Brexitと北アイルランド

20年前の1998年4月10日、北アイルランドでグッドフライデー合意(ベルファスト合意)が結ばれた。これは、それまで30年余にわたる血で血を洗う争いをやめ、南のアイルランド共和国との統一を求めるナショナリスト側と、イギリス本土側との関係を維持していくことを求めるユニオニスト側とが、平和な北アイルランドを求めて合意したものである。特に、これに武装グループIRA(アイルランド共和国軍)の政治組織シンフェインが加わったことが大きな成果となった。IRAは武器放棄することとなった。

ところが、Brexitが、この合意を脅かしているという見方がある。これは、イギリスとEUとのBrexit交渉で北アイルランドとアイルランド共和国との国境が大きな問題となっていることに関係がある。これまで、北アイルランドとアイルランド共和国との間に「国境」はなかった。もちろん地図上にはあるのだが、車でその国境を横切っても、通り過ぎてから道路際の表示で違う国に入ったと知る程度である。

イギリスがEUを離れるにあたり、EU内の人やモノの移動の自由がなくなる可能性があり、もしその自由がなくなれば、国境で検査をする必要があるかもしれない。もしそのような事態となれば、グッドフライデー合意の基礎が揺るがせられるというのである。

この議論に対し、野党労働党の影の国際貿易相が、アイルランド共和国やシンフェイン党が、この議論を誇張しているとコメントした。そのコメントに対し、強い非難があったが、この影の国際貿易相のコメントは正しいように思われる。もう時代は変わった。かつてのように武器云々の時代ではない。ユニオニスト側のロイヤリストと呼ばれる武装グループは麻薬取引や売春などの非合法な活動を行っていると見られていたが、それらも、非合法な活動をする者たちをその組織から除名すると宣言した。また、シンフェイン党が北アイルランドでもアイルランド共和国でも正当な政党として勢力を大きく伸ばし、いずれも女性リーダーをいただく中、IRAが武器闘争に復活するとは思われない。むしろグッドフライデー合意の精神は根付いたと見る方が正しいだろう。

もちろん、グッドフライデー合意では、北アイルランドの将来は、最終的に北アイルランド住民が決めることとなっている。そのため、シンフェイン党にとっては、北アイルランドとアイルランド共和国の間に何らかの目に見える国境ができることは象徴的な意味でマイナスだろう。また、アイルランド共和国は、人やモノの動きに制約が生まれ、その経済への影響を恐れるだろう。それは、ユニオニスト側のDUP(民主統一党)などにとっても同じである。

Brexitが北アイルランドに一定の影響を与えるのは間違いないだろうが、それがグッドフライデー合意の根本に関わるという議論は少し行き過ぎのように思われる。