スペシャル・アドバイザーの変遷(The Transition of Special Advisers)

キャメロン政権のスペシャル・アドバイザーの数は政府の発表によると98名である。スペシャル・アドバイザーは、英国ではよくスパッズ(SpAds)と呼ばれるが、政治任用の臨時国家公務員で、大臣をサポートしながら、政治的中立を要求される一般の国家公務員の行えないような政治的な役割を担当する。

給与的には、首相に直接仕えるようなトップ級の年収14万ポンド(2200万円:£1=¥158)から3万ポンド(470万円)程度までばらつきがある。

キャメロン首相は、その職に就く前から先のブラウン労働党政権よりスペシャル・アドバイザーの数を減らすと約束してきた。また、連立合意書で、その数には制限を設けると謳ったが、これらの約束を守っていない。また、スペシャル・アドバイザーへの給与総額がかなり増えている。

財政削減で国家公務員の数が減っている中、2012-13年には前年度の85名から98名に大きく増え、その給与総額は620万ポンド(9億8千万円)から720万ポンド(11億4千万円)へと16%アップしている。

この原因は、自民党がスペシャル・アドバイザーの大幅増員を求めたことにある。保守党の単独政権ならば数の制限は守られたであろうが、連立政権を保守党と組む自民党が、政府の中で起きていることを知るには自党のスペシャル・アドバイザーの数を増やすことが必要だと主張したためだ。大臣などの役職は下院の議席数で割り当てられるため数が限られている。

自民党は、政権に参画したために、野党に配分される公費の「ショートマネー」がなくなり大きな痛手を受けた。また、次期選挙に必要なスタッフを確保しておくためにはスペシャル・アドバイザーとして保っておくことが最も手早い方法である。いずれにしても下院議員の数に比べて自民党のスペシャル・アドバイザーの数が多い。

スペシャル・アドバイザーは基本的にそれぞれの省庁の大臣の責任で雇う(そのルールは大臣規範3.2参照)。そのため、大臣がその職を離れればそのスペシャル・アドバイザーは同時にその職を離れることになるが、次の大臣が引き継ぐ場合や、中には専門的知識のために党派を超えて継続する人もいる。

なお、このスペシャル・アドバイザーの枠組みで対応しにくい「専門家」を雇う制度が昨年設けられた。これは職階でいうと課長級のスタッフを期限付きで雇う仕組みである。これは、スペシャル・アドバイザーの数を増やしにくいための裏口ルートだとして批判が強い(参照)。

これらのスペシャル・アドバイザーが中立であるべき行政を汚染していると考える人が多い。ブラウン前首相の下でスペシャル・アドバイザーを務めたダミエン・マクブライドの例が記憶に新しい。

もともとこのスペシャル・アドバイザーには、ブレア元首相の下で広報局長だったアラスター・キャンベルやキャメロン首相のスティーブ・ヒルトンなど、権限や性格で突出した人たちのイメージがある。BBCの人気政治コメディ「真っただ中(The Thick of it)」でもこれらの人物のイメージにならった人物が登場した。

最近の研究によれば、スペシャル・アドバイザー像がかなり変わってきている(これはUCLの憲法部門の1979年以来の分析で、来年夏に刊行予定)。50代の人が大きく減り、平均年齢が31歳と下がってきている。

これから見ると、かつてイメージのあったような政治的に強引な介入をする役割から単なる大臣のサポートへと重点が移りつつあるようだ。また、目立つ人が減っている。アメリカで9・11が起きた時に「悪いニュースを葬るいい機会だ」とのEメールを送って顰蹙を買ったスペシャル・アドバイザーもいたが、全体的に小粒になってきているようだ。

ただし、スペシャル・アドバイザーを管理監督するのはそれぞれの大臣であり、大臣の管理運営能力を高めることは必要だ。ハント健康相は、文化相時代に自分のスペシャル・アドバイザーをそのニューズ・インターナショナルの幹部との関係を巡って辞めさせた(参照)。トカゲのしっぽ切りのように見えたが、大臣のスペシャル・アドバイザーの管理は重要である。

下院議員の歳費アップ提案(A Proposal to Raise MPs’ Pay)

下院議員の年俸を現在の₤66,396(約1千万円:₤1=150円)から2015年から₤74,000(1千百万円)に上げる提案がなされた。これは、政府と議会から独立した機関である独立議会倫理基準局(Ipsa)の提案である。2009年に発覚した議員経費乱用問題で、議会の担当部門がその役割を十分果たしていなかったことから、Ipsaは独立した組織とされ、しかも下院議員の歳費を定める役割も果たすことになった。歳費に関する権限が2011年5月、年金は同年11月にIpsaに渡った。なお。上院議員には歳費はなく、日当である。

Ipsa提案の概要

・2015年5月に予定されている総選挙後に下院議員の歳費を₤74,000とする。それ以降、経済全体の平均収入のインデックスに従って決まる。
・国家公務員並みに年金を引き下げる。
・議員を辞めた後の調整費(Resettlement Payments)を廃止し、落選した場合のみに解雇手当を支給する。
・ビジネス経費とそれ以外の経費を区別し、支出基準や項目を厳しくする。

さらに議員に年間報告書を発行するよう提案した。

英国ではインフレが2%台であるが、国家公務員の給与は年に1%アップまでと凍結されており、下院議員の給与もそれに横並びとなっている。ところが、Ipsaが2年近く先ではあるが、2015年春から下院議員の給与を大幅に上げることとしたことから、この提案が「政治的な問題」となった。

政治家にとっては、国家公務員給与を凍結し、また、民間では給与カットを受けている人も少なくない状態で、しかも総選挙からそう遠くない時期に下院議員の給与の大幅アップを決めるのはまずい、という判断がある。引退・落選議員に支払う補助金や、議員の経費の削減、さらに年金の削減が伴うが、全体からすれば支出が₤500,000(7500万円)増える。

そのため、主要三党の党首のいずれもがそのアップに反対した。問題は、政治家がその給与に関与できないように独立機関を設けたのにもかかわらず、政治家がその提案に反対するという状態になっていることだ。

Ipsaの判断の背景

Ipsaの判断の背景には、英国の下院議員の歳費が他の主要国の国会議員の歳費よりかなり少ないことがある。また、英国内の同等と思われる職業の給与水準との比較もある。

これまで、特に諸外国と比べて低いため、大幅に上げる提案が出るたびに、その時の首相がそれに反対し、その上昇率を抑える代わりに、議員の経費の枠と額を増やしていた。それが議員の経費乱用問題を招いた大きな要因である。

この過去からの「遺産」を考えると、行わねばならないことは、議員の歳費を上げるとともに、それ以外の経費の枠を削り、整理することである。Ipsaの案はそれを反映している(http://parliamentarystandards.org.uk/payandpensions/Documents/9.%20MPs%27%20Pay%20and%20Pensions%20-%20A%20New%20Package%20-%20July%202013.pdf)。

実際に、英国の下院議員の歳費の額は、世界ではかなり低い。このIpsaの報告書では、2013年7月2日現在の数字が上げられているが、主な国は以下の通りである。

 

国名 金額
スペイン ₤28,969(435万円)
フランス ₤56,815U(852万円)
英国 ₤66,396(996万円)
スウェーデン ₤69,017(1035万円)
米国 ₤114,660(1720万円)
オーストラリア ₤117,805(1767万円)
イタリア ₤120,546(1808万円)

なお、上記の報告書では触れられていないが、他のメディアでは、Ipsaの出所として日本は2012年現在、₤167,784(2517万円)とされている。

なぜこの緊縮財政の時に大幅アップをしなければならないのかについては、上記の報告書でも触れているが、タイミングを待っていると、これまでの30年間と同じことの繰り返しとなってしまうと主張している。そして、議会の途中で大幅アップは望ましくないが、次の総選挙後から新しくスタートすべきだとしている。そして長期的な案を出すようにしたという。

Ipsaの言っていることはかなり筋が通っているように思える。しかし、今までのところ国民の多くは、このアップに反対のようだ。

なぜIpsaなのか

ここでもう一度考える必要があるように思えるのは、なぜIpsaが必要なのか、ということである。多くのお金をかけて議員の経費を細かく査定する必要がほんとうにあるのだろうか?細かなお役所仕事をする組織を新たに設けただけではないのか?問題に直面した政治家たちが、その場をやり過ごすために新たな組織を設けてきちんと対応したように振る舞うのは常套手段である。Ipsaは設けられて日が浅いが、それに本当の価値があるのか見直す必要があるように思われる。