キャメロン首相のEU国民投票提案(Cameron’s EU Referendum Proposal)

国民投票は民主的な手段?

上院議員のノートン卿は、英国憲法の権威であるが、世界中で行われている国民投票を見ると、主に独裁政権が自分たちの求める答えを得るために使われていると指摘する。ヒトラーやナポレオン3世がそれぞれの立場を正当化するために国民投票を使ったが、これは、かつて第二次世界大戦直後の労働党首相クレメント・アトリーが、国民投票は「専制君主や独裁者の道具」だと批判したことにも通じる。マーガレット・サッチャー元保守党首相も「多分故アトリー卿は、国民投票は独裁者やデマゴーグの手段だと言った時、正しかったと思う」と指摘した。国民投票を民主的な決定手段として捉える人が多いが、それだけではなく、政治的なご都合主義に使われる可能性があることにも留意しておく必要がある。

キャメロン首相のEU国民投票提案

キャメロン首相は1月23日、次の2015年に予定される総選挙で自分が首相の地位を維持できれば2017年の末までにEUに留まるか撤退するかの国民投票を実施すると述べた。

キャメロン首相は、この国民投票の前に、EUを構成する他の26か国と交渉し、単一市場は維持するものの、EUから英国が大切だと見做す権限を取り戻し、また今後のEUとの関係を再規定すると言う。そして英国はEU内に留まるべきだと言うのだ。

英国の貿易の52%はEUとの間で行われており、英国への海外からの投資は、英国をEUへの拠点とするものがかなり多い。また、英国の金融セクターもこのEU内の地位で恩恵を受けている。一方、英国では多くの人たちがEUとの関係には不満を持っている。労働時間の制限をはじめEUのお役所仕事が英国の公共セクターや企業にかなり大きな負担を強いていると見る向きもある。また、キャメロン首相もそのスピーチの中で指摘したように「主権を守ることに熱心」な島国根性が英国にはある。英国の国会主権が、国民から負託を受けていないEU官僚たちに蝕まれているという不満もある。

キャメロン首相提案の背景

そういう中で、キャメロン首相が考慮したのは、EUの政治的な意味合いだ。まずは、英国のEU離脱をうたうUKIPへの支持の急増である。来年6月の欧州議会議員選挙でUKIPは保守党を上回る得票をする可能性がある。アッシュクロフト卿の昨年12月の世論調査で、UKIPへの支持は単にEU問題ではなく、それより広い国民の不満が反映されていることがわかったが、それでもUKIP対策は講じる必要がある。また、米国などからの英国のEU離脱の可能性に対する警告などのためにUKIPへの支持は最近の世論調査の結果減っているが、UKIPを無視はできない。特にUKIPの支持層と保守党の支持層はかなり重なっているために、2015年の次期総選挙で保守党への得票、そして獲得議席数に影響が出る可能性がある。

一方、保守党内の欧州懐疑派の動きだ。欧州懐疑派が勢力を増しており、昨年10月下院に提出された議員提案のEU国民投票案では、保守党の81名の下院議員が、保守党リーダーシップの厳重指示(スリーラインウィップ)に反してその法案に賛成した。それ以外に棄権した者が15名おり、事態は極めて深刻である。これにも対応する必要があった。

その結論がキャメロン首相の23日のEU国民投票の約束である。

EU国民投票を実施すればどうなる?

それでは、もし、キャメロン首相が次期総選挙後も首相の地位を維持し、EUの国民投票を実施すればどうなるのだろうか?

キャメロン首相は、再交渉の上、この国民投票に臨むとしているが、その再交渉でどの程度の権限を取り戻せるのだろうか?また、今後EUの決定に対してどの程度の不参加の自由(オプトアウト)を獲得できるのだろうか?EUのリーダーであるドイツは、キャメロンが求めるEUの改善には賛意を示しているものの、これまで半世紀かけて作り上げてきたEUへの努力を捨て去るつもりはなく、英国にEUの決定で自分たちに都合のいい所のみをつまみ食いさせることはできないと主張している。再交渉は、予想以上に難しい可能性がある。再交渉がうまくいかなければ国民は納得するだろうか?

もし国民投票でEUに留まることになったとしても、それで、英国のEUとの関係が決着するのだろうか?1975年のEUの前身EEC加盟継続か否かの国民投票は、1973年にヒース保守党政権下でEECに加入したことへの可否を確認するものであった。1974年に政権に就いたウィルソン労働党首相が、選挙マニフェストで国民投票を約束し、実施したが、労働党内閣でも労働党内でも賛否が分かれた。その投票結果で問題が決着したわけではなく、2年ほどで問題が再燃した。1981年には、EECからの脱退問題や核武装の問題などで労働党から脱退した人たちが社会民主党(後に自由党と合流して自民党となる)を設立し、1983年の総選挙で、そのマニフェストにEECからの脱退も含まれていた労働党は惨敗した。国民投票ですべてが決着すると考えるのは誤りだろう。

キャメロン首相のEU国民投票は、かなり多くのマスコミや保守党内などから称賛されたが、その内実は極めて不安定だと言わざるをえない。

警察の採用改善案(Police Recruitment Change Plan)

今日、公共サービスのほとんどすべてが変わらねばならない時代である。それは警察の世界でも同じで、政府の発表した採用改善案は、警察にも変化を強いる一つの手段だ。

警察は2010年から2015年の間に実質20%の財政カットを求められており、それに対応するよう動いている。警察官・スタッフの数の大幅削減、警察の地区駐在所などの移動、廃止さらには、警察の仕事をできるだけ外注するなど多様な動きがある。

その中で、警察官の採用方法の変更も発表された。この変更は、警察の人種的多様化を進め、多くの異なった能力・技術を警察に導入することを念頭に置かれている。

具体的には、以下の三つの制度の導入である。

①大学卒業者や警察内部の優秀な人たち80名程度の特急昇進制度
これまで、警察官は採用されると、巡査レベルで2年間過ごすことになっていた。これは、ロンドン警視庁など大卒採用制度のあるところでも同様であった。この制度を変えて、採用後3年で警部(Inspector)に昇進する仕組みとする。この制度の導入で、それぞれの警察管区のトップである本部長クラス(Chief Constable)に到達するのにこれまで25年間程度かかっていたのを10年から15年で可能にしたい考えだ。

②警察管区トップへ外国人の任命を可能とする
警察官には英国籍を持つ者しかなれないことになっていたが、これを変更し、本部長に外国人を任命できるようにする。しかし、その対象者は、英国警察の伝統である「住民の合意」による警察の考え方に基づいた警察制度を持つオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカに限られる。

③特に能力のあると判断された人たちを警視レベルに採用する制度
軍や諜報機関、さらにはそれ以外の分野で特に優秀とされる人を採用し、15か月のトレーニングの後に警視(Superintendent)とする仕組み。

多くの不祥事が起きている警察内部の文化を変えることは必要だろう。しかし警察の幹部に経験の乏しい人が就くということになれば、かえって逆効果になる可能性もあるように思われる。特に危機的な状況に対応するにはかなりの経験が必要だろうからだ。