キャメロン首相の誤算(Cameron’s Miscalculation)

キャメロン内閣のマリア・ミラー文化相が大臣職を辞任した。保守党の大臣ミラーの2005年から09年の間の議員経費問題が7日続きで毎日のトップニュースの一つとなり、しかもそれがキャメロン首相と保守党を大きく傷つける状況となってきたためだ(この背景については拙稿参照)。

ミラーは下院の倫理基準委員会の裁定に従い、議会倫理基準コミッショナーに調べられた時の自分の非協力的な行動について下院で4月3日、謝罪し、過剰に受け取っていた議員経費5,800ポンド(986千円:£1=170円)を払い戻した。コミッショナーは45,800ポンド(7786千円)を返還すべきとしたが、倫理基準委員会はそれを大幅に減額したのである。ところが、ミラーの謝罪は32秒と非常に短かった上、反省の色が乏しかったことと、取り調べ中のコミッショナーに対して「いじめ」ともみなされる行動があったことがわかり、ミラーに批判が集まった。

キャメロン首相はミラーを守ろうとして問題の鎮静化を何度も図ったが失敗した。保守党内で大きな影響のある無役議員の会1922委員会の会長が47日、キャメロン首相にミラーの更迭を求めた。5月の地方選挙や欧州議会議員選挙の準備を進めている議員や活動家たちがミラーの問題の影響を肌で感じており、危機感を持っていた。

保守党の支持者らがミラーの更迭を求め、しかも保守党の準大臣職を含めた下院議員たちがミラーの対応やその職に居座ることへ不満を高めており、この問題はさらに拡大する様相だった。49日の正午からの「首相への質問」でも野党労働党のミリバンド党首がこの問題を取り上げることは間違いなく、しかもその夕方の1922委員会の会合にキャメロン首相が出席することになっており、その場でもキャメロン首相が吊し上げられる可能性が強かった。

その状況の中で、キャメロン首相は大きなUターンをした。ミラーが自発的に辞任したという体裁を取っているが、キャメロン首相側の判断があったのは間違いない。48日夜、ミラーの政務秘書官(保守党下院議員)がミラーへの支持を求めて保守党の無役議員らにテキストメッセージを送った後、テレビ局を回った。ミラーはプレス規制と同性結婚を推進したために「魔女狩り」にあっていると主張したが、その論理は一貫しておらず不発に終わった。さらにミラーは選挙区の地元紙に投稿して「選挙民を失望させて申し訳ない」と言ったものの、概して自らの立場を正当化するものだったため、冷ややかな対応を受けた。これらの土壇場の試みを首相周辺の了解なしに行ったとは考えにくく、それらが成果を生まなかった以上、結論は一つだった。

キャメロンはミラーの辞任の手紙に対する返事でミラーの将来の内閣復帰を匂わせているが、ミラーの行動を傲岸不遜と受け止めた人が多かったことから判断すると、その可能性はかなり小さいだろう。

いずれにしてもキャメロン首相の失敗は、ミラー問題の処理で多くの目的を同時に達成しようとしたことにあるように思われる。つまり、女性を重んじる強いリーダーであることを示し、特に自分の内閣の閣僚は自分が自分の判断で選ぶのであり、メディアの影響を受けないと示そうとした。しかも5月の欧州議会議員選後に内閣改造を予定していたことから、その前にミラーを更迭したくなかったことがある。複雑な戦略上の判断が交錯し、決断できず、キャメロン首相は元下院議長のブースロイド女男爵が言ったように「判断を誤った」。その結果、キャメロン首相は少なからず傷つき、保守党の「人々の気持ちのわからない」尊大な政党のイメージが復活し、しかも下院議員がお互いの利益を守っているという印象がさらに強まった。

これらへの対応として議員の行動の自主規制制度が見直されることは間違いないが、どの程度効果があるだろうか?少なくとも既成支配層を倒すと主張する英国独立党(UKIP)に追い風となったことは間違いない。