財相の「秋の声明」に見る英国の政治(Autumn Statement’s Politics)

12月5日にオズボーン財相が、英国の経済と財政に関する「秋の声明」を行った。これは、ミニ・バジェットと呼ばれ、春の予算発表と並ぶ大きな行事である。このようなマスコミの注目も集まる重要な行事には、もちろん大きな政治的な駆け引きがある。

その駆け引きは、連立政権内部では保守党と自民党の間で繰り広げられる。2010年の連立政権発足当初と違い、今では、その関係は、ギブ・アンド・テイクの関係と言われる。今夏、自民党の求めた上院改革が保守党の多くの下院議員の反対で流れた後、自民党党首のクレッグ副首相は、保守党の求めた選挙区改正に反対すると公言した。その結果、上院改革も選挙区改正もなくなった。このような二党の関係が、今回のミニ・バジェットにも反映している。さらに政治的駆け引きは、保守党内部でキャメロン首相や他の閣僚とオズボーン財相との間にもあり、その上、連立政権と野党第一党の労働党との間でもある。ここでは、まずは、連立政権のオズボーン財相と労働党のボールズ影の財相との駆け引きを見た上で、保守党と自民党との関係に触れておきたい。

さて、英国経済も、多くの他の国と同じように、欧州の経済停滞、世界経済減速の影響を受け、経済が停滞している。そのため、税収が予想より大きく下回り、財政赤字が増える状態である。特にこれまで英国経済を支えてきた主要セクター、例えば、金融セクターは未だに債務危機前の頂点より12.5%縮小した状態で、ふるっていない。そして過去2年間、消費は経済成長に貢献していないと言われる。

こういう状況を受け、コメンテーターたちは、今年度は昨年度よりも財政赤字額が増え、オズボーン財相の2015年度までに政府の債務が減少し始めるという約束は守れないと見ていた。

オズボーン財相は、2010年に二つの目標を掲げていた。①2015年度までに、GDPの比率で国の債務が減り始める②5年の循環で財政のバランスを取る、である。財政削減に力を入れているが、これらの約束を守ることは極めて難しいと考えられていた。

ところが、オズボーンは、下院の「秋の声明」で、今年度の財政赤字額は昨年度より減ると主張した。しかも、国の債務が減り始めるのは2015年度から1年延びるだけだというのである。それを聞いて、下院の対立政党席の労働党の影の財相ボールズは驚いたようだ。財相の50分足らずの声明の後、ボールズが席から立ち上がり、演壇で話し始めたが、それは精彩に欠けたものだった。何度も、詳細を読んでみないと、と繰り返した。後にボールズは、自分はもともと吃音で、オズボーンが予想をしていなかったことを言ったので、それが出てきたと弁解した。さらに保守党側の下院議員300人が一斉にヤジを飛ばすのでその圧力にやられたとも言ったが、いずれにしてもその原因は、全く予想をしていなかったことを言われたので、頭がきちんと回らなかったためのようだ。財相の声明では、すべてを口頭で説明するのではなく、要旨だけであり、全容は書面で発表される。

ボールズは、もともとフィナンシャルタイムズ紙で社説を書いており、ゴードン・ブラウンが財相時代、チーフエコノミックアドバイザーとして「副大臣」と呼ばれたほどの力を揮った頭のよい人物である。それでも柔軟に対応するのが困難なようだ。

今年3月のオズボーン財相の予算発表の時でもそうで、勝ち誇ったように話すオズボーンに対し、ボールズの顔は硬直していた。予想と大きく異なっていたからである。実はこの二人の対照的な光景から、3月の予算はオズボーンの勝ちだと思われたくらいである。オズボーンは都合の悪いことは口頭で発表しなかった。後に、この予算には、大きな反発を受けるものがいくつも含まれていたことがわかり、その結果、「オムニシャンブルズ」と呼ばれるほど度重なるUターンをしなければならなくなった。3月の予算発表を受けて対応するのは、野党労働党のミリバンド党首で、ボールズの役目ではなかった。しかし、秋の声明では、影の財相ボールズが対応しなければならなかったのである。

ボールズも驚いたように、今年度の財政赤字額が昨年度よりわずかに少なかったのは、予想していなかったものが付け加わっていたからであった。4Gの携帯電話網のオークションで35億ポンドの歳入を勘定に入れていたのである。オークションはまだ始まってもおらず、実際の歳入額は20億ポンド程度ではないかという見方もある。しかし、この数字が加えられたために赤字額が昨年度よりわずかに下がるということになった。なお、政府が100%株主の郵便会社ロイヤルメールに民間資本を入れやすくする目的で、政府はその年金基金の不足額を埋めるために時価280億ポンドの年金基金を今年早く受け入れたが、これもプラス要因となっている。

4G オークションの数字は、政府の財政を監視する独立行政機関のthe Office for Budget Responsibility(OBR)の認証を受けている。このOBRは経済成長率の予想も担当するが、それは大幅に下降修正された。2012年の経済成長率はマイナス0.1%の見込みである。2013年以降はプラス成長となるものの、その回復のスピードはこれまで想定されていたものよりかなり遅い。

とにかく、この「数字のつじつま合わせ」の結果、政府の債務が減り始めるのは当初計画の2015年度ではなく、2016年度と1年遅れるだけという結果となった。2015年度に債務のGDP比率は79.9%に達し、その翌年の、2016年度に79.2%で下がり始めるというのである。4Gのオークションで予定通りの歳入が得られない可能性もあるなど、この計算がどの程度確かなものか疑問があるが、オズボーンの②の5年サイクルは可能だとOBRは判断した。

オズボーン財相は秋の声明で以下のような財政・税政策を発表した。

① 課税所得最低限度額を来年2013年4月から予定より235ポンド上げて9440ポンドとする。現在は8105ポンドであるので、一挙に1335ポンドも上昇する。しかし、これをカバーするために、40%の税率のかかる所得額を調整した。現在の42475ポンドが既に来年4月から41450ポンドとなることになっているが、その後、2014年、41865ポンド、2015年、42285ポンドと、賃金上昇率の半分以下の1%ずつ上げる。これでこの40%の税率のかかる人の数は約500万人と現在より100万人増える見通しである。
② 労働年齢にある人たちの福祉関係手当をこれから3年間1%ずつアップする。これまで、これらの手当は、インフレ率分上昇してきたが、インフレ率は2%以上と見られており、実質削減である。

さらに以下のようなものも含まれている。
③ スイスの銀行口座に預金している人たちの英国の税を洗い直し、今後6年間で50億ポンドを徴集する予定。
④ 多くの省庁はこれまで既に計画している財政削減の上に、2017年まで追加の財政カットを行い、来年はマイナス1%、そして再来年はマイナス2%とする。2009年度の政府の歳出はGDPの48%だったが、それが2017年度には39.5%まで下がる。
⑤ 来年1月から実施予定のガソリン税の1リットル3ペンスアップを中止。
⑥ 法人税を2014年4月から1%下げて21%。
⑦ 企業には、プラントや機械への投資に税控除。

①の課税所得最低限度額のアップは、自民党が2010年総選挙のマニフェストで1万ポンドまで上げると約束し、自民党はこのアップに躍起になっている。しかし、保守党は二党で行っているという姿勢をとっている。
②については、オズボーン財相は据え置きとしたかったと言われるが、自民党がそれに反対し、結局1%アップで落ち着いたといういきさつがある。

これらを巡る、保守党と自民党の議論の中でそれぞれの考え方の違いがはっきり出ている。自民党はマンション・タックスと呼ばれる価値の高い住宅に税をかける考えや、非常に富裕な人の年金積立への課税を考えている。保守党は、25歳以下への住宅手当、二人を超える子供を持つ家庭への児童手当を制限し、さらには、地方によって賃金の額を変えることなどを考えている。これらが、次期総選挙マニフェストに含まれる政策の一部となってくると思われる。

さて、オズボーン財相は、保守党のストラテジストでもある。2015年の次の選挙に向け既に計算を始めている。それがこのミニ・バジェットにも出ている。具体的には福祉関係予算で、3年間、1%ずつアップすることにしたことだ。毎年1%ずつ上げるなら通常、財政法案で処理するが、3年間となれば、そのための法律を制定する必要がある。その法律案を12月中に出し、労働党にそれを支持するか反対するかを強いて決めさせるというものだ。つまり、労働党が次期政権を担当した場合でも財政削減を続ける必要があり、そのことを考えるとこの法案に賛成した方が財政運営しやすいという点がある。そのため、労働党に賛成か反対か立場を明確にさせるという目的があった。結局、労働党はこの1%アップに反対することとした。それでも、この3年目は、2015年4月から適用される。この年の5月が総選挙の予定であるため、自民党は、保守党とこの点で共同歩調を取る必要があり、二党の共同責任とできる。まだ次の総選挙まで2年半あるが、すでに選挙戦略は動き始めている。

なお、Institute for Fiscal Studies(IFS)によると、2015年度に必要な節約額は、全体で160億ポンドであるが、そのうちこのミニ・バジェットで触れた福祉予算からの節約は36億ポンドで、各省庁からの予算削減額は24億ポンドであることから、あと100億ポンドの財政カットを行う必要がある。オズボーン財相は、当初100億ポンドの節約を福祉予算のカットで生み出したい考えであったが、自民党の反対で、36億ポンドだけ今回の予算で手当てできた。その差を埋めるためにはどこかで財政を削る必要がある。それは、来年早々両党の間で交渉が始まり、来年上半期かかる予定である。

北アイルランドの火種:国旗(Union Jack: Troubles carry on)

北アイルランドのベルファストで国旗掲揚を巡って暴動が起きている。北アイルランドでは、英国(UKは連合王国という意味)との関係継続を求める立場のユニオニストと、南のアイルランド共和国との合同を求めるナショナリストの対立がある。それぞれの勢力の過激派は、それぞれロイヤリストとリパブリカンと呼ばれるが、特にこれらの過激派の衝突がこれまでも繰り返されてきている。

1998年に、グッドフライデー合意(もしくはベルファスト合意と呼ばれる)が成立した後、北アイルランド議会が復活したが、この議会は何度も中断した。しかし、2007年の選挙で成立した議会は、4年の任期を全うし、2011年の選挙を経て、現在に至っている。北アイルランドの最大政党で、ユニオニストである民主統一党が主席大臣を出し、ナショナリスト側の最大の政党であるシン・フェイン党が副主席大臣を出して、政府が継続しており、北アイルランド政権はうまくいっているように見える。しかし、実際は必ずしもそうでない面がある。例えば、ユニオニストの人たちとナショナリストの人たちの衝突を避けるためにお互いの住む地域の間に、高い「平和の壁」が1969年から作られ始めたが、グッドフライデー合意の時には22あったのに対し、今では48ある。そしてこれらの平和の壁の近隣住民の3分の2の人たちは、この壁が今後も必要だと見ている。

さて、ベルファストの国旗掲揚の問題は、12月3日に始まる。ベルファストの市議会で、ナショナリスト側が、それまで市庁舎に毎日掲揚されていた英国の国旗、ユニオンジャック(正式にはユニオンフラッグという)の掲揚を中止する提案をした。ユニオニスト側は、それに反対したが、いずれの側も議会で多数を持っておらず、そのため、中立の立場の同盟党の投票でそれが決まることになった。なお同盟党は、ベルファスト市議会51議席中、6議席を占める。

ナショナリスト側とユニオニスト側が手詰まりの状態の中、同盟党は、折衷策を提案し、それを受け入れたナショナリスト側の賛成で、女王の誕生日など年間20日だけユニオンジャックを掲揚することとなった。そしてそれは翌日から実施された。しかし、ユニオニスト側はそれに反対し、ロイヤリストたちが、この国旗の件は、自分たちの文化的アイデンティティへの攻撃だと主張して暴動を始めたのである。ユニオニストたちは、特にパレードと呼ばれる行進とユニオンジャックの国旗をその文化を代表するものだと考えている。しかし、自分たちの文化的なものが、ナショナリストたちの要求で、次第に侵害されてきていると感じているのである。その不満が一挙に吹き出た形だ。その背後にはロイヤリストの武装集団が控えていると言われる。

そのため、まずこれらのロイヤリストたちから標的となったのは、決定権を握る同盟党だった。同盟党の下院議員が脅迫され、ベルファスト市議会の議員の家やその自動車を攻撃するなど同盟党の議員たちが自分たちの生命の危険を感じるほどとなっている。

この暴動が継続しており、それらを制止しようとする警察とロイヤリストが衝突して、警官にも多くの負傷者が出ている。英国の中で、高圧放水車を唯一持つ北アイルランドでは、それも使う事態となった。山は越えたという見方もあるが、北アイルランドの問題は、一時沈静化しても、すぐにぶり返す傾向があり、北アイルランドの平和にはまだまだ時間がかかると思われる。