「性認知改革案」でスコットランド独立熱が高まる?

スコットランド議会が、生来の男女の性別を当人の意思で変えられやすいようにする「性認知改革案(Gender Recognition Reform bill)」を3分の2以上の賛成(86対39)で可決した。これに対し、ロンドンのスナク保守党政権のスコットランド相が、拒否権を行使し、英国(北アイルランドを除く)の機会均等などに反するとして認めないとした。この法案は、スコットランドに権限移譲されていない「保留事項」に触れるというのである。このため、この法案は英国国王の裁可を受けることができず、法律とはならない。スコットランド相のこのような拒否権行使は、現在のスコットランド議会が1999年に設けられてから初めてのことである。このスコットランドとロンドンの対決は、スコットランド独立運動に少なからず影響を与える可能性がある。

イングランドとスコットランドはもともと別の国であったが、1707年の合同法で統一された。しかし、1997年に政権についたブレア労働党政権は、スコットランドの独立運動に配慮し、住民投票を実施した後、大幅な権限をスコットランドに移譲し、スコットランド議会を1999年に設けたのである。

スコットランド議会の設置当初、スコットランドの独立を求める地域政党スコットランド国民党(SNP)は、スコットランド議会内の少数派だったが、急激に支持を伸ばすことになる。もともと、スコットランド議会でSNPが多数を占めることを恐れ、過半数を占めにくいような選挙制度(小選挙区比例代表併用制)を採用した。この制度では、有権者は、小選挙区と地域比例代表(政党の名簿に基づく)の2票を持つ。小選挙区の当選者を優先するが、8つに分けた地域代表選出議席をそれぞれの地域内の小選挙区の獲得議席数とリンクした。なお、日本の衆議院の選挙制度は、小選挙区と比例代表の議席を基本的に切り離し、小選挙区での獲得議席とは別に、比例区でそれぞれの政党の獲得票に基づいて議席を割り振るが、スコットランドでは、比例代表の得票で割り当てられた議席数に小選挙区で当選した議席数を勘定に入れる。小選挙区での獲得議席が多ければ、比例代表の得票で割り当てられた議席数を超えて比例区の議席を割り当てられない。そのため、比例区内の小選挙区の議席をすべて獲得してもその比例区に割り当てられる議席はないということもありうる。例えば、2021年のスコットランド議会議員選挙では、SNPは、73の小選挙区議席のうち62議席を獲得したが、比例区では2議席しか獲得できず、64議席に終わった。全129議席で、その過半数は65議席だが、SNPは過半数に1議席足りず、スコットランド独立を謳う緑の党と連立を組み、政権を維持している。

SNPは、2007年に議会最大政党となった。129議席中47議席しかなかったが、緑の党の首席大臣指名協力を経て、少数与党政権を率いた。政策ごとに対応を変え、政権を運営し、その次の2011年スコットランド議会選挙では69議席を獲得し、過半数を制した。これまで、スコットランド議会で1党が過半数を制したのはこの時だけである。

2014年には、スコットランドの独立をめぐるスコットランドの住民投票が行われた。当時のキャメロン保守党政権の支持を得て実施されたが、結果は、45%独立賛成、55%反対という結果で、独立は否定された。キャメロン政権は、スコットランドの独立熱を見くびっており、投票日が近づき、世論調査で独立支持が急激に伸びてくるのにあわてふためく場面もあった。

SNPは、継続して議会の最大政党としてスコットランド政権を維持している。スコットランド独立の夢を抱き続けている。そして独立をめぐる住民投票を2023年10月に実施する案をスコットランド議会で可決したが、保守党政権はそれを認めず、SNP政権は英国の最高裁に判断を求めた。最高裁の判断は、スコットランド議会がロンドンの中央政府の支持なしにそのような住民投票を実施できないとした。

そのため、SNP政権は、2年以内に行われる英国下院の総選挙や2026年5月に行われるスコットランド議会議員選挙をスコットランド独立住民投票へのスプリングボードにしようとしているが、それが目的通りの効果を生むかどうかはっきりしない。

そのなかで、性認知改革法案の問題が出てきた。この問題は、SNPが2016年のスコットランド議会選挙のマニフェストで訴えて以来のものである。手続き的な問題を簡略化し、また申請者の年齢を18歳から16歳に下げるものである(なお、スコットランドでは、スコットランド議会と地方議会選挙の投票権は16歳に与えられている)。スコットランド議会で野党の労働党や自由民主党などの賛成も得て可決されたが、SNPや労働党にも反対投票した議員もいる。特に、簡単に性転換できるようになると生来の女性や少女たちの「安全なスペース」が侵害されたり、制度が悪用されたりする可能性があると指摘する。労働党のスターマー党首は、16歳への年齢引き下げに懸念を表明している。

一方、これまで、スコットランドで独立熱が高まるごとに、地方分権の程度の問題が取り上げられてきた。すなわち、より多くの権限を与えれば、スコットランドの、独立したいという気持ちを抑えることが可能だという議論である。ところが、性認知改革法案の件で、実際には、スコットランドは、自分たちの決めることが実行できないということが確認されることとなった。

SNPは、スコットランド相の判断について、裁判所の判断を仰ぐとしている。ただし、裁判所の判断がどうなろうとも、スコットランドの住民が自分たちの権利について大きな疑問を持ち始めるきっかけとなったと思われる。どうなるか注目される

反ストライキ法案

英国のインフレは、10%を超えている。それに対し、政府の提供する賃上げが十分ではないと、公共サービスに携わる労働組合が次から次にストライキに打って出ている。看護、救急車、鉄道、郵便、教員、出入国管理などをはじめ、一般の公共サービス部門に広くわたっている。

2010年に始まった保守党政権の緊縮財政で、公共サービスに関係する分野の賃上げは、2010年以来のインフレ率を考慮に入れると、例えば、看護師では2010年レベルよりも実質10%下がっている。

2022年10月にスタートしたスナク保守党政権は、その前のトラス政権の財政政策で金融の不安定を招き、わずか50日の短期政権となったことを受け、その財政政策は極めて慎重で、容易に財布のひもを緩めようとはしていない。

ストライキは「使用者側」と「労働者側」が、給与の額で相容れない際に行われる。それは、通常、お互いの交渉で歩み寄って解決するが、現在起こっているストライキでは、政府側がその立場に固執する傾向が強いようだ。

かつてマーガレット・サッチャー保守党政権で、1980年代に炭鉱労働者組合を相手に、強硬な組合対策を実施し、ストライキを押しつぶしたことがあるが、その際には、サッチャー政権が慎重な準備を進め、非効率になっていた鉱業を大幅に縮小する政策とともに進めた。しかし、現在、行われている労働争議は、そのような慎重な準備とはかけ離れている。ウクライナ戦争で突然起きた、ガスなどの燃料の価格急上昇と大幅なインフレで起きた労働争議である。特にこれまでの保守党政権で、財政緊縮に重点を置き過ぎていたため、今回のような非常時の準備、例えば、ガスの備蓄などが十分ではなかった。しかも、英国がこれまでの投資の欠如とEUを離脱したブレクシットの影響で、主要先進国の中で、英国だけがまだコロナ禍前の経済レベルにまだ達していない問題もある。

スナク政権が、公共サービスの労働者に対応する新たな策として、ストライキを大幅に制限する、反ストライキ法案を提出した。この法案では、大臣が公共サービスの最低サービスレベルを決め、その最低サービスレベルを守らない労働者は、使用者が解雇できるというものである。これには、労働組合は一斉に反発しており、次期総選挙で勝つことが有力視されている労働党は、この法案が法律になれば、政権に就けば、それを廃止するとする。

スナク政権は、対応策に欠けており、どの程度現在の姿勢を維持できるか注目される。