イギリスの官僚も楽ではない

内務省の第二事務次官オリバー・ロビンスが4月12日、下院の内務委員会に呼ばれた(この様子は以下のリンク。なお、この部分の映像は16.12.18から開始)。ロビンスは、内務省の移民に関する部門を管轄しており、それに関するものである。ところが、委員長からの質問にはっきりと答えなかった。

委員長の質問の中心は、以前、内務省の国境警備局(Border Force)の局長が、新会計年度の始まる4月までにはその局の予算がはっきりすると答えたのに関するものである。そこで国境警備局長の直属の上司であるロビンスに、局長が予算額を理解しているかと尋ねたのである。委員長が、同じ質問を9回繰り返したが、ロビンスははっきりと答えなかった。

その結果、委員長が、ロビンスの答えは満足の行くものではないとし、その日の仕事が終わる時間までにその答えを委員会にEメールで送るよう指示した。それから他の質問に移ったが、これらの回答も不十分で、結局、質問が始まりわずか20分余りで、これまでの答えは不十分だと委員会から下がるよう指示された。委員長は、重ねて、その日の仕事終了時間までに回答するよう求めたが、ロビンスはその指示に従わなかった。その結果、ロビンスは、4月20日に再び委員会に召喚されることとなった。

これには政治的な問題が背景にある。キャメロン政権は財政削減に力を入れているが、内務省もその圧力の例外ではない。その結果、増加する移民に対応する部門も経費削減に直面している。しかし、国民には、移民の問題で欧州連合(EU)からの離脱を求める人がかなりおり、しかもフランスやベルギーでのテロリストアタックの後、ISIS(「イスラム国」)などのイスラム教過激派テロリスト入国を防ぐための国境管理が大きな課題となっている。そのため、移民関係の予算に言及するのは避けたいという状況があるように思われる。

いすれにしても、ロビンスが現在のポストに就任して半年ほどであるが、ロビンスは政治に翻弄されているようだ。内務委員会の委員長は、この職を過去9年間務めているベテランの弁護士である。よほどの準備が必要なのは明らかだ。しかし、現在40歳で、これまで首相と国家安全保障委員会の国家セキュリティ副アドバイザーを務めるなど、陽の当たる場所にいた人物が、回答が満足のいくものでないとされるのは、大きなショックであろう。メディアは、これを「委員会から放り出された」と報道した。昇進が早すぎたのだろうが、官僚も楽ではない。

キャメロンが弱まり変化したイギリスの政治環境

タックスヘイブンであるパナマの法律事務所から漏えいした1100万以上の書類の中に、キャメロン首相の亡き父の設立したファンドの書類が含まれていた。キャメロン首相はこれに関連する株式を首相になる前に処分しており、キャメロンがこれから受けた利益はかなり限られている。しかし、これがイギリスの政治に与えている影響を4月13日の「首相への質問時間」で感じられた。

「パナマ書類」に関連した報道で、キャメロン首相への有権者の評価が大きく下がり、労働党のコービン党首を下回る結果となっている。キャメロン政権は、3月のオズボーン財相の予算発表以来、悪いニュースが続いている。この予算発表では、障碍者手当を削減しながら、中高所得者に減税し、その結果、イアン・ダンカン=スミス労働年金相が、オズボーン財相とキャメロン政権を批判して辞任した。慌てたキャメロン首相らは、障碍者手当削減を中止したが、有権者に「上流階級」とのイメージのあるキャメロン首相やオズボーン財相は、金持ち重視だという印象を与えた。「パナマ書類」関係の問題は、その印象を深める結果となった。キャメロン首相をはじめ、トップ政治家たちが、それぞれの納税申告を公表し、いかがわしい収入はないと証明することとなった。キャメロン首相は「金持ち」とは言えないようなものであった。

キャメロン政権は、タタ製鉄のウェールズの製鉄所の売却問題で対応が遅れ、大きな批判を受けた。また人々の日々の医療・健康を担当する国民健康サービス(NHS)では、若手医師の待遇問題で、厚生相と医師会が対立し、若手医師たちがストライキを継続する事態に陥っているなどの問題があり、政権運営に対する評価が下がっている。

この中、文化相が性業界関係者とかつて関係があったことが表面化した。メディアの中には、この関係を把握していたものがあったが、これまで報道されていなかった。文化相が昨年任命された時、そのことをキャメロン首相に報告していなかったが、政権のこれ以上の混乱を避けたいキャメロン首相は不問に付した。

イギリスが欧州連合(EU)に残留するか離脱するかを問う6月23日のEU国民投票まで2か月余りだが、残留派、離脱派いずれの活動も活発化する中、キャメロン首相らは残留票を増やすため努力しており、残留派の労働党のさらなる支援が不可欠となっている。

「首相への質問」では、キャメロン首相は、いつものようなコービン労働党党首を見下したような言動ははるかに少なかった。コービンは、「パナマ書類」関係やイギリス関連のタックスヘイブン、国税局(HMRC)の体制に絞った質問をしたが、このような「金持ちの税回避策」に関連する問題は、コービンの強い分野であり、コービンは、いつになく自信が感じられる質問を行った。

現在の状況を受けて、キャメロン政権は、政権が「金持ち優遇」ではなく、また「税回避対策」に力を入れているということを継続的に示していく必要が出てきている。オズボーン財相は財政削減に力を入れており、その柱の一つに、急激に増大する福祉予算の削減を考えているが、それがかなり難しくなってきている。

EU国民投票で残留派が勝利しても、残留・離脱で二分する保守党内の混乱を、それ以降も抱えていく必要のあるキャメロン首相の政権運営は容易ではない。有権者の評価が下がり、求心力が弱まっているキャメロン首相の前途には難しいものがある。