キャメロンの判断ミスが招いたスコットランド危機

918日のスコットランド独立住民投票まであと8日。事態は非常に深刻になってきた。独立反対側の保守党、自民党、労働党は、本来、首相と党首の出席する「首相への質問」をそれぞれの代理に任せ、スコットランドに飛んで、独立反対運動に懸命だ。

さらに、スコットランドのイギリスからの分離を防ぐために、2010年までイギリスの首相を務めたゴードン・ブラウンを先頭に担ぎ出した。ブラウンはスコットランド人で、スコットランドでは非常に良く知られている。

ブラウンは2010年の総選挙で労働党を率いて戦ったが、キャメロン率いる保守党に後れをとった。労働党は、2005年の総選挙時の得票率35.2%で355議席から2010年には得票率29%で258議席と6.2%も得票率を落とした。それでもスコットランドでは2.5%アップの42%の票を獲得し、全59議席のうち、前回と同様41議席を獲得した。 

キャメロン率いる保守党は、スコットランドでこれまでに大きく支持を減らし、下表で見るように現在ではわずか1議席、スコットランドで勢力を失っている。

2次世界大戦以降の保守党のスコットランド総選挙結果
 

ミリバンド労働党党首はロンドン生まれで、スコットランドでは人気がない。 一方、自民党は保守党との連立政権に参画して以来、スコットランドで支持を大きく失った。

これらを考えれば、スコットランドの労働党の牙城を守るためにも、スコットランド独立に強く反対しているブラウンが表に出てくるのは当然の人選とは言える。もちろんキャメロンは、これまでブラウンを厳しく批判してきた経緯があり、二人の関係に問題があった。しかし、総力戦となった今の段階では、体裁にこだわっていることはできない。

ブラウン投入の効果があるのだろうか?もちろん、ブラウンに心を動かされる有権者はいるだろう。しかし、問題は、それで十分かどうかである。例えば、ブラウンは、スコットランドの住民投票が「独立反対」となれば、スコットランドにさらなる権限の委譲を行うと発表した。これは上記三政党の支持を得ている。ただし、この約束がどの程度の効果があるかは別の問題のように思われる。その内容がはっきりとしていない上、ブラウンは所得税への権限には触れているが、法人税には触れていない。つまり、スコットランドが「独自の税制」を行えるような内容となっていない。しかも、ウェストミンスターのイギリス政府側がスコットランドとポンドを共有するのに反対したのは、もしスコットランドが独自の経済財政政策を行うと通貨が危機に陥るというものであった。つまり、この理屈では、スコットランドの分権でも、両者の経済財政政策に大きな違いをもたらすような政策は打てないことになる。つまり、この約束にはそう大きなインパクトはないように思える。

それでは、この住民投票の行方はどうなるのか?勢いは確かに独立賛成側にある。オンライン世論調査のYouGovに加えて、面接調査のTNSでも賛成・反対側が拮抗していることが明らかになっている。独立賛成が急速に伸びてきたことを見ると、その勢いが今ストップするかどうか推し量りがたい。しかし、スコットランドに深い関係のある金融機関や企業が、独立賛成多数の状況に備えて、イングランドに事業を大きく移すなど対応策を発表し始めており、これらがスコットランド住民に微妙な影響を与える可能性がある。

キャメロン首相は、スコットランドにイギリスに留まるようにとの心のこもったスピーチを発表した。このようなスピーチは、イギリス国民の多くの心を打つかもしれないが、スコットランド人にどの程度受け入れられるかははっきりしていない。

こういう事態を招いたキャメロン首相のこれまでの判断、例えば、賛成側も望んだYesNoに大幅分権の選択肢も入れた三者択一ではなく、YesNoの二者択一にしたことや、18歳の投票権を、今回に限り16歳まで認めるなど、多くの判断ミスがある。国の運命を決める重要な投票の結果がどちらに転ぶかわからないような事態を招いたのは、結果の如何を問わず、キャメロンの大失敗と言える。

スコットランド独立?

サッカーの2016年欧州選手権の予選が行われている。97日の夜、ドイツとスコットランドが戦った。ドイツはブラジルで行われたワールドカップで優勝した。一方、スコットランドはブラジルに行く前の予選で敗退し、ワールドカップには出場できなかった。そのため、多くはドイツの楽勝に終わると見ていた。ところが、試合は予断を許さない展開となった。ドイツのエース、トーマス・ミューラーが1点目のゴールを決めた後、後半、スコットランドがゴールを返して同点とした。スコットランドの勢いからすれば引き分け、もしくは勝利の可能性もあると思われた。ミューラーがさらにゴールを決め、結果は21だったが、最後までスコットランドの健闘が目立った。

この試合中、キャメロン首相はスコットランドに勝ってほしくないと祈っていたかもしれない。もし、スコットランドが世界王者のドイツに勝つようなことがあれば、スコットランド独立派にさらに勢いをつける可能性があったからだ。

918日のスコットランド独立の住民投票まであと10日。世論調査会社大手のYouGovが独立賛成51%、反対49%という調査結果を出したことから、一挙に政治情勢が変化した。この世論調査結果は、独立賛成派が大きく支持を伸ばしているという、先の世論調査に沿ったもので、しかもその勢いが非常に強いことを裏付けたからだ。独立反対派が余裕をもって勝つというこれまでの見方をひっくり返し、イギリスがスコットランドを失うかもしれないという可能性を現実のものとして感じさせたからである。 

この独立賛成派の勢いは、タイムズ紙のコラムニストの記事でも裏付けられている。スコットランドで22歳まで過ごしたスコットランド人が、スコットランドを訪れてルポを書いた。なお、筆者は、5月にスコットランを訪れたが、その時とはずいぶん様子が変わっているようだ。

このコラムニストはスコットランドに住んでいないために投票権がない。頭では独立反対だが、それでもスコットランドに生まれたスコットランド人として、独立賛成側の運動に心を動かされたようだ。独立賛成派の運動には、多くのスコットランド人の心を打つ情熱がある。 

一方、独立反対側の労働党下院議員ジム・マーフィーがスピーチの際に卵を投げつけられる、ヤジり倒される、脅されるなどの事件が大きく報道され、賛成側、反対側の運動が過熱してきていることが明らかになった。

この下院議員が、「ナショナリストは愛国者だが、愛国者がナショナリストだとは限らない」という言葉を多用しているそうだ。つまり、自分は愛国者だが、独立を求めず、現在のイギリスの中に留まる「ユニオニスト」だということを強調したものだ。ユニオニストとは、イギリスのユニオン(4つの国の合同)を守る立場を示している。スコットランドのグラスゴーで生まれ、スコットランドの選挙区から下院議員となり、しかも労働党政権時代にはスコットランド大臣でもあった人物にとっては理解できることである。

しかしながら、そのような言い方がどの程度効果があるかは別の問題である。有権者へのアピールとしてはそう強いものとは思えない。

さらに、独立反対側にはスコットランドの能力を低く見るような言葉が多い。小さなスコットランドでは不安だ、安定しない、出産量が減ってきている北海油田には頼れないなど、寄らば大樹の陰の議論である。

賛成派の、スコットランド人は誇り高き人々だ、自分たちで自分たちの面倒を見られる、自分たちの国を作るべきだ、というメッセージには、小さなころから反イングランド感情の強い環境に育った人々にとっては強い説得力がある。

このメッセージの力の差を埋めることは、独立賛成側が勢いを増している環境の中ではそう簡単ではない。

それではもし独立賛成ということになればどうなるか?何が起きるか予測することは困難である。経済的な面への影響はさておき、政治的な影響には、まず、キャメロン首相の権威が失墜し、有権者の保守党への支持の低下を招くと思われる。そして2010年総選挙でスコットランドの59議席のうち、41議席を獲得した労働党と、11議席を獲得した自民党への大きな打撃となる。さらに来年の20155月に予定されている総選挙を実施するかどうかが議論となるだろう。

スコットランドのサモンド首席大臣らは、独立賛成派が勝てば、20163月の独立を予定している。つまり、20163月にスコットランドが分裂するとすれば、わずか10か月ほどの間しか任期のない下院議員を選ぶことが賢明かどうかが問題となる。しかもスコットランドで多数の議席を獲得する労働党が、スコットランドの議員の支持で最大多数党となり、政権に就く可能性がある。すると10か月後にはそのスコットランド選出議員がいなくなるため、政権が替わる可能性がある。むしろ2016年まで待って総選挙をした方がよいという議論が強まるかもしれない。一方、スコットランドとの交渉が20163月までに済まない可能性もある。いずれにしても政治状況はかなり混迷するだろう。

ただし、世論調査の結果をそのまま受け入れられるかには疑問がある。スコットランドには現在、独立反対と言いにくい雰囲気がある。そのため、独立反対であってもそうとは言わない人がかなりいる可能性もある。

例えば、1992年総選挙の際の世論調査では、労働党が優勢だったが、ふたを開けると保守党が勝った。この原因については、業界でかなり議論された。「Shy Tory」、つまり、保守党支持と言いにくいので保守党支持と言わずに保守党に投票した人がかなりいたのが原因の一つという結論になった。そして世論調査会社は、前回の選挙でどの党に投票したかも尋ねるようになった。しかし、今回のスコットランド住民投票は初めてのことである。1979年、1997年の分権に関する住民投票があったが、それと今回の独立に関する投票はかなり異なる。

さらに、カナダのケベック州の1995年の独立投票で、直前の世論調査と異なった結果が出た例もある。最後の2週間で独立賛成派がリードしたが、投票結果は、賛成49.4%、反対50.6%だった。

10日後の投票結果がどうなるかはまだ予断を許さないと言える。主要三党は、共同してスコットランドへのさらなる分権の提案をする予定だ。総力を結集してスコットランド分裂を防ごうとする構えだ。いずれにしても、この住民投票が終わるまで、次期総選挙の準備にはほとんど手が付けられないだろう。