北アイルランド内閣と議会は停止している。しかし、北アイルランドの政治は停滞していない。政治を取り巻く環境は大きく変化している。その一つは、北アイルランドのテロリズムの復活である。
1998年のグッドフライデー(ベルファスト)合意で、それまでの30年ほどの血で血を洗う抗争を終えることとなった。アイルランド島内のイギリス北アイルランドと南のアイルランド共和国を統一させようとする勢力(ナショナリスト、その過激派はリパブリカンと呼ばれる)とそれに反対する勢力(ユニオニスト、その過激派はロイヤリストと呼ばれる)の争いだった。
1998年合意の半年前、リパブリカンの団体、暫定IRA(PIRA)のメンバーが集まり武器放棄を決めた際、それに反発して去ったメンバーがいた。それ以降、異なるテロ組織、真IRA(Real IRA)がテロ活動を行ってきたが、今やそれと他の団体が一緒になった新団体、新IRA(New IRA)と呼ばれるグループが立ち上げられ、2012年の創設以来、40件ほどのテロ活動を行ってきたと見られている。この間、テロで刑務官2人と警察官2人が死亡している。なお、1998年の前、30年ほどで、302人の警察官と24人の刑務官がテロで殺害されたと言われる。
この新IRAはかつての暫定IRAと比べ、はるかに小さな組織だ。しかし、ブレクシットを利用してその活動、勢力の拡大を狙っていると見られる。イギリスのEU離脱後、イギリスとEUとの「国境」となる、北アイルランドとアイルランド共和国の国境にチェックポイントができる可能性が高まっており、これを標的にしようとしている。住民にアイルランドは今もなお分断されていると再認識させるためだ。
EUとイギリスは、貿易に関する影響を減らし、そのようなテロの可能性を減らすべく、1998年の合意を守り、新しい構造物も作らないし、チェックポイントも設けないとしている。しかし、それはかなり難しい状態となっている。イギリスがEU側に提案している2案(関税パートナーシップ案とMax-Fac案)は、メイ首相の保守党内で批判があるほか、EU側が、それらは実行できるものではなく、また、受け入れられるものでもないという。この状態に危機感を持っている北アイルランド警察は、新IRAなどの脅威に対応するための治安テロ対策に警官を増員する必要を訴えている。警官が狙われる可能性も高く、この状況は緊迫してきている。
イギリス側が上記の2案の立場を取るのは、メイ首相が、イギリスのEU離脱後、イギリス本土と北アイルランドで同じ経済・貿易システムを維持したいと考えていることにある。EU側は、北アイルランドとイギリス本国の間の北海を貿易上の国境として、北アイルランドはEUの単一市場と貿易同盟に残り、アイルランド共和国の国境の通行を現状のまま自由通行とする用意があるが、これにはメイ政権が反対している。メイ政権を閣外協力で支えている、北アイルランドの民主統一党(DUP)が反対しているからだ。DUPはイギリス本土とのつながりを重んじ、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われることに反対している。その一方、北アイルランドとアイルランド共和国との国境に建築物やチェックポイントができることに反対している。
DUPがこれらの立場を変えることは、党の基本原則に関わることであり、難しい。また、メイ首相は、北アイルランドを別に扱うのは、イギリスの統一を損なうと明言している。そのため、結果的に、北アイルランドとアイルランド共和国の国境にチェックポイントなどが設けられるようなこととなると、テロ活動が活発化する可能性がある。