ミリバンドが予想外に高い評価を得た、最初の「テレビ討論」

3月26日夜に行われた、5月7日の投票日に向けての最初の「テレビ討論」は、保守党党首のキャメロン首相と、労働党のミリバンド党首のものだった。これは、総選挙後の首相候補2人の「対決」である。

この「対決」は、一般にあるような、2人が顔を突き合わせて議論するというものではなく、2人が別々に、多くの政治家に恐れられているジェレミー・パックスマンからインタビューを受け、また会場の聴衆から質問を受けて、答えるという形のものであった。

この形式では、そう面白いものではないだろうと思いつつ見始めた。ところが、1時間半の番組が終わった時には、この総選挙は、かなり面白いものとなるという期待を強く持つに至った。

「テレビ討論」直後の2つの世論調査では、キャメロンが、ミリバンドに対して、54%対46%、51%対49%という結果で、優勢だった。ただし、政治関係者の多くは、UKIPのファラージュ党首を含め、ミリバンドの方に軍配を上げている。世論調査では、キャメロンがわずかに勝っているように見えるが、一般の世論調査で行われたキャメロンとミリバンドの評価では、キャメロンが20ポイント近く優勢であり、それを考えると、今回の結果は、実は、ミリバンドの大きな勝利と言える。

キャメロンとミリバンドの、今回のテレビ出演の目的は、大きく異なっていた。

キャメロンは、放送局側が計画した、ミリバンドとの顔を突き合わせてのテレビ討論は、危険すぎるとして、参加しないという判断をした。そして放送局側との妥協で、今回のような形の討論に参加することとしたのである。

そのため、キャメロンの第一の目的は、様々な質問にきちんと答えられ、首相にふさわしい人物のように見えること、さらに、財政赤字を解消し、経済成長を軌道に乗せる課題では、まだ道半ばだと訴えて、これらの課題を成し遂げさせてほしいと訴える目的があった。このテレビ出演では、有権者の心をつかみ支持を増やすというよりは、失敗を極力なくし、無難な応答をすることが最大の目的だったように思われる。

キャメロンは、まずパックスマンとのインタビュー形式の質疑応答を行い、その後、会場の参加者との質疑応答だった。パックスマンのフードバンクや、移民の公約を成し遂げられなかったことなどに関する厳しい質問を受けている際、恐らくキャメロンは、この出演に応じたのは失敗だったと思っているのではないかと感じた。それでもパックスマンの質問を切り抜け、会場の聴衆との質疑応答が終わった時には、キャメロンは自分のペースで話を進めており、無難で、手堅い出演だったように思われた。

一方、ミリバンドは、有権者から、首相のように見えない、弱い、という評価があったために、有権者のミリバンド観を変えるという目的があったように思われる。

ミリバンドは、最初、会場の参加者との質疑応答をしたが、かなり緊張しており、落ち着かない学生のように見えた。後で、この質疑応答の司会進行役が、ミリバンドは、出演前、身体が震えていたと言ったという話がツイッターで伝わったが、さもありなんと思われた。

この質疑応答で、ミリバンドが2010年の労働党党首選で、本命だった、元外相で兄のデービッドに対抗して出馬したことを聞かれ、自分の方が首相にふさわしいと思ったから出馬したと答えた。兄を破り、党首となったが、兄との関係は軋み、今もそれが回復している状態だと率直に述べる。

また、アメリカのオバマ大統領にシリア攻撃には反対と言ったことや、エネルギー会社や、新聞王ルパート・マードック氏に対抗していることを挙げて、屈しないという姿勢を示した。なお、マードック氏は、この討論を見ていたようで、ツイッターでコメントした。なお、マードック氏傘下の新聞の影響力を慮り、保守党のサッチャー元首相やキャメロン首相、労働党のブレア、ブラウン元首相も特別の配慮をしていた。

しばらく前から、ミリバンドがテレビ討論の準備に力を入れているという報道がなされていたが、ミリバンドは、想定質問を準備して、相当練習していたようで、質問に答えようとして、パックマンから、自分で質問を作っていると指摘される場面もあった。

ミリバンドは、メディアがミリバンドを首相らしくないと描き、多くの有権者がそれを信じていることに対して、自分は自分、他の人がどのように言おうが、気にしないと強く主張した。この部分は、恐らくミリバンドらの作った台本通りだったように思われるが、それでも自分への自信と、強さが出た発言だった。さらに、パックスマンに「あなたは重要人物だが、それほど重要な人物ではない」と反逆して、会場から笑いをそそった。

パックスマンとのインタビューの途中まで、ミリバンドは、低調だったが、終わりが近づいてくるに従い、会場の参加者もその会話に引き込まれているように見えた。パックスマンとのインタビューは上り調子で終わったと言える。

キャメロン首相の「次期政権後退任」発言

保守党のキャメロン首相が、もし5月の選挙後も首相を継続することになれば、その1期5年を務めるだけで、その後は、首相を継続しないと発言した。また、後継者として、以下の3人の名前を挙げた。内務相テリーザ・メイ、財務相ジョージ・オズボーン、それに総選挙で、ロンドン北部の選挙区から立候補する、ロンドン市長ボリス・ジョンソンである。

この発言は、BBCの副政治部長が、キャメロンの選挙区の自宅を訪問し、キャメロンと副政治部長が食事の準備のために、野菜を切っている場面でなされた。何気ない発言を装っているが、これは、それなりの政治的計算に基づいていると思われる。このような発言をすれば、首相としての権威を失い、レイムダック首相となるため、キャメロンの失言だとする人が多いが、キャメロンが、事前の準備をせず、このような機会をテレビのジャーナリストに与えるとは考えにくい。

そこで、以下の3つの視点から、キャメロン発言の効果を分析してみた。総選挙に対する効果、選挙後の状況、そしてキャメロンの「政治的な遺産」である。

1.   選挙に対する効果

この総選挙は、保守党も労働党も過半数を獲得できない、ハング・パーリアメント(宙づり国会)となると見られている。イギリスの賭け屋は、選挙後、最多議席を獲得するのは保守党で、首相の本命は、キャメロンとしている。

キャメロンにとっては、過半数を獲得できないとしても、最多議席を獲得するのは絶対の目標であり、労働党とスコットランド国民党SNPの合計議席が過半数を超えるのを防ぐため、できるだけ多くの議席を取りたい。そのため、5年後には、自分は首相ではないと有権者に訴え、有権者の支持の高いキャメロン政権の財政経済運営を継続し、イギリスの財政赤字を無くし、イギリスの経済成長を軌道に乗せる仕事を成し遂げさせてほしいと訴える背景があるように思われる。

このようなことを公式の場、例えば記者会見などで発言するのは、この選挙の結果もわからないのに「傲慢」だという批判を受けるだろう。労働党や自民党は、まさしくそのような批判をしたが、メディアらはむしろキャメロンの迂闊な発言として受け止めた。ブレア元首相が同様の発言をした過去の失敗を学んでいないとの批判が目立ったが、ブレアとの違いは、選挙後、ブレア政権の継続が確実であったのに対し、今回は、不透明であることである

特に、後継者の一人としてジョンソンを挙げたのは意図的なように思われる。ジョンソンは、旧来からの保守党支持層だけではなく、広範囲にアピールできる人物である。キャメロンは、何らかの形でジョンソンの人気を選挙に使いたいと考えていた。ジョンソンが次期保守党党首・首相となる可能性を浮上させ、メディアの関心を掻き立て、同時に有権者からの支持の拡大を図る狙いもあったのではないかと思われる。

なお、メイは、保守党支持者のかなり多くにアピールできるが、オズボーンと同じく、それ以外の「浮動層」へのアピール力が乏しい。キャメロンは、この3人の中では、旧来の友人で、2005年の保守党党首選で自分の選挙事務長を務めたオズボーンが後継者となることを望んでいるのではないかと思われる。

2.   選挙後の情勢

まず、選挙の結果、もしキャメロンが首相の地位を守れなければ、自ら保守党党首の座を退く可能性があることを念頭に置いておく必要があろう。

しかし、保守党内には、例え、キャメロンが首相の座を維持しても、2010年に引き続いて再び過半数を獲得できない場合、キャメロンを引き下ろそうとする動きがある。そのため、キャメロン周辺は、総選挙後、保守党下院議員にキャメロン支持の発言をさせることを計画するなど、キャメロン擁護のための準備をしていると言われる。

キャメロンは、世論調査の個人評価で、労働党のミリバンド党首を大きく上回っている。しかし、保守党への支持は、労働党と横並びである。個人への支持が党の支持へつながっていない。この大きな原因は、アッシュクロフト卿も指摘しているように、保守党の旧来の「人の気持ちのわかっていない政党」のイメージが変わっていないことである。キャメロンは、2005年に党首に就任して以来、保守党のイメージを変えることに力を注いできた。しかし、その試みは、成功していないと言える。労働党のミリバンドは人気が乏しい。漫画のヘボな登場人物のイメージがある。ブラウン前首相も人気がなかったが、ミリバンドへの有権者の評価は、そのブラウンよりも低いという見方もある。そのミリバンドの率いる労働党に差をつけられないのは、その表れである。

キャメロンは、自分の党首・首相としての将来をはっきりと区切ったほうが、保守党内の反キャメロンの動きをある程度抑えられると考えたのではないか。

3.   キャメロンの「政治的な遺産」

首相は誰もが、自分の政治的な遺産を考える。つまり、首相在任時代に何を成し遂げたかということである。

キャメロンは、あと5年で、始めた仕事を終わらせたいと繰り返し発言している。キャメロン政権では、学校教育(イングランド)では、アカデミーと呼ばれる、中央政府が直接管理する学校を大幅に拡大し、また、フリースクールと呼ばれる、親などが設置できる学校制度を始めるなど、かなり大胆な改革を進めている。また、国民保健サービスNHSの大改革を実施した。キャメロン政権下での改革は、福祉、政府サービスなどを含め多方面に及ぶ。しかしながら、最も歴史に残るのは、もし成し遂げられるなら、キャメロン政権下で、GDPの9%にも及んだ財政赤字を無くし、健全財政に立て直し、また、イギリス経済を軌道に乗せたというものであろう。

しかし、これを成し遂げるのはそう簡単ではない。特に、最近、話題となっているのは国防予算の問題である。キャメロン政権下では、国防予算が大幅に削られてきた。北大西洋条約機構NATOでは、国防予算にGDPの2%の支出を推奨しているが、イギリスでは、それが1.7%となり、さらに下がると予測されている。しかし、保守党の中にも、2%とすべきだという声がかなりある。もし、キャメロン保守党が過半数を得られない場合、他の政党と連立するには、保守党無役議員の会である1922委員会の了承を受ける必要があるが、その場合には、この国防予算の問題を条件にしようとする動きがある。

このような条件が課されれば、財政赤字を無くし、増大する政府債務を減らし始めるという計画が狂う可能性がある。つまり、キャメロンは、次期政権で退陣するから、やりかけたことを終わらせてほしいという形で、保守党内の反乱要因を早く摘み取ろうとしたのではないだろうか?

 

キャメロンが、早まった発言をしたというような受け止め方が多いが、キャメロンがそのような失敗をするとは考えにくい。また、キャメロンの妻のサマンサが、そのキャリアを再開したいようだという見方もある。しかしながら、キャメロンの目は、次期政権の運営よりも、いかに今回の選挙を乗り越え、政権を維持するかに置かれているように感じられる。そのため、BBCの記者を招いた時から、この発言をすることが狙いであったように思われてならない。

放送局が折れた党首の「テレビ討論」

5月7日の総選挙の前に、主要放送局(BBC、ITV, チャンネル4、Sky)は、3回の党首討論を予定していた。有権者の選挙への関心を高め、また政党の政策を十分理解させることを目的とするものである。前回の2010年の総選挙で、主要3政党(保守党、労働党、自民党)の党首が、イギリス史上初めて、テレビで3回にわたり討論し、有権者の関心が大きく高まったことから、同じような効果を狙ったものである。しかし、前回総選挙のテレビ討論に参加したために不利になったと考えている、保守党のキャメロン首相が、選挙期間中のテレビ討論参加に難色を示し、結局、放送局側が、大きく譲歩し、当初の計画とはかなり異なった形の「テレビ討論」に落ち着くこととなった。

放送局側は、それまで、当初の計画通り実施するとして、もしキャメロン首相が参加したくなければ、その椅子を空席にして討論を行うという方針を繰り返し、主張していた。しかし、最終的に折れた背景には、放送局側の事情もあると思われる。

公共放送のBBCはその免許の更新時期が近づいており、視聴料の徴収を巡る問題がある。また、それ以外の民放は、放送通信の監督機関Ofcomを考慮したものと思われる。選挙結果の予測の多くは、保守党も労働党も過半数を獲得できないが、保守党が最大政党となると見ており、賭け屋の賭け率では、キャメロンが首相として継続するが本命である。そのような状況の中で、現職の首相を粗末に扱えず、妥協できる形で何とかテレビ討論を行いたいという考えがあったと思われる。

主要放送局は、3月30日の下院解散後、以下のようなテレビ番組の予定をしていた。

4月2日 7党(保守党、労働党、自民党、イギリス独立党UKIP、スコットランド国民党SNP、緑の党、それにウェールズの地域政党プライド・カムリ)の党首による討論。

4月16日 同じく7党の党首による討論。

4月30日 首相候補である、保守党のキャメロン首相と労働党のミリバンド党首の一騎打ちの討論。

これが、次のように変わった。

3月26日 保守党のキャメロン首相と労働党のミリバンド党首への別々の質疑応答。

4月2日 7党の党首による討論。

4月16日 連立政権の保守党と自民党を除いた、5党の討論。

4月30日 保守党のキャメロン首相、ミリバンド労働党党首、自民党のクレッグ副首相への別々の質疑応答。これは、2005年の総選挙で行われたものと同じ形である。

労働党のミリバンド党首は、これまで、テレビ討論は、放送局側が決めるもので、自分はそれを受け入れると繰り返し述べていた。しかし、最終的に、新しい案を受け入れた。それでも、キャメロン首相と自分は、同じ場所で、同じ夜、同じ聴衆といるが、キャメロン首相は、自分と討論することを怖がっている、と苦情を言った。

ミリバンド党首は、自分の首相候補としてのイメージを上げるため、テレビ討論で、キャメロン首相と一対一で議論を戦わせたかった。キャメロン首相は、ミリバンド党首を弱いと批判し、ミリバンドは、キャメロンを弱いと批判する。いずれも選挙に与える影響の計算に基づいた行動をしており、どっちもどっちだと言える。

保守党支持拡大につながっていない予算発表

オズボーン財相は、現在のイギリスの経済成長は、自分の財政・経済政策が正しいからだ、有権者は保守党政権を堅持すべきだと訴える。

確かに、オズボーン財相は、イギリスの財政赤字の削減に尽力した。NHS、学校、海外援助以外の予算を約5分の1減らし、財政赤字を半分とした。また、財務省とイングランド銀行がFunding for Lending という金融機関に安くお金を貸し付ける制度を設け、一方、財務省は、Help to Buy という住宅購入補助政策を打ち出した。これが住宅価格を押し上げる効果を生み、消費ブームをもたらし、現在の経済成長につながっている。

ただし、現在の経済成長は、数々の幸運によるものでもある。例えば、2010年にオズボーン財相は、2015年までに財政赤字を無くすと約束したが、ユーロ圏危機とイギリスの経済停滞で、その約束を先延ばしにした。もし約束通りにしていれば、現在の経済成長はなかっただろうと言われている。

また、保守党の移民の公約は、正味の移民の数(1年以上滞在する入国者から同様の出国者を引いた数)を10万人以下とすることだった。しかし、実際には、30万人近くと、その3倍になっている。ところが、この移民なしでは、イギリスはここまで経済成長できなかったといわれる。

経済成長で、税収が伸びており、しかも、石油価格が低落し、低いインフレ率で、実質賃金が上がるばかりではなく、政府の債務に対する支払いも減っており、イギリスは、財政の黒字化に大きく踏み出した。

ただし、これらの成功と、5月の総選挙を有利に進めることができることとは別の問題である。予算発表後に行われた世論調査によると、確かに、有権者は、今回の予算を歓迎しており、オズボーン財相への評価は、高くなっている。しかしながら、もう一つの世論調査では支持率で労働党がリードしており、オズボーンの予算が政党支持に必ずしもつながっていないようだ。今回の予算発表の内容が、もう少しはっきりと理解されるようになるには、もう少し時間が必要かもしれないが、有権者は、保守党政権がどうしても必要だとはまだ考えていないようだ。

思惑通りにいかない予算

3月18日は、5月の総選挙を控え、今国会最後の予算発表だった。2010年5月に発足したキャメロン政権下で、オズボーン財相の6回目の予算である。キャメロン政権の総決算とも言えるものだった。

イギリスは、先進国G7の中で、2014年にはトップの経済成長率を達成し、しかも2015年はアメリカに次いで第2位の見込みである。独立機関の財政責任局OBRは、2015年の経済成長率の予測を2.4%から2.5%に上方修正した。雇用は上昇し、失業者の数は減っている。国民の多くは、キャメロン首相とオズボーン財相の財政・経済運営を高く評価している。一方、野党労働党のミリバンド党首とボールズ影の財相の財政・経済運営は、そう期待できないと見る人が多い。

そこで、これまでに政府の財政赤字を半分に減らしたオズボーン財相は、これまでの実績をもとに、来る選挙は、実績のある保守党に政権を継続させ、安定した財政・経済運営を行わせるか、2010年までの財政運営で巨額の財政赤字を生んだ労働党に、混乱した財政・経済運営を行わせるか、の選択肢だと訴えた。

なお、世論調査では、保守党と労働党の支持率は、30%台前半で並んでおり、保守党は、これを契機に、労働党に差をつける狙いがあった。

予算の中で発表されたものには、以下のようなものが含まれている。

・税がかかり始める、所得税の最低限度額を、2016年に10,800ポンド(194万4千円:£1=180円)に、2017年に11,000ポンド(198万円)まで上げる。また、40%の所得税のかかり始める限度額を、2017年に43,300ポンド(779万4千円)に上げる。

・貯蓄の利子にかかる税金額を1000ポンド(18万円)まで(40%の所得税のかかる人は500ポンドまで)免除する。

・Help to Buy ISAという、初めて住宅を買う人が手付金を作るのを援助するための少額投資制度を設け、200ポンド(3万6千円)に対し、政府が50ポンド(9千円)の上増しをする制度を設ける。

・ビール、ウィスキーなどの税を若干下げ、自動車燃料などの税を据え置く。

これらは、有権者の気持ちを良くさせる方策といえる。

また、財政赤字の額(単位は10億ポンド)は以下の計画のようにし、2019年度には70億ポンド(1兆2600億円)の黒字を出すようにした。

年度 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019
-97.5 -90.2 -75.3 -39.4 -12.8 +5.2 +7.0

実は、昨年12月の「秋の声明」で、2019年度の黒字額は、231億ポンド(4兆1580億円)としていたが、そこまで財政削減を進めると、GDPあたりの公共支出の割合が、1930年代と同じになると、労働党に攻撃されたため、70億ポンドとして、労働党のブラウン財相時代の2000年と同じ程度に変更した。この変更は、労働党を出し抜いたとして評価する向きが強かった。

ところが、意外にも、この「財政削減」が大きな焦点となった。

保守党は、選挙後、政権につけば、主に財政削減で財政赤字を減らす計画だ。OBRは、2016年度と2017年度の財政削減は、これまでの5年間で経験した最も厳しいものの2倍にもなる一方、2019年度には経済成長に見合って公共支出を増加するとの計画を、上下の動きの激しいローラーコースターのようだと形容したのである。

年度 2015年度 2016年度 2017年度 2018年度
削減割合 ‐1.3% ‐5.4% ‐5.1% ‐2.9%

オズボーンは、そのような厳しい財政削減を実施することを否定した。2016、17年度に300億ポンド(5兆4千億円)の財政削減を計画しているが、それは、福祉予算の120億ポンド(2兆1600億円)、政府省庁の予算の130億ポンド(2兆3400億円)の節約、そして税金逃れの取り締まりの強化で50億ポンド(9千億円)をねん出するから大丈夫だと主張していたが、OBRは、これらの内容の詳細が明らかにされていないことから計算に入れていない。そのために上記のような形容詞が使われる事態となった。

さらに、イギリスで最も信頼されている、独立シンクタンク、財政問題研究所IFSが、福祉予算の節約120億ポンドをどのようにして生み出すのか明らかにすべきだと求めたことから、この問題は、そう簡単に処理できる問題ではなくなった。

保守党は、既に、投票率の高い、年金生活者の福祉支出には手をつけないとしているだけに、福祉予算のうち、それ以外の分野、すなわち、勤労者、子供、身体障害者など、どの部分に手をつけるのかを明らかにすることは政治的に厄介な問題である。

今回の予算は、有権者の次期政権の選択に少なからぬ影響を与えそうな問題に発展してきた。

労働党のSNPとの連立否定の意味

ミリバンド労働党党首が、スコットランド国民党(SNP)との連立政権の可能性を否定し、ミリバンド政権では、SNPの大臣はいないと断言した。

この発言で、実際の事態は何も変わっていないが、この発言の背後にあるものに注目しておく必要があるだろう。

まず、最近のSNP党首らの発言で、SNPの立場が、極めてはっきりとしてきたことだ。SNP側が、労働党との連立はないだろうと発言した一方、SNPは労働党と連携して、保守党政権を阻止し、進歩的な政策を進めるとする。

つまり、労働党にとっては、SNPと連立しようが、しまいが、SNPの協力は受けられる。その中、保守党が、ミリバンドが、イギリスを分断し、スコットランドを独立させようとするSNPの言いなりになると主張している。

3月11日の首相のクエスチョンタイムでもキャメロン首相は、イギリス政治を牛耳るのは、自分と、SNPのサモンド前党首だと主張した。サモンドは、スコットランド前首席大臣で、5月の総選挙に立候補し、下院に戻ってくる予定だ。

保守党は、この線に沿って、ミリバンドが、サモンドの背広の胸のポケットに入ったポスター作戦を展開している。これらを受け、イングランドの有権者への影響を恐れたミリバンドは、何らかの対応をする必要があった。

ミリバンドのSNPとの連立否定発言は、有権者にわかりやすいが、実際には、ミリバンドがSNPの協力を受けられるだろうという状況は何も変わっておらず、一種のリップサービスといえる。

一方、SNPが主張しているように、労働党とSNPが、セットとして一般に見られるようになると、今後の展開が大きく変わってくる可能性がある。

新しく発表された、Polling Observatoryの選挙予測によると、獲得議席予想数は以下のとおり。

労働党285議席、保守党265議席、SNP49議席、自民党24議席、UKIP3議席 

労働党が最多議席を獲得し、SNPと閣外協力で連携すると、過半数をかなり上回ることとなる。労働党が285、SNPが49議席で、単純に計算すると、全650議席のうち、334議席対316議席となり、かなり安定した政権運営ができる可能性がある。

まず、この予測が、他の主要予測と異なるのは、他が、投票日が近くなると、これまでの経験から、保守党の支持が増え、労働党の支持が減ると見ているのに対し、保守党と労働党両方の支持が上がると見ている点だ。今回の選挙は、これまでのものと異なり、小政党が支持を集めているが、選挙戦終盤となると、次期政権への関心が高まり、主要政党への支持が回復してくる可能性があるように思われる。

SNPには労働党との閣外協力について大きな失敗がある。1979年に、当時のキャラハン労働党政権に閣外協力していたが、政権の不信任案に賛成し、わずか、1票差で不信任案が可決され、その結果、その後の18年間のサッチャー/メージャー保守党政権を生んだ。その二の舞は避けたいと考えている。

もし、労働党とSNPとの連携が織り込み済みになると、選挙のダイナミズムが大きく変わってくるように思われる。

イギリス政治の醜い面

3月11日の首相のクエスチョンタイムは、イギリス政治の醜い面が典型的に出た。野党労働党のミリバンド党首が質問に立ち、5月7日の総選挙前の、ミリバンドとの一騎打ちの党首テレビ討論に参加しない意思を表明しているキャメロン首相をなじり、「怖気づいている(チキン・アウト)」と攻撃した。労働党議員の中に、「弱虫」を意味する鶏(チキン)の鳴き声の物マネをする人もいた。

これに対し、キャメロン首相は、スコットランド国民党SNPとの連携を否定しないミリバンド党首を「弱い」、「卑劣」だと主張した。お互いの人格攻撃だった。いずれの側からも大きなヤジが飛びかい、何を言っているか聞こえないほどだが、キャメロン首相もミリバンド党首も、どっちもどっちだ。キャメロンは、選挙に勝ち、始めた仕事を終わらせたい、国の誇りを取り戻したいと言うが、このような発言をして、国民に「誇り」を持たせるようなことができるとは思われない。

これらの発言は、保守党も労働党側も、選挙に向けての効果を考えた上のことだろう。しかし、イギリスの下院議員は、もう少しましだろうと思う人がいれば、それは誤りである。イギリスの下院議員には、ヤジ将軍のような人物が何人もおり、しかも、院内総務が指示を出して、ヤジらせている場合も多い。

しかもヤジだけではない。女性差別的な行動・ジェスチャーをする人も少なからずいる。労働党の「影の下院のリーダー」は女性だが、労働党が政権につけば、下院での発言のルールを厳しくして、議長が処分しやすくすると言う。

女性差別だけではなく、「弱い者いじめ」を下院でする人もいる。自民党の下院議員は、発言しようとして立ちあがるたびに、からかいのヤジを受けた。また、他の党の議員の発言が気にいらない場合、「看護婦」と叫ぶ議員もいる。これは、精神異常者がいるので、処置が必要だという意味である。

このような行動に対して、議員たちは、長い議論に退屈し、それを発散しているのに過ぎないという声もある。しかし、これらの態度は、下院議員が公職についている者であるというよりも、一種の与太者的な印象を受ける。

キャメロン首相の側近で、教育相だった、現院内総務のマイケル・ゴブのヤジは有名で、議長から何度も叱責された。ゴブは、保守党の同僚からは、信念のある政治家で、非常に礼儀正しい人物と考えられている。しかし、同時に、議長に叱責されているのを見ると、公職についていることを忘れているように見える。

このような行動は、ゴブも学んだオックスフォード大学のカレッジの男子学生の騒々しい雰囲気などに助長された面もあるかもしれない。もしそうならば、そのような態度事態、改める必要があろう。

いずれにしても、このような行動を許しているイギリス議会には、幻滅という言葉以外何もない。

スコットランドの選挙

スコットランド国民党(SNP)が大きく支持を伸ばしている。スコットランドの独立を目指して設立されたSNPの支持の増加は、異常ともいえるほどで、5月の総選挙の4つの予測では、スコットランドの59議席のうち、最も少ない予測で40、最も多いものは55議席獲得すると見ている。そのため、議席数650の下院で、非常に大きな影響力を持つだろうと考えられている。

選挙の世論調査の専門家であるジョン・カーティス教授は、いずれの政党も過半数を占めることがないだろうと見られている選挙で、保守党も労働党も「SNPの了解がなければ、政権が取れないだろう」と言う(タイムズ紙3月7日)。

SNPが強い理由の一つは、2014年9月のスコットランド独立住民投票後の党員の急増である。今や党員数は9万3千と言われ、スコットランドの有権者428万人のうち、46人に1人はSNPの党員ということとなる。SNPは既に有権者に積極的にコンタクトしており、その数は、労働党の2倍だそうだ。SNPへの支持は、スコットランド独立に賛成の強かった地域だけではなく、全体に広がってきている。

ここで、近年のスコットランドの選挙を振り返っておきたい。

総選挙

2005年の総選挙で、それまでのスコットランドの総議席数が72から59へと減らされた。それまで、スコットランドへの歴史的、地形的、政治的な配慮から、スコットランドが優遇され、1選挙区当たりの有権者数が少なかったが、1999年からスコットランド議会に多くの権限が分権されたため、イギリスの他の地域と横並びとなり、議席数が減らされたのである。

労働党 自民党 SNP 保守党 その他
2005 41 11 6 1 0
2010 41 11 6 1 0

労働党は、この2つの選挙の間に行われた補欠選挙で、自民党とSNPに1議席ずつ失ったが、2010年にそれらを奪回した。

なお、保守党は、1955年総選挙では、スコットランドの最大政党だったが、1997年の総選挙で、すべての議席を失った。ただし、小選挙区制で、それぞれの選挙区で最多の得票をしなければ議席が獲得できないため、2010年の総選挙の保守党の得票率は、SNPが19.9%であったのに対し、16.7%で、その差はそう大きくなかった。

スコットランド議会議員選挙

スコットランド議会は、1999年に「再開」され、これまで4回の選挙が行なわれている。総選挙が完全な小選挙区制選挙であるのに対し、この選挙は、小選挙区比例代表併用制で行われており、1政党が過半数を占めるのは難しい。

2011年には初めてSNPが129議席の過半数を制した。73の小選挙区のうち、SNPは53議席を制した。

この選挙制度では、8つの地区それぞれで、さらに7議席が追加で与えられる。しかし、その際、それぞれの政党の小選挙区で獲得した議席が考慮に入れられ、それぞれの政党の得票割合に応じて、修正ドント方式で割り当てられる。つまり、小選挙区で既に得票割合と同等、もしくは多くの議席を獲得した政党があれば、その政党には割り当てはない(なお、日本は、小選挙区と比例代表それぞれで議員が選出される小選挙区比例代表並立制である)。

労働党 自民党 SNP 保守党 その他
1999 56 17 35 18 3
2003 50 17 27 18 17
2007 46 16 47 17 3
2011 37 5 69 15 3

SNPは2007年の選挙で129議席のうち、47議席を獲得し、労働党を1議席上回った。そのため、単独で少数政権を担った。SNPを率いた、サモンド前首席大臣の巧みな政権運営で、4年間を乗り切り、2011年には過半数を占めるという結果を生んだ。

なお、サモンドSNP政権が、2007年から2011年の政権運営に成功したため、2015年総選挙後の少数政権の可能性の議論に使われている。

ちなみに、スコットランド議会銀選挙は、これまで4年ごとに行われてきたが、次回は、2015年ではなく、2016年に行われる。総選挙と重なると、有権者が混乱するという理由である。

労働党とスコットランド国民党の提携問題

労働党は、前回の2010年総選挙で、スコットランドの59議席のうち、41議席を獲得した。スコットランド国民党(SNP)は6議席だった。

ところが、2014年9月のスコットランド独立住民投票後、SNPの支持率が大きく上昇し、最近の予測には59議席のうちSNPが56議席獲得するかもしれないというものもある。

全国的には、保守党と労働党の支持率は、30%台前半で、同程度。その支持率が、5月の総選挙で維持された場合、もし労働党がスコットランドで前回並みの議席を獲得すれば、選挙区の構造などから、労働党が有利であり、労働党が過半数を獲得できなくても、最大政党となる。しかしながら、労働党がスコットランドで大きく議席を失えば、その可能性は少なくなる。

一方、SNPは、その支持の急増を受け、既に保守党との連携をはっきりと否定し、労働党と連携する方針を打ち出している。労働党とSNPの連携には、公式なもの(例えば、連立政権や閣外協力など)、非公式なものを含めて、各方面から反発がある。

労働党とSNPが連携した場合、イギリス全体の国政が、地域政党であるSNPに牛耳られる可能性がある上、スコットランドの独立を目指すSNPは、その目的に向かって、政権を使おうとする心配があるからである。

また、スコットランドで議席を失う可能性の高まっている労働党議員だ。これまで、スコットランドの有権者は、スコットランド内ではSNPを支持しても、イギリス全体の下院選挙では、労働党を支持する傾向があった。SNPは地域政党だが、労働党は全国政党であり、政権を担当する可能性があるためである。

SNPの言い分は、SNPは下院で労働党を支持するので、SNPを支持することは、労働党を支持することと基本的に同じである、しかもスコットランドに有利だとする。これには、2014年のスコットランド独立住民投票が少なからず影響している。主要3政党(保守党、労働党、自民党)は、スコットランド独立に協力して反対した。そのため、住民は、住民投票では独立に反対したものの、労働党は、かなりの信用を失った。

SNPの議論に対処するため、ミリバンド労働党党首が、SNPとは提携しないとはっきりした方がよいという意見がある。しかし、ミリバンドは、できればそこまでは言いたくない。労働党とSNPの連携の可能性を残しておきたいからだ。もし、SNPと組まないと言えば、政権を自ら放棄することになりかねない。

ミリバンドがそれをはっきりと言えば、今やSNPを支持する、元労働党支持者の多くの考え方を変えるかもしれないという期待がある。これは、特に、議席を失いかねない現職の労働党議員にとっては、切実な問題だ。また、労働党が、SNPとの連携を否定しても、SNPは労働党を支持せざるを得ないという見方がある。もしSNPが労働党を支持しなければ、SNPが保守党の政権を生むことになる可能性があるからである。しかし、このシナリオどおりに動くかどうか、確かではない。

その一方、労働党が、SNPとは提携しないと言えば、スコットランドの有権者が労働党を「罰する」かもしれないという不安もある。

ミリバンドは、労働党とSNPの連携の可能性のために、イングランドでの支持率に影響が出るようなら、立場をはっきりとさせざるを得ないだろう。

保守党は、この「労働党とSNPの連携」を前面に押し出したポスターキャンペーンを始めた。「弱いミリバンド首相」を操るSNPの不安を有権者に訴えることで、保守党が政権を担当しなければならないと示す作戦だ。

SNPの急激な支持の拡大は、イギリス独立党(UKIP)に票を失っている保守党に光明を与えている。

テレビ討論に出席しないキャメロン首相の評価

5月7日投票の総選挙に向けて、主要放送局が3回の党首テレビ討論を計画している。それは以下のようである。

4月2日:7党(保守党、労働党、自民党、UKIP、SNP、プライド・カムリ、緑の党)
4月16日:7党(同上)
4月30日:2党(保守党のキャメロン首相と労働党のミリバンド党首)

これに対し、キャメロン首相側は、3月30日に予定されている解散の前に、7党の党首討論を1回のみ、90分間行うことを求めたが、その「最終提案」を放送局側は拒否し、予定通り、3回行うとした。そして、もしキャメロン首相が参加しなくても実施するとしたのである

主要放送局が予定している3回の討論のうち、最初は、キャメロン首相側の提案と日程が近く、妥協の余地があるかもしれないが、あとの2回にキャメロン首相が出席する可能性はない。特に第3回目は、投票日の1週間前であり、ミリバンド労働党党首と討論するのは危険なためだ。

有権者は、ミリバンドについて、これまで漫画のヘボなキャラクターのような印象を受けており、それがミリバンドの低い評価につながっている。しかし、キャメロンと1対1でテレビ討論をすれば、ミリバンドの実像、すなわち、キャメロンに立ち合って、丁々発止できる人物を示す可能性が高いことから、キャメロンにとっては、百害あって、一利なしである。

もちろんキャメロンが4月30日に出席せず、ミリバンド一人が討論に出席するという事態が実際に起きれば、キャメロンの評価にある程度のマイナス効果があるだろうが、キャメロン首相側は、この討論を避ける方がはるかによいと判断しているようだ。

ミリバンドは、この問題に有権者のより大きな注目を集めるため、自分が政権を取れば、党首のテレビ討論を法定化するとした。ところが、有権者は、党首テレビ討論の実施には賛成しているものの、この問題にそう大きな関心を持っていないようだ。世論調査では、キャメロン首相の評価に特に影響は出ていない。