議員のお互いに面倒を見る習性(Politicians Help Each Other)

2009年に発覚した政治家の経費乱用問題は現在でも尾を引いている。この事件では、党派を問わず、ほとんどの議員が公費を私的と判断される目的に使っていたことが分かった。制度を悪用したと認定され、刑事事犯として刑務所に収監された人もいる。政治家の信用が地に落ち、政治家にとっては、あまり触れたくない話題だ。ところが、マリア・ミラー文化相(保守党)の2005年から09年の間の経費問題が、6日続きで毎日のニュースのトップの一つとなっている。そして単に一人の問題ではなく、キャメロン首相や保守党さらには英国議会を傷つける恐れが強まっている。 

ミラーは下院の倫理基準委員会(The Committee on Standards)の裁定に従い、議会倫理基準コミッショナー(The Parliamentary Commissioner for Standards)に調べられた時の自分の行動について下院で謝罪し、議員経費として5,800ポンド(986千円:£1=170円)受け取りすぎていたとして払い戻した。ところが、この謝罪は32秒と非常に短かったために注目を浴びた。そしてミラーの行動に対して批判が集まっている。 

何が問題なのかに簡単に触れておこう。ミラーは2005年の総選挙でイングランド南部のハンプシャー州のベイジングストーク選挙区から当選した。そしてその当時の議員経費制度で認められていた「第二住居」への経費をロンドンの家に対して受け取るため、その選挙区で借りている家を「主な住居」とした。そしてロンドン南西部のウィンブルドンの家を第二住居として、合計利子9万ポンド(1,530万円)を2009年まで受けた。なお、英国には議員宿舎はなく、選挙区とロンドンと二つの住居を維持する必要のある議員を援助するための制度である。なお、現在では議員経費の支払いは独立議会倫理基準局(Ipsa: The Independent Parliamentary Standards Authority)が担当しており、ルールが変更されている。

201212月にミラーが不正に議員経費を受け取っていたのではないかという疑いが出され、議会倫理基準コミッショナーが調べてきた。コミッショナーは、このポストに就く前に議会・健康サービス副オンブズマンを務めた人物であり、このような調査にはかなり慣れている人物だと言える。ところがミラーはこの調査に非協力的であった。特に「主な住居」が本当にベイジングストークだったのかという点では、それを証明する記録はすでに失われていると主張したという。14か月にもわたる調査の結果、コミッショナーは悪意を持って議員経費を受けていたのではないとしながらも、45,800ポンド(7786千万円)を返還するよう勧告する報告書を下院の倫理基準委員会に提出した。この委員会はコミッショナーを監視し、この委員会が最終決定を行う。この委員会は、10人の議員(保守党5人、労働党4人、自民党1人)と3人の一般人で構成されている。 

ミラーは1996年にウィンブルドンの家を237,500ポンド(4,0375千円)で購入した。コミッショナーは、その際の住宅ローンへの利子を補助すべきだとしたのに対し、委員会は改装のために新たに借りた住宅ローン分も含めるべきだとして返済額を大幅に減額した。それでもミラーがコミッショナーの調査に協力的でなかったことを謝罪すべきだと裁定した。

この点では、コミッショナーと委員会の住宅ローンの判断に差がある以外、特に問題があるようには見えない。ところが、ここに大きな問題がある。

それは、議員たちは議員仲間に手ぬるいのではないかという点である。2009年にも同様のことが指摘されたが、その記憶が多くによみがえってきた。ミラーは下院で「率直に謝罪します」と言ったものの、32秒で終わり、歴代で最も短いものの一つだと指摘され、本当の謝罪ではないと批判されるに至り、メディアのさらなる追及に手を貸すこととなった。ミラー文化相はプレスの規制問題を担当し、勅許によるプレスの自主規制組織を推進していることから、それに反対して自ら自主規制組織を立ち上げた新聞社らの個人攻撃の要素があるとの指摘がある。しかし、今回の問題はそれにとどまらないように思える。有権者のミラーに対する反発が広がっているからだ。 

ミラーを更迭すべきだという見解が強くなったが、それに対してキャメロン首相は、ミラー文化相は下院で謝罪し、委員会の求めた金額を支払ったのだからそれでよいと主張した。しかし、メディアは手を引く状況ではない。 

メディアは、次から次に「新事実」を発掘してきている。ミラーが20142月にウィンブルドンの家を147万ポンド(24,990万円)で売り、120万ポンド(2400万円)の利益を得、そのお金でハンプシャー州に豪邸を購入したと報道した。このような報道は、持ち家にこだわる英国の読者の関心を引く。特に大きな問題は「主な住居」に指定していたベイジングストークの家に、ミラーが、週の半分以上住んでいたと主張したが、それに反する証言が出てきている点だ。元保守党の地方議員でミラーの選挙を手伝っていた人物が、ミラーは金曜日に選挙民との面談に来ていたが、すぐにロンドンに帰った、ミーティングで家に行っても家族はいなかった、ロンドンが「主な住居だった」と証言したのである。この人物は現在英国独立党(UKIP)の活動家であるが、調査をしたコミッショナーが「主な住居」の証拠を求めたのに対し、ミラーは電子日記はすでに抹消しているなどとし、また選挙区の保守党支部の会長らもそのような証拠を提出していないなど、事実が不透明だ。

英国では、政治家は実際に行ったことより、その行為を正当化するために事実でないことを発言して致命的な傷を負うことが多い。ミラーの場合もその例に漏れない可能性がある。

いずれにしても、世論調査会社ComResが保守党の支持者らのグループのために行った世論調査で、有権者の4分の3がミラーは更迭されるべきだと言い、2010年に保守党に投票した人の3分の2が同意見である。 

ミラーは、わずか4人しかいない女性閣僚の一人であり、キャメロン首相は女性軽視という批判のある中でミラーを更迭するのはそう簡単ではない。また、弱いミリバンド(労働党)に対して強いリーダーのイメージを売りたい戦略に対し、メディアの圧力で閣僚を更迭するのは戦略上難しい。しかし、5月に地方議会議員選挙と欧州議会議員選挙のある中、危機感の高まっている保守党の中でもミラーを更迭すべきだという声が高まっている。この問題にいかに対応するかにはかなり高度な政治的判断力が必要とされる。

なお、政治家には問題が起きて世論の批判を浴びると何らかの機関や制度を設け、同じ問題は二度と起きないと有権者にアピールして幕引きするという定番のパターンがある。「のど元過ぎれば熱さ忘れる」のはどこにでもあることである。それでも下院の倫理基準委員会と議会倫理基準コミッショナーの関係は見直されるであろう。ただし、英国の議会主権の立場から見て、議会倫理基準コミッショナーに議員の処罰への全権を渡す可能性は少ないと思われる。