保守党の強硬離脱派は、メイ首相が、ソフトな離脱に大きく傾いてきているのではないかと感じている。その中、保守党の下院議員が、政府の無給のポストを辞任した。「関税同盟に残らない」EU離脱支持により多くの時間を割きたいという。このポストは地方自治体やコミュニティ、住宅などに関係した省のもので、地元選挙区に貢献できる余地が大きいように思われる。しかし、この選挙区は、昨年の総選挙で次点との差が2100票ほどと小さく、2016年のEU国民投票で離脱票の多かったところであり、この議員はメイ政権から距離を置き、いつあるかもしれない次の総選挙に備えたいと考えているようだ。
一方、EU側は、イギリスの提案が幻想だと批判した。イギリスとEUは非常に多くの問題を交渉しているが、イギリスの態度は基本的に現状維持だと指摘し、イギリスがEUを離れるということを十分に理解していないという。さらに懸案の北アイルランドの国境の問題では、EU側は、アイルランドに特化した解決策に取り組む用意があるが、イギリス側がイギリス全体にこだわっているという。なお、北アイルランドの民主統一党(DUP)は、メイ政権を閣外協力で支えているが、北アイルランドに特化した解決策に反対している。
昨年、本格的な離脱交渉が始まる前、メイ首相がEU委員会委員長らを首相官邸に招き、夕食を共にした。その後、委員長の首席補佐官が、その場でのメイ首相らの非現実的な発言に驚き、異星人のようだと語ったと伝えられたが、メイ首相の考えには、まだそのような要素が残っているのかもしれない。このようなメイ首相らの態度の背景には、EU側は、いずれは折れてくるという判断があるのかもしれない。ただし、そのような安易な考えは禁物だ。
メイ首相は、保守党内の強硬離脱派を宥めながら、ソフト的な離脱を目指しているように思われる。そのメイ首相を見限った動きがでている。EU国民投票の前、ボリス・ジョンソン外相らの離脱派の運動の責任者だった人物が、保守党のリーダーを変えるべきだと主張し始めている。すぐにメイを変えよと言っているわけではないが、メイのEU単一市場と関税同盟を離脱しても摩擦のない貿易をするなど両立できない約束を指摘し、これまでの施政を痛烈に批判している。
保守党内で、強硬離脱派を始め、個々の議員がメイ首相の思惑と異なる方向へ走り始めると、既に権威の落ちているメイ首相がコントロールできるとは思えない。例えば、保守党内で党首信任投票が行われる可能性だ。その投票を司る1922委員会会長には40人余りがそれを求めてきていると言われており、あと一握りの議員が求めると実施されることとなる。メイ首相がそれを乗り切ったとしても、上院で修正されたEU離脱法案が下院で再審議され始めると、メイ首相の下院での不信任につながる可能性がある。もし保守党の党首が変われば、EUとの交渉が本質的に変わる可能性がある。その上、総選挙となる可能性も否定できず、その結果、非保守党政権(労働党単独政権、労働党を中心とした連立政権など)が生まれる可能性もある。メイ政権の行く手とイギリスの政治状況はさらに不透明になってきた。