ある新聞紙のボリス・ジョンソン攻撃(A Newspaper’s Attack on Boris)

3月31日のサンデータームズ紙は、3月24日朝のBBC番組でのエディー・メイアーによるロンドン市長ボリス・ジョンソンへの追及は軽くすんだと主張した。メイアーは、ジョンソンに面と向かって、過去の失敗を問いただし、それらにきちんと答えられないジョンソンに対して「あなたは汚い奴(a nasty piece of work)じゃないですか?」と言ったのである。これはジョンソンに大きなダメージとなると見られた出来事であった。それにもかかわらず、ジョンソンは世論調査での支持率を伸ばした。

サンデータイムズ紙の記事(同紙News Review P4)は、ジョンソンのこれまでの約束違反、下院議員時代(2001年から2008年まで)と2008年に市長になってからの行動と実績などに焦点を当て、ジョンソンの首相となる資格に疑問を投げかけたものである。その記述にはかなりの反ジョンソンのバイアスがかかっている。

この記事はジョンソンがキャメロン後の保守党党首になる可能性がかなり高まってきたことを反映している。というのは、タイムズ紙はかつてジョンソンをクビにしたが、ジョンソンはテレグラフ紙と深い関係があり、ジョンソンが保守党党首・首相となることはタイムズ紙にとっては好ましいことではないからである。

デービッドとフレデリックのバークレー兄弟がテレグラフ紙を買収した時、タイムズ紙は、第一面から数面を使い、バークレー兄弟を徹底的に攻撃した。タイムズ紙とテレグラフ紙にはお互いにかなり強いライバル意識がある。

英国の新聞を読む際には、その新聞の傾向、ライバル関係、さらには、政治家などとの関係などに留意しなければならないことが多い。例えば、マイケル・ゴブ教育相は、2005年に保守党下院議員となるまでタイムズ紙のアシスタント・エディターだった。その妻は現在、タイムズ紙のジャーナリストである。当たり前のことだが、タイムズ紙の記事を読むときにはこういう事実を覚えておく必要があろう。

キャメロン後に向けて動き出した保守党(Tories Preparing for after Cameron)

デービッド・キャメロン首相は、2005年12月に保守党の党首となってから7年半たつ。2010年5月に首相となって3年近い。この間、幾度もの危機を乗り越えてきた。しかし、キャメロン政権は次の総選挙までで、それ以降は保守党の党首が変わるだろうという雰囲気がある。

キャメロンは、2010年の総選挙で過半数に至らず、最大の危機を迎えた。この選挙結果を招いた最大の要因は、あの三党首のテレビ討論だったとして、そのテレビ討論を2005年から提唱してきたキャメロンは大きな批判にさらされた。(参照:https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/fileadmin/documents/Publications/Working_Papers/History_and_Future_of_TV_Election_Debates.pdf

議会で過半数を占めずに政権を担当する少数政権では、すぐに倒れる可能性が高かった。キャメロンの責任を問う声も強く、党首としての地位も脆弱だった。その中で、自民党との連立政権を組むことで、危機を乗り切った。

今や、政権についてから3年近く経ち、キャメロン個人への有権者の支持は、ミリバンド労働党首より高いが、保守党への支持は労働党に経常的に10ポイント程度の差をつけられている。通常、選挙と選挙の間は、政権政党への支持が下がり、野党に大きな差をつけられることがあり、それが次期総選挙を反映しているとは必ずしも言えない場合が多いが、今回は、UKIP(英国独立党)への支持の増加や、保守党の中での対立もあり、保守党への支持が大きく回復する可能性は少ないと見られている。無役の下院議員がキャメロン保守党執行部の意向に反して投票するケースが目立ってきた。キャメロンの権威が衰えてきている。

そういう中、保守党の中で、キャメロン後を狙う、テリーザ・メイ内相らの動きが顕在化した。また、ロンドン市長、ボリス・ジョンソンへの期待が高まっている。

ボリス・ジョンソンへの期待

3月24日のBBCのジョンソンへのインタビューと、その翌日25日のジョンソンに関するドキュメンター番組で、ジョンソンの過去の不行跡に焦点が集まった。その結果、ジョンソンの保守党党首・首相となる夢が大きく傷つけられたと見られた。しかし、その後、それらはダメージにはなっていないことがわかった。

3月28日のロンドンのイブニング・スタンダード紙のYouGovの世論調査の結果では、一週間前の世論調査の結果と比べるとジョンソンへの支持が2%増えている。しかも、キャメロン率いる保守党の支持率は31%で、労働党37%、自民党12%だが、ジョンソンがもし党首となり保守党を率いると、保守党と労働党が37%で肩を並べ、自民党が11%となるという。ジョンソンへの支持は、すべての年齢に広がっているが、特に25歳から39歳の層で強い。
http://www.standard.co.uk/news/politics/voters-say-boris-johnson-must-lead-tories-8553013.html

さらに注目すべき点は、もしジョンソンが保守党の党首となれば、UKIPの支持者の3分の1が保守党に投票するという。保守党の支持者は、キャメロンを好み、ジョンソンを58%対29%で上回っているが、UKIPの支持者で見ると、51%対21%でジョンソンが上回っている。

イブニング・スタンダード紙は、2008年と2012年の市長選でジョンソンを強く押したという事実もあり、その扱いには注意が必要だ。また、YouGovの世論調査では、労働党は保守党に通常10ポイント程度の差をつけているが、ここではキャメロン率いる保守党と労働党との差がわずか6ポイントというのは、外れ値である可能性がある。つまり、この世論調査自体には?がつく。それでもジョンソンがダメージを受けると予想されていたにもかかわらず、それをやり過ごしたということは、保守党関係者にとっては、かなり心強い結果であると言える。この結果は、保守党関係者にとっては、ジョンソンは、キャメロンに代わって保守党を率いる準備ができていることを示していると言える。

キャメロンは、レーム・ダックか?

3月26日にテレグラフ紙に ‘Pity our poor PM—the Tories are now in a Post-Dave state of mind’という記事が現れた。テレグラフ紙は保守党支持者の読む新聞である。この記事では、保守党は、既にキャメロンがレーム・ダックであるかのように動いているというのである。テレグラフ紙は、かつてジョンソンがジャーナリストとして働き、しかも今も契約して記事を書いていることを考えると、若干の注意が必要だ。

ただし、この記事のキャメロン批判は保守党内部のかなり多くの声を反映していると言える。

①キャメロンはこれまで首相として、期待はずれであった。約束がかなえられていないという感じがある。

②キャメロンの最も重要な仕事は、公共財政を緊縮財政で立て直すことであったが、経済は相変わらず停滞し、政府債務は増える一方である。

③年金生活者への便益(注:無料テレビ視聴料などのことで、首相のTV討論で迫られて約束した。つまりTV討論がなければこのような約束はしなくて済んだ。)と海外援助の予算を守り、国防やインフラが犠牲になっている。

④形ばかりのグリーン政策のために、エネルギーコストが、ほかの国では下降している時に、意図的に上げられている。

これらの批判は、もし、世論調査で保守党の支持がもう少し高ければ、大きな問題ではなかっただろう。特に②の経済が上向きで、政府債務へのコントロールが予定通りに行っていれば全く違った反応となるように思われる。しかし、保守党が次期総選挙でかなりの議席を失う状況が予測される事態となってきているため反応は異なってくる。

また、EUの国民投票を巡る問題は、キャメロンの2017年国民投票の提案で鎮静化するどころかさらに問題が大きくなる情勢である。キャメロン首相は、まだ、レーム・ダックとは言えないだろうが、立場がかなり弱くなってきている。

キャメロンが保守党党首を降ろされる?

保守党の中には、経済が苦しい時に、保守党の党首そして首相を変えようとすることは適当ではないという見方がある。確かに、新しい党首が、現内相のテリーザ・メイや首相側近のマイケル・ガブ教育相などだと国民からの批判が強いだろう。しかしながら、もし新しい党首がジョンソンなら話は別となるのではないかと思われる。ジョンソンは下院議員ではなく、党首になるためには、まず選挙を経て下院議員になる必要があるが。

党首への信任投票を司るのは、保守党の無役議員たちの団体である1922委員会である。現職議員の15%の支持があれば、党首への信任投票が行われる。つまり、46人が1922委員会委員長にその旨の手紙を書けばよい。既に25人がそうしたと言われる(タイムズ紙3月29日)。

キャメロンは、これ以上多くの議員が1922委員会委員長に手紙を書かないよう注意して行動する必要がある。従来、党所属議員にはスリーラインウィップという指示厳守命令を出して、党の指示したように投票させるが、これまでこれに従わずに投票した議員がかなりいる。しかし、キャメロンは、現状では、指示に違反した人に強い処分を与えにくい。つまり、キャメロンの権威は、さらに衰え、ますます厳しい状況になっていくと思われる。