メイ首相は「張り子の虎」だと思われる出来事が相次いでいる。大統領的だと揶揄される、唯我独尊的な言辞、行動には選挙戦術である面もある。しかし、その裏に脆弱な面が透けて見え、「張り子の虎」という印象が免れない。
隠れた遊説
メイ首相は、6月8日の総選挙のキャンペーンで全国を遊説している。しかし、その演説会は、ひそかに開かれ、一般の有権者には知らされていないようだ。イングランド北部のリーズで行われた演説は、一般の会社員が帰宅した後に行われたと言われ、また、スコットランドのアバディーンシャーで行われた演説は、会場が「子供の誕生日パーティー」の名目で借りられたと言われる。いずれも保守党の支持者だけに参加してほしかったようだ。
過去には、党首の遊説中に予想外の出来事が起きた例がある。例えば、ブレアが首相だった時、建物の入り口で女性有権者が直接面と向かって質問し、食い下がった時ことがある。取材のメディアがその光景をこぞって報道し、大きなニュースとなった。
または、2014年のスコットランド独立住民投票の際である。独立を支持するスコットランド国民党(SNP)の支持者が、独立反対の人物の演説に押しかけ、演説を妨害する出来事が相次いだ。同様の戦術は、保守党支持者も使った。
メイ首相は、総選挙前のテレビ党首討論には出席しないと明言している。全国を遊説して回るからその必要はないという。しかし、メイの遊説が密かに行われ、保守党の有権者だけを対象に行われるのであれば、全国遊説の看板にふさわしくないだろう。
このようなメイのやり方は、北朝鮮のトップ、キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長を思い起させる。誰もがトップを称え、拍手する。そしていかなる不同意も許さない姿勢だ。
メイの性格
これはメイの性格にも関連しているだろう。メイは「優等生の級長」で、自分の完結した世界観を持っているようだ。それから逸脱したものは許されない。これはそのマイクロマネジャーぶりにも伺われる。すなわち自分がすべてのことを把握しコントロールしたい。メイは、自分の内閣で、自分の考えに異論を唱えることを許さないと言われる。
非常に執念深い点もあるようだ。例えば、今年のイースター(復活祭)時に大きな話題となったことだ。イングランド・ウェールズ・北アイルランドの歴史的建造物や土地などの「遺産」を管理する慈善団体ナショナルトラストを、メイは「教区牧師の娘」として強く非難した。ナショナルトラストの「エッグハント」と呼ばれるイベントを協賛するお菓子会社カドベリーが従来の「イースターエッグ」から「イースター」という言葉を除いたことが理由だった。この「エッグ」は卵型のチョコレートだが、キリスト教徒以外にもアピールすることが狙いだったようだ。しかし、このナショナルトラストの総裁は、元内務省事務次官で、内務大臣だったメイとの折り合いが悪く、辞任した人物である。
また、メイは、能力を選別して入学させ、より高い教育を受けさせようとする公立学校のグラマースクールの拡大を推進しているが、グラマースクールが地域の教育レベルを上げるという証拠はなく、野党労働党のコービン党首はそれに真っ向から反対している。コービンはグラマースクールで学んだが、妻が息子をグラマースクールに行かせたいと主張したため、結局離婚に至ったほどだ。それでも、メイは「首相への質問」で、グラマースクールを質問したコービンに、息子をグラマースクールへ送った、言うこととすることが別であり、信用できない人物だと繰り返し主張している。
スローガン
メイは自分に近い側近らと「打ち出すライン」を決め、それにスピーチでもインタビューでも固執する。最近のスローガンは「強い、安定したリーダーシップ」である。
今回の総選挙は、いやいやながら仕方なく実施することとしたと言い、議会が妨害するので「強い、安定したリーダーシップ」が必要だからだとした。イギリスのEU離脱の通知送付を承認する下院投票は、圧倒的に賛成されたがと指摘され、それにも「強い、安定したリーダーシップ」が必要だからだと答えた。
このようなスローガンを一つのインタビューで十何回も使い、4月30日のBBCのインタビューで、それは「ロボットのようだ」と指摘されたほどである。さらに、このスローガンをメイ内閣の閣僚や関係者も繰り返し使い、すべての会話をこの言葉につなげようとしているばかりか難しい質問をはぐらかすのに使っている。
メイは、このスローガンに対比し、コービンは「弱い、混乱している」とけなし続けている。確かに選挙戦でスローガンを決めて有権者の頭の中にこびりつくようにさせることには一定の意味があろう。ただし、それは有権者の気に障り始めており、また、メイらが、スローガンの背後に隠れようとする傾向が出ているように感じられる。
Brexit
Brexitについて、メイは、イギリスにとって「可能な最善の合意」をEU側とすると言い続けている。一方、「悪い合意をするより、合意がない方がよい」と主張しており、それは4月30日のBBCのインタビューでも繰り返した。
メイは、4月26日に欧州委員会委員長ユンカーとその交渉担当者らを夕食会に招いた。EU側にはその真意をいぶかる声があったとされるが、その夕食会は、メイがまさしくその「強さ」を示すことを意図していたように思われる。
ユンカーはこの夕食会の後、前よりもイギリスの離脱交渉が10倍難しいことがわかったと言ったそうだ。そしてその翌日、ドイツのメルケル首相に、メイは「異なった銀河にいる」と電話したと言われ、メルケルはドイツの下院で「イギリスには幻想している人がいるようだ」と発言した。
EU側の交渉指針は、4月29日、EUの残りの加盟国27か国のトップがわずか4分で合意したように、極めて明快だ。
- イギリスでのEU加盟国人の権利の保障
- イギリスに責任のあるEUへの支払い義務
- アイルランドの国境問題の解決(EUメンバーのアイルランド共和国と現在イギリスの一部である北アイルランドとの間の国境)
- 以上の3点に満足のいく進展がなければ、貿易などの将来の関係の交渉に入らない
一方、メイの狙いは、4月29日のEU側の会合の前に、その立場を明らかにすることだったようだ。メイの主張は以下の通り。
- イギリスは、EUに一銭も払う法的義務はない
- 交渉を秘密に進める
- 将来の貿易関係の交渉をすぐに始めたい
さらにEU加盟国人の処遇を交渉の一つの手段とする意図を匂わせたようだ。
これらに対し、ユンカーは、メイは勘違いしていると指摘したと言われる。イギリスにはきちんと金銭的なけじめをつける必要があり、この交渉には27か国と欧州議会も絡み、秘密交渉は事実上不可能だ、さらに上記の3つの問題の解決なしに将来の関係交渉は進まないとした。
メイにとっての問題は、その主張がユンカーらに全く受け入れられなかったばかりか、メイの交渉戦略そのものに大きな疑問符がついたことだろう。
メイはこれまで、強いレトリック(言辞)を使い、有能な首相のイメージを生み出し、有権者の支持を得てきた。しかし4月18日にBBCのインタビューで、これまで成し遂げたことは産業政策だと言いながら、それに取り組んでいると付け加えたことにあらわれているように、メイが首相として成し遂げたことは乏しい。
むしろ、昨年の保守党大会の演説で、ビジネスらに大幅な譲歩を迫ったが、すぐに方針を軟化させ、また3月のハモンド財相の予算発表で、自営業への国民保険料増額案がマニフェスト違反だと批判された途端Uターンしたようにその立場には不確かなものがある。
メイの自分に任せておけば大丈夫だとの「強いリーダー」的アプローチは、これまで世論調査で効果が上がってきた。これまで世論調査での保守党と労働党の差は20%台が続いてきた。さらにメイへの評価は、保守党への評価よりもはるかに高いものがあり、保守党はメイを総選挙の中心にして支持を集める戦略を立てている。
ほとんどの人は保守党の大勝利を予測している。もし、総選挙後、有権者が見るのが「張り子の虎」メイ首相でEU側に大幅譲歩すれば、多くの有権者はがっかりするだろう。
一方、メイが4月26日の夕食会で表明した考え方に固執すれば、離脱交渉はまとまらず、イギリスは2019年3月に自動的に離脱、これまでEU内で享受してきた権利を失うこととなる。EUとの貿易には関税などの障壁ができる。それに対応するスタッフが不足しており、EUに頼ってきた世界の国々との貿易交渉をイギリスは自ら行わねばならず、国際的、国内的に大きな混乱に陥る可能性が高い。
「強い、安定したリーダーシップ」のメイがどのように対応するか見ものである。