頭痛の増すスナク首相

英国議会の夏季休会が終わり、議会が再開された。この中、保守党のスナク政権の頭痛が増し、その一方、労働党は、来年の総選挙、そしてその後に予想される政権担当に向けて、態勢づくりに取り組んでいる。

保守党は、スナク政権の人気挽回策の行方に期待していたが、労働党に約18%程度の差をつけられている政党支持率は回復が見られないばかりか、スナク首相への評価が下がってきている。さらに9月から新たに学年の始まる新学期の直前に1950〜90年代にかけて建設された学校などのもろいコンクリートの問題Reinforced autoclaved aerated concrete)のために多くの学校施設が危険なため使えないことが発表された。この問題はかねてから取り上げられていた問題だが、過去13年間の保守党政権の緊縮財政でこの問題が軽視され、その対策費は縮小された。特にスナク首相が財相だった2021年にはその対策費が半額にされていたとされ、スナク首相の責任が問われる可能性が高まってきた。

これまでジョンソン、トラスの元首相が起こした問題で保守党党首・首相を次々に替えてきた保守党は、来年にも総選挙を実施する必要のある中で、今さらスナク首相の首をすげ替える動きに出るわけにはいかず、スナク首相が自ら辞任しない限りリーダーを新しい人物にすることは無理な状況だ。

一方、労働党は、党内の路線問題では、スターマー党首が左派を抑え、影の内閣の改造でさらにその態勢を固めてきている。特に英国政府の中で政治家にも恐れられてきた元トップ官僚のスー・グレイ(ジョンソン元首相の辞任の直接のきっかけとなったパーティゲートの調査も実施した)がスターマー党首の首席補佐官に就任した。

保守党もスタッフを入れ替えるなど政権のリフレッシュに懸命だが、保守党政権の問題で混迷にさらに輪をかけている。リフレッシュした労働党勢いがのどの程度のものか注目されるが、もちろん、労働党にも不安がないわけではない。特に労働党の前党首コービンが来年5月のロンドン市長選への立候補をにおわせていることだ。労働党からは現職の市長が立候補することになっている。コービンは、ユダヤ人発言で労働党下院議員の資格をはく奪され、今は無所属の下院議員で、次期総選挙では労働党からの出馬はできないと見られている。コービンがもしこれらの選挙に立候補すると、コービンを支持する左派との対立が大きく顕在化して、労働党の支持に影響を与える可能性がある。

3つの補欠選挙の語るもの

2023年7月20日実施された3つの補欠選挙は非常に興味深い結果となった。いずれもスナク首相率いる保守党の下院議員が辞職したために行われたもので、そのうちの一つはボリス・ジョンソン元首相の選挙区だった。

これらの3つの選挙区の結果のうち、労働党と自民党の勝った2つの選挙区から言えるのは、労働党と自民党に投票した有権者のタクティカル・ボーティングが「完璧」と言えるほどのレベルになっていたということである。いずれも圧倒的に保守党の強い選挙区で、保守党の候補者は安泰の選挙区だったが、労働党に勝つ可能性があると見られた選挙区(Selby and Ainsty選挙結果Wikipedia 参照)で、労働党が当選し、自民党候補者が供託金没収となった。一方、自民党の勝つ可能性があると見られた選挙区(Somerton and Frome選挙結果Wikipedia 参照)では、自民党が当選し、労働党候補者が供託金没収となった。明らかにこれらの政党の支持者は、保守党候補者を当選させないために、勝つ可能性のある政党の候補者に投票したようだ。一般に補欠選挙では投票率が低い。しかし、世論調査で労働党が保守党を15〜20%リードしていることにみられるように、過去に保守党に投票した人の中に保守党へ投票することへのためらいがある。来年に予想される総選挙で、タクティカル・ボーティングが保守党の強い地域で全国的に行われると保守党はさらに40議席失うとの見方がある。2019年総選挙で比較的少ない票差で議席を獲得した保守党下院議員のかなり多くが次期総選挙で議席を失うとの見方がこの2つの補欠選挙で裏付けられたことと併せて、保守党にとっては、ダブルパンチとなったと言える。(なお、以下の表のマジョリティとは「次点の候補者の得票を何票上回るかの数のこと)

また、緑の党の支持率が伸びている。これは、保守党へこれまで投票してきた有権者が、保守党に投票せず、それでも労働党や自民党に投票したくないために、緑の党に投票した可能性が高いとされる。

なお、ジョンソン元首相が辞職した選挙区は、ロンドン郊外の選挙区である。保守党が、労働党のロンドン市長が大気汚染緩和対策のために打ち出した排出ガス規制をこの選挙の争点として戦った。わずか500票足らずの差で、予想に反して保守党が勝った(Uxbridge and South Ruislip選挙結果はWikipedia参照)が、このようなシングルイシュー選挙は、多くの政策課題に関して行われる総選挙とは異なる。ジョンソンが立候補していれば勝っていたかもしれないという声もある。しかし、ジョンソンは、パーティゲートでスキャンダルを起こし、下院の名誉委員会(Privileges Committee )がジョンソンが下院でウソをついたと認定し、長期の登院停止処分を課したために下院議員を辞職したことから、ジョンソンの適格性の問題が議論され、大きく異なる選挙戦となっていた可能性が高い。ジョンソンでは勝てなかっただろう。それでも保守党が勝利したことから、スナク首相は環境問題対策を大幅に緩めるべきだとの声が党内で高まっている。しかし、そういう戦術に効果があるかどうかは疑わしい。一方、労働党は、この選挙結果を真剣に分析している。

Uxbridge and South Ruislip 選挙区

いずれにしても、保守党と労働党は、今回の補欠選挙で、来年の総選挙に向けて多くの検討材料を与えられたと言える。