下院議員の行動基準コミッショナーの判断基準

下院の院内総務のジェイコブ・リース=モグが、自分の会社から、通算600万ポンド(約9億円)のおカネを安い金利で借りていたことを下院に報告していなかったことで、下院議員の報告義務に違反していた疑いが出た。下院の行動基準コミッショナーが調査するよう求められ、調査が行われた結果、コミッショナーは、特に問題がないと判断した

その判断の理由は、以下のとおりである。

1.これは完全に個人的な事案である。

リース=モグは、自分の100%所有する会社から自分のロンドンの家に関連しておカネを借りた。

2.この取引は、リース=モグの下院議員としての立場に何ら影響を与えるものではない。

すなわち、誰かほかの人が、特定の下院議員に影響を与えるために、何らかの便宜をはかるものではない。

下院議員個人の問題とおカネの関係は、時にこそこそした問題があるのではないかと捉えられがちだが、コミッショナーの判断は、極めて明快に思われる。

首相官邸の「パーティ」問題とロンドン警視庁

ロンドン警視庁は、昨年、新型コロナでパーティなどの集まりが禁止されていた時に首相官邸でパーティが開かれていた疑いに関して、警察監督機関に、ロンドン警視庁の行動の当否を判断するよう依頼した

これは、昨年、新型コロナの流行拡大を抑えるため、国民に行動制限を課し、パーティなどの集まりを禁止していた時に、首相官邸でパーティなどの集まりが開かれていた疑いが持ち上がったことに関連している。それを裏付けると思われる様々な情報が出てきたことが、12月16日に行われた、保守党が圧倒的に強いと思われていた選挙区の下院補欠選挙で保守党が議席を失った直接の原因だと見られている。

ジョンソン首相は、この疑いを当初否定した。しかし、次から次に情報が出てきたため、内閣書記官長(官僚のトップ、Cabinet Secretary)に調査を依頼した。ところが当の内閣書記官長のオフィスでも「クリスマスパーティ」が開かれていたことがわかり、内閣書記官長がその調査を辞退し、今年4月に内閣府の第二事務次官に就いたスー・グレイが担当することとなった。まだ結果は明らかになっていない。

このパーティにまつわる疑いで、野党らがロンドン警視庁に調査を求めたが、ロンドン警察庁は、十分な証拠がない、このような件では、過去に逆もどって調査を行わないなどの理由で、調査を拒んだ。ところが、これに対して疑問が出た。そもそも首相官邸ではロンドン警視庁の警官が四六時中警備し、人の出入りを管理している。これらの警官が、違法なパーティが開かれ、時には深夜まで続いていたのを知らないはずがないというのだ。また、そのような催しの開催にあたって、警官が準備などに関与していた疑いがあるという。

緑の党に所属する英国の上院議員が、それを「警察行動に対する独立機関」(IOPC、Independent Office for Police Conduct)に調査するよう求めた。

IOPCは、イングランドとウェールズの所轄警察の苦情を監督する機関である。その判断で、直接調査を実施する権限があり、ロンドン警視庁も、この件でIOPCに調査の必要の有無の判断を委ねたのである。

IOPCは、即座に返答し、苦情を提出した人(もしくはその代理人)が直接害を被ったわけではないため、この苦情を無効とした。ただし、もし、警官に何らかの咎があった証拠があれば、苦情の提出がなくても、ロンドン警視庁は、それをIOPCに付託する義務があると念押しした。そのような証拠をメディアが探し始める可能性がある。

ジョンソン首相の終わりの始まり

ジョンソン首相の保守党が再び補欠選挙で敗れた。様々なあきれたニュースが続いた後、昨年末にコロナパンデミックのため国民にはパーティなどの集まりを禁止しておきながら、首相官邸などでパーティを催していたという暴露ニュースが出て、「自分たちのルールと他の人たちにあてはまるルールが異なる」と強く批判された挙句であった。世論調査の政党支持率とジョンソン首相への評価が大きく低下し、最大野党の労働党の支持率の方が上回っている。ジョンソン首相はオミクロン株が急速に広がる中、対策を懸命に講じようとしているが、厳しい局面となっている。コメンテーターの中には、ジョンソン首相には「驚くべき回復力がある」などとして今後の行方を慎重にみるべきだという見方もあるが、既に来夏に党首選挙を考える人もいるなどとされる。ジョンソン政権の終わりが始まったとも言える。

さて、英国の選挙区の境界は、一定の期間を経て継続的に見直されているために全く同じ選挙区ではないが、この選挙区は19世紀前半から200年近く、ほとんど継続して保守党支持の地域である。ただし、この補欠選挙は、現職がロビーイングのルールの違反で、議員の行動基準コミッショナーから30日間の登院停止を勧告されたのに、ジョンソン首相が「厳重投票指示(Three Line Whip)」を出し、下院がその勧告を受け入れなかった。さらに、議員の行動基準制度そのものを変更する動きに出た。それらに世論が反発したため、ジョンソン首相は1晩で方針を変え、その結果、当の現職議員が辞職したために行われた補欠選挙である。

2021年12月16日に行われた下院議員補欠選挙得票結果(North Shropshire

自由民主党 17,957 当選
保守党 12,032 次点
労働党 3,686

(自民党のマジョリティ((第2位との差))は5,925。投票率46.28%)

この選挙区では、2年前、2019年の総選挙で、現職の保守党下院議員が次点の候補者に圧倒的な差をつけて勝利している。

2019年総選挙得票結果(North Shropshire

保守党 35,444 当選
労働党 12,495 次点
自由民主党 5,643

(保守党のマジョリティは22,949。投票率は67.9%)

なお、今回の補欠選挙では、2019年総選挙で第3位の自民党が勝った。2016年のEU離脱国民投票では、この選挙区では60%が離脱に賛成した。離脱選挙区と言える。自由民主党はEU残留政党だったが、その過去は今回の補欠選挙にはあまり影響していないようだ。

なお、自由民主党は、その政策的立場が保守党(右)と労働党(左)の中間にあると考えられており、保守党支持者には比較的投票しやすい政党である。また、労働党支持者には、自由民主党が保守党に勝てる見込みがあれば、自由民主党に投票する傾向もある。そのため、今回は、保守党支持の有権者が投票しない、もしくは自由民主党に投票するという選択肢を選んだことを背景に、自由民主党の勝利となった。

なお、自由民主党は、他の選挙区の6月の補欠選挙でも勝利を収めている。現職保守党議員が死亡したために行われた補欠選挙である。この選挙区(Chesham and Amersham)では、2016年のEU離脱国民投票で55%が残留支持だった。この6月の補欠選挙の結果、今回(North Shropshire)は、自由民主党は党首が何度も応援に駆け付けたのに、労働党党首は一度も足を運ばなかった。英国の賭け屋は、自由民主党勝利と予測していたが、まったくその通りとなった。それでも、選挙区の性格や票のスイング(政党間の票の動き)のため、6月の補欠選挙よりもはるかに大きなショックだった。

この結果は、保守党にとって激震といえる。

保守党下院議員のジョンソン首相に対する不満は大きく高まっており、この補欠選挙前には、保守党下院議員の中に、今回の補欠選挙でジョンソン首相はお灸をすえられる必要があると言う議員もいた。しかし、今回の結果は、その範疇を大きく超え、ジョンソン首相のみではなく、保守党にも大きなダメージとなった。

信頼低下で苦しむジョンソン首相

12月8日以降に実施された世論調査で、ジョンソン首相率いる保守党の支持率が減り、最大野党の労働党の支持率が保守党を4〜9%上回る状態となっている(執筆時点では7つある。YouGovの世論調査Opiniumの世論調査)。ジョンソン首相が2019年7月24日に首相に就任して以来このようなことはなかった。

特に保守党にとって気がかりなのは、人気の高かったジョンソン首相の支持率が大きく悪化している点だ。最新の世論調査では、首相としての実績を「認められない」という人が62%(このうち「とても認められない」という人が38%)で、「認められる」という人の22%を大きく上回っている。労働党のスターマー党首がそれぞれ38%と26%であるのと比べるとかなり悪い。同じような結果は、別の世論調査でも見られる。

約束に対して行動の伴わないジョンソン首相が、「嘘つき」だとレッテルを貼られたり、「自分たちのルールと他の人たちのルールが違う」と攻撃されたりしてきたが、これらが、同じパターンでさらに拡大して起こってきたことが現在の支持率の低下につながっている。

すべてのものごとにいい加減に対応しているように見えるジョンソン首相だが、「それほど悪い人ではない」という人も多い。ただし、現在の状況は、ジョンソン首相のだらしなさと、おカネの問題から起きていることが多い。

おカネの問題では、ジョンソン首相は、首相になって収入が大きく減った。ジョンソン首相は、かつてはジャーナリスト、スピーチなどをして年に50万ポンド(7500万円)以上稼いでいたようだが、首相になって、首相と下院議員として受け取る15万7千ポンドを含め、18万ポンド(2700万円)ほどと思われる。大きな減収である。

ジョンソン首相は、自分の内閣に何人もいるような、政治以外で十分におカネを稼いでから政治に入ってきた人ではない。また、これまでに複数の女性と関係し、7人の子供がいる。現在のカリー夫人との間にも2人目の子供が生まれたばかりだ。海外のホリデーによく行き、また、首相官邸の模様替えも行った。これらにかかったお金は現在の疑惑に関連している。

特に大きな問題は、昨年11月、12月に、コロナパンデミックの対策で、国民にはパーティーを禁じていたのに、首相官邸などでパーティーを開いていた疑いが持ち上がったことだ。次から次に出てくる疑惑に保守党内で不満が高まってきている。ただし、保守党の中で、2019年の総選挙で大勝利を飾ったジョンソン首相を直ちに替えようとする動きには至っていない。なお、保守党の中では、党所属下院議員の15%(現在の361人のうち55人)が不信任の手紙を書けば、投票が行われることになっている。

なお、下院議員の行動基準違反問題で辞職した議員の選挙区の補欠選挙が12月16日に行われる。保守党の非常に強い選挙区だが、中道の自由民主党への支持が強まっていると言われる。どのような結果となるか注目される。

ジョンソン首相は、もともと強い信念に基づいて政治家となった人物ではない。ジョンソン首相の性格を考えれば、薄給で厄介なことの多すぎる首相を辞めて、自由に稼げる身分になった方がいいという結論に達する可能性は大いにあるだろう。

英国の議員の行動の監視制度

英国の下院議員には、公職を担う議員として守るべきルールがある。ある保守党下院議員が、企業の依頼を受けて顧問料を受け取り、大臣や政府関係機関に働きかけていた疑いが表面化し、下院議員の行動を監視するコミッショナー(The Parliamentary Commissioner for Standards)が調査した。そして、その事実があったとし、登院停止30日間の勧告をした。その後、下院の行動基準委員会(The Committee on Standards )がその勧告を審査する。そしてその勧告を受け入れる、もしくはその勧告を変更するなどの決定をする。このケースの場合、登院停止30日間の勧告通りに下院本会議に諮られた。最終的には下院が判断するからである。ところが、ジョンソン首相の指示を受けて、保守党が過半数を占める下院がその通り承認しなかったために、大きな騒動となった。その上、当の保守党下院議員は、保守党支持のテレグラフ紙のインタビューを受けて、自分は何も悪いことをしていない、また同じことをすると居直ったのである。ところが、ジョンソン首相は、下院の採決の翌日には考えを変え、その結果、当の下院議員は議員を辞職した。

なお、下院が登院停止10日以上と決定した場合、若しくは他の特定された条件を満たした場合、下院議員のリコール請願が行われる。この請願に選挙区の有権者の10%以上が署名すると、リコール選挙が実施される。対象となった下院議員は再び立候補することも可能だが、上記のケースの場合、そのような不名誉を避けたかったことが背景にあるようだ。

この騒動で、下院議員の利害登録や議員活動に注目が集まった。その結果、保守党の幹部で、ジョンソン政権の下院院内総務と枢密院議長を兼ねるジェイコブ・リース=モグが、現在、コミッショナーに調べられている。自分の所有する会社から計600万ポンド(約9億円)ほどのお金を低利で借りたにもかかわらず、それを登録しなかった疑いのためである。

一方、下院議員で法廷弁護士のジェフリー・コックスが、弁護士として多額の報酬を受け取り、コロナパンデミックの最中に、西インド諸島の政府の仕事で西インド諸島に飛び、また、議会の議員事務所からビデオ会議に参加していたなどで批判されていた問題では、コミッショナーが調査をしないことが明らかになった。コミッショナーは、それぞれの事案が調査に値するかどうかを独立して判断して調査をするかどうかを決定する。そして調査中の事案は、コミッショナーのウェブサイトで発表される

それでも下院議員の行動基準や大臣や国家公務員らの行動基準には、まだあいまいな点が多く、さらなる検討が必要である。