP)が政権を担当している。SNPは、これまでスコットランド緑の党と協力して政権を維持してきたが、その関係を突如解消し、緑の党を怒らせたために政権瓦解の危機に瀕している。

2021年のスコットランド議会議員選挙で、スコットランド独立を標榜するSNPは全129議席のうち64議席を獲得した。そして8議席を獲得した、スコットランド独立に賛成する緑の党と「ビュートハウス合意」と呼ばれる政策協定を結び、協力関係を維持した。

ところが、SNPがこの緑の党との関係を突如解消したのである。その大きな原因は、英国の総選挙である。英国の総選挙は、2025年1月までに行われる必要がある。そのため今秋にも実施されると見られているが、それより早い可能性もあることから、SNPは、党内の対立を抑え、2024年スコットランドの有権者に、より受け入れられやすいと思われる政策に転換するために、4月25日、緑の党との連携の解消したのである。そして、政権の準閣僚に任じていたスコットランド緑の党の共同代表の2人を解任した。緑の党は、気候変動対策(例えば、温室効果ガスを2030年までに1990年レベルに比べて75%削減する政策はSNPが廃棄した)に力を入れているばかりではなく、ジェンダーアイデンティティの問題にも強い意見を持っている。

これに対して、緑の党は態度を硬化させた。この事態に対して、スコットランド議会の第2党であるスコットランド保守党は、スコットランド第一首相のハムザ・ユーサフの不信任案を提出した。そして、緑の党は、不信任案に賛成すると表明したのである。

スコットランドへの分権は、トニー・ブレア労働党政権下で1999年に実施されたものである。スコットランドはもともと1707年まで独立国家であった。スコットランド独立運動があるため、その運動が激しくなることを警戒して、英国の国会であるウェストミンスター議会とは異なる選挙制度が導入された。ウェストミンスター議会では、すべての議席が小選挙区であり、各選挙区で最多の得票をした候補者1人が当選する制度であるが、スコットランド議会議員選挙には、小選挙区制と比例代表制の2つの要素をもたせ、一政党が議会の過半数を取りにくくし、政党同士に協同させる仕組みを取り入れている(小選挙区比例代表連用制と呼ばれる)。具体的には、129議席のうち、73議席は小選挙区で、それぞれの選挙区の最多得票者1人が当選するが、スコットランド全体を8つに区分した地域に7議席ずつ割り当てられた議席は、それぞれの政党の比例区の得票とそれぞれの比例区内での政党の小選挙区議席数を勘案して、修正ドント方式で議席数を割り当てる。すなわち、もし、ある比例区で、一つの政党が比例の得票で割り当てられた議席数を既に小選挙区で獲得している場合には、それ以上の議席は配分されない。なお、日本の衆議院議員選挙では、小選挙区での当選者数と比例区での当選者数は別々に数えられる(小選挙区比例代表並立制と呼ばれる)が、スコットランドでは、そうではない。それでもSNPは2011年に単独で過半数を獲得したことがある。

2021年スコットランド議会議員選挙結果(と現有議席)

政党名小選挙区議席比例区議席獲得議席合計現有議席
SNP6226463
保守党5263131
労働党2202222
緑の党0887
自民党4044
Alba0001
7356129128
なお、2021年の時点では、SNPは、64議席だったが、2023年の党首選に立候補した1議員が、政策の相違で、2021年設立のAlba(スコットランドのゲール語でスコットランドの意味)党に党を移ったため、現有議席は63議席である。現議長は、緑の党の議員だったが、党籍を離れているため、現有議席の欄の合計は128となっている。

スコットランドでは、2007年の議会選挙後にSNPがわずかな差で第一党となり、少数政権政党となったことがある。スコットランドの制度の協同の考え方で、大過なく任期を終え、その後は他の政党よりもはるかに議席数の多い最大政党を維持してきた。

しかし、現在は、次期総選挙前で、SNPを含め、他の政党も素直に協同の考え方は通用しない状況となっている。

現在、スコットランド議会は129議席で、SNPは63議席を持つ。議長は、可否同数になった時に、現状維持に投票することとなっているため、もしSNP以外の議員1人(例えば、Albaの1議員)がユーサフの不信任案に反対すると、ユーサフは信任される。

もし、ユーサフが第一首相として不信任になったとしても、制度上、ハムザが第一首相を辞任する必要はない。しかし、議会の信任のない状態で第一首相を継続していくことは極めて難しい。さらに、予算関係の議案では、基本的に過半数が求められるために、これらの議案への対処が問題になる。

その上、議会第3党のスコットランド労働党が、SNP内閣の不信任案を提出した。これに対して緑の党がどう対応するか、はっきりとしていない。もし緑の党が不信任案に賛成すると、議会選挙を求める声が高まるだろう。なお、次の選挙は2026年の予定である。ただし、第一首相には解散権はなく、選挙を実施するには議会の3分の2の賛成が必要である。SNPは議会のほとんど半分の議席を持っており、SNPが選挙に賛成しないと選挙はできない。一方、第一首相が辞任した後、28日間以内に次期第一首相が選ばれないと、選挙となる。次期第一首相が、議会の投票で、他の政党の明確な支持(賛成)、黙認(棄権)を受けないと選挙となる。

現在のスコットランドで、すべての政党が選挙を求めているわけではない。現在の世論調査によると、SNPは、議席数をかなり減らす可能性が強い。SNPは、ニコラ・スタージョン前党首・第一首相の夫でSNPのCEOだった人物が横領の容疑をかけられたばかりである。また、保守党は議席を大幅に減らすのは間違いない。一方、労働党、緑の党と自民党は議席を伸ばす見込みだ。

ユーサフ第一首相が辞任しても、それで事態が解決するわけではない。SNP内部の対立や保守党の判断、さらに、元SNP党首・第一首相だったアレックス・サモンド率いるALBA党など、様々な思惑や動きで情勢は変化していくものと思われる。

トップ政治家の終わり方

スコットランド自治政府首相二コラ・スタージョン(52歳)が、率いるスコットランド国民党(SNP)の党首並びに自治政府首相を辞任すると2月15日に発表した。SNPはスコットランドの独立を目指して生まれた地域政党で、左派の政党である。スタージョンの辞任のニュースは、英国中を驚かせた。スタージョンは、地方政治家ではあるが、全国的に有名で、現在の英国の政治家の中で最も優れているとの声もあるほどだ。

スタージョンは、16歳でSNPに入党し、グラスゴー大学で法律を学んだ後、弁護士となり、1999年にスコットランド議会議員となる。2004年の党首選挙でアレックス・サモンドの副党首として立候補、当選した。サモンドはウェストミンスターの下院議員だったため2007年のスコットランド議会選挙まで、スコットランド議会でSNPのリーダーを務める。2007年の議会議員選挙でSNPが政権を獲得し、スタージョンはサモンド内閣で、副自治政府首相となった。2014年の「スコットランド独立レファレンダム」では、スタージョンが先頭に立って運動を展開したが、独立反対が多数を占め、独立に失敗した。サモンドが、責任を取って、党首・自治政府首相を退いた後、後任の党首・自治政府首相に就任し、現在に至る。

スタージョンは、英国下院の2015年総選挙前の党首討論で、明確な議論を展開し、そのディベート術は誰にも引けを取らなかった。非常に高い評価を受け、その前の2010年総選挙の6議席を56議席と伸ばした(2011年のスコットランド議会選挙でSNPは前回2007年の46議席から69議席を獲得し、スコットランド議会の過半数を制していた)。そのため、討論する相手としては、非常に手ごわい相手だと見られ、2017年、2019年の総選挙では、現職の首相がテレビ討論を避ける動きに出たほどだ。

スタージョンに対するスコットランド住民の支持率は若干下がっているが、継続して高い。しかし、スタージョンの成し遂げたかったスコットランド独立レファレンダムは、ウェストミンスター政府が認めなかった。最高裁が、スコットランド議会はこのレファレンダムをウェストミンスター政府の許可なく行うことはできないと判断し、その代わりの方法を模索している段階である。また、世論調査では、独立反対派がかなり上回る状態だ

さらに最近の性別転換議論をめぐるスコットランド議会とウェストミンスター政府との対立の問題もある。スコットランド自治政府は、SNPと緑の党で成る政府だ。緑の党が性別転換の容易化を強力に推進し、SNP(反対者もいる)、緑の党、それに労働党らの支持で、その法案をスコットランド議会で通した。しかし、その法案が法律になるには、国王の裁可を受ける必要があるが、それをウェストミンスター政府のスコットランド大臣がスコットランド法の権限を使って、拒否した。スコットランド政府は、最高裁に訴え出たが、最高裁は、スコットランド大臣の行ったことは合法とした。この問題は、まだしばらく尾を引きそうで、SNPには頭の痛い問題である。

その上、急激な物価上昇の中、NHSや教員のストライキの問題など、頭の痛い問題が多い。

スタージョンの退陣で、スコットランドの独立運動が弱まる、またはSNPへの支持が弱まると見る向きは多い。2019年総選挙で、労働党は59議席あるスコットランドでわずか1議席しか獲得できなかった(一方、SNPは48議席)が、それが最近の支持率増加で、25議席程度まで増えるかもしれないと憶測する向きもある。

スタージョンは、若い時から、政治に打ち込んできた。流産を経験し、子供はいない。スタージョンは、現代の政治は残酷ともいえ、自治政府首相は気を緩める余裕がない、エネルギーが次第になくなってきている、人間としてもう少し時間を過ごしたい、と辞任の記者会見で語った。先だって首相を辞任したニュージーランドのアーデンを思い起こさせる発言だ。かつてウィンストン・チャーチルが首相在任中の1953年に脳卒中で倒れたが、そのことを本人の指示で秘密にしたことがある。かなり長い期間、政治の表舞台から消えたが、気づかれなかった。このようなことは現在では極めて困難だろう。

スタージョンを強く批判する人もいる。スタージョンは、自分の都合で自治政府首相をやめた、辞任を迫られてやめたのではない、というのである。しかし、政治が人生のすべてではないだろう。

政治家の中には、はっきりとした目的を持って、それを貫く人もいるが、権力の座にいることに満足を感じて、それから退きたがらない人も多い。例えば、かつてマーガレット・サッチャーは自分でないと英国の首相は務まらないと考えていたふしがあり、夫のデニスのアドバイスもなかなか受け入れず、劇的な失脚を招いた。

スタージョンが、「2015年からの自分の政権でより公平なスコットランドにした」と自分の業績を辞任記者会見で語ったが、何かやり遂げたという満足感を背景に、自分の素直な気持ちに基づいて辞任することはそれなりに正当化できると思われる。ただし、スタージョンの場合にも、その夫でSNPのチーフエグゼクティブであるピーター・マレルに関連したSNPの資金に関する問題を警察が調査中とされる。政権が長期になると、どうしても緩みが出てくると思われ、その点では、長期政権は望ましいものではない。