依然戦略の定まらないメイ首相

イギリスのEU大使が突然そのポストを辞任し、しかも国家公務員も辞職した。Brexit交渉が4月から始まる見通しであり、この経験豊富な人物をこの段階で失うのは大きな損失だが、その辞任の背景には、メイ政権のこのEU大使への態度と、Brexit戦略が定まらないことがあった。

メイ首相がBrexit戦略をまだ決めていないことは、明らかである。スコットランドのスタージョン首席大臣が、メイ首相の言うことは6か月前と変わっていないように感じると指摘しているが、1月8日のメイ首相のテレビのインタビューでも、ほとんど明確になっていない。

これまでもBrexitとはBrexitと主張してきたが、このインタビューで、イギリスはEUのメンバーでなくなり、EUに何らかの形で部分的に残留する可能性を否定した。移民のコントロールを最優先するかとの問い、すなわちこれをEUの単一市場に残ることよりも優先するかとの質問には答えず、いつもの、イギリスにベストの交渉結果を得るとの答えである。

これは、雑誌エコノミストが指摘したメイ首相の優柔不断さに関係しているように思われる。この傾向はこれまでにも拙稿で指摘したように内相時代にもあった。このような状態がいつまで続けられるか注目される。

政治的な判断ミスでEU離脱通知が大幅に遅れる可能性

EU離脱のためには、リスボン条約50条で定められた手続き開始のためのEUへの通知が必要である。メイ首相は、この通知を、来年3月末までには行うとし、君主の大権を使い、政府の判断で行うつもりだった。しかし、11月3日、高等法院(イングランドとウェールズ管轄)が、議会の承認が必要であると判断したため、政府は最高裁判所に上訴した。この審理は、12月5日から始まり、最高裁判所設置(2009年)以来、初めて11人の判事全員で行われる。その判断は、来年1月になる予定だ。メイは、最高裁判所で高等法院の判断が覆されると強気だが、最高裁が高等法院の判断を支持するのではないかと見られている。もちろん政府側が勝訴すれば、メイの計画通りに通知ができるが、政府側が上訴したために、政府が予想していなかったような状況に追いこまれる可能性がある。

高等法院の判断では、議会で制定された法(1972年欧州共同体法)で与えられた権利(例えば、EU内での移動の自由)を君主の大権(これは、政府の判断で行使できる)で変更できないとした。そのため、議会の両院で法案として可決される必要があるだろうと見られている。しかし、下院では保守党が過半数を占めているものの、公選ではない上院では、保守党は過半数を大きく割っている。国民投票の結果でEUを離脱することとなったため、いずれは両院とも可決すると考えられているが、そのプロセスを直ちに開始するのではなく、最高裁判所の判断を待って2か月遅らせるのが賢明かどうかという点がある。また、最高裁の判断次第では、EU法廃止も含む法案を提出する必要が出てくる可能性がある。政府はEU法廃止法案を来年以降に提出する方針だったが、もしこれも必要ならば、通知が2年遅れる可能性もあると見られている。

特に大きな問題は、最高裁判所の判断如何では、分権政府が大きな力を持つ可能性があることである。外交関係は、ロンドンのウェストミンスターの中央政府の対処することだが、イギリスがEUを離脱すれば、EU法下で保証された住民の権利、そして分権議会に分権された権限の内容に変更が生じる。これまで、ウェストミンスターの議会で、分権議会に影響の出る法案は、それぞれの分権議会で同意の決議を採択することが慣例となっている。このため、ウェストミンスターの議会でイギリスの離脱通知の法案を審議する場合、これらの分権議会が同意する必要があるかどうかという問題がある。

既に、この問題に関連して、北アイルランドの高等法院がウェストミンスター議会も北アイルランド議会の承認も必要ないと判断したが、その後の11月3日の高等法院の判断の結果、スコットランドとウェールズが最高裁の審理に意見を具申することを求める方針だ。スコットランドは、イギリスがEUを離脱しても、スコットランドがEEA(欧州経済地域)に残る可能性を模索している。つまり、EUに加盟していないが、EUの単一市場にアクセスが許され、その代わりに人の移動の自由を許すノルウェー型のモデルを念頭に入れている。

もし、ウェストミンスター議会の法案にスコットランド分権議会の同意が必要ということになれば、スコットランドがEEAに残ることを要求してくるかもしれない。

もともと、メイは、EU離脱交渉を行うにあたって、議会の関与をできるだけ避けたいと考えていた。保守党内にはEU国民投票で残留派が多かったが、議会で保守党内の残留派と離脱派の対立が表面化することを避けようとしたのである。また、EUとの離脱交渉への戦略をできるだけ外に出さないためには、議会の関与を避けることがベストだと考えている。議会の関与を避けてこのような交渉を行うことが可能とは思われないが、高等法院の予想外の判断で、メイが政治的な判断に基づいて行ったことが、その計画に狂いをもたらした。さらにメイが最高裁判所へ上訴したため、メイ政権に大きな打撃を与えかねない、予想していなかった問題が出てきた。それらはイギリスの将来の不透明感をさらに増している。

メイ政権の混乱

デロイトのメモがメイ政権にはBrexitについての戦略がないと指摘した(拙稿参照)ことに対し、メイ政権は強烈に反撃した。しかし、ジョンソン外相がチェコの新聞に、イギリスは「恐らく関税同盟を脱退するだろう」と発言したことに対して、官邸は、まだそのような決定はしていないと否定することに躍起となった。

このジョンソン外相の発言で、デロイトのメモで指摘された点のうち2つのことが裏付けられた形だ。まず、Brexit戦略がまだできていない、次に内閣の中が分裂しているということである。以前漏えいされた閣議に提出された書類で、EU関税同盟を離脱すれば、2030年までにGDPが4.5%減少するとの予測があることがわかったが、ハモンド財相らは、関税同盟を離れるのは得策ではないと判断している。

さらに、デロイトのメモを補完し、さらに踏み込んでメイ政権を批判する発言がInstitute for Governmentからあった。このシンクタンクは国家公務員と強い関係を持っており、この課題について、Brexit省をはじめ、政府の各省からヒアリングを行ってきている。イギリスの国家公務員は、Brexitに対応する技術的な能力はあるが、2010年に比べてスタッフ数が19%減っている国家公務員に、その複雑で困難な作業を遂行する能力はないとする。財政削減で国家公務員の大幅な人員削減がなされ、ここ数十年で最も小さな政府となっている状態で、現在抱える重要な業務の上に、さらにBrexit関係の仕事をさせようとするのは、無理だと主張する。そもそも政府トップがその方針を秘密にしようとしているため、Brexitの担当者も一般の人ほどの知識しかなく、政府がどのような基準でどのようなプロセスで物事を成し遂げようとしているかわかっておらず、ほとんどの省で長期的な計画が立てられない状態だという。政府の対応は、混乱していると主張する。

これは、メイの仕事の仕方にも関係しているように思われる。デロイトのメモでも指摘しているように、メイはすべて自分で詳細を見て判断したがる傾向がある。かつてブラウン元首相にも、すべて自分で判断したがるが、決断が非常に遅いという問題があったが、それと同じだという批判がある。メイは内相時代にも、決断が非常に遅いという批判があった。

もちろんBrexitは大変困難な作業だが、ビジネスマンだったハモンド財相が首相なら全く異なるアプローチを取っただろう。目的を達成するために、より現実的な手段を取ると思われる。しかし、メイの場合、保守党政権の維持が念頭にある上、自分の政治像が過大であるばかりか、ブラウン元首相に似て、自分の能力を過大評価している点が現在の問題を生んでいるように思われる。

まだ初期のメイ政権Brexit準備

7月に発足したメイ政権のBrexit準備は、4か月過ぎてもまだ初期段階であることが漏えいしたメモで明らかになった。11月7日付のメモは内閣府(Cabinet Office)に関係した、デロイトという会計コンサルタント会社のスタッフが書いたものだが、メイ政権のBrexit準備は、多くの人が想像していたレベルのものであることが裏付けられた形である。

このメモの筆者は、イギリス政府の中枢(首相官邸は内閣府の一部分)でトップの情報に触れる立場にある。その要点は以下のとおりである。

  • メイ首相の焦点は、保守党をまとめ、その支持者向けのメッセージを出すことで、まだBrexitに関する産業関係へは目が向いていない。
  • 各省でBrexitのインパクトについての評価、その最悪のケースが起きた場合の計画はあるが、総合的な計画ではなく、Brexitで何を成し遂げたいか、優先事項を特定するにはあと6か月かかる。
  • 500以上のBrexit関係のプロジェクトが動き始めているが、これを迅速に行うには、1万人から3万人のスタッフが必要だろう。
  • 内閣に意見の違いがある。ジョンソン外相、デービスBrexit相、フォックス国際貿易相の離脱派3人の意見とハモンド財相とビジネス相クラークの意見の対立である。
  • メイ首相は、すべてを自分で決めたがるが、このやり方は継続できないだろう。

元閣僚の保守党下院議員ケネス・クラークは、このメモは恐らく正確だと発言した。Brexitの交渉は極めて複雑なものとなると予想されているが、内閣がなかなかまとめられない上、メイ首相は、コントロールフリークで、なかなか決断できない傾向がある。多難といえる。

イギリスとアメリカの違い

トランプ米大統領選当選とBrexitが同じだと言われるが、改めて、イギリスとアメリカの違いが明らかになった点がある。

トランプ当選もBrexitも基本的な原因は、似通っている。特に移民についての多くの有権者の不満は大きい。この不満に対処するため、イギリスでは、EUとの離脱交渉でメイ首相が移民の制限を最優先すると発表した。アメリカに関しては、著名なドキュメンタリー映画監督のマイケルムーアが、「白人の怒り」の問題を指摘した。アメリカでは、公立学校に入学する子供たちの半分以上が非白人になっている。そして2044年には非白人が人口全体で半数以上を占める見通しだ。これが、アメリカで、58%の白人がトランプに投票した大きな理由だと思われる(クリントン37%)。

また、社会に不満を持つ人々の既成エスタブリッシュメントへの反感が出た。イギリスでは、「取り残された人々」が離脱に投票し、アメリカでは特に中西部のかつて製造業で栄えた地域の「取り残された人々」が反エスタブリッシュメント候補のトランプに投票したと言われる。

しかし、社会の違いからくる大きな違いがあるように思われる。それは、社会福祉に関するものだ。イギリスの社会福祉のレベルは高く、誰もが基本的な保障を受ける。その典型はNHSで、貧富にかかわらず、無料でNHSの治療が受けられる。アメリカでは、社会福祉のレベルは低く、トランプが大統領になると、医療ケアの範囲を拡大したオバマケアも廃止されるという怖れがあった。

それが有権者の投票に影響を与えたようだ。イギリスでは、有権者の、所得の最も低い5分の1の68%が離脱に投票したのに対し、アメリカでは所得の最も低い5分の1の41%がトランプに投票しただけだ(クリントン53%)。イギリスでは、最も所得の低い人たちでも社会保障のレベルにそれほど大きな注意を払わなかったことがうかがわれる。

アメリカでもイギリスでも同じような不満が大きな政治的な動きを引き起こしたが、同時に、社会的な違いが浮き彫りになったように思われる。

意外な展開となったBrexit

6月に行われた国民投票の結果を受けて、メイ政権は来年3月末までにリスボン条約50条に定められたEUへの離脱通知をする予定だ。メイ首相は、女王の大権を使い、政府の判断でこの通知ができると考えていた。ところが、民間人がこのプロセスに議会の関与を求めて法的手段に訴え、11月3日、高等法院が、この離脱通知をするには議会の承認が必要だと判断した。そのため、この離脱通知がスムーズにできるかどうか疑問が出てきている。

政府は上訴し、来月、最高裁判所で、その審理が行われる見込みだ。

下院では、メイ首相率いる保守党が過半数を占めているが、保守党内でも離脱派よりも残留派が多い。また、上院では、保守党は過半数を大きく下回る。それでも野党第一党の労働党はイギリスのEU離脱そのものを争うつもりはなく、3月末に通知ができないとしても、いずれは、議会の承認を受けて通知がなされる見通しである。

ただし、議会での審議の過程で、その通知に何らかの条件がつく可能性が高い。具体的には、EU離脱後のEUの単一市場へのアクセスがその条件となる可能性がある。

これは、メイ政権のEUとの交渉の手を縛ることとなるという見方がある。その面は確かにあるものの、メイ首相にとってマイナスばかりではないように思われる。

日産のサンダーランド工場で2つのモデルを製造することとなったのは、メイ政権の「支援と保証」が背景にあったが、クラーク・ビジネス相は、サプライチェーンの部品メーカーのイギリス化にも言及している。サプライチェーンも含めるとかなり広い範囲となり、それらがイギリスにあるということで不利にならないようにするのは簡単ではない。

メイ首相は、これまで移民の制限を最優先すると発言してきたが、これは、離脱派やUKIP支持者たちへのレトリック、さらにEUとの交渉手段に過ぎず、本音は、単一市場へのアクセスが最優先ではないかと思われる。つまり、いわゆる「強硬離脱」という選択肢は、最初からほとんど考えておらず、それがゆえに日産に対しても「保証」できたのではないだろうか。

そう考えると、議会の関与は、一見、メイの手が縛られるようだが、実際には、メイの望んでいる方向へ、強引に引っ張られるという状況になるのではないかと思われる。そして、EUとの交渉の結果、移民制限が望んだほど強いものでなくとも、それが必ずしもメイの責任とはならない状態が生まれる可能性があるということである。

メイはイギリスの経済について極めて慎重だ。イギリスの中央銀行イングランド銀行総裁の任期延長問題でも官邸で総裁と2時間近く話し合い、1年の延長で合意したほどだ。そのメイが、イギリスがEUから「強硬離脱」した場合の経済的リスクを配慮せずに行動するとは考えにくい。

メイの計算

メイが首相に就任してから100日が過ぎた。この間、国民には少数の特権階級ではなく、日々の生活に苦しんでいる「誰にもうまく働く政府」とすると約束し、左に偏ったと見られた労働党から中道の支持を奪おうとし、また、UKIPの政策を大幅に取り入れ、ファラージュ後のUKIP支持者の取入れを狙った。これらの政策は、一見、うまく行っているようだ。

最近の世論調査では、保守党支持は47%、労働党29%、そしてUKIPは6%である。この会社が毎月行っている世論調査では、労働党とUKIP支持が減り、保守党支持に向かっているようだ(参照)。

UKIPは、ファラージュ党首が辞任した後、選出されたジェームス新党首がわずか18日で辞任し、再び党首選がおこなわれるが、これまでその主な政策は、以下のようなものである。

  •  EUをなるべく早く離脱する
  • 移民に関して、EU内の人の移動の自由をなくす
  • 国際開発援助の削減
  • 選別教育の促進
  • 海外の武力介入を減らす

メイはまさにこれらの政策を実施しようとしている。特にUKIP支持もしくは、労働党支持者でUKIPに向かう可能性のある有権者に最も関心の高い課題、EU内の人の移動の制限をEU離脱の交渉で優先するとしている。これは、EU側の、単一市場へのアクセスと人の移動の自由は切り離せないとする立場と相反しており、単一市場へのアクセスができなくなるのではないかと不安視する向きが多い。

一方、メイは、EUの単一市場へのアクセスをできるだけ確保すると重ねて主張している。「EU内の人の移動の自由の制限」と「単一市場へのアクセス」の両方を成し遂げようとするのは、キャメロン前首相が試みて、失敗した。

ジョンソン現外相が、かつて、国民投票で一旦、EU離脱の結果を出し、EU離脱を武器にもう一度、人の移動の自由の制限を交渉すべきだと主張したことがあるが、メイはそれに近い立場を考えているのかもしれない。しかし、これでは、離脱派の、EUを離脱すれば、EUへの負担金が無くなるとの主張に相容れなくなる。EUに加盟していないノルウェーは、EUの単一市場へのアクセスに、人の移動の自由を受け入れるほか、国民1人当たり、イギリスの約3分の2の負担金を支払っている。

メイの計算は、今のところ、党利党略的な面が優先し、イギリスのEU離脱の交渉が2の次になっているような印象を受ける。

メイの能力への疑問

7月に首相となったメイは、それまで内相を6年間務めた。内相の仕事で最も重要な課題の一つ、移民のコントロールは、移民の数が目標の3倍以上となり、全く失敗に終わった。その内相時代の業績で、メイが特に誇りをもっているのは「現代奴隷」に関する法制度である。ただし、これはまだあまり使われていない。また、一般に、このような問題への批判は限定されており、議会で強い反対を押し切って政治力で押し通すというようなものではない。かなりソフトな問題である。内相時代には、当時のゴブ教育相に学校でのイスラム過激派の影響を批判され、強く反発したことがあるが、基本的に、失敗や問題に直面することを避け、やり過ごしてきた人物である。

10月には、子供性的虐待公的調査の問題が浮上してきた。もし、この問題が保守党党首選前に出てきていたら、メイはそう簡単に首相になれなかっただろうと思われる。

メイは内相として公的調査委員会を設置してこの調査を開始した。委員長が次々に辞任し、メイがこの設置を発表してから2年余りで既に4人目の委員長となっている。ここで注目されるのは、この公的調査のスケールである。これには以下を含む13項目が対象だ。

  •  複数の地方自治体が養護していた子供たち
  • イングランド国教会の子供性的虐待
  • カトリック教会の子供性的虐待
  • 養護施設の子供性的虐待
  • 寄宿学校の子供性的虐待
  • インターネットと子供性的虐待
  •  組織的なネットワークによる子供搾取
  • イギリス外の子供の保護
  • ウェストミンスター(日本の霞が関にあたる)関連疑惑

被害者が何千人、何万人にもなる、歴史的な調査を、一つの委員会でこれほど広範囲に行うのは非常に困難だ。しかも取り扱いが極めて難しい問題である。この委員会のトップの弁護士も辞職し、今ではほとんどの人が、スケールが大きすぎ、とても対応できないと考えている。

問題は、この公的調査のスケールを十分に考慮せずにスタートさせたメイの能力である。イギリスのEU離脱交渉、そしてその後のEUとの関係の交渉、樹立は、これまでイギリスが経験したことがないほど複雑で困難なものだと見られているが、本当にこの人に任せられるのかという疑問である。

メイはコントロールフリークで、細部にこだわると言われる。また、決断が遅いと批判されている。メイが首相に就任してから100日が過ぎた。この間、多くのレトリックで国民に期待を与えたが、実際には、ほとんど詳細が明らかになっていない

EU首脳会議に初めて出席して、EUのイギリス離脱担当者から、交渉をフランス語で行いたいと言われたことが大きなニュースとなった。EU側は、イギリスを特別扱いする気持ちはないようだ。この面でもメイの計算には大きな誤算がある。この調子では、先が思いやられる。

疑問のあるメイのEU離脱交渉

メイ首相は、これまで繰り返して、イギリスのEUとの離脱交渉の詳細はいちいち明らかにしないと発言している。しかし、EU側が EU単一市場へのアクセスと人の移動の自由は切り離せないと主張する中、メイが移民のコントロールを優先するとし、イギリスがEUからの離脱時に、EUの単一市場へのアクセス、そして金融サービスの「パスポート権」と呼ばれる、域内で自由に活動できる権利を失い、域内への、もしくは域内でのビジネスやイギリス人の活動に、関税、その他の制約がつく可能性が高まっている。そのため、その交渉戦略について議会がより積極的に関与すべきと考える下院議員が多い。

それは、野党だけではなく、メイの保守党もそうだ。デービスBrexit相は、10月10日、それを拒否した。下院の財務委員会の委員長で保守党のアンドリュー・タイリーは、戦略を秘密にするメイの決定は全く受け容れられない、交渉の内容を欧州からの情報漏れで知るようなこととなると警告した。また、同じく保守党で元法務長官のドミニック・グリーブは、交渉を下院に諮問することなく、最終的な合意に下院が賛成しなければ、政府はもたないと指摘した。

保守党の離脱派の下院議員には、メイらは下院を無視して交渉しようとしているが、それは非民主主義的で、憲法に反し、立法府の権限を無視したものだと反発する人がいる。議会の主権を回復するために離脱に投票したのに、EUの専横が、議会の権限を無視する政府に取って代わられただけだとする。

メイの態度は、視野の狭い、厳格な母親が、自分はすべてわかっている、みんなのこと、特に恵まれない人たちのことを考えてうまく采配するから、自分に任せておきなさいと主張するようなものに見える。母親の温かみを感じさせず、政策は押し付けである。既に、選別教育のグラマースクール拡張方針には強い反対を受け、地域が望めばと大幅にトーンダウンした。企業に働いている外国人の数を公表させる政策は、企業から強い反対を受け、公表の必要はないと立場を変えた。離脱の秘密交渉も妥協に迫られる可能性が高いように思われる。

イギリスの景気どうなる?

一般に景気後退の恐れは和らいだと見られている。

6月の国民投票でイギリスがEU離脱を選択すれば、イギリス経済には、すぐに大きなショックがあり、景気後退局面に入ると見られていた。しかし、それから3か月、イギリスの統計局(ONS)は、9月21日、イギリス経済への長期的な影響はまだわからないとしたものの、大きな影響は出ていないと発表した。

さらに7月の消費は0.4%アップした。消費支出は強いままで、失業は少なく、現在の4.9%は過去11年間で最低水準である。住宅価格は安定している。しかも国の借入は、1年前より少ない。

このような中、EU離脱投票はイギリスに非常に大きな悪影響を与えるとしていたIMFがその見解を大きく変え、イギリスの2016年の経済成長の見通しは1.8%でG7の中で最も高いだろうとした。なお、アメリカは1.6%、日本は0.5%の予測。IMFは、イギリスが離脱を選択すれば、インフレが上昇し、GDPが5.5%下降、株式市場は暴落、住宅価格は急降下すると予測していたが、それらが悲観的過ぎたことを認めたのである。

なお、IMFの2017年のイギリスの経済成長率は、経済が下降し、インフレが上がり、見通しが不安定なため、ビジネスが慎重となる、さらに通貨ポンドの価値が下がり、生活に響くということから1.1%としている。なお、アメリカの2017年予測は1.6%、日本は0.6%である。EU国民投票のキャンペーン中、離脱派がIMFの予測は外れるばかりだと主張し、IMFの警告はあまり効果がなかったが、IMFは面目を失ったかたちだ。

一方、EU国民投票以来、イギリスのポンドは大幅に下がっている。数日前、米ドルに対して1985年6月以来の最安値を記録したが、それがさらに下落。ポンドの購買力が大幅に弱まり、輸入品の価格が上昇する結果を招いている。インフレは、7月には前年と比べて0.6%、8月は同レベルの状態で安定しているが、来年は3%を超えるという見方もある。確かに輸出には有利で、製造業は好調だ。また、イギリスでの滞在費や買い物の価格が下がっているとして、海外からの旅行客は大きく増加している。特に、欧州、アメリカ、日本、中国などからで、特に中国からは昨年と比べて60%アップしていると言われる。

ただし、他のEU国などの外国人労働者で、本国に仕送りしている人たちは、仕送り額が大きく減り、イギリスで働く価値が薄れるという効果があると見られている。

なお、イギリスの株式が大きく上がっている。FTSE100は、10月5日には、2015年4月の記録7104に近い7074を記録した。今年2月から28%アップ、国民投票からは12%アップしている。ポンドが下がり、株が上がるという現象は、多国籍企業の本社がイギリスにある、もしくはイギリスで上場している場合、米ドルで稼いで、ポンドで利益を計上するため、ドルがポンドに対して強くなれば有利だということがその一つの理由とされている。さらに、メイ首相がイギリスのEU離脱に移民の制限を優先するとしたことから、単一市場を離れる憶測が高まり、イングランド銀行が既に0.25%の政策金利をさらに下げ、国債や預金利子からの収入が見込めないと考えられたことから、株式の方が望ましいとする動きがあるとされる。

ハモンド財相は、イギリス経済は復元力が強いが、今後2年以上、ローラーコースターのようなアップダウンが続くだろうとした。イギリス経済の行方は、今しばらく見守る必要があるように思われる。