さらに不透明になったメイ政権の行く手

保守党の強硬離脱派は、メイ首相が、ソフトな離脱に大きく傾いてきているのではないかと感じている。その中、保守党の下院議員が、政府の無給のポストを辞任した。「関税同盟に残らない」EU離脱支持により多くの時間を割きたいという。このポストは地方自治体やコミュニティ、住宅などに関係した省のもので、地元選挙区に貢献できる余地が大きいように思われる。しかし、この選挙区は、昨年の総選挙で次点との差が2100票ほどと小さく、2016年のEU国民投票で離脱票の多かったところであり、この議員はメイ政権から距離を置き、いつあるかもしれない次の総選挙に備えたいと考えているようだ。

一方、EU側は、イギリスの提案が幻想だと批判した。イギリスとEUは非常に多くの問題を交渉しているが、イギリスの態度は基本的に現状維持だと指摘し、イギリスがEUを離れるということを十分に理解していないという。さらに懸案の北アイルランドの国境の問題では、EU側は、アイルランドに特化した解決策に取り組む用意があるが、イギリス側がイギリス全体にこだわっているという。なお、北アイルランドの民主統一党(DUP)は、メイ政権を閣外協力で支えているが、北アイルランドに特化した解決策に反対している。

昨年、本格的な離脱交渉が始まる前、メイ首相がEU委員会委員長らを首相官邸に招き、夕食を共にした。その後、委員長の首席補佐官が、その場でのメイ首相らの非現実的な発言に驚き、異星人のようだと語ったと伝えられたが、メイ首相の考えには、まだそのような要素が残っているのかもしれない。このようなメイ首相らの態度の背景には、EU側は、いずれは折れてくるという判断があるのかもしれない。ただし、そのような安易な考えは禁物だ。

メイ首相は、保守党内の強硬離脱派を宥めながら、ソフト的な離脱を目指しているように思われる。そのメイ首相を見限った動きがでている。EU国民投票の前、ボリス・ジョンソン外相らの離脱派の運動の責任者だった人物が、保守党のリーダーを変えるべきだと主張し始めている。すぐにメイを変えよと言っているわけではないが、メイのEU単一市場と関税同盟を離脱しても摩擦のない貿易をするなど両立できない約束を指摘し、これまでの施政を痛烈に批判している。

保守党内で、強硬離脱派を始め、個々の議員がメイ首相の思惑と異なる方向へ走り始めると、既に権威の落ちているメイ首相がコントロールできるとは思えない。例えば、保守党内で党首信任投票が行われる可能性だ。その投票を司る1922委員会会長には40人余りがそれを求めてきていると言われており、あと一握りの議員が求めると実施されることとなる。メイ首相がそれを乗り切ったとしても、上院で修正されたEU離脱法案が下院で再審議され始めると、メイ首相の下院での不信任につながる可能性がある。もし保守党の党首が変われば、EUとの交渉が本質的に変わる可能性がある。その上、総選挙となる可能性も否定できず、その結果、非保守党政権(労働党単独政権、労働党を中心とした連立政権など)が生まれる可能性もある。メイ政権の行く手とイギリスの政治状況はさらに不透明になってきた。

離脱後のEUとの貿易システム案のコスト

イギリスの離脱後のEUとの経済関係について、政府には現在二つの案がある。その一つはメイ首相の好む関税パートナーシップ案であり、もう一つは、Max-fac案と呼ばれるテクノロジーを活用した新たな通関システムで、強硬離脱派が支持している。なお、いずれの案にもEU側は消極的である。

これらの案のコスト見通しが明らかになった。歳入関税庁のトップが下院の財務委員会で発言し、関税パートナーシップ案は1年で最大34億ポンドだが、Max-fac案では、税関申告に平均32.5ポンド(約5千円)かかり、それを始めとする様々なコストで、イギリスとEUそれぞれのビジネスに恐らく170から200億ポンド(3兆円)程度かかると見られることがわかった。さらにどのような方式をとっても、新しい制度が完全に運用できるようになるまでにはイギリスの離脱後3年から5年かかるとした。

なお、2016年のイギリスのEUの実質負担金は86億ポンド(1兆2900億円)だった。Max-fac案はこれを大きく超える。イギリスのEU負担金は公費からであり、Max-fac案のコスト見積もりはビジネスのコストであるという違いはあるが、イギリスにとって大きな負担となる。その上、そのテクノロジーがまだ完成しておらず、もしそれが10か月後にせまったEU離脱後の移行期間の終える予定の2020年末までに完成していたとしても、それを導入し、完全に運用できるまでにはかなり時間がかかる。

Max-fac案では、北アイルランドとアイルランド共和国との陸上国境にチェックポイントを設ける必要があるとされており、EUらの求める、自由通行の国境の現状を変えないという要求に合致しないという問題もある。

歳入関税庁の発言でMax-fac案への熱意は大きく減退するのは間違いないと思われるが、それでは関税パートナーシップ案にとは必ずしもならない。この案では、イギリスがイギリス・EU向けのモノの関税を徴収し、EUに送られたものに関しては、EUにその関税を渡す仕組みであり、その運用が難しく、しかもイギリスがEU外の国と自由に貿易関係を結ぶことが難しくなるためだ。これでは、国民投票でEU離脱の意思表示をした国民の期待に応えられないと強硬離脱派は見ている。

このような状況を受け、強硬離脱派がどのような対応をするか注目される。

上院の役割

EU離脱法案が送られてきた上院は15の大きな修正を行った。この法案は下院に返ってきてさらに審議されるが、現状では、その修正の多くが下院でも認められる方向にある。そのため、メイ政権は、この法案の下院での審議を遅らせている

上院は下院と異なり、公選で選ばれていない。上院には780人の議員がいるが、メイ首相率いる保守党の議員は244人。上院では最大政党だが、過半数を大きく下回る。そのため、この法案の修正は、政府の意思に反してなされた。

上院に行く前に下院で審議された際には、保守党と閣外協力している民主統一党(DUP)が、ほぼまとまって法案を進めることができたが、それが今や難しい状態となっている。下院でその修正を覆すことは、保守党内のソフトな離脱派と労働党らの野党が組むと難しいと見られている。保守党内のソフトな離脱派の決意が非常に強くなっているためだ。そうなればメイ首相がこれまで主張してきた、EUの単一市場と関税同盟を離脱するという目標の達成が難しいこととなる。一方、もしメイ首相がソフトな離脱に傾くと、保守党らの強硬離脱派は、メイ政権を不信任することも辞さない構えだ。

もし、上院と下院の見解が異なるということなると、上院と下院の間の、ピンポンと呼ばれる二つの院を行き来する状態となる可能性がある。問題は時間がないことだ。10か月後の来年3月29日にはイギリスはEUを離脱する。そのため、欧州議会とイギリス議会の承認を事前に得るため、離脱合意などを今秋までになされなければならないのである。

メイ首相が昨年6月に総選挙を実施したことの理由には、下院で大勝し、過半数を大幅に増加させること以外に、総選挙で勝利した政党のマニフェストでの約束を上院が尊重するという慣習があることがあった。しかし、事前の予想に反し、メイ保守党は議席を減らして過半数を割り、DUPの閣外協力で政権を運営していく羽目に陥り、その慣習に期待することができなくなった。

デイリーメール紙が世論調査会社ComResと協力して行った世論調査によると、任命された一代貴族の多い上院は、79%の有権者が、元政治家やその近しい人たちで占められていると見ており、76%は、国民の意思と異なる考えを持っていると見ている。それでも上院を廃止してしまうべきだとする人は24%に過ぎない。廃止すべきだという人で、最も多いのは55歳から64歳の人たちの31%、最も少ないのは18歳から34歳のわずか14%である。上院に一定の役割を期待している人たちは、特に若い人たちに多いようだ。

今秋に総選挙?

サンデー・タイムズ紙(2018年5月20日)が、ある保守党議員が総選挙準備を選挙区の保守党支部に依頼したと報道した。保守党内には総選挙があるかもしれないと見ている議員がかなりいるようだ。この背景には、イギリスのEU離脱交渉に関する保守党の党内対立がある。離脱後、イギリスが自由にEU外の国と貿易関係を作ることができるのを求める強硬離脱派と、EUとの関係に縛られても、できるだけイギリス経済に悪影響を与えないようソフトな離脱を求める立場との対立である。野党労働党にも同じ対立はあるが、保守党に比べて強硬離脱派がはるかに少ない。

メイ首相は、この保守党内の対立のために、保守党の勢力が小さい上院で修正され、下院に戻ってくるEU離脱法案の再審議に慎重だ。通常の法案なら、閣外協力をしている民主統一党(DUP)の協力を得て、上院の修正を下院で覆すことが可能だが、この法案ではソフトな離脱を求める修正が可決される可能性が強いためだ。

当初、北アイルランドとアイルランド共和国の国境で検問などを設けない方策をこの6月末のEUサミットまでに出す方針だった。しかし、EUに受け入れられ、しかも保守党内で受け入れられる具体的な方針が打ち出せない状況である。7月に国会の夏休みが始まる。そして9月に再開する。

来年3月にはイギリスはEUを離脱するが、それまでに欧州議会、イギリス議会の承認を取り付ける必要がある。そのため、今秋までには、この懸案を片づけ、離脱合意をし、さらに移行措置の詳細を詰め、将来の関係の基本合意を成し遂げる必要がある。しかし、それができない可能性が高まっている。その結果、メイ政権不信任で解散総選挙になるという見方が強まっているのだ。

もちろん、メイ首相は解散をしたいとは思っていない。2017年6月の総選挙で過半数を失い十分に懲りている。北アイルランドのDUPもこのような状況で解散をしたいとは思わないだろう。DUPは、イギリスのEU離脱には賛成だが、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われたり、アイルランド共和国との国境で検問などのチェックを始めるのには反対している。

北アイルランドでは、2016年のEU国民投票でEU残留が多数派だったが、もし同じ国民投票が現在行われれば残留派がさらに大きく伸び、69%が支持するという。逆に離脱への支持が大きく減る。DUPの支持基盤のプロテスタントでもEU単一市場と関税同盟に残ることに賛成する人が62%いる。フォスターDUP党首がかつて北アイルランド政府でエンタープライズ相だった時に始めた再生エネルギー政策で大きな欠損が出るとして公的調査が行われており、現状で総選挙を歓迎しないのは明らかである。

メイ首相が手詰まりになっているのは明らかであり、特にEU離脱法案の審議が下院で始まると、総選挙がいつ起きても不思議ではないと言える。この中、反ユダヤ人問題で労働党に大きな重荷になっていたケン・リビングストン元ロンドン市長が労働党を離党した。コービン党首と近いリビングストンは自分の問題が労働党に邪魔になっていることをその理由とした。そして「保守党政権を終わらせたい」としたが、総選挙が近いことを想定したもののように思われる。

決まらない、EUとの経済関係

離脱後のEUとの経済関係を巡り、内閣がまとまらない。メイ首相の好む関税パートナーシップ案と離脱強硬派らが選択するテクノロジーに大きく頼るMax-fac案があるが、いずれにも問題があるからだ。大臣をメンバーとしたワーキンググループを設け、そこで妥協案を探ろうとしているが簡単ではない。そもそも上記のいずれの案にもEU側は消極的だ。そこでメイ内閣は、イギリスとEUとの間でもし話がまとまらなければ、最後の手段として、2020年末に終わる予定の移行期間の後、北アイルランドとアイルランド共和国の国境で検問をする必要のないよう、取りあえず(短期間だというが)、EUに入ってくるモノの関税と同じ関税をイギリスもかけることで合意した

メイ首相はこの方法を取るつもりはないという。しかし、メイ首相がするつもりはないという関税同盟の方向にますます進んでいる。ただし、この案でEU側が納得するとは考えにくい。北アイルランドに陸続きで、この問題で直接の影響を受けるアイルランド共和国が「関税同盟だけの問題ではない」と指摘している。

イギリスは来年3月29日にEUを離脱する。将来の経済関係の骨子がはっきりしなければ、離脱後の「移行期間」にも入れない。移行期間は、現在の関係と将来の関係の間を埋めるための詳細を煮詰め、準備する期間であり、現在の経済関係が続く。しかし、もし将来の関係が決まらなければ、イギリスがEUをスムーズに離れるための離脱合意そのものも困難になる。

今秋までには、イギリスのEU離脱、移行期間の詳細、将来の経済関係の骨子について合意が必要であり、そのためには、将来の経済関係、特に北アイルランドとアイルランド共和国の間に、いかに検問を設けずにすませることができるかについて、EUとイギリスが受け入れられる案を提示できるかがカギとなる。それを6月のEUサミットまでに解決するのは簡単なことではない。

しかもその案は、イギリスの上下両院に受け入れられるものである必要がある。メイが政権を維持していくためには、ジェイコブ・リース=モグら60人ほどを擁するERGグループと閣僚を含む離脱強硬派の支持を維持していく必要がある。その一方、両院ともにソフトな離脱を求める勢力の方が多いため議会運営は極めて困難だ。将来のEUとの経済関係はまだ決まらない。

メイの命運

離脱後のEUとの経済関係をどのような形にするかで内閣の意見が分かれている。メイ首相の望む関税パートナーシップは、EUのルールに従う必要がある上、EU外の国と自由に貿易関係が結べないと強硬離脱派が反対。その一方、強硬離脱派の選択するMax-Fac案は、テクノロジーがまだ追いついていない上、EUとイギリスの陸上の国境となる北アイルランドとアイルランド共和国の間で何らかのチェックポイントを設ける必要がでてくる。

そこでメイ首相は、内閣のメンバーにこの2案を割り振り、ソフトな離脱を目指す立場と強硬な立場を取る閣僚を混ぜて検討させることとした。何らかの妥協案が出てくることを期待している。しかし、この2案のいずれにもEU側は消極的で、この答えを出さねばならない期限の6月のEUサミットまでにメイ首相が内閣のまとまる、そしてEU側の受け入れられる結論を出すことは極めて困難だ。

この中、2019年3月のイギリスのEU離脱後に計画されている「移行期間」を予定されている2020年末までからさらに3年伸ばし、2023年までにする案が浮上している。この間にテクノロジーを発展させ、また新たな案が出てくるのを待ってはどうかという考えだ。しかし、この案に強硬離脱派がそう簡単に合意するとは思われない。移行期間中、イギリスはEU外の国と貿易合意をすることができないだけでなく、EUの意思決定に参画できないのにそのルールに従う必要がある。また、先延ばしすることは、現在の不透明な状態が継続されるだけである。不透明な投資環境のため、既に多くの企業がイギリスへの投資を控えている中、このような状態を続けていくことはできず、もし一時的な経済的な落ち込みがあっても、むしろ来年の3月ですっぱりと離脱したほうがよいという意見が強くなっていく可能性があるのではないかと思われる。

保守党内のソフト離脱派と強硬離脱派の争いは深刻である。このため、総選挙が行われるのではないかという見方もある。5月の地方選挙で労働党が予想を下回り、保守党が予想以上に健闘したため、保守党内のコービンを恐れる気持ちが減ったのではないかという見方がその背景にあるようだ。しかし、ことはそう簡単ではない。もちろんコービンは総選挙を歓迎し、昨年6月に総選挙が行われたばかりだが、その際と同様、保守党と労働党が総選挙実施に賛成すれば、下院の3分の2以上の賛成を確保し総選挙ができる。ただし、メイが勝てるという保証はない。昨年の総選挙では、保守党が世論調査の支持率で労働党を大きくリードしており、しかも党首のメイの評価は高く、労働党のコービンの2倍近くあった。現在再びメイがコービンに大きな差をつけているが、これらが役に立たない可能性の高いことは誰もが承知している。

また、タイミングの問題がある。6月のEUサミットまでに将来のイギリス・EUの経済関係の枠組みを決めなければならないという状況があるのに、5週間の政治的な空白が生まれることが許されるだろうか。

一方、保守党内でメイの引き落としが本格化する可能性がある。メイがこれまでのまずい離脱交渉の責任を取らねばならないということはわかる。数か月前に党首選などを扱う1922年委員会への保守党党首信任投票の請求は既に40を超え、あと一握りの保守党下院議員が請求すれば、信任投票が実施されるという風評が出たことがある。もし信任投票が行われ、メイが不信任となれば、代わりの党首が選出されることとなる。時間の制約から、マイケル・ハワードが党首となった時のように、保守党下院議員が一致して推せる人物があれば、党員の投票なしで党首が決まるが、ソフト離脱派と強硬離脱派の考え方がはっきりと異なる中、そのような人物は考えにくい。時に名のあがる新内相サジード・ジャビドでは、野心のある国防相ギャビン・ウィリアムソンなどが黙っておかないだろう。そうなると、下院議員の中から二人の候補者を選ぶ作業が始まり、そして党員がその二人のうち一人を選ぶこととなる。党首選出までに数か月かかる。その間、EUとの離脱交渉を放っておくことはできないだろう。その上、もしメイが信任されたとしてもメイの立場が強くなるわけではない。

上院でEU離脱法案に修正が加えられ、下院に戻ってきた。保守党にはソフトな離脱を求める下院議員がかなりいる。強硬離脱派は労働党にもいるが、下院全体では強硬離脱派は少数だ。そのため、メイが労働党らのソフト離脱支持議員をあてにして、ソフトな離脱に大きくかじ取りをし、押し切ろうとするかもしれないという憶測もある。ただし、本当に労働党下院議員らをあてにできるのかという疑問がある。

EU離脱とは関係ないことだが、メイは自分が首相となって推し進めようとした選別教育の「グラマースクール」拡大策に再び取り組み始めた。保守党内にも反対が多くうまくいかなかった政策だが、メイは自分の政治的遺産のことを考え始めているのかもしれない。いずれに転んでもメイの命運には厳しいものがある。

変わらないジョンソン外相

ボリス・ジョンソン外相が、メイ首相がEU離脱後導入したいと考えている、EUとの関税パートナーシップ案を愚かな案だとけなしたジョンソンは、この案のアイデアをこれまで閣僚として支持してきた。ところが、保守党内で影響力の増しているジェイコブ・リース=モグ率いる強硬離脱派のERG(European Research Group)がこの案では求められたEU離脱はできないと強く反対し、関税パートナーシップの問題点が浮き彫りになっていることから気持ちが変わったようだ。

ジョンソンが気持ちを変えるのはそう稀なことではない。そもそも2016年のEU国民投票前にも残留派、離脱派でなかなか立場を決められなかった。それでも残留派でキャンペーンすると思われていたが、直前になって離脱派に変わった。

その原因は、残留派が予想通り勝てば、残留派の中心人物だった当時のオズボーン財相がキャメロン後継者の地位をさらに固めると見られていたためのように思われる。離脱派で運動すれば、保守党内で強い離脱派のリーダーとしてオズボーンに対抗できると判断したためだろう。

自分の損得やその場の状況で立場を変えるのはジョンソンにとってそう不思議なことではない。

ただメイ首相は閣僚として前例のないジョンソンの批判を受け流し、ジョンソンを外相の地位にとどめるつもりだ。メイ首相の弱い立場を改めて浮き彫りにした出来事だと言える。

綱渡りのメイ首相

メイ首相は、イギリス離脱後のEUとの 貿易関係について、イギリスはEU単一市場も関税同盟も離脱するとしてきたが、交渉の時間が乏しくなってきた現在、どのような対応をするかで綱渡りを強いられている。

これまでに提示した、EUとの貿易関係をできるだけスムーズにすすめるためのMax Fac案と関税パートナーシップ案は、いずれもEU側が消極的だ。その上メイ首相の選択する後者には保守党内の強硬離脱派が強く反対している。

メイ首相は関税パートナーシップ案を5月2日に開かれた内閣小委員会に提示したが、そこでは同意が得られなかった。そしてさらに検討を進めるよう指示したと言われる。そのため、関税パートナーシップ案は北アイルランドの国境問題の解決に役立つが消えたと見られた。しかし、5月6日のBBC番組に出演したビジネス相がこの案はまだ捨て去られていないと発言したことから、EU強硬離脱派の反発が強まっている。

EU強硬離脱派は、関税パートナーシップ案ではイギリスがEUに支払うべき関税を集める役割を担う上、イギリスがEUの規制に従う必要があるという点を指摘する。すなわち、EU離脱の一つの目的は、イギリスがEUの規制の枠から外れ、独自の規制を設ける、すなわち「独立」することだが、それがかなえられないとするのである。

政権基盤のぜい弱なメイ首相は、昨年6月の総選挙で保守党が下院の過半数を割り、10議席を持つ北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力で政権を維持している。保守党とDUPを除く議席数を実質上13上回るが、もし7議員が反対側に回ると下院の判断は覆されることとなる。そのため、強硬離脱派の脅迫に弱いと見られている。

これに対し、メイ首相周辺は、もし強硬離脱派がメイ首相の案に賛成しなければ、議会がさらにソフトな離脱をさせることになると逆に脅しをかけ始めている。これは、議会の上院がメイ政権提出のEU離脱法案を修正し、下院がメイ政権の最終的なEUとの合意案に同意しなければメイ政権を交渉に戻らせることを可能にして法案を下院に送り戻したことを指している。すなわち、メイ首相らの案がもし下院で認められなければ自分たちの判断で交渉できなくなる可能性があるため、保守党内の強硬離脱に反対する勢力も受け入れられる折衷案を自分たちの判断で決めた方が良いとの立場である。

イギリスの議会には選挙で選ばれていない上院と選挙で選ばれる下院がある。基本的に法案は両者が同意して法律となるため、上院と下院は協同して働く必要がある。それでも保守党の勢力の弱い上院は、下院の意思に方針に反し、既に10点修正している。もちろん、最終的には下院の意思が優先されるが、それには時間がかかる。イギリスのEU離脱は来年3月末であり、イギリス離脱後の「移行期間」や将来のイギリスとEUとの関係を含んだ離脱合意は今年秋までになされる必要があるため、時間は既になくなってきている。

もし、メイ政権が倒れるようなことになると、総選挙に向かう可能性がある。5月3日のイングランド地方選挙の結果をもとに世論調査専門家カーティス教授とBBCが算出したものによると、もし有権者がこの地方選挙と同じように投票すれば、労働党が最大議席を獲得することとなるという。一方、その地方選挙で明らかになったようにUKIPなどの離脱支持票の多くが保守党に向かったが、メイ政権のEU離脱合意の内容によっては、それらの票をあてにできないかもしれない。そのため、保守党内の強硬離脱派、もしくはそれに反対する勢力は、その行動によって保守党を政権から離れさせることになる可能性がある。

様々な政治上の読みが交錯している。時間の無くなってきたメイ首相の綱渡りの政権運営は続く。

EU離脱とイングランド地方選挙

5月3日のイングランドの地方選挙で、イギリスをEUから離脱させることを目的として設立されたイギリス独立党(UKIP)の支持票が崩壊し、その他の政党がその恩恵を受けた。特に保守党への恩恵は大きい。

UKIPは2014年の欧州議会議員選挙でイギリスに割り当てられた73議席のうち24議席を獲得し、2位の労働党20議席、3位の保守党19議席を上回った。地方議会議員の任期は通常4年で、今回のイングランド地方選挙は基本的に4年前に戦われた地方議会議員選挙の再選だった。2014年のイングランド地方議会議員選挙は、この欧州議会議員選挙の直前に行われた。そのため、UKIP票がかなり多かったのである。

2015年の総選挙では、UKIPは、EUの問題以外の不満票も惹きつけ、保守党、労働党に続き、第3位となる12.6%を得票したが、1選挙区から最大得票の一人だけが当選する小選挙区制のため、獲得議席はなかった。もしこれが比例代表制だったならば全650議席のうち80議席余りを獲得していただろうと言われる。

ところが、2016年に行われたEUを離脱するかどうかの国民投票で51.9%対48.1%の結果となり、イギリス国民が離脱に投票したため、UKIPの存在意義がなくなる事態となった。2017年の総選挙でUKIPの得票率が1.8%まで下がり、今回の地方選挙でUKIPの地方議員がほとんどいなくなる結果は予想されていた。

今回の地方選挙で、保守党は、EU国民投票で離脱票が60%以上の選挙区(すなわちUKIP支持が強かったところ)では、13ポイント支持が上昇している。一方、離脱票が45%以下のところでは支持率が1ポイント減少した。これは、2017年総選挙と同じような傾向だ。

また、若い人の多い選挙区、すなわち、18歳から34歳の割合が35%を超えるようなところで保守党は支持を10ポイント落とし、この年代が20%を下回るところで8ポイント支持を伸ばしている。また、65歳以上の人が20%を超えるようなところで保守党が10ポイント支持を伸ばしている。

若い人の多く、大卒の人が多い、そして少数民族出身者の多いところでは保守党の支持は伸びていない。すなわち、離脱に反対した人たちが多いところで保守党は苦しんでいるのである。その代表は、EU残留を強く打ち出している自民党が議会の過半数を新たに占めた4つの地域であろう。

今回の地方選挙でさらにはっきりしたことだが、メイ政権は、党内だけではなく、一般有権者の離脱派の支持を継続して受けられるように政権を運営していく必要に迫られている。

メイの難問:イギリス離脱後のEUとの貿易関係

メイ首相は、EU離脱後、イギリスはEUの単一市場も関税同盟も離脱するとしている。関税同盟は、域内の関税をなくし、域外からの輸入に同じ関税をかけるものであり、他の国に対しては一つのブロックとして交渉する。そのため、イギリスはこれまで独自の貿易交渉をしてこなかった。イギリスの単一市場、関税同盟離脱の大きな理由は、EUに事実上の決定権を握られ、しかもイギリスが独自に貿易関係を結ぶことができないからである。

ただし、それではイギリスの貿易の半分近くを占めるEUとの貿易関係をどうするかという問題がある。EU内にあることでイギリスに拠点を置いてきた外国資本がイギリスから撤退していくかもしれない。また、アイルランド島内のイギリス領北アイルランドとアイルランド共和国(EUメンバー)の国境問題がある。現在の境界も検問もない状況のままで継続していくためには、イギリスとEUとの貿易関係を緊密にし、検問などのチェックをできるだけなくする仕組みにしなければならない。

そこで出てきたのが、以下の2つの案であるが、いずれもEU側は消極的である。

①Max Fac(Maximum Facilitation)案:認定企業制度とテクノロジー(まだ開発中のものを含む)などを駆使し、国境でのチェックをできるだけ少なくする案である。しかし、税関でのチェックが完全になくなるわけではない上、EU側も同じような制度を設ける必要が出てくる。また、このような試みは世界でまだなく、実施までにかなり時間がかかる可能性がある。

②関税パートナーシップ(Customs Partnership)案:関税同盟の代わりに、イギリスとEUとの間で新たな枠組みを作り、EU並びにイギリスへの外部からの輸入に関し、それぞれの手続きをお互いの手続きと同じと認め合う案である。関税に関しては、もし外国からモノがイギリスに入ってきた場合、EUもしくはイギリスの関税のうち高い方をかけ、もしモノがイギリスに留まり、イギリスの関税がEUより低いものであれば、その関税の差を輸入業者は払い戻し請求ができる仕組みである。

この案では北アイルランドの国境で通関チェックの必要なしで済ませられる。しかし、EUの様々な規制に縛られる他、EU側、イギリス側の両方でかなり大きなコストがかかると見られる。また、事実上、イギリスがEU外の国と貿易関係を結ぶのに障害があると心配されている。

メイ首相は、この②案の方をよいと考えているが、5月2日のブレクジット内閣小委員会でこの案への反対が上回った

EU側は、アイルランドの国境問題の解決策をこの6月のEUサミットまでに合意したいと考えている。この問題は、EUとイギリスの将来の貿易関係に非常に密接に関係している。時間は乏しい。

なお、これからのイギリス・EU関係のスケジュールの概略は以下の通り。

2018年6月28-29日 EUサミット

2018年10月18-19日 EUサミット: EU側交渉代表者のバーニエはEU側がそれまで交渉してきた離脱合意に合意することを目指している。これには、「移行期間」に関する合意も含み、将来のイギリスとEUの関係についての「政治宣言」を含む。

2019年1月 イギリス議会と欧州議会の両方の離脱条約承認を目指す。

2019年3月29日午後12時(イギリス時間3月29日午後11時)イギリスがEU離脱。計画通りに進めば、イギリスは「移行期間」に入り、EUの意思決定過程から外れるが、それまでのイギリス・EU関係が続く。この関係は、2020年12月31日まで続き、それ以降、イギリスとEUは新しい関係に移る。イギリスは他の国と独自の貿易条約を結ぶことができるようになる。