ジョンソン政権の命運と総選挙

イギリスの最高裁が、2019年9月24日、ボリス・ジョンソン首相が女王の大権を利用して議会を2019年9月9日から10月14日の期間、閉会としたのは違法で無効であり、そのような閉会はなかったと判示した。ジョンソンは、裁判所の判断は尊重するが、その判断は誤りだと主張している。野党らはジョンソンの辞職を求めているが、ジョンソンがそうするとは思われない。それでは、ジョンソンのこれからの行動はどうか。また、野党はどう対応するのか。

ジョンソンの行動

ジョンソンは、完全に総選挙狙いである。国民投票では離脱が多数を占めたのに、国民の願いを議会が踏みにじっている、議会を変える必要がある、そのためには保守党が勝たなければならないと主張するだろう。

ジョンソンは、EUとの離脱合意ができようができまいが、10月31日にEUを離脱すると主張している。しかし、それができない可能性が高い。EUとの離脱交渉で最大の障害となっている、アイルランド島内のアイルランド共和国とイギリスの北アイルランドとの国境問題がこれまでのところ解決できる状況にはなく、10月末までに合意することは困難だ。一方、9月9日に成立したベン法と呼ばれる新法で、10月19日までにEUとの合意ができない場合、ジョンソンはEUに交渉期間の3か月延長を申し入れなければならないこととなっている。ただし、ジョンソンのこれまでの言動から見ると、ジョンソンがそのような申し入れをしない可能性がある。その場合、野党らが裁判所に申し出て、国家公務員に代わりに申請させる方法があるとされる。この場合、EUに延長申し入れはしないと主張するジョンソンの言い訳にはなるかもしれないが、少なくともジョンソンは、10月31日に離脱するつもりであったのに議会がそれを邪魔したと訴えるだろう。

なお、イギリスがEUとの交渉期間の延長を求めれば、それが認められるのはほぼ間違いない。EU側は、イギリス離脱はEUの責任だったという非難をできるだけ避けたいとみられるからだ。延長が認められれば、野党側は、合意なしのEU離脱の可能性がなくなったとして総選挙に賛成するだろう。

ジョンソンは、これまでも繰り返し総選挙を実施するよう求めている。しかし、総選挙の実施のタイミングは首相に決める権限があるため、総選挙の日を10月31日、もしくはそれより後にすることで、事実上、イギリスのEU合意なし離脱を可能にさせる可能性があるとの不安がある。

さらに、ジョンソンは、女王のスピーチ(政権の施政方針演説)を予定通り実施するつもりのようだ。施政方針は、通常1週間程度で採決されることとなるが、下院の過半数を持たないジョンソン政権では否決されるだろう。ジョンソンはそのような施政方針が実現可能かどうかよりも、いかに有権者にアピールできるかの方に関心があると思われる。そしてそのような「素晴らしい」施政方針を否決する議会は国民の敵だというスタンスをとるだろう。

施政方針の否決は、政権の信任を否定されたことと見なされ、女王が野党第一党の労働党の党首コービンに政権を担当するよう依頼する可能性がある。その結果、コービンが過半数を得たとしても、そのような寄せ集めの政権は、単にEUとの交渉期間を延長して、直ちに総選挙を実施するだけのものとなる。

その総選挙で、ジョンソンは、国民対議会の対決だと訴え、ブレクジット党を含めたEU離脱支持の有権者の支持を得て、総選挙に勝利し、過半数を確保し、EU離脱を実施するつもりだろう。これまでのほとんどの世論調査では、保守党がリードしている。

野党の対応

野党は、総選挙を実施するよう求めているが、ジョンソンがずるい手法で何をするかわからないと慎重になっている。

総選挙を実施する一番簡単な方法は、ジョンソンがこれまでにも試みたように、2011年固定議会法に従い、下院の3分の2の賛成で総選挙を実施するものである。また、内閣不信任案を提出してそれを採決する方法もある。ジョンソン率いる保守党は閣外協力をしている北アイルランドの民主統一党(DUP)を入れても過半数に足りない。

なお、総選挙が始まると、下院議員は議員でなくなり、議会で政府の行動を監視できなくなる。一方、ジョンソン首相ら政府のポストについている議員は、議員でなくなるが、政府のポストはそのままである。すなわち、ジョンソン首相が勝手に行動しても歯止めがかけられなくなる恐れがある。そのため、離脱合意なしでEU離脱することも可能になるかもしれない。そのため、「合意なしのEU離脱」の事態が起きないようにすることが最優先課題だ。

野党には、総選挙をにらんで、それぞれの思惑や戦略がある。それらは必ずしも野党間で一致しない。そのため、ジョンソン政権を倒したとしても、その後、代替の政権をどうするか、どういう体制で総選挙を実施するかなどで意見が一致しない。

反「合意なし離脱」グループが協力しても、コービンに反発して労働党を離党した議員を抱える自民党などの勢力が野党第一党の党首コービンを支持して暫定首相に推すことは考えにくい。コービン以外の暫定首相には、労働党が同意しないだろう。結局、総選挙時の首相は、ジョンソンである可能性が最も高いだろう。

恐らくEUとの交渉期間が延長された後、ジョンソン首相の下で総選挙が行われることとなる。議会が閉会された数日後に解散され、その25勤務日後に投票されることから11月後半か遅くとも12月初めまでに総選挙が行われるだろう。

現在の下院の各党の勢力

保守党 労働党 SNP 無所属 自民党 民主統一党 シンフェイン ICG PC 緑の党 議長 全議席数
288 247 35 34 18 10 7 5 4 1 1 650

なお、SNPはスコットランド国民党。無所属の過半数は、「合意なしのEU離脱」を嫌って保守党から除名された議員である。また、北アイルランドのシンフェインの下院議員は議員に当選したものの下院の議席についていない。ICGはチェンジのための独立グループ、PCはウェールズの地域政党プライドカムリである。

イギリス最高裁:ジョンソンの国会閉会は違法

イギリス最高裁の大法廷が全員一致でボリス・ジョンソン首相の議会閉会は違法で、議会閉会はなかったと判断した。普通の首相なら辞任するだろう。しかし、ジョンソンは今でも強気で、その意志はない。

ジョンソンが、女王の大権を使い、議会を9月9日から閉会した。10月14日までの予定だった。10月14日に開会して「女王のスピーチ」(政権の施政方針演説)を実施するのをその理由とした。しかし、最高裁はその理由を受け入れず、そのような長期の閉会は、格別の理由なく議会の責務を果たさせなくするものだと判示し、議会閉会は違法だとした。ジョンソンは、EUとの離脱合意ができようができまいがイギリスを10月31日にEUから離脱させようとしており、議会の口出しを阻もうとしたのである。

議会は、ジョンソンの議会閉会に危機感を持った。イギリスとEUとの離脱交渉は進展しておらず、とても10月31日までに合意ができる状況にはない。もし合意なしでEU離脱ということになればイギリスの経済と生活が大きな混乱に陥る。それを食い止めようとし、議会は、10月19日までにEUとの合意ができなければ、ジョンソンはEUに離脱交渉の延長を申し入れなければならないとの法律を制定した。しかし、ジョンソンは10月31日に離脱するとの立場を今でも崩しておらず、議会にはジョンソンがこれからどのような手段をとるか警戒している。

最高裁の判断は、イギリスの憲法を変えるものである。政府の法務長官はジョンソンの議会閉会は合法だとしていた。政府が議会のスケジュールを管理し、首相は女王の大権を女王にアドバイスすることで行使し、それには誰も抗えないと考えていたのである。イングランドの高等法院は議会閉会が合法と判断した。一方、スコットランドの最上級審は、3人の判事が全員一致で違法とした。それでもイギリス全体の最高審である最高裁がストレートに違法と判断するとは思われていなかった。ところが、最高裁がはっきりと違法とした。この結果で、首相の権限に大きな制約が加わり、一方、議会の権威が大きく高まったこととなる。

最高裁の審議の内容から、はっきり合法と言うことはないだろうと思われたが、それでも最高裁の判断が読み上げられると、法曹関係者をはじめ、大きなショックが襲った。その判断は当然だと多くが感じたが、それまでの「常識」が覆され、イギリスの統治システムそのものが変わったと感じられたからである。

日本の硬直したシステムと比べると、イギリスのシステムは極めて柔軟である。「常識」は時とともに変化するが、「常識」の範囲内で行動しないものが出てくると、それに対するために動く。今回の最高裁の判断でも1611年の判例を使い、古いものも重んじる慣習はあるが、イギリスの不文憲法を成文憲法に変えようとする声は、大きく減るものと思われる。