アイルランドの中絶合法化の北アイルランドへの影響

5月25日の妊娠中絶に関する国民投票で、アイルランドは妊娠12週間までの中絶を認めることになった。アイルランド共和国と国境(地図上のもので、フェンスも検問もない)を接するイギリスの北アイルランドでは、妊娠中絶は禁じられており、非常に思い刑罰を科される可能性がある。

アイルランドの国民投票の結果を受け、このアイルランド共和国とイギリスの北アイルランドの差をなくすため、北アイルランドの制度を変えるべきだという意見が強く出てきている。北アイルランドの第二政党のシンフェイン党は、南のアイルランド共和国と両方に基盤を持つカトリックの政党だが、アイルランドでは、中絶を認めるキャンペーンに参加した。そして北アイルランドでも同じ制度にするようキャンペーンを始めている。

そしてイギリスのメイ政権の女性担当相をはじめとする有力女性議員たちが、北アイルランドでも中絶を認めるよう強く働きかけている

しかし、北アイルランド最大政党である民主統一党(DUP)はプロテスタント政党だが、中絶反対の立場を変えていない。そしてこの問題は北アイルランドに決める権利があり、北アイルランド議会で決めるとする。

北アイルランドは分権されており、独自の議会と政府を持つ。しかしその政府は、2017年1月に崩壊して以来、機能していない。北アイルランド政府は、グッドフライデー(ベルファスト)合意で、イギリスとの統一を重んじるユニオニスト側(DUPら)とアイルランド共和国との究極的な統一を目指すナショナリスト側(シンフェイン党ら)の共同統治となっている。そのため、それぞれの立場から全く同じ権限の首席大臣と副首席大臣を出すことが必須である。2017年の政府崩壊は、ナショナリスト側最大政党のシンフェイン党のマクギネス副首席大臣が辞任し、代わりの人を出すことを拒否したため起きた。この事態を打開しようと北アイルランド議会選挙が行われたが、北アイルランドの政治情勢は変わらず、現在まで政府を樹立できず、議会も機能していない。そのため、必要があれば、イギリスのロンドンのウェストミンスターにある議会で法律を成立させている。

そこで、ウェストミンスターでは、北アイルランドの政治不能の状態を逆手に取り、中絶の問題についてウェストミンスターの議会で押し通せばどうかという意見も出ている。

しかし、DUPの閣外協力で政権を維持しているメイ首相は、DUPの意思に反した行動を取れない。また、DUPが北アイルランド議会でというのは、シンフェイン党に共同統治に戻るよう促している意味がある。

一方、シンフェイン党は、DUPがその方針を変えようとせず、アイルランド語の公式な制度化を渋っていることなどを理由として共同統治に戻る考えは今のところない。その上、シンフェイン党はIRAの政治組織として生まれたことから、ウェストミンスターを信頼していない。そのため、イギリスの総選挙で候補者を立てて当選しても(2017年には7人当選した)、女王に忠誠を誓うことを拒否して下院に出席していない。すなわち、シンフェイン党がウェストミンスター議会にこの問題で助けを求めることはありそうにない。

そのシンフェイン党の当面の対応は、アイルランドできちんと妊娠中絶が制度化されれば(今年中に行われる予定)、北アイルランドの住民が南のアイルランド共和国へ行って中絶できるようにすべきだというものである。これは、現在、北アイルランドからイギリス本土へ行って中絶することができることに対応した考えである。

シンフェイン党が北アイルランドで住民投票を求めるかどうか注目されるが、DUPはそれには反対するだろう。シンフェイン党が求めたとしても、それを決める北アイルランド議会が機能していない状態では、ウェストミンスター議会に頼るしかない。堂々巡りとなる可能性がある。様々な政治的な読みと駆け引きがあるだろうが、北アイルランド議会、政府がきちんと機能しなければこの問題は前に進まないように思われる。

DUPの妊娠中絶に対する立場に縛られるメイ首相

北アイルランドの民主統一党(DUP)は、イギリスの下院に10議席持ち、メイ保守党政権を閣外協力で支えている。昨年6月の総選挙で過半数を割った保守党は、下院で過半数を確保するためにDUPの協力が必要だ。その上、ブレクシットをめぐり、保守党内で強硬離脱派とソフトな離脱を求めるグループが対峙している中、EU離脱支持派であり、ほとんど一丸となって動くDUPの協力は不可欠だ。

2018年5月25日のアイルランドの妊娠中絶を認めるかどうかの国民投票で、3分の2が認めるとし、認めないとする方が3分の1であった。これでアイルランド共和国では認められることとなる。ただし、同じアイルランド島の中の、イギリスの北アイルランドでは認めないままであることから、メイ保守党の女性議員の中にも認められるようにすべきであるという意見が強まっている

北アイルランドはイギリスの一部ではあるが、イギリスが妊娠中絶を1967年に認めたのは適用されず、今もなお、妊娠中絶は犯罪である。妊娠がどのような理由によってもたらされたとしても、医師が母体を守るために他に手段がないと判断した時以外、禁止されている

2016年11月、北アイルランドの裁判所がそれを国際人権法に反するとしたが、DUPらは法律を変えることに反対してきた。これは、DUPを創設し、後に首席大臣となったイアン・ペースリー牧師らの宗教的信念に基づいたものだ。

なお、北アイルランド第二党のシンフェイン党は、アイルランド共和国とまたがって両方に政治勢力を広げている。このカトリック政党のリーダーに今年就いたばかりの女性党首は、アイルランドの中絶認可に賛成した。そして、シンフェイン党は妊娠中絶のルールについてアイルランド島全体で統一されたものとすべきと訴えている。

しかしながら、メイ首相は、保守党内の女性議員らから突き上げがあっても、DUPに配慮し、北アイルランドでの法律改正には慎重だろう。数か月先には最高裁で北アイルランドの中絶禁止が女性の人権侵害になっているかどうかの判断が下される予定だ。状況が変わる可能性があるが、メイ首相は、DUPの意向を無視して行動できず、ブレクシットも含め、手が縛られた形となっている。