ジョンソン首相のパターン

イギリスのジョンソン首相に政治の手法があるかどうかはっきりしないが、一つのパターンは見られる。ジョンソンの最側近のアドバイザーだった異才ドミニック・カミングスは、ジョンソンは首相の地位にふさわしくない人物と断言する。カミングスはジョンソンの新しい妻キャリーとの「勢力争い」に敗れ、昨年11月、首相官邸を去った。イギリスのEU離脱ブレクジットに関連した政治の局面では、ジョンソンはカミングスを必要としたようだが、2019年12月の総選挙で大勝して政権運営に余裕ができた後は、奥さんの方を重んじているようだ。

ここでいうジョンソンのパターンとは、政治的な判断の必要な時々に適切なことを言い、行うというよりも、その時々に親しい人の「声」に耳を傾け、それに影響されるということである。専門家の意見を聞いて何が適切か判断する前に、仲間内の考えを聞いて本人の中では結論が出てしまっていることである。

「親しい人たち」は、ジョンソンのその傾向をよく知っており、それを利用しているようだ。ジョンソンの個人の携帯電話の番号が広範囲に知られていることが明らかになったが、ジョンソンに直接働きかける人がかなりいるようだ。イギリスのEUからの離脱を主張した人たちの多くは保守党の右派で、その多くは、コロナパンデミックでも、そもそも政府がロックダウンなどの様々な制限を実施するのに消極的で、しかも早期の制限撤廃を主張している人たちだ。経済に影響を与えるコロナ制限はよくないというのである。一方、これらの人たちは、人種差別問題を小さな問題だと考える傾向がある。これらの意見にジョンソンは影響されているようだ。

ジョンソンにはっきりとした政治の目標があると考える人は少ない。カミングスが、ジョンソンは、次の選挙に勝った後、2年ほどで首相を退き、おカネ稼ぎに精を出す、と自分に言ったと言ったが、ジョンソンは首相の地位に就いてみたかったというのが本音のように思われる。もともと多くの保守党政治家は、ジョンソンに首相としての能力があるとは思っていなかった。それにもかかわらず、ジョンソンには、国民に独特な人気があり、前首相テリーサ・メイの失った票を集められるという期待感で保守党党首・首相に選ばれたのである。

サッカーの欧州選手権ではイングランドは決勝に進出した。この欧州選手権は昨年開かれる予定だったが、コロナパンデミックのために1年延期された。そのため、2021年の今年開催されたが、ユーロ2020と呼ばれる。イングランドのウェンブリー競技場で開かれた、2021年7月11日の決勝では、この競技場に6万7千人以上の観客を入れた。

パンデミックの中、これほど多くの観客を入れるというジョンソン首相の決断には疑問があったが、ワクチン接種の先行するイギリスでは、ほとんどの制限を7月19日に緩和する方針だったため、断行された。結果は、コロナの抑圧の中で、決勝に進出したイングランドの活躍にイングランドは沸騰し、入場券を持たない人たちが、ウェンブリー競技場に乱入するという事態にもなった。一方、試合が延長された後も同点だったため、ペナルティキックで勝敗が争われ、イングランドが、3人の若い黒人選手のペナルティキックのミスで敗れたために、これらの選手に対してSNSで人種的な悪口が浴びせられるという事態を生んだ。このような事態は、状況を冷静に見れば予想できたもので、しかもパンデミックの中で、無謀ともいえるものだったように思われる。

今や、イギリスは、デルタ型のコロナウィルスのために陽性の数が非常に大きな勢いで増えている。それにつれて、死者の数も入院する患者の数も大きく増えてきており、このままでは、病院が対応できなくなる可能性も出てきている。多くの研究者や関係者が反対しているが、それでも7月19日の制限緩和は実施される見通しだ。ジョンソン首相は、これまで何度も自分の政策のUターンを迫られてきた。今回もその一つとなる可能性は極めて大きい。

補欠選挙で予想外の勝利を収めた労働党

2021年7月1日に行われた英国下院の補欠選挙で野党労働党の候補者が予想を覆して当選した。苦しい立場に追い込まれていたキア・スターマー党首は、すぐに西ヨークシャー州の選挙区に入り、この結果をたたえた。スターマー党首は5月の下院補欠選挙で労働党がこれまで数十年にわたって占めてきた議席を失い、また、同時に行われた地方選挙で多くの地方議員議席を失った。その上、6月の別の下院補欠選挙では、2パーセント以下の票しか獲得できなかった。2019年の総選挙で大敗した労働党が支持を回復するどころか、さらに支持を失いつつある状況の中で、この7月の補欠選挙は、わずか3百票余りの差で勝利を収めたものながら、労働党に明るい光をもたらした。

この結果を受けて、7月4日のBBCの日曜日の政治番組アンドリュー・マーショーで、労働党の影の財相が出演し、スターマー労働党の反転攻勢に打って出た。その中心は、「英国のものを買う」政策である。ジョンソン保守党政権が、政府関係、NHSを含めて公共機関の外注、契約などで国内の企業を重視していないことに目をつけたものである。ジョンソンが発展の遅れている地方や、貧困層の多い地方のレベルを上げると言いながら、公共機関は、必ずしも英国の技術レベルや地方の雇用・給料・スキル並びに環境や社会状況を向上させることを念頭に置いていない。例えば、英国の新しいパスポートの契約を獲得したのは、外国の企業だ。ジョンソンは、もともと緻密に考える人物ではない上、EU離脱後の英国の経済や対外貿易交渉に注意を奪われている。コロナのパンデミック対応でも、国民の命が第一であるとは思われず、注意が散漫だ。それにもかかわらず、スターマーは十分な注目を集められずにいた。

これまでスターマーを支えるチームは、十分な戦略的思考のできるものであったとは思われない。野党労働党が本当にジョンソン政権を脅かすようになってこそ、ジョンソン保守党政権の運営が向上するのではないかと思われる。