日本に必要な型破りの政治家

7月1日にカナダで行われた、女子サッカー世界選手権の日本対イングランドの試合前のタイムズ紙(6月30日)の記事を読んで考えさせられたことがある。その記事の中で紹介されたことだが、イングランドの、ある女子サッカーのベテランは、かつて日本と対戦したことがあるが、日本を訪れた際に、日本の子供たちが、トレーニングで大人と同じような形のプレイをするのを見て、そのプレイの仕方が深く根付いている、信じられないと感じたというのである。

確かに女子サッカーでの日本のチーム力には優れたものがある。しかし、この試合では、イングランドは、日本の戦略を読んで、その対策を講じており、アディショナルタイムに自殺点を入れ、日本に敗れるまで優位に戦った。上記のベテランのコメントを思い出し、日本のような枠に入れる教育、トレーニングには限界があるのではないかと感じた。

そしてギリシャの経済救済策を巡る駆け引きを見て、枠にはまった政治家ではなく、型破りの政治家が日本にも必要なのではないかと思うに至った。

ギリシャではその救済策を巡って国民投票が7月5日に行われる。欧州連合(EU)、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)のギリシャ救済策を受け入れるか、受け入れないかの判断を国民に問うものだ。もし国民がそれを受け入れたとしても、ギリシャは苦しい状況が続き、もし受け入れないとすれば、ギリシャ経済はさらに深刻な危機に陥り、ギリシャが、欧州統一通貨ユーロからの脱退、はてはEUからの脱退にまでつながると見る向きが多い。

この国民投票の実施を6月26日に突然発表したのは、ギリシャ首相のアレクシス・チプラスである。反緊縮策を訴える急進左派連合(SYRIZA)を率い、今年1月から連立政権の首相となった。チプラスは、もともとチェ・ゲバラを崇拝していた人物で、当初から、そう簡単に妥協する人物ではなかった。この国民投票を勝手に実施することとし、EUの盟主ドイツらは、チプラス首相に見切りをつけ、入れ替える作戦を立てていると言われる。

この国民投票そのものは、かなり茶番的である。急に国民投票を実施すると発表しただけではなく、何に投票するかはっきりしていない。イギリスの公共放送BBCラジオのバラエティ番組で、ギリシャ国民投票の投票用紙に書かれた文言の英訳を読み上げたが、意味不明で、聴衆は大笑いした。

そもそも、この投票用紙に書かれている「6月25日にEU側が出した案」は、その後、緩和案が出されており、それが必ずしもEU側の提案したものではない。しかもこの救済案はすでに6月30日の受け入れ期限を過ぎており、現在有効な提案ではない。

一方、EU側の、ギリシャ国民投票への反応は、この救済策を受け入れるかどうかの枠を超えて、ギリシャがユーロを離脱するかどうかだと示唆するなど大きくエスカレートしている。ECBがユーロの追加支援をしなかったため、ギリシャの銀行は6月29日から閉鎖状態で、政府は引き出し額制限を実施した。少額しか引き出せないが、ユーロが枯渇しかけている。ECB側の対応は、ギリシャ国民を「イエス」投票に押しやる効果を意図してのもののように思われる。

確かに、GDPの180%の負債を抱えるギリシャは、EU、ECBらに支えられており、この国民投票で「ノー」の答えが出れば、ギリシャへの追加支援が行われず、現在でも経済がほとんど停止しているギリシャが、ユーロ離脱となる可能性が高い。

筆者の友人のジョナサンの見方はこうだ。「国民投票の結果がイエスとなろうが、ノーとなろうがあまり違いはない。いずれにしてもドイツらがギリシャをユーロ圏から離脱させる可能性は少ない。ドイツらに与える影響が大きすぎるためだ。ギリシャは、もともと貧しい国だった。それがユーロ圏に入り、お金がふんだんに入ってきて、経済が急に成長した。イギリスや日本のように長い期間をかけて徐々に経済が大きくなったところでは、それに伴い経済構造が次第に発展してきているが、それなしに経済が成長した。経済が困難になれば、独自通貨なら、通貨の切り下げなどの対応ができるだろうが、ユーロのため、それができない。強いドイツと通貨を共有したこと自体に無理がある」

確かに、イギリスもサッチャー政権で、ユーロの先駆けとなる欧州通貨メカニズム(ERM)に参加したが、1992年9月16日のいわゆるブラック・ウェンズデーで、ERMから脱退した。この際には、当時のノーマン・ラモント財相が、売り浴びせられたイギリスの通貨ポンドを守るために、政策金利を1日に10%から12%、そして15%に上げたが、結局あきらめ、イギリスはERMから脱退する。その経験があるために、イギリスはユーロ参加に消極的となった。イギリスは面目を失ったが、その後、経済は上向きに向かい、その翌年も順調な景気拡大を続けることになる。

これらを考えると、チプラス首相は、国民投票の結果がいずれに転んでも、長期的にはギリシャに有利になると考えている可能性がある。ギリシャ国民は、総体的にユーロそしてEUに留まりたいと考えている。チプラス首相は、現在の救済策は屈辱的だとして、ノーと投票するよう国民に訴えているが、ノーと投票してもユーロにもEUにも留まれると主張する。そしてノーと投票すれば、ギリシャの立場を強くし、交渉が有利になると主張している。もし万一、ギリシャがユーロ離脱の事態となっても、それは必ずしもギリシャの致命傷にはならないと判断しているのではないか。

一方、チプラスらは、もし国民がイエスと投票すれば、政権から退き、イエス側の政党に政権を任せる構えだ。すなわち、イエス側の政党に、EUらとの交渉を任せ、その責任を直接負わない方針である。そして、交渉がまとまった後、議会最大政党の地位を利用して、秋に、総選挙を行わせ、政権に復帰する構えだと伝えられる。

チプラスには、これまで、経験不足だ、何をしているかわからない、ノーと投票するよう国民に求めながらユーロ、EUに留まるとちぐはぐな主張をしているなどとの批判があるが、実際には、最悪の事態を見据えながら、計算してリスクを取っているように見える。もちろんそれが狙い通りにいくとは限らない。それでもチプラスの主義主張はともかく、その行動は、かなり一貫しているように見える。

ここで注目したいのは、チプラスの「大胆な行動」だ。国民への緊縮策の影響をできるだけ小さくしようとしているチプラスには、今でも国民から大きな支持がある。その行動はドイツらに嫌われているが、必ずしも「敵」に好かれる必要はないだろう。

イギリスの政治家には型にはまった人物が多い。日本では、その教育のために、特に型にはまった人物が多いことを考えると、今の時代には「型破り」の人物が必要なように思う。チプラスを見ていて、その思いを強くした。

政治問題のヒースロー空港第3滑走路建設

空港建設・増設は、経済問題であるが、同時に政治問題でもある。イギリスのハブ空港であるロンドンのヒースロー空港の場合、極めて政治的な問題となっている。

ヒースロー空港(現在2滑走路、以下同様)は、キャパシティが満杯で、ロンドン周辺の空港の拡張が緊急の課題である。例えば、ドイツのフランクフルト空港(4滑走路)からは、新興経済国の中国やブラジルの地方大都市にも直接飛べる便が出ている。それは、パリのシャルル・ド・ゴール空港(4滑走路)やオランダのスキポール空港(6滑走路)でも同様だ。中国には、以上の4空港ともに北京と上海への直行便があるが、ヒースローからはそれ以外の地方都市への便はなく、これではビジネス機会を失うとの危惧がある。

なお、ロンドンには、いくつかの空港があり、ロンドンで2番目の空港ガトウィック(1滑走路)は、比較的近距離の航路が中心である。現在使われているキャパシティは85%だが、ピーク時には満杯であるため、ロンドン地域の空港のキャパシティを増やすには滑走路を建設する必要がある。

ブラウン労働党政権下で、ヒースロー空港の第3滑走路の建設を決定したが、2010年総選挙で、保守党、自由民主党は、建設反対を訴えた。この理由の一つは、両党にとって重要な選挙区がヒースロー空港の離着陸ルートやその近辺にあり、約100万人が影響を受けているとの指摘もある騒音などの被害で住民が拡張に強く反対していたことがある。キャメロン連立政権誕生後、ヒースロー空港第3滑走路の建設は棚上げされた。しかし、空港の能力拡張は、経済的、政治的に急務であり、その結果、キャメロン政権は、第3者の「空港委員会(デイビス委員会)」を設けて、どのように対応するか勧告を出すよう求めた。

この委員会は、2015年総選挙に影響を与えないよう、総選挙後に報告することになっていたが、選挙前に3つの候補空港を発表した。①ロンドン西のヒースロー空港の第3滑走路の建設、➁ヒースロー空港の既存滑走路の延長、さらに③ロンドン南のガトウィック空港の第2滑走路建設だった。

それでも、オズボーン財相は、ビジネスの推す、ヒースロー空港第3滑走路の建設に前向きと言われており、当初からそれが有力であった。デイビス委員会の答申では、予想通りヒースロー空港の第3滑走路建設を強く勧告した。それでもガトウィック空港第2滑走路の可能性を残したものである。

デイビス委員会の答申の主な内容

項目 答申内容
建設コスト 176億ポンド(約3兆3千億円:£1=190円)。道路・鉄道追加公費57億ポンド(約1兆1千億円)
撤去の必要な住宅 783軒。時価に25%追加して買上げ。関連コストも負担
夜間飛行 午後11時30分から午前6時は禁止。拡張後可能となる
第4滑走路の可能性 法律で禁止すべき
騒音規制 騒音は増加しない
大気汚染規制 周辺自動車への課金など
離着陸 年に48万件から74万件へ増加
経済効果 今後60年間で1470億ポンド(約28兆円)
新航路 40。新興経済国の長距離ルート12を含む

この答申は、これまでヒースロー空港拡張に大きな障害となると見られていた、騒音問題、大気汚染も細かく検討し、しかも地元コミュニティへの配慮も含んだ、総括的なものである。委員会の委員全員一致の結論だという。イギリスの将来を見据え、イギリスに最も必要な新興経済国との長距離ルートの新航路を重視した結果、ヒースロー空港第3滑走路を選択した。なお、ガトウィック空港の第2滑走路建設の地元住民への影響は最も少ないが、長距離ルートの点で大きく劣ると判断された。

この答申を受け、キャメロン首相は、年末までに政府の方針を決定すると発表した。しかし、ヒースロー空港第3滑走路の建設には保守党内部に強い反対の声がある。

次期保守党党首の最有力候補者であるロンドン市長ボリス・ジョンソンは、2015年総選挙で下院議員にも選出されたが、ヒースロー空港拡張に真っ向から反対し、自分のロンドン市長選挙でも、それを強く押し出した。テムズ川河口の新空港建設を強く推したが、この案は、デイビス委員会の最終候補に残らなかった。ジョンソンは、デイビス委員会の勧告を聞いても、ヒースロー空港の第3滑走路の建設は全くないと主張している。

また、来年2016年の次期ロンドン市長選の保守党候補となるのは確実と見られている、下院議員ザック・ゴールドスミスは、2010年の総選挙で、離着陸ルートの通る選挙区から、ヒースロー空港拡張反対を掲げて初当選した。もともと環境問題活動家で、もし保守党がヒースロー空港拡張を推進するようなら、下院議員を辞職して、補欠選挙を行うと約束した。デイビス委員会の勧告発表後も、その立場は同じだと主張した。すなわち、もしキャメロン首相がヒースロー空港第3滑走路建設を決めれば、ゴールドスミスは、保守党の政策に反対することとなり、その関係は、かなり複雑となる。

また、国際開発相のジャスティン・グリニングは2005年総選挙で初当選した時から、ヒースロー空港拡張に反対してきている。2010年総選挙後、キャメロン政権で、オズボーン財相の下、財務省の閣外相を務め、その後、運輸相に任ぜられたが、グリニングがヒースロー空港拡張に強く反対していることから、すぐに国際開発相に回された。この際、グリニングは、運輸相在任を強く求めたが、キャメロン首相の意向でやむなく受け入れたという経緯がある。グリニングは、ヒースロー空港第3滑走路建設に強く反対すると見られている。

さらに、メイ内相やハモンド外相もヒースロー空港の離着陸ルートに近い選挙区から選ばれており、これらの有力議員が強く反対すれば、それを押し切って、ヒースロー空港第3滑走路建設を推進するのはそう簡単なことではない。一方、ガトウィック空港周辺の選挙区選出の保守党下院議員には、ヒースロー空港拡張を速やかに進めるべきだという主張もある。

下院議員の空港拡張への立場には、これまでの主張や利害が深く絡んでおり、それらを乗り越えてまとめるのはそう簡単ではない。しかも、キャメロン首相は、2010年総選挙前の2009年に、ヒースロー空港の拡張は、絶対にないと主張している。つまり、公約違反ということとなる。

一方、野党の労働党は、ヒースロー空港第3滑走路建設賛成の立場だ。そのため、もしキャメロン首相がヒースロー空港第3滑走路の建設を決定すれば、下院で多数を得ることができると見られる。

政治的な判断でカギとなるのは、キャメロン首相は、5年未満で首相の地位を退くと総選挙前に発表していることだ。ヒースロー空港第3滑走路建設の決定をし、次期総選挙前に首相を退くという可能性があるだろう。近年の住民パワー、それに有力下院議員の反対、これまでの発言などで、このような重要な決定が引き延ばされ、ビジネスに影響を与えることは遺憾だが、それでも様々な利害が関係する中で、できるだけ多くの人の納得が得られるよう努力することは、政治家にとって必要なものと言える。