ジョンソン政権の終焉

ボリス・ジョンソン首相の政権は既に終わったのも同然の状況となっている。

ジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスが、1月17日に衝撃的なブログ記事を発表した。2020年の5月20日に首相官邸の「パーティ」開催について警告を受けたにもかかわらず、それを無視して実施したと主張し、ジョンソン首相は、2022年1月12日の下院のこのパーティに関する声明で、嘘をついたと断言したのである。このパーティの開かれたのは、厳しいコロナ制限下で、ほとんどすべての集まりが禁止されていた時であった。

ジョンソン首相の、コロナ禍の一連の「パーティゲート」は、国民には厳しい制限を求めておきながら、自分たちはそのような厳しい制限お構いなしに、集まってパーティをしていたというモノだ。そのようなパーティは、エリザベス女王の夫フィリップ殿下の2021年4月の葬式の前日にも首相官邸で行われていた。

2022年1月18日のインタビューで、ジョンソン首相は、これらの件について質問を受けたが、これほど意気消沈したジョンソン首相は見たことがない。2020年5月20日の首相官邸での集まりがコロナのルール違反だとは「誰も言わなかった」と何度も弱い口調で繰り返した。ところが、1月19日の下院での恒例の首相への質問では、打って変わって生き生きとしており、強気の立場に変わった。かつて保守党のサッチャー元首相が保守党下院議員の支持を失い、下院で首相を辞任すると表明した時にも同じようなことが起きた。意気消沈して、これでは議場に立てないという状況だったが、ビタミンB12の注射をして議場に立ち、サッチャーはまだまだやれると思わせたことがある。ジョンソン首相もそれと同じようなことをしたのだろう。

いずれにしてもジョンソン首相の置かれた立場には変化はない。ジョンソン首相への国民の支持は大きく弱っている。世論調査では、ジョンソン首相がよくやっているという有権者は20〜25%に対し、よくやっていないとするのは56〜73%となっている。

また、政党支持の世論調査によると、1月11日から17日までの10の世論調査で、野党労働党の支持率が保守党を8〜14%上回った。特に労働党が14%上回った世論調査の結果は、ブレア労働党政権以来の大きなリードで、もし総選挙が行われれば、労働党が362議席、保守党が188議席と、2019年の前回総選挙での立場が逆転する状況となると出た。そのような結果となると、2019年に365議席を獲得した保守党の下院議員は半分近くが議席を失う羽目となる。特に2019年に労働党の議席を少ない得票差で獲得した議員たち(レッドウォール議員)たちにとっては、脅威だ。

「パーティゲート」をめぐっては、内閣府の第二事務次官が調査を進めているが、労働党の党首で、元公訴局長のキア・スタマーは、「ジョンソン首相は法律を破った」と言っている。ジョンソン首相の政権運営能力に疑問を持つ保守党下院議員も増えていることから、ジョンソン首相がたとえ自ら辞任しなくても、ジョンソン保守党党首への不信任投票が行われる可能性が高まっている。この投票は保守党下院議員の15%(54人)を超えれば実施される。保守党党首の信任投票は前職のメイ首相の時にも行われた。信任投票が否決されれば、1年間は再び信任投票ができないことになっている。メイ首相は一度は生き延びたが、それから半年ほどで辞任することとなった。保守党の党首信任投票が実施されてもジョンソン首相退任は、遅かれ早かれ起きるだろう。

ジョンソン首相と2022年の政治

2019年12月の総選挙で勝ったボリス・ジョンソン首相が就任して2年たった。英国の下院は、2011年議会任期固定法で、次回総選挙は2024年5月まで実施しなくてもよい(議会任期固定法では総選挙が行われた後、5年目の5月に総選挙を実施することとしている)。ただし、それより前でも下院で一定の賛成があれば、総選挙を実施することは可能である。ただし、現在の政治情勢では、ジョンソン首相が急いで総選挙を実施する可能性は少ない。

2022年の英国政治の大きな焦点は、5月に行われる各種地方選挙である。保守党を率いるジョンソン首相は、保守党下院議員の行動基準違反の問題、自分(首相として、また、下院議員として)の行動基準をめぐる様々な疑惑、首相官邸や閣僚らの、コロナ制限違反の疑いのあるパーティ開催、また、総選挙から2年たっても約束したことを実施していない、または約束したことと行うことに差がある、さらに、立場をくるくる変える(Uターン)などの問題で大きな批判を浴びてきた。その結果、下院の補欠選挙で保守党の安全な選挙区と見られていた議席を次々に失った。保守党への支持率が減少し、2021年12月8日から2022年1月7日に行われ、発表されている24の世論調査で、野党第一党の労働党に3〜9%の差をつけられている。また、首相としての評価も、ジョンソン首相への厳しい評価が好意的な評価を大きく上回る状態である。

次の総選挙は、まだ2年余り先だ。与党の政権半ばで支持率が野党第一党を下回るのはしばしばあることで、それほど心配する必要はないという見方があるだろう。しかし、ジョンソン首相の場合、その政権運営が危なっかしく、公私にわたりその行動に不安がある。また、約束したことを成し遂げるためのリーダーシップが欠けていると見られている。そのため、このまま首相として政権に居続けても、改善する見込みは大きくない。ジョンソン首相のこれまでの強みは、有権者受けがよく、選挙に強いということであった。それは、2019年の総選挙で示されたが、もともとその政権運営能力には疑問があった。ところが、一旦、有権者受けが悪くなり、その改善の可能性が出てこないと、ジョンソン首相よりも新しいリーダーの方が望ましいということになるだろう。5月の地方選挙結果が注目されるのは、その結果によって、ジョンソン降ろしが始まる可能性があるからである。

保守党下院議員で、特に前回の総選挙で、もともと労働党の強い議席を奪って当選してきた人たちにとっては、現在の状況は不安である。これらの選挙区は、イングランド南東部と比べて、産業や生活水準が劣るところが多く、ジョンソン首相はレベルアップすると約束してきたが、首相就任後2年たっても、その具体策がはっきりしていない。さらに、ジョンソン首相は、EU離脱運動のリーダーの一人だったが、その結果達成されたブレクジットの影響は、GDPを長期的に4%押し下げると予算責任局(OBR)は見ている。また、EUを離脱し、人の自由な行き来ができなくなったため、EU加盟国、特に東欧からの労働力が大きく不足してきている。特にサプライチェーンの大型トラックの運転手の不足が大きな問題となった。流通コストのアップは、物価上昇の大きな原因となっている。また、一般の人の生活費が上昇してきており、物価上昇率は今年7%近くに達すると見られている。その上、世界的にエネルギーコストが上昇しており、家庭の光熱費は、現在の年1300ポンド(20万円)から2000ポンド(30万円)程度に上昇すると見られている。賃金から差し引かれる国民保険料も今年4月から1.25%上昇する。人手不足で賃金は上昇する傾向にあるが、物価上昇に追いつかず、生活費の上昇は国民の生活を圧迫することとなる。

これらは、5月の地方選挙に大きな影響を与える可能性がある。ジョンソン首相は、コロナの拡大を抑えて普通の生活を取り戻すことで、国民の支持を回復したいと考えているように思われるが、どの程度効果があるか注目される。これらを乗り越えたとしても、北アイルランドの問題を中心としたEUとの交渉、ブレクジットの後始末をはじめ、問題は山積している。