BskyB問題と文化相(Culture Secretary Hunt and BskyB)

ハント文化相がBskyB問題をどのように処理したかが、過去一週間で最も大きな話題となっている。いったい何が起きたのか、ここでもう一度確認してみよう。

メディア世界で非常に大きな影響力を持つルパート・マードックのニューズ・コーポレーションが、39%の株式を持つ衛星放送会社BskyBを買収しようとした。これは、ニューズ・コーポレーションの世界戦略に関した動きで、年間売上60億ポンド(8千億円)で利益が10億ポンド(1300億円)に上る企業を傘下に収めようとしたこと以外に、英国内での他の部門との連携を強め、英国と欧州での地位を強化しようとしたと言われる。

キャメロン首相率いる保守党は、2010年5月の総選挙前に、英国で最も売れているサン紙の支援を受けた。この新聞はニューズ・コーポレーション傘下である。キャメロン首相らの保守党幹部はニューズ・コーポレーションに近く、そのBskyB買収のために便宜をはかったのではないかという疑いが出た。

BskyBの買収が成功すれば、ニューズ・コーポレーションが英国のメディアの中で支配的な地位を占めるのではないかとの危惧があり、他のメディアグループはこぞって反対していた。しかし、ハント文化相は、テレビを含む情報通信の監督機関Ofcomとの協議の結果、競争委員会に諮らず認める方針を示した。結局、この買収は、ニューズ・コーポレーション傘下の新聞紙の行った電話盗聴問題が大きくなったために、断念された。

ハント文化相には、この買収を認めるかどうかで大きな権限があったが、その行動が今回の問題の焦点となっている。電話盗聴問題の独立調査委員会で、ハント文化相のスペシャルアドバイザーとニューズ・コーポレーションとの間のEメールのやり取りが明らかになり、ニューズ・コーポレーション側が情報などの面で特別な取り扱いを受けていたことがわかった。そのために、ハント文化相が矢面に立つこととなった。

4月30日に、野党労働党の要求で、キャメロン首相は下院でこの問題について声明を発表し、質問に答えた。ハント文化相は「公平に公正に対応し、何ら落ち度がない」と繰り返し主張した。そしてハント文化相が電話盗聴問題の独立調査委員会で「宣誓して証言する、もし、そこで大臣規範に違反したことが明らかとなれば自分が行動する」と言ったのだ。しかし、労働党は、文化相は明らかに大臣規範に違反していると主張し、首相の答弁に満足していない。むしろ、首相は、ハント文化相を盾に使っていると攻撃した。

BskyB問題はもともとビジネス相の自民党下院議員ヴィンス・ケーブルが担当していた。しかし、これがハント文化相の担当に替わる。そのきっかけは、ケーブルの「失言」だ。

2010年12月にテレグラフ紙の記者が地元選挙民を装い、ケーブルの行っている地元民個別相談会で、様々な時事問題へのコメントを密かに録音した。その際、ケーブルは、この買収問題を情報通信の監督機関Ofcomに諮問したが、ケーブルのその決断は、「マードックへの戦争宣言で、われわれはこれに勝つと思う」と発言した。実は、テレグラフ紙はこの発言を当初発表しなかった。BskyB買収に反対していたため、ケーブルがこの問題を担当している方が好都合と判断したからだと思われる。しかし、何者かが、この録音をBBCの経済部長に渡したことからこの発言が明らかになった。これには、テレグラフ紙からニューズ・コーポレーション傘下のニューズ・インターナショナルに移った人物が関係していると言われる。

ケーブルの発言が明らかになるや否や、キャメロン首相は、ケーブルをBskyBの担当から外し、それをハント文化相に回した。ハント文化相は、BBCなどのメディアも担当している。問題は、後で発覚するが、ハント文化相は、かねてよりニューズ・インターナショナルに近かったことだ。しかし、ハント文化相は、自分が批判される可能性をよく理解しており、慎重にことを運んだ。それでもいくつかの盲点があり、それが今回の件で表面化した。

これからの展開は、5月中旬以降にハント文化相が、電話盗聴問題の独立調査委員会で宣誓の上、質問に答えることとなる。ハント文化相は、自分とスペシャルアドバイザーの間のEメールなどのやり取りをすべて委員会に提供するとしている。

この問題の背景を時系列でみると以下のようになる。
2007年5月 ニューズ・コーポレーション傘下のニューズ・オブ・ザ・ワールド元編集長アンディ・クールソンが野党時代のキャメロンの広報官となる
2010年5月 保守党と自民党の連立政権でキャメロン首相誕生
2010年6月 ニューズ・コーポレーションがBskyBの株式公開買い付けを発表。
2010年11月4日 ビジネス大臣(自民党)ヴィンス・ケーブルがこのBskyBの買収を英国の情報通信監督機関Ofcomに諮問
2010年11月18日 ジェームズ・マードックが、もし政府がこの買収を認めないようなら英国に投資せず、他の国へその投資を回すと発言。
2010年12月 欧州委員会がこの買収を承認
2010年12月21日 選挙民を騙ったテレグラフ紙記者への不用意な発言のためにケーブル大臣がBskyBの担当を外され、この件がハント文化相に回る
2010年12月31日 Ofcomはハント文化相に競争委員会に諮問する必要がある可能性を指摘
2011年1月21日 キャメロン首相の広報局長クールソンが電話盗聴問題に関連して辞任
2011年3月3日 ニューズ・コーポレーションがBskyBのニュース部門を分離することにしたことでハント文化相は競争委員会に諮問せずに認める方向を発表
2011年6月23日 Ofcomとニューズ・コーポレーションが条件合意との報道
2011年7月初め ハント文化相 最終のヒアリングが終わり次第買収を認める意向
2011年7月4日から ニューズ・オブ・ザ・ワールドの電話盗聴問題が大問題化。その結果、Ofcomがニューズ・コーポレーションの適格性を問う。
2011年7月7日 ニューズ・オブ・ザ・ワールド廃刊発表
2011年7月11日 ニューズ・コーポレーションがBskyBのニュース部門分離案を撤回。ハント文化相が競争委員会へ諮問

2011年7月13日 全主要政党が買収に反対を表明。ニューズ・コーポレーション BskyB買収を撤回と発表

2012年4月26日 電話盗聴問題の特別調査委員会でハント文化相のスペシャルアドバイザーとニューズ・インターナショナルの対外交渉担当者の間のEメールが公開される。
2012年4月27日 ハント文化相のスペシャルアドバイザー辞職

大臣の行動規範(Ministerial Codes and a minister’s behavior)

文化・スポーツ・オリンピック大臣が「大臣の行動規範」に違反したのではないかという疑いが出ている。決定権限を持つ大臣のスペシャルアドバイザーが利害関係者と頻繁に接触し、様々な情報を提供したことがわかったが、大臣がスペシャルアドバイザーへの管理監督義務を怠り、また議会を欺いたのではないかというのである。

実はこれは表面的な議論である。キャメロン首相は、この問題を早く幕引きするか先送りにしたいと努力してきている。実際には、大臣とこの利害関係者との関係、キャメロン首相とこの利害関係者との関係、キャメロン首相の政治的判断など多くの不透明な問題を含んでおり、この問題はかなり深化する可能性を秘めている。ここでは、大臣の行動規範とスペシャルアドバイザーに簡単に触れておきたい。

英国の「大臣の行動規範」は、1980年代には既に存在していたと言われるが、それが公になったのは1990年代に入ってである。この行動規範は、首相の責任で出され、首相が責任を持つ。つまり、大臣が行動規範に反したかどうかを判断するのは首相である。

なお、スペシャルアドバイザーは、大臣を補佐するための特別国家公務員である。ハロルド・ウィルソン労働党政権で生まれたと言われるが、この職は、一般の国家公務員が政治的に中立の立場をとる必要があるのに対し、政治的な動きを担当するための存在だ。それぞれの大臣が任命するのであり、基本的に仕える大臣が職務を離れれば、同時に職務を離れることとなる。スペシャルアドバイザーの職務は、大臣に対してアドバイスすることで、国家公務員との関係には様々な制約がある。一方、国家公務員の中立性が次第に侵されてきており、大半の国家公務員はその職務の中立性を守ろうとしているが、一部にかなり政治的な動きをする人も出てきている。例えば、サッチャー保守党政権では、もともと国家公務員の広報官や、外交担当アドバイザーが、サッチャー首相に近づき過ぎ、本来の職務に戻ることが難しくなったが、その時代には、国家公務員の中立性は、現在よりもかなり強く保たれていたと思われる。しかし、近年は、スペシャルアドバイザーと国家公務員との垣根がはるかに低くなっている。むしろ、国家公務員の中に大臣らとの接触を好む人が増えているようだ。特に日本のキャリア組に相当するファースト・ストリーマー(制度はFast Streamと呼ばれる)にはその傾向が強いようだ。

なお、大臣規範では、大臣のスペシャルアドバイザーに対する責任は以下のように定められている。

The responsibility for the management and conduct of special advisers, including discipline, rests with the Minister who made the appointment. Individual Ministers will be accountable to the Prime Minister, Parliament and the public for their actions and decisions in respect of their special advisers.

一方、スペシャルアドバイザーに対しては、その倫理綱領があり、その中でも以下のものは今回に当てはまる。

They should not without authority disclose official information which has been communicated in confidence in Government or received in confidence from others.

これまでの例としては、運輸大臣のスペシャルアドバイザーの事例がある。9/11の際、誰もの注意がそれに奪われているので政府に不都合なニュースを発表するチャンスだと同僚に連絡した。また、ブラウン前首相のスペシャルアドバイザーが、偽情報を流して保守党の政治家を貶めようとしたことが発覚したことがある。ブラウン前首相は、この件で何度も謝罪した。いずれもスペシャルアドバイザーは辞職したが、大臣はこれらのことで辞職するなどのことはなかった。