EU離脱後の貿易関係

メイ首相が、EU離脱を定めたリスボン条約50条による、EUへの通知を来年3月末までに行うと発表した。この通知で2年間の離脱交渉期間が始まる。EU加盟国すべてが同意した時には、この交渉期間を延長できるが、その合意がなされても、それでイギリスとEUとの関係に決着がつくわけではない。

この離脱交渉では、離脱後のイギリスでのEU国人の取り扱い、また、他のEU国に住んでいるイギリス人の処遇等を含め、EUとイギリスの関係の清算に関する権利義務などの交渉が中心となる。

離脱後のイギリスとEUの関係の焦点はイギリスのEU単一市場へのアクセスと人の移動の自由の問題だが、離脱交渉中にある程度の話はできたとしても、イギリスがEUを離れた後でなければ合意はできない。この合意は、EUとEUに加盟していない国が行うべきものだからである。メイ首相はすでにノルウェー型などの既存のモデルではなく、イギリス独自の形とすることを表明しているが、それがどのようなものかはまだ明らになっていない。離脱派は、EU法の国内法に対する優越や、EUの裁判所の監督、それに負担金などに反対してきたが、これらを考えると、欧州経済地域(EEA)への加入は現実的ではない。いずれにしても詳細な交渉となり、2年では無理だと見られている。

しかもこれらの合意には、加盟国のトップが出席する欧州理事会で全員の同意と欧州議会の賛成が必要な上、加盟国議会と関連議会の36の議会の同意を得なければならない。もし、いずれかの当事者が反対すれば、それで進捗はストップする。すなわち、イギリスとEUの新しい関係が構築されるのは、離脱合意の後、かなり後のこととなる。それ以外の国との貿易合意も、例えばオーストラリアが関心を示したが、それはイギリスがEUから離脱した後だと明言したように、離脱後かなり時間がかかる。

そのため、離脱合意後、イギリスの貿易関係は基本的に世界貿易機関(WTO)のルールに従うこととなる可能性が高い。しかし、この道も「複雑な交渉」となる。いずれにしても、EU以外の国との貿易交渉は、EUがイギリスを含めた加盟国のために担当してきた。EU離脱後、イギリスは独自で徐々に築いていく必要がある。そのため、今後長期にわたり、不安定な貿易関係が存在する可能性が高い。

メイのBrexit

保守党の党大会が10月2日から始まった。7月に首相に就任したばかりのメイが党首として初めて参加する党大会である。直近の世論調査では、保守党支持率が39%で、党大会の終わったばかりの労働党に9ポイントの差をつけており、メイの首相としてのハネムーンは続いている。メイの首相としての能力への評価は高いが、その期待に応えられるかどうかが今後のカギとなる。特に、メイに期待される仕事で最も重要なBrexit、すなわち、いかにイギリスをEUから有権者の期待に沿うような形で離脱させられるかが課題となろう。

メイは、リスボン条約50条で定められたEU離脱のプロセスを開始する通告を来年3月末までに行うとし、この規定で定められた2年間の交渉の後、2019年の春にはEUを正式に離脱するという期待を高めた。また、イギリスがEU法の国内法への受け入れを定めた法(1972年欧州共同体法)を廃止すると発表したが、この法案を来年女王陛下の発表する政府の政策方針に入れ、イギリスが将来EUを離れる段階で発効させるようにする予定である。これらは、メイのBrexitへの取り組みに疑いを持っていた党内のEU離脱派を喜ばせる象徴的なものだ。

メイは、党大会初日の演説の中で、移民のコントロールを優先するとしながらも、できる限りEUの単一市場へのアクセスを図るとし、既存のモデル(ノルウェーやスイスなど)とは異なるイギリス独自のEUとの関係を築くとした。ただし、それがどのようなものかは未だにはっきりしていない。メージャー保守党政権で財相も務めた、ケン・クラークは、メイにはまだ具体的なアイデアはないとしたが、少なくとも、その詳細は、明らかにされていない。

これは、キャメロン前首相のEU国民投票実施の発表の際の状況にも似ているように感じる。2013年1月、キャメロンが2015年の総選挙後に自分が再び首相であれば、EUと交渉し、EUとの関係を改めた上で2017年までに、EUから離脱するか残留するかのEU国民投票を実施するとした。ところが、EUとの交渉は予想外に困難で、域内の人の自由移動にこだわるEUの壁を崩すことはできず、表面的なものに留まり、国民はEU離脱を選択することとなった。

メイは、具体的な交渉の詳細は今後とも発表しないとしたが、期待のコントロールは簡単ではない。特に、Brexit関係担当の3人の閣僚(ジョンソン外相、デービスBrexit相、フォックス国際貿易相)は、いずれもかなり癖の強い人たちである。

メイは、内相時代に重用したスタッフ2人を首席補佐官として自らの手元に置き、また内相時代に自らの部下だった閣外相(グリーン労働年金相、ブロークンショー北アイルランド相、ブラッドリー文化相)を閣僚に起用するなど、これまでの仕事上の経験と関係を重んじているようだ。

自らがキャメロン首相に抑えられた経験から、ジョンソン外相ら3人の閣僚を統御できると考えているのかもしれない。ただし、首相になる野心を持っており、失敗しないよう慎重だったメイとこの3人はかなり異なる。メイはBrexitを含む3つの内閣小委員会を自らが取り仕切り、すべてに目を配る体制を取っている。これは、既にコントロールフリークと攻撃されているが、そのような手法でBrexitの案がうまくまとめ切れるかどうか、それがメイの最初の課題だろう。そしてできるだけEUとの経済を含む関係を傷つけないような離脱そして将来の関係交渉となる。キャメロンの経験したようなEUの壁をメイが感じるのは間違いないだろうが、それにいかに対処するかでメイの真価が問われるだろう。いずれにしても、Brexitはまだスタートもしておらず、今回のメイの発表は、方向性の概要を示したに過ぎない。