移民:日本は英国の経験から何を学ぶか?

国際化の波の中では、それぞれの国への移民を制限するかどうかにかかわりなく、結婚をはじめとするさまざまな要因で移民は増加し、その結果、異なった人種間の融合が進む。そのトレンドは長期的にますます強くなっていくだろう。それでは短・中期的にどう対応していくか?

英国の経験はその一つの参考とできるだろう。英国への移民は、第二次世界大戦後、本格的に始まった。そして移民を制限する努力を重ねているにもかかわらず、現在、非白人が800万人と人口の14%を占めるまでとなった。しかも非白人の出生率は高く、現在のまま推移すると2050年までに人口の20から30%を占めるようになるだろう、とのシンクタンクPolicy Exchangeの報告書が発表された。

この報告書では、英国の主要な非白人、インド人、パキスタン人、バングラデシュ人、アフリカ系黒人、カリブ系黒人の5つのグループを焦点に絞り、それぞれの社会環境や政治的傾向などにも触れている。なお英国の人口増の83%2001から2011年)は非白人によるものであり、非白人の割合は、5歳未満の子供の4分の1を占めているという。

この報告書の結果は、オックスフォード大学の人口学者デービッド・コールマン教授の予想と基本的に同じである。コールマン教授は、現在の移民のレベルが続けば、2070年までに英国では白人の英国人(英国人以外の白人もいる)が少数派となるだろう、その結果、英国の国民のアイデンティティが大きく変わる、つまり、文化、政治、経済、宗教が変わり、そしてこれらは、後戻りできない動きとなるだろうというのである。白人の英国人の出生率の減少がその大きな原因であるが、この傾向は、欧州のほかの国も同様であり、ドイツ、ベルギー、スペイン、オーストリアなどの変化は英国を上回るという(拙稿ニュースレター20135月号2070年・白人の英国人が少数派となる日)。

 歴史的視点 

英国はかつて世界の人口の4分の1を擁していた。そしてかつての大英帝国から多くの国が独立していった。現在でもエリザベス女王はオーストラリア、カナダ、ニュージーランドを含め16か国の元首である。なお、英国の元植民地を中心にした英連邦(Commonwealth)は緩い集合体だが、53か国が参加しており、現在でもかなりの存在感がある。アジア、欧州、アフリカ、北アメリカ、ラテンアメリカ、オセアニアに参加国があり、すべての主要宗教と人種を含んでいる。

しかし、移民が本格化するのは第二次世界大戦後である。英国では労働力が不足し、欧州からばかりではなく、旧植民地から多くの人たちが仕事を求めて来た。1945年には非白人の住民は少なく、数千人だったと言われるが、1970年には140万人となった。度重ねて移民を制限しようとしたが、1990年代以降も英国に来る移民の数が増え、現在に至る。 

この間、英国は、人種差別問題に端を発した人種暴動や地域社会での軋轢など多くの社会問題を経験した。1993年の黒人少年スティーブン・ローレンスが殺害された事件の警察の対応をめぐり、警察官の人種的偏見の問題が浮き彫りになり、今でもこの問題は続いている。

2011年国勢調査による人種別割合

人種 人数 %
白人 55073552 87.2
インド人 1451862 2.3
パキスタン人 1173892 1.9
バングラデシュ人 451529 0.7
中国人系 433150 0.7
他のアジア人 861815 1.4
黒人 1904684 3
混血 1250229 2
その他 580374 0.9
合計 63182178 100

 政治的影響

保守党は人種構成の変化を心配している。それが保守党の盛衰に関係する可能性が高いためである。白人の割合が次第に減っており、国勢調査では1991年には全人口の94%、2001年には91%が白人だったが、2011年には87%となった。5歳未満の子供で見ると白人の割合はわずかに73%にすぎない。

これが保守党にとって問題なのは非白人で保守党へ投票する人の割合が低いからである。2010年の総選挙の分析では保守党を支持したのは白人の37%だったが非白人はわずか16%にとどまった。一方、労働党は68%の支持を集め、自民党は14%だった。

これにそれぞれの社会階層の違いはほとんど関係していない。白人の中流階級の44%は保守党を支持し、それより下の階級の支持が32%であったのに対し、非白人の中流階級で保守党を支持したのは15%にとどまり、それより下の階級の保守党支持13%よりわずかに上回ったに過ぎなかった(拙稿ニュースレター20133月号 人種構成の変化と政治)。

この傾向は、上記の報告書でも同じである。特に来年の5月に初めて総選挙に投票する人たちのうち、非白人は18%だという。2010年にはこの割合は12%であった。 

日本への教訓 

移民は、その出生率の違いなどからその割合の急激な変化を招き、比較的短い期間に社会的に大きな影響をもたらす可能性がある。長期的に見れば当然といえることであるが、その過程で社会的な混乱を生む可能性がある。それを最小限にとどめるためには、人種差別問題などを含め、他国での経験を慎重に研究し、それらを踏まえて先を読んだ対応が要求されるといえるだろう。

公職に就く人の倫理(Ethics in high offices)

猪瀬直樹氏が「政治家としてアマチュアだった」と発言して都知事を辞職した。この言葉を政治の世界をよく知らなかったため失敗したと解釈している人が多いようだが、これは必ずしも正しいとは思われない。

まず、猪瀬氏の行政手腕に大きな問題があったのだろうか。当面大きな政治課題は2020年東京オリンピックを成功させるための準備であり、与党の自民党や公明党らの支持で、特に政治手腕の必要とされる状況にあったとは思えない。

一番大きな問題、すなわち失敗は徳洲会から5千万円を受け取ったことである。この問題で「アマチュア」だったと言うのは、受け取り方を誤ったということだろうか?政治のアマチュアであろうがプロであろうが、このお金の受け取りが何らかの疑念を招く可能性は十分に理解できたはずだ。

公職に立つ人の倫理は、英国では基本的に二つ原則があるように思われる。まずは、もちろんそのような行為をしないことである。そしてもう一つは、そのような行為をしたと疑われそうなことをしないことである。

英国ではジャーナリストらによる政治家へのおとり取材がよく行われている。通常ビジネスマンに扮したジャーナリストが金銭的な対価を提示して政治家に特定の利益のために働くようもちかけ、その始終をビデオ映像などで記録するという手段を使う。そのようなおとり取材は倫理的に疑わしいが、英国では一般に必要悪として受け止められており、公共放送のBBCでも番組パノラマでよく行っている。このようなおとり取材では、政治家に問題発言をさせようと故意に仕掛けてくるために、その対策は困難だ。しかし、基本は、そもそもそのような行為をしたと疑われるようなことをしないことである。

2009年の議員の経費乱用問題でも槍玉に上がり、また、おとり取材でも引っかかったある労働党元下院議員は精神健康上の問題で収監を免れたが、そのような状況にまで自らを追い詰めるほどのことをするだけのメリットがあったのかどうかという議論はあるだろう。しかし、問題はそのようなリスクの査定ではない。

英国でも特徴的なのは、議員経費制度の問題を挙げると、制度が設けられた当初は誰もがその制度の使用に慎重だったが、それが次第にルーズになり、濫用される状態が生まれてきたことだ。つまり、制度を設ければそれでよいというものではなく、最も基本的で、最も重要なのは、それぞれの人の倫理観であるといえる。英国でも日本でも公職に就く人は公職の意味を十分に吟味する必要があるのではないか。