バイリンガル小学校(Bilingual Primary Schools)

 

ロンドンのワンスワース区には英語とフランス語のバイリンガルで教える公立の小学校がある。ウィックス小学校とホサム小学校。さらに2013年秋からもう一つの小学校がバイリンガルで教え始める。いずれも小学校1年からスタート。バイリンガルで教えることで、教育レベルを維持することと子供たちに外国語を学ぶ機会を与えることを目的としている。

これらの学校のウェブサイトは以下の通り

http://www.wix.wandsworth.sch.uk/e/E_intro.asp

http://webfronter.com/wandsworth/hotham/menu/mnu1.shtml#m-menu1_History_

http://wandsworth.schooljotter.com/shaftesbury/Bilingual+Sch

選挙で選ぶ警察コミッショナーの導入(The New Police and Crime Commissioners)

英国政府は、イングランドとウェールズのそれぞれの警察管区に新たに選挙で選ばれた警察・犯罪コミッショナー(Police and Crime Commissioner)を設ける。これは、もともと2010年の総選挙で保守党のマニフェストに含まれていた公約だが、それが自由民主党との連立合意で確認されていた。それが昨年法制化されたものである。

ロンドンでは、2012年5月に市長選があり、市長となった者が警察・犯罪コミッショナーとなるが、それ以外のイングランドとウェールズの41の警察管区では、2012年11月15日に、それぞれの管区の選挙で選ばれる。

なおロンドンでは、ロンドン警視庁の警視総監がコミッショナーと呼ばれるが、これとロンドン市長の就く警察・犯罪コミッショナーとは異なる。それ以外の警察管区では、トップの警察官はChief Constable警察管区本部長と呼ばれる。警視総監と警察管区本部長は、警察実務の責任者で、警察・犯罪コミッショナーは、活動目的を設定し、監視し、監査する役割を果たす。

警察・犯罪コミッショナーの主な仕事は以下の通りである。
• 犯罪を少なくする。管区内で効果的、効率的な警察サービスを提供する。
• 一般の人の意見を汲んで、警察の優先目標を決める。
• 予算を決める。税を課することもでき、管区内並びに全国的な優先項目がきちんと予算の裏付けがあるよう確保する。
• 管区警察の実績に関して警察本部長の責任を問う。
• 管区内のコミュニティーのニーズにできるだけ効果的に応え、代表する選挙民の生活にじかにはっきりとした違いを出す。

注:
保守党マニフェスト p57

http://media.conservatives.s3.amazonaws.com/manifesto/cpmanifesto2010_lowres.pdf

連立合意書 p13
http://www.direct.gov.uk/prod_consum_dg/groups/dg_digitalassets/@dg/@en/documents/digitalasset/dg_187876.pdf#search=’Coalition government agreement’
法律
Police Reform and Social Responsibility Act 2011

http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2011/13/contents/enacted/data.htm

財政カットに苦しむ英国の地方自治体(Local governments, suffering from budget cuts)

英国政府の緊縮財政で、地方自治体が苦しんでいる。その状況はこれまで断片的にマスコミが報道してきたが、あるチャリティ財団がまとまった報告書を出した。

(http://www.jrf.org.uk/sites/files/jrf/communities-recession-services-full.pdf)

この報告書によると、2015年までの4年間で政府からの財政支出は実質ベースで40%減るが、このような大きな削減では、効率改善策だけでは到底対応できない。その削減の影響の大きさは地方自治体によりかなり異なる。裕福な地域の自治体への影響は比較的軽いが、貧困地域の自治体が特に大きな影響を受けている。社会的な弱者はそれ以外の人と比べて、公共サービスにより依存していることが事態をさらに悪化させている。

参考:http://www.bbc.co.uk/news/uk-16744676

「対立」を作り出す政治(Politics which create divisions)

私の英国政治勉強会で、かつての小泉首相や現在の橋下大阪市長の対決する姿勢、もしくはディヴィジョン(対立)を意識的に作り出す言動は、国民の関心を高め、人気を博したのではないかとの見方があった。確かに、この面があることは事実だ。ただし、政治家として成功するには優れた政治的なセンスが必要である。

つまり、これには条件がある。まず、国民や少なくとも選挙民によく知られているということだ。共感を集約できる存在である必要がある。それができる政治的なセンスが必要だ。さらに2人とも極めてハイリスクなストラテジーを取ってきた。小泉元首相の場合、まず、自民党の党首選で勝ち目がないと思われたにもかかわらず、出馬した。しかも郵政選挙はギャンブルだった(私はこの郵政解散を聞いた途端に、小泉首相の勝ちだと思ったが)。橋下市長は、「橋下」対「反橋下」の構図を作り、多くのマスメディアも敵にしてきた。英国の政治家ならまず取らない方法だ。いずれもハイリスクの方法を取りながら、勝ち残ってきた。要は、これができる、もしくはできるかもしれないと判断する政治的なセンスと、ここまでする勇気の問題だ。

英国では、政策のディヴィジョンを作り出すことは、政治手法の一つで、日常的に行われている。ただし、劇的で効果的なディヴィジョンを作り出すことは容易ではない。一般には、ディヴィジョンのためのディヴィジョンづくりに終始することになる。無理に違いを浮き彫りにしようとしたり、世論調査などを見て、多くの人が支持する方についたりする。つまり、自分たちの訴えることを信じていなくても、もしくは自分たちの議論に問題があるとわかっていてもそうする傾向がある。英国政治の残念な点だ。

英国の教育:ルールに従わせることの大切さ(Rules are Important in Education)

1月27日の田原総一郎さんの「朝まで生テレビ!」で、香山リカ氏と橋下徹大阪市長の間で次のようなやり取りがあったという。

「もし先生たちがみなさん起立して大きな声で歌うようになったらね、本当に犯罪率が下がるんでしょうか。そこの因果関係は、どうやってエビデンスを証明するんでしょうか」。橋下氏の回答は、ルールを守ることを徹底させるという方針だ。香山氏は、それは効果がないと海外でも証明されていると述べた。
(http://www.tanteifile.com/watch/2012/01/28_01/index.html)

香山氏の、ルールを守ることを徹底することは「効果がないと海外でも証明されている」という発言には異議がある。英国でこの1月から教育水準局Ofstedのトップである主任視学官となった人物は、ルールを守る、規律を守ることで、奇跡的に学校を立て直した人物だ(参照:英国では左と見られ、教師に最も読まれている新聞ガーディアン

http://www.guardian.co.uk/education/2011/oct/14/michael-wilshaw-new-ofsted-chief)

私は、実際この学校を訪れ、この人の話を直接聞いたことがある。「ルールを守る」ことはこの学校の教育の柱である。

一方、英国ではリベラルで知られる自由民主党の地方議員が前政権を担当した労働党の施政の問題は「権威への敬意の喪失」だと指摘(サンデータイムズ紙2012年1月8日、News Review p3)したが、同感だと思った。この下で育てられた若者が犯罪を重ねているとも指摘している。これは決して権威に服従せよということではない。労働党政権があまりにも個人の権利を尊重し、その結果、学校や社会の中の「秩序」が失われてしまったことを指している。

教育の場ではルールを守り、秩序を守ることは重要だと思う。ただし、日本では、「ルール」が形骸化し、独り歩きし、それが目的になってしまう傾向があることにはくれぐれも注意しなければならないだろう。「ルール」はあくまでも児童生徒を育む一つの手段に過ぎないからだ。

政治家の容貌の効果(Appearance: Important for Politicians?)

政治家の容貌は大切だろうか?有権者は政治家の容貌を見て誰に投票するのか決めるのだろうか?そこまで絶対的に言えないとしても、多くの人は、政治家の容貌は重要だと言うだろう。実際これは、心理学の研究でも認められている(例えば、Political Psychology, April 2011; Physical Attractiveness and Candidate Evaluation: A Model of Correction by William Hart, Victor C. Ottati, Nathaniel D. Krumdick や、European Journal of Political Research, January 2008; The frog pond beauty contest: Physical attractiveness and electoral success of the constituency candidates at the North Rhine-Westphalia state election of 2005, by ULRICH ROSAR)また、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授も最初の印象は極めて大切だと言う。

1月16日のサンデータイムズ紙の世論調査の中で、労働党党首のエド・ミリバンドは首相になるには醜くすぎると思うか?という質問を行った。結果は?10%の人がそう思うと答えた。かなり少ない。しかし、この世論調査を見るまでミリバンドが醜いかどうかなど考えてみたこともなかった私が、今やミリバンドが醜いかどうか考えることとなった。

この質問に対しては、そのような質問はするべきではない、とかなり批判的な意見がある。一方、これまでなされた研究を考えると、そういう質問は妥当だという見解もある。例えば、タイムズ紙のDaniel FinkelsteinやUK polling reportのAnthony Wellsだ。後者は、その世論調査を実施した世論調査会社に勤めているが、次のような研究を指摘している。
(http://www.mit.edu/~glenz/looking_the_part.pdf)

しかし、この研究やPolitical Psychologyの論文では、政治のエキスパートはより客観的に政治家を見ることができるが、そうでない人は、容貌により大きく影響される傾向があると指摘している。だからこそ、例え、世論調査に応じた人の数は1800人足らずで、また、それを見出しに取りあげたインターネット版の記事や、見出しには出ていないその新聞記事に関心を示すような人が多くないとしても、これらの人々の心にそのような印象を残す質問は、もし新聞が「公器」と自覚するなら避けるべきだと思われる。

政府の無駄を削減する方法?(How to reduce the government waste?)

政府に無駄が多い。国家公務員が無能だ。こういう話はいつも出てくる。特に今に限ったことではない。日本でも、消費税上げの議論の中で、税を上げる前に、政府の無駄をなくせ、という議論がある。英国では、国の大幅な財政カットで国民がその痛みを次第に感じ始めている。そのような時は、特に政府の無駄の話は目を引く。しかし、どうすれば政府の無駄がなくせるのだろうか?

タイムズ紙が、会計検査院と下院の公会計委員会の報告書を調べ、2009年からこれまでに318億ポンド(4兆円)の無駄があり、この額は政府が向こう4年間で削減する予定額の3分の1以上にあたると報告した。

タイムズ紙の記事には若干の誇張がある。例えば、民間資金を公的事業に導入するPFIで契約が政府側に不利だとしてその想定無駄額を「少なくとも」と言って含めたり、財政カットで中止になったり、変更になったプロジェクトなどでの「無駄」も含んでいる。しかし、この記事で強調されているのは、国家公務員にはビジネス感覚が乏しい、民間企業との交渉の経験が乏しく、民間側に出し抜かれているという点だ。これらは、これまでも言われ続けてきたことで、会計検査院や下院公会計委員会委員長の言葉を借りなくてもよいほどだ。

特にタイムズ紙も触れているように、プロジェクトが十分に検討されずにスタートし、その遅延のために、費用が大きく増加している例が多い。一方、現連立政権の社会保障システム改革の中核となる、既存の税控除や手当を統合するユニバーサル・クレジットのためのITシステムが、2013年の開始予定に間に合わないかもしれないとも言われている。前政権からの持ち越しのプロジェクトも現政権のプロジェクトも同じような問題を抱えているようだ。

タイムズ紙の官庁担当部長(ホワイトホール・エディター)は、ビジネス感覚の欠如を補うために民間の力の導入、とどのつまりはコンサルタントを雇うことに触れているが、政府の財政カットで、さらなる10万人の人員削減が予想されている中、これは高すぎる選択肢だという。ただし、それではどうすればよいかの答えの提案がない。

それでは国家公務員にビジネス感覚を身につけるトレーニングを与えてはどうかという見方もあろう。実は英国政府の中には、こういうトレーニングは、調達、リーダーシップ、プロジェクトマネジメントをはじめ数多く用意されている。問題は、このようなトレーニングにどの程度の価値があり、役立つのかということである。

リーダーシップ講座に出た人が、その後、急に、それまで見られなかったようなリーダーシップを発揮できるだろうか?お仕着せのトレーニングを受けた人が突然、ビジネス感覚を身につけるということも考えにくい。武道の例で言うと、講座に出た結果、技術のある程度の概要はわかるかもしれないが、実際にそれを使いこなすには、何度も実際にやってみて、徐々にそれを身に着けるというプロセスが必要だ。しかも状況は常に同じとは限らず、実際には応用能力がはるかに大切になる。つまり、トレーニングを受けてもそれが必ずしも即効があるとはいえない。しかも、武道の場合のように、茶帯と黒帯、さらに初段と3段、5段では、その技に格段の差がある。ビジネス感覚にも経験豊富なベテランと初心者ではかなり大きな幅があるだろう。

問題の根底は、まずは、政府の中の人材登用、人材発掘能力にあるように思われる。私の見るところ、英国の50万人の国家公務員の中で、民間で働いたことのある人もかなりおり、ビジネス感覚を持った人もかなりいると思われる。しかし、そういう人たちが必ずしもそれらの能力を生かせるポジションに就いておらず、しかもその潜在能力を発現させるための有効なガイダンスを受ける仕組みができていないようだ。

また、国家公務員の担当部署での在職期間がかなり短く、次々に人が変わり、責任の所在が不明になりやすい。しかも、公会計委員会などでの国家公務員へのヒアリングには、現職が出るというルールがあり、前任者に直接問いただすことができない。つまり、大きな無駄が発生してもその原因の究明、担当者の責任を問いただすことが極めて難しくなっている。実際、責任者が、自分のプロジェクトがうまくいかなくなると、他の仕事に応募して移り、その責任追及を回避する例もあるようだ。

これと関連したことに政府のコンサルタント雇用がある。コンサルタントの能力が国家公務員より必ずしも優れているとはいえないようだ。時には、国家公務員の中に能力のある人がいるのに、コンサルタントに依存する傾向もあるようだ。コンサルタントは通常、発注者の考えに反することはせず、一見すぐれた計画書、報告書を作成し、優れたプレゼンテーションをする。そのため、政府の担当者はそういうコンサルタントに頼る傾向がある。

特に13年間の労働党政権の中で、本当の能力をきちんと図ることなしに人材登用が繰り返され、また、コンサルタントの使用が蔓延し、それらの結果、能力の乏しい人たちがトップレベルや、中堅マネジャーの地位に押し上げられ、行政そのものの力が弱くなっているように思われる。当たり前のことだが、政府の無駄を減らすためには、まず、能力のある人をトップとし、体制を立て直す必要があると思われる。しかし、英国でよくある過ちは、制度を作ればそれで問題が解決すると考えがちなことだ。それは、なさねばならないことの一部でしかない。本当の課題は、行政の中のダイナミズムを大きく変えねばならないことだと思う。それぞれの国家公務員の持ち場の責任感を高め、信賞必罰をはっきりとさせ、納税者のお金を預かっており、公共のために働くという高い使命感など全体的な価値観が変わらなければ、政府の効率は上昇しない。これらを妨げている大きな要素に政治家がある。しかし、政治家が具体的にはっきりとした目標を掲げ、積極的にリードすることから始めなければならない課題だと思う。

行政の大改革案(Forthcoming Civil Service’s ‘Radical Reform’)

キャメロン政権が‘行政の大改革’を検討していると1月8日のサンデータイムズ紙が報じた。サンデータイムズはこれまでにもキャメロン首相のステラレジスト、スティーブ・ヒルトンが行政の対応の遅さにいらだっており、ヒルトンと行政トップとの関係がうまくいっていないと報じたことがある。しかし、今や、内閣書記官(Cabinet Secretary)に、首相官邸付の事務次官だったジェレミー・ヘイウッドが就任し、ヒルトンとヘイウッドが中心になって改革を推進しているようだ。ただし、改革案を出すのとそれを実施することは大きく異なる。その実施には、強力なリーダーシップと非常に大きなエネルギーが組織的に必要だ。それを進めて行ける人材がいるかどうかも課題となろう。

さて、現在の行政のシステムは、1970年代からあまり変わっていないといわれるが、今回の計画では、根本的な問題が検討されるという。それは、以下の2点だ。

1. 行政がどのような役割を果たすか?
2. 政府がどのようなサービスを提供するか?

この2点は、決して新しい課題ではない。かなり前から議論されてきたが、未だにはっきりした方向性が出せているとは言えない。今回の見直しの大きなきっかけは、すでに発表されている財政削減案が本当に達成できるかどうか心配され始めていることにあるようだ。例えば、各省庁には財政削減案があるが、人員削減について具体的な削減目標を持っているのは財務省以外にないという。財務省は、今後4年間で人員を4分の1削減する予定だ。人員削減については、全省庁で、2010年秋からの1年間で10.9%減ったと言われるが、これでは必要な削減目標に到達できない恐れがあるという。

つまり、現在各省庁で行われている無駄の削減や小さな削減策などでは不十分であり、根本的な見直しが必要だと判断したようだ。また、これには行政がどのようなサービスを提供するかも含めて検討されており、政権の進めている、雇用促進や学校経営などの分野の外部委託のシステムを大幅に導入することも視野に入れている。

このような行政改革案に新内閣書記官ヘイウッドがどのような役割を果たすかは見ものだ。12月末に退職した前内閣書記官は、退職前、兼務していた行政職のトップである行政庁長官(Head of Home Civil Service)の役割を内閣書記官の役割から分離した。これまで内閣書記官と言うと、同時に行政職のトップも意味したが、この1月から事務次官会議などの議長や、行政職全体をまとめる役割は、新行政庁長官が務め、内閣書記官の職務ではない。そのため、ヘイウッドは、この行政の大改革の計画に取組みやすいと言える。

しかしながら、大改革の計画を出すのと、それを推し進めるのとはかなり異なる。一般に、これまで政府は改革や大きな機構改革にお金をつぎ込むことで目的を達成しようとしてきた。外部からコンサルタントを雇い、計画を出させ、実施まで手伝わせ、さらに新しい仕事のための人を雇い入れ、既存の体制をあまりいじらない形で進めてきた。このため、各省庁のトップや中堅マネジャーに、血のにじみ出るような改革をリードできる人が少ない。キャメロン政権が2010年に発足して、大幅な財政削減を打ち出し、これまで各省庁はできるだけの無駄削減を行ってきた。しかし、これからが正念場である。どのような‘行政大改革案’が出てこようとも、その実施はかなりの修羅場となるように思われる。

サッカーの人種問題(Racial Issues in Football and Beyond)

サッカーのリバプールFCのフォワード、スワレスが、マンチェスター・ユナイテッドのディフェンダー、エブラに対して、試合中に人種差別発言をした問題で、FA(イングランドサッカー協会)は、スワレスに8試合出場停止、しかも4万ポンド(500万円)の罰金を科した。

この件で、リバプールFCは、スアレスは無実だと主張しながらも処分を受け入れることとした。

人種問題は、サッカーの世界でも大きな問題で、欧州でもイタリアや東欧諸国でよく見られる。

スワレスは、エブラに対して使ったとされる「二グロ」という言葉には、母国のウルグアイでは何も人種差別的な意味はないと言い張った。しかし、ここはイングランドであり、また、サッカーの試合中に敵方の選手になぜそういう言葉を使わなければならなかったのだろうか。なぜ、一方のチームの選手が他方の選手の皮膚の色を云々する必要があるのか、ということである。

サッカーの試合中の人種差別発言では、最近もイングランドのキャプテンのチェルシーのジョン・テリーの問題がある。テリーの場合、この発言を警察が取り上げ、テリーは、2月に裁判所に出廷することになっている。テリーは人種差別的な言葉を使ったことは認めているが、それは、相手方の選手が言ったことを繰り返しただけだ、と主張している。

テリーがその言葉を使ったことは、試合のテレビ画像で明らかであるが、その言葉を使う直前の画像が、他の選手の頭でさえぎられており、「俺が***と言ったって?」の「俺が…言ったって?」の部分が確認できないままであった。しかし、最近、新しいテレビ画像を警察が入手したと報道されている。もしテリーが人種差別発言をしたということが確認されれば、裁判がどうなるかは別にして、最低限スワレスの受けた罰を受けることになる。その上、イングランドのキャプテンの地位を失うのは間違いなく、しかもイングランドの選手としてプレーすることが妥当かどうかの問題となる。

人種差別の問題は、サッカーの場だけではなく、英国のあらゆる場で見られる問題だ。スティーブン・ローレンス問題は象徴的な問題である。1993年に黒人の少年が、白人の若者のグループに無差別の人種攻撃で殺害された問題であるが、少年の両親らの長い苦しい奮闘の末、数日前に犯人が有罪となった。この過程で、事件を捜査した警察にも人種偏見が深く根付いていることが白日の下にさらされた。

英国の行政や企業の中でも人種問題は、はれ物を扱う状態になっている。マイノリティの昇進を促進し、差別を防ぐために様々なルールを設けているが、その一方では、人種差別で不利な扱いを受けたと主張されることを恐れ、過分に慎重に対処する傾向があるということだ。本来は、皮膚の色に関わらず、すべての人を同じに扱うことが基本であるが。

困難な時にこそ政治家は夢を語れ(Politician’s messages in times of trouble)

年末年始の新聞報道で、特に印象に残ったのは、12月30日のタイムズ紙の社説である。この社説では、野党第一党、労働党の党首、エド・ミリバンドの新年のメッセージが取りあげられ、困難な時に政治家がどういうメッセージを出すべきかに触れている。ミリバンドは、困難な時には、我々の目標を下げるのではなく、逆に上げるべきだと言ったのである。タイムズ紙は、苦しい時に、国民に我慢、耐え忍ぶことを求めるだけでは十分ではない、国民に、国が復興する、そして将来への明るい見通しが感じられるようなビジョンを提供しなければならないと言うのだ。ところが、現在の保守党・自民党の連立政権は、そのようなものを提供していないと指摘する。通常、タイムズ紙は、あまりミリバンドを評価していないが、この点では、私も同感だ。英国、日本に限らず、苦境に立っている時こそ、政治家は将来の夢を大いに語る必要がある。