コービンの労働党大会

リバプールで開かれた労働党の党大会には驚いた。無能と攻撃されていたコービンらの首脳部が予想外に有能な党大会運営ぶりを見せたからである。もちろん、すべてがコービンらの思惑通りに進んだわけではない。核武装のトライデントシステムの更新(既に下院で更新が採決されている)に関する問題で、影の国防相との政策のすり合わせが不十分だった。また、労働党の執行機関である全国執行委員会(NEC)への参加資格を巡って、NECとコービンらとの間に対立があり、コービン側の意見が通らなかったこともある。しかし、9月28日のコービンの党首演説はコービンのベストの演説だったとの評価があり、それは聴衆の反応でも示された。コービンにとって成功した党大会だったといえる。

この党大会は、厳しい党首選直後のため、特にメディアの注目を浴びた。党首選は、党員・サポーターらの支持する現職のコービン党首と、大半の労働党下院議員の支持する挑戦者オーウェン・スミス下院議員との戦いだった。コービンが党首では次の総選挙が戦えないと判断した労働党下院議員たちがコービン追い落としを謀ったのである。しかし、党大会の始まる9月25日の前日の24日に発表された党首選の結果は、1年前の党首選で党員・サポーターの圧倒的な支持を受けて初当選したコービンが、その支持を伸ばし、コービンへの謀反は失敗した。

この結果を受け、内乱状態の労働党をいかにまとめられるかに注目が集まった。反コービン派の下院議員たちは、党内がまとまることが大切だと言いながら、コービンへのけん制をはかる者が多い。これらの下院議員はコービンにはリーダーとしての能力がないと決めてかかっている。しかし、コービンの党首演説や、その前の9月26日の、コービンの党首選責任者を務めたマクダネル影の財相などの主要メンバーの演説は、よく考えられており、能力がないと言えるものではない。

マクダネルの考え方は、足枷のない国際化の中で、自由経済は醜い不平等をうんだとし、企業活動を自由にさせる時代ではなく、勤労者の権利や最低限の生活(真の生活賃金)を守るため、国が積極的に介入・協力して、公平な社会を築くというものである。そのため緊縮財政をやめるとし、以下のような施策を提言した。

  • 記録的に低い利子率を利用した5000億ポンド(65兆円)の短期的な積極的公共投資と新事業への投資
  • 収入への課税から資産への課税へ
  • 税逃れ摘発部門の国税局職員の倍増、そのような企業の公共サービス契約の禁止
  • 企業取得の際の賃金・年金の保証、
  • 企業所有権の変更や閉鎖の際の社員共同所有推進、
  • 業界別団体交渉の復活、
  • 最低賃金を2020年に時給10ポンド(1300円)以上とする。
  • 起業家国家の構築
  • スト制限を強化した2016年労働組合法の廃止

コービンは、

  • 地方自治体の借金制限を除き、住宅資産を担保に公共住宅建設のための借金を促進
  • NHSの民営化の流れを止め、真に国の事業とする
  • 幼児教育から成人教育までをつかさどる国民教育サービスを設置
  • 学生の生活扶助・助成金復活のため、法人税を1.5%までアップ
  • 国家投資銀行を設け、インフラ投資に貢献する
  • 人権侵害の問題のある国への武器販売の禁止
  • GDPの3%を研究開発に向ける

さらに、注目された移民の制限の問題では、移民のイギリス社会への貢献を強調し、移民の「数」の制限はせず、そのかわりに移民の公共サービスや賃金への悪影響を緩和する方策を訴えた。しかし、移民の問題が、6月23日に行われたEU国民投票でBrexitの結果を招いたと広く信じられており、それへの直接の対策を打ち出すべきだとする意見が労働党内にもある。ただし、移民の問題は、単に移民が増えているというだけではなく、移民がNHS、学校、公共住宅などの公共サービスに与える影響を肌身に感じているという要素がある。それへの対策に、移民インパクト基金を復活させるとした。かつてブラウン労働党政権が2008年に設置したが、キャメロン政権で2010年に廃止されたものである。さらにイングランド北部で離脱投票が多かったが、これらの地域で十分な投資がなされておらず、住民の不満が高まっていたことを指摘し、これらの地域をはじめ、全国至る所で投資をすることを訴えた。この点は、スコットランドのスタージョン首席大臣が、保守党政権の緊縮財政と離脱投票の関係を指摘している点に通じる。

一方、トライデントの問題については、コービンは個人的には更新反対だが、党としての政策は更新賛成のままである。ただし、多国間核軍縮は推進する立場だ。しかし、これは、核軍縮を訴える団体から強く批判された。また、NATOにはその集団主義、国際主義、弱者を助けるという考え方から引き続きメンバーに留まるという立場を明らかにしている。シェールガスのフラッキングの禁止も掲げた。

もちろんコービンやマクダネルは強硬左派で、その政策は左である。ただし、コービンが「21世紀の社会主義」と主張したように、平和な世界と公平なイギリスを築くため、現在の社会に適合するような政策を求めたものである。ミリバンド前党首の回りくどいともいえるような政策、特に緊縮財政をめぐるあいまいな立場とは異なり、はっきりと保守党と差別化したものである。

コービンの政策に対し、これらは単に「社会主義者の夢」だと批判し、コービン労働党は、その施策のために莫大な借り入れをし、イギリスの財政を破たんさせるだけだという見方もある。ただし、影の財相マクダネルはロンドンの地方自治体で財務のトップだった人物であり、ロンドン全体の地方自治体組織のトップを長く務め、運営の経験が豊富である。マクダネルは、今年3月、財政ルールを発表している。コービン労働党の批判者が、労働党が「無能」だと決めつけ、こきおろすのは、その政策にある程度メリットがあることを示唆しているように思われる。

ただし、コービンには克服すべき多くの課題がある。まずは、労働党内の調和をいかに図るかである。コービンに不信任を突きつけた党所属下院議員たちとの関係改善は急務である。さらに、保守党に世論調査で大きな差をつけられており、有権者の支持を引きつけ、コービンの党首、そして首相としての能力があると認めさせることは容易ではない。コービンは、その演説で、2017年に総選挙があることを想定して準備を進めるとした。コービンを支持するために加入した多くの党員、そしてコービンに投票するためにサポーターとなった多くの有権者がいる。これらの人たちの協力を得て、総選挙準備を進めるとしたが、その効果がどの程度あるかである。

また、コービンの演説は評価されたが、その移民政策などで、これまでの古い原則にしがみついているのは誤りだという見方がある。ただし、政策には、左から右へ、右から左へと揺れ動く傾向がある。総選挙は来年行われるかもしれないが、2020年までないかもしれない。2020年は3年半後で、Brexitの後になるだろう。その時には有権者の移民に関する考えは、全く変わっているかもしれない。例えば、NHSには、EU国民が5万人以上働いている。Brexitのために移民の数が自然に減ったり、必須の公共サービスで人手不足の事態になったり、また人口の増え続けるイギリスで住宅建設は必須だが、高く評価されるポーランド人の建設関係労働者がいなくなれば、これらの分野でも人手不足の問題が出てくるだろう。有権者の移民への不満も変わる可能性がある。

移民へのヘイト犯罪が増加している背景には、EU国民投票で離脱派が反移民政策を煽り過ぎたことがある。そのような問題も避けたコービンの移民政策は、イギリスでは妥当なものと思われるが、それを有権者が理解するかどうかは別の問題である。コービンは目先の問題で立場を変えるのではなく、自分の原則に徹した政策を取ろうとしている。それが実を結ぶかどうかは、政情がどう変わるか、コービンに運があるかどうかにかかっているように思われる。