ミリバンドが予想外に高い評価を得た、最初の「テレビ討論」

3月26日夜に行われた、5月7日の投票日に向けての最初の「テレビ討論」は、保守党党首のキャメロン首相と、労働党のミリバンド党首のものだった。これは、総選挙後の首相候補2人の「対決」である。

この「対決」は、一般にあるような、2人が顔を突き合わせて議論するというものではなく、2人が別々に、多くの政治家に恐れられているジェレミー・パックスマンからインタビューを受け、また会場の聴衆から質問を受けて、答えるという形のものであった。

この形式では、そう面白いものではないだろうと思いつつ見始めた。ところが、1時間半の番組が終わった時には、この総選挙は、かなり面白いものとなるという期待を強く持つに至った。

「テレビ討論」直後の2つの世論調査では、キャメロンが、ミリバンドに対して、54%対46%、51%対49%という結果で、優勢だった。ただし、政治関係者の多くは、UKIPのファラージュ党首を含め、ミリバンドの方に軍配を上げている。世論調査では、キャメロンがわずかに勝っているように見えるが、一般の世論調査で行われたキャメロンとミリバンドの評価では、キャメロンが20ポイント近く優勢であり、それを考えると、今回の結果は、実は、ミリバンドの大きな勝利と言える。

キャメロンとミリバンドの、今回のテレビ出演の目的は、大きく異なっていた。

キャメロンは、放送局側が計画した、ミリバンドとの顔を突き合わせてのテレビ討論は、危険すぎるとして、参加しないという判断をした。そして放送局側との妥協で、今回のような形の討論に参加することとしたのである。

そのため、キャメロンの第一の目的は、様々な質問にきちんと答えられ、首相にふさわしい人物のように見えること、さらに、財政赤字を解消し、経済成長を軌道に乗せる課題では、まだ道半ばだと訴えて、これらの課題を成し遂げさせてほしいと訴える目的があった。このテレビ出演では、有権者の心をつかみ支持を増やすというよりは、失敗を極力なくし、無難な応答をすることが最大の目的だったように思われる。

キャメロンは、まずパックスマンとのインタビュー形式の質疑応答を行い、その後、会場の参加者との質疑応答だった。パックスマンのフードバンクや、移民の公約を成し遂げられなかったことなどに関する厳しい質問を受けている際、恐らくキャメロンは、この出演に応じたのは失敗だったと思っているのではないかと感じた。それでもパックスマンの質問を切り抜け、会場の聴衆との質疑応答が終わった時には、キャメロンは自分のペースで話を進めており、無難で、手堅い出演だったように思われた。

一方、ミリバンドは、有権者から、首相のように見えない、弱い、という評価があったために、有権者のミリバンド観を変えるという目的があったように思われる。

ミリバンドは、最初、会場の参加者との質疑応答をしたが、かなり緊張しており、落ち着かない学生のように見えた。後で、この質疑応答の司会進行役が、ミリバンドは、出演前、身体が震えていたと言ったという話がツイッターで伝わったが、さもありなんと思われた。

この質疑応答で、ミリバンドが2010年の労働党党首選で、本命だった、元外相で兄のデービッドに対抗して出馬したことを聞かれ、自分の方が首相にふさわしいと思ったから出馬したと答えた。兄を破り、党首となったが、兄との関係は軋み、今もそれが回復している状態だと率直に述べる。

また、アメリカのオバマ大統領にシリア攻撃には反対と言ったことや、エネルギー会社や、新聞王ルパート・マードック氏に対抗していることを挙げて、屈しないという姿勢を示した。なお、マードック氏は、この討論を見ていたようで、ツイッターでコメントした。なお、マードック氏傘下の新聞の影響力を慮り、保守党のサッチャー元首相やキャメロン首相、労働党のブレア、ブラウン元首相も特別の配慮をしていた。

しばらく前から、ミリバンドがテレビ討論の準備に力を入れているという報道がなされていたが、ミリバンドは、想定質問を準備して、相当練習していたようで、質問に答えようとして、パックマンから、自分で質問を作っていると指摘される場面もあった。

ミリバンドは、メディアがミリバンドを首相らしくないと描き、多くの有権者がそれを信じていることに対して、自分は自分、他の人がどのように言おうが、気にしないと強く主張した。この部分は、恐らくミリバンドらの作った台本通りだったように思われるが、それでも自分への自信と、強さが出た発言だった。さらに、パックスマンに「あなたは重要人物だが、それほど重要な人物ではない」と反逆して、会場から笑いをそそった。

パックスマンとのインタビューの途中まで、ミリバンドは、低調だったが、終わりが近づいてくるに従い、会場の参加者もその会話に引き込まれているように見えた。パックスマンとのインタビューは上り調子で終わったと言える。

キャメロン首相の「次期政権後退任」発言

保守党のキャメロン首相が、もし5月の選挙後も首相を継続することになれば、その1期5年を務めるだけで、その後は、首相を継続しないと発言した。また、後継者として、以下の3人の名前を挙げた。内務相テリーザ・メイ、財務相ジョージ・オズボーン、それに総選挙で、ロンドン北部の選挙区から立候補する、ロンドン市長ボリス・ジョンソンである。

この発言は、BBCの副政治部長が、キャメロンの選挙区の自宅を訪問し、キャメロンと副政治部長が食事の準備のために、野菜を切っている場面でなされた。何気ない発言を装っているが、これは、それなりの政治的計算に基づいていると思われる。このような発言をすれば、首相としての権威を失い、レイムダック首相となるため、キャメロンの失言だとする人が多いが、キャメロンが、事前の準備をせず、このような機会をテレビのジャーナリストに与えるとは考えにくい。

そこで、以下の3つの視点から、キャメロン発言の効果を分析してみた。総選挙に対する効果、選挙後の状況、そしてキャメロンの「政治的な遺産」である。

1.   選挙に対する効果

この総選挙は、保守党も労働党も過半数を獲得できない、ハング・パーリアメント(宙づり国会)となると見られている。イギリスの賭け屋は、選挙後、最多議席を獲得するのは保守党で、首相の本命は、キャメロンとしている。

キャメロンにとっては、過半数を獲得できないとしても、最多議席を獲得するのは絶対の目標であり、労働党とスコットランド国民党SNPの合計議席が過半数を超えるのを防ぐため、できるだけ多くの議席を取りたい。そのため、5年後には、自分は首相ではないと有権者に訴え、有権者の支持の高いキャメロン政権の財政経済運営を継続し、イギリスの財政赤字を無くし、イギリスの経済成長を軌道に乗せる仕事を成し遂げさせてほしいと訴える背景があるように思われる。

このようなことを公式の場、例えば記者会見などで発言するのは、この選挙の結果もわからないのに「傲慢」だという批判を受けるだろう。労働党や自民党は、まさしくそのような批判をしたが、メディアらはむしろキャメロンの迂闊な発言として受け止めた。ブレア元首相が同様の発言をした過去の失敗を学んでいないとの批判が目立ったが、ブレアとの違いは、選挙後、ブレア政権の継続が確実であったのに対し、今回は、不透明であることである

特に、後継者の一人としてジョンソンを挙げたのは意図的なように思われる。ジョンソンは、旧来からの保守党支持層だけではなく、広範囲にアピールできる人物である。キャメロンは、何らかの形でジョンソンの人気を選挙に使いたいと考えていた。ジョンソンが次期保守党党首・首相となる可能性を浮上させ、メディアの関心を掻き立て、同時に有権者からの支持の拡大を図る狙いもあったのではないかと思われる。

なお、メイは、保守党支持者のかなり多くにアピールできるが、オズボーンと同じく、それ以外の「浮動層」へのアピール力が乏しい。キャメロンは、この3人の中では、旧来の友人で、2005年の保守党党首選で自分の選挙事務長を務めたオズボーンが後継者となることを望んでいるのではないかと思われる。

2.   選挙後の情勢

まず、選挙の結果、もしキャメロンが首相の地位を守れなければ、自ら保守党党首の座を退く可能性があることを念頭に置いておく必要があろう。

しかし、保守党内には、例え、キャメロンが首相の座を維持しても、2010年に引き続いて再び過半数を獲得できない場合、キャメロンを引き下ろそうとする動きがある。そのため、キャメロン周辺は、総選挙後、保守党下院議員にキャメロン支持の発言をさせることを計画するなど、キャメロン擁護のための準備をしていると言われる。

キャメロンは、世論調査の個人評価で、労働党のミリバンド党首を大きく上回っている。しかし、保守党への支持は、労働党と横並びである。個人への支持が党の支持へつながっていない。この大きな原因は、アッシュクロフト卿も指摘しているように、保守党の旧来の「人の気持ちのわかっていない政党」のイメージが変わっていないことである。キャメロンは、2005年に党首に就任して以来、保守党のイメージを変えることに力を注いできた。しかし、その試みは、成功していないと言える。労働党のミリバンドは人気が乏しい。漫画のヘボな登場人物のイメージがある。ブラウン前首相も人気がなかったが、ミリバンドへの有権者の評価は、そのブラウンよりも低いという見方もある。そのミリバンドの率いる労働党に差をつけられないのは、その表れである。

キャメロンは、自分の党首・首相としての将来をはっきりと区切ったほうが、保守党内の反キャメロンの動きをある程度抑えられると考えたのではないか。

3.   キャメロンの「政治的な遺産」

首相は誰もが、自分の政治的な遺産を考える。つまり、首相在任時代に何を成し遂げたかということである。

キャメロンは、あと5年で、始めた仕事を終わらせたいと繰り返し発言している。キャメロン政権では、学校教育(イングランド)では、アカデミーと呼ばれる、中央政府が直接管理する学校を大幅に拡大し、また、フリースクールと呼ばれる、親などが設置できる学校制度を始めるなど、かなり大胆な改革を進めている。また、国民保健サービスNHSの大改革を実施した。キャメロン政権下での改革は、福祉、政府サービスなどを含め多方面に及ぶ。しかしながら、最も歴史に残るのは、もし成し遂げられるなら、キャメロン政権下で、GDPの9%にも及んだ財政赤字を無くし、健全財政に立て直し、また、イギリス経済を軌道に乗せたというものであろう。

しかし、これを成し遂げるのはそう簡単ではない。特に、最近、話題となっているのは国防予算の問題である。キャメロン政権下では、国防予算が大幅に削られてきた。北大西洋条約機構NATOでは、国防予算にGDPの2%の支出を推奨しているが、イギリスでは、それが1.7%となり、さらに下がると予測されている。しかし、保守党の中にも、2%とすべきだという声がかなりある。もし、キャメロン保守党が過半数を得られない場合、他の政党と連立するには、保守党無役議員の会である1922委員会の了承を受ける必要があるが、その場合には、この国防予算の問題を条件にしようとする動きがある。

このような条件が課されれば、財政赤字を無くし、増大する政府債務を減らし始めるという計画が狂う可能性がある。つまり、キャメロンは、次期政権で退陣するから、やりかけたことを終わらせてほしいという形で、保守党内の反乱要因を早く摘み取ろうとしたのではないだろうか?

 

キャメロンが、早まった発言をしたというような受け止め方が多いが、キャメロンがそのような失敗をするとは考えにくい。また、キャメロンの妻のサマンサが、そのキャリアを再開したいようだという見方もある。しかしながら、キャメロンの目は、次期政権の運営よりも、いかに今回の選挙を乗り越え、政権を維持するかに置かれているように感じられる。そのため、BBCの記者を招いた時から、この発言をすることが狙いであったように思われてならない。