メイの難問:イギリス離脱後のEUとの貿易関係

メイ首相は、EU離脱後、イギリスはEUの単一市場も関税同盟も離脱するとしている。関税同盟は、域内の関税をなくし、域外からの輸入に同じ関税をかけるものであり、他の国に対しては一つのブロックとして交渉する。そのため、イギリスはこれまで独自の貿易交渉をしてこなかった。イギリスの単一市場、関税同盟離脱の大きな理由は、EUに事実上の決定権を握られ、しかもイギリスが独自に貿易関係を結ぶことができないからである。

ただし、それではイギリスの貿易の半分近くを占めるEUとの貿易関係をどうするかという問題がある。EU内にあることでイギリスに拠点を置いてきた外国資本がイギリスから撤退していくかもしれない。また、アイルランド島内のイギリス領北アイルランドとアイルランド共和国(EUメンバー)の国境問題がある。現在の境界も検問もない状況のままで継続していくためには、イギリスとEUとの貿易関係を緊密にし、検問などのチェックをできるだけなくする仕組みにしなければならない。

そこで出てきたのが、以下の2つの案であるが、いずれもEU側は消極的である。

①Max Fac(Maximum Facilitation)案:認定企業制度とテクノロジー(まだ開発中のものを含む)などを駆使し、国境でのチェックをできるだけ少なくする案である。しかし、税関でのチェックが完全になくなるわけではない上、EU側も同じような制度を設ける必要が出てくる。また、このような試みは世界でまだなく、実施までにかなり時間がかかる可能性がある。

②関税パートナーシップ(Customs Partnership)案:関税同盟の代わりに、イギリスとEUとの間で新たな枠組みを作り、EU並びにイギリスへの外部からの輸入に関し、それぞれの手続きをお互いの手続きと同じと認め合う案である。関税に関しては、もし外国からモノがイギリスに入ってきた場合、EUもしくはイギリスの関税のうち高い方をかけ、もしモノがイギリスに留まり、イギリスの関税がEUより低いものであれば、その関税の差を輸入業者は払い戻し請求ができる仕組みである。

この案では北アイルランドの国境で通関チェックの必要なしで済ませられる。しかし、EUの様々な規制に縛られる他、EU側、イギリス側の両方でかなり大きなコストがかかると見られる。また、事実上、イギリスがEU外の国と貿易関係を結ぶのに障害があると心配されている。

メイ首相は、この②案の方をよいと考えているが、5月2日のブレクジット内閣小委員会でこの案への反対が上回った

EU側は、アイルランドの国境問題の解決策をこの6月のEUサミットまでに合意したいと考えている。この問題は、EUとイギリスの将来の貿易関係に非常に密接に関係している。時間は乏しい。

なお、これからのイギリス・EU関係のスケジュールの概略は以下の通り。

2018年6月28-29日 EUサミット

2018年10月18-19日 EUサミット: EU側交渉代表者のバーニエはEU側がそれまで交渉してきた離脱合意に合意することを目指している。これには、「移行期間」に関する合意も含み、将来のイギリスとEUの関係についての「政治宣言」を含む。

2019年1月 イギリス議会と欧州議会の両方の離脱条約承認を目指す。

2019年3月29日午後12時(イギリス時間3月29日午後11時)イギリスがEU離脱。計画通りに進めば、イギリスは「移行期間」に入り、EUの意思決定過程から外れるが、それまでのイギリス・EU関係が続く。この関係は、2020年12月31日まで続き、それ以降、イギリスとEUは新しい関係に移る。イギリスは他の国と独自の貿易条約を結ぶことができるようになる。

ブレクジット交渉の難問の一つアイルランド問題

イギリスはEUから2019年3月末に離脱する。EU側のイギリス離脱交渉責任者ミシェル・バーニエによると、交渉の75%は合意したという。しかし、バーニエは、離脱合意に至るには、アイルランド問題での合意が不可欠だとする

ここでのアイルランド問題とは、アイルランド島内のイギリス領北アイルランドとアイルランド共和国の国境の問題である。イギリスがEUを離脱した後、イギリスとEUとの地上での国境が接するのはここだけである。現在、両者の間には地図上の国境はあるが、建物も検問もない。ところが、イギリスが、EU離脱後、EUの単一市場も関税同盟も離脱する方針であることから、EU側は、EU内の統一性を維持するために現状のまま放置できず、何らかの対策を立てなければならない。昨年12月の交渉で、イギリスは、もしこの国境問題で両者が合意できなければ、EU内の統一性を守るための方策を講じることに合意したが、その内容について争っている。

イギリスのメイ政権は昨年の総選挙で過半数を失ったが、その政権を閣外協力で支えているのが、北アイルランドの民主統一党(DUP)である。このユニオニスト(イギリスとの関係を維持していく立場)政党はイギリスのEU離脱に賛成しているが、アイルランド共和国との国境に新たな建物や検問を設けることに反対する一方、イギリス本土と異なる扱いを受けるのに反対している。北アイルランドのナショナリスト(アイルランド共和国との統一を目指す立場)政党も新たな国境制度を設けるのには反対しており、アイルランド共和国も基本的に同じ立場だ。北アイルランドをアイルランド共和国と共に関税共通地域として、アイルランド島とイギリス本土との間に関税などの国境を設ける方策にはDUPが反対している。イギリス政府は、絶対譲歩できない立場(レッドライン)として単一市場も関税同盟も離脱するとし、北アイルランドとアイルランド共和国との間は新しい国境制度を設けず、テクノロジーで対応するとしているが、これがきちんと機能すると考える人は少ない。

離脱合意が達成できなければ、離脱後予定されている「移行期間」もなくなり、イギリスは2019年3月末で、いわゆる「崖っぷち離脱」することとなる。すなわち、来年3月末で法制が変わり、貿易関係やそれ以外のイギリスとEUの関係が大きく混乱することとなる。

その一方、きちんと離脱合意がなされるには、イギリス議会や欧州議会での合意内容の吟味や審議、それに採決もあるため、今年秋までには基本的な離脱合意がなされる必要がある。そのためにはアイルランド問題はこの6月のEUサミットまでに解決される必要があるとされている。すなわちほとんど時間がない。

DUPのフォスター党首は、バーニエを攻撃し、バーニエは北アイルランドの状況を理解していない、「誠実な仲介者」ではないなどと発言したが、フォスターはバーニエの役割をわかっていないようだ。バーニエは、EU側の交渉担当者である。EU側(アイルランド共和国を含む)の利益を優先するのが、その立場である。この事態を招いているのは、その立場に固執しているメイ政権といえる。

メイは、ラッド内相が辞任し、自分の内相時代に推進した移民政策の批判に直接さらされる状況にある上、さらに5月3日の地方選挙では保守党がかなり劣勢と見られている。その上、議会の上院で政府のブレクジット政策が次々と覆されている中、メイ政権内の離脱派・残留派のバランスを取り、さらに政権を維持していくために保守党内の離脱派・残留派の対立もまとめていく必要がある。これらに関連したアイルランド問題を処理し、EU側との離脱交渉を進めていくのも簡単ではない。これらは実はメイが自ら作り出した状況である。