突然の総選挙

2017418日、メイ首相が、首相官邸前で演説し、68日に総選挙を実施する考えを明らかにした。翌日の419日、下院で総選挙の実施を提案し、総議席数の3分の2の賛成を得られれば、その通り実施する方針だ。最大野党の労働党のコービン党首は、その提案を歓迎した。下院で3分の2が得られるのは間違いない状況であり、68日に総選挙が行われる見通しとなった。

2011年固定議会法では、任期途中での解散総選挙は、下院総議席の3分の2の賛成、もしくは政権が下院で不信任され、代わりの政権が生まれない時と限定されている。今回は、このうち、3分の2の賛成で実施される。

各種の世論調査で労働党の支持率は27%程度、メイ首相率いる保守党は42%程度であり、15から20%程度の差がある。労働党は、その惨敗した1983年総選挙並み、もしくはそれよりも悪い状況にあると見られている。しかし、メイ政権の政策に反対する労働党が、総選挙の実施に反対することはできなかった。

メイ首相は、この総選挙はBrexitの交渉のためと主張する。下院で保守党は、他の政党の総議席数を実質上17上回るだけで、保守党の中でも意見の分かれるBrexitを進めるためには、総選挙が必要だとする。この状況の中、もし労働党が総選挙の実施に反対すれば、労働党は特に右寄りのプレスから袋叩きにあう可能性もあった。

メイはこれまで総選挙は固定議会法通り20205月に実施するとし、それ以前の実施は否定してきた。このUターンの原因は、メイのこれまでの計算違いにあるように思われる。本格的なBrexit交渉が始まる前に、メイがこの選挙で保守党の議席数を増すとともに、総選挙後5年間の時間稼ぎをしようとしたのは明らかである。

具体的には以下の点がこの総選挙の背景としてあげられよう。

  • Brexitの交渉が予期していた以上に長引く可能性が高いこと。メイはこれまでEU離脱の通知から、定められた2年の交渉期間(20173月から20193月)内に、離脱後の関係も含めて交渉できるとしてきた。しかし、通知後のEU側の反応から、それは極めて難しいことがはっきりとしてきた。予定では、Brexitをうまく成し遂げ、その後の総選挙で保守党が勝利を収めるという計算だったが、今のままでは、20205月までに今後の関係も含めた交渉を終えることは困難だ。

  • スコットランドの住民投票が行われる見通しが強いこと。スコットランド議会は既に住民投票の実施に賛成しており、メイ政権と実施時期について協議する決議に賛成した。しかし、メイ政権は、今はその時期ではないと無期延期の構えだ。しかし、SNP(スコットランド国民党)政権は、メイ政権の承認を受けなくても、スコットランドの判断で住民投票が実施できると考えている。さらに20215月に予定される次期スコットランド議会議員選挙で前回2016年のように予想外に議席を減らす可能性があり、また2020年にはイギリス下院の総選挙が実施される(今回の総選挙発表でこの可能性はなくなった)ことも考慮すれば、それより前、すなわちSNPが既に求めている2018年から2019年に実施に向かうかもしれず、イギリスのBrexit交渉に差し支える可能性がある。

  • 国内面で、選別的なグラマースクールの拡充問題がある。メイはこれを自分の主要政策として推進しているが、保守党内に強い反対がある。教員組合が、その政策の合法性をめぐって司法審査に訴える構えを示しているが、この政策を確実に実施させるには、法制定が必要だろうと見られているが、現状では困難だ。それをスムーズに進めるには、保守党の議席数を増やし、しかもマニフェストに入れ、保守党下院議員ばかりではなく、上院にもマニフェスト公約として反対できなくさせる必要がある。

ただし、保守党が総選挙で勝つ可能性は高いが、それほど大きく議席を増やせないかもしれない。なお、今回の総選挙は、2015年総選挙時の650議席のままで行われる。予定されていた2020年総選挙には議席を600とし、選挙区のサイズを均等化することで準備が進められていたが、この案は2018年に正式に出されることとなっていた。

スコットランドでは、割り当てられた59議席のうち、2015年にはSNP56議席を獲得したが、それにはあまり大きな変化はないだろう。北アイルランドに割り当てられた18議席はいずれも地方政党の議席であり、大きな変化はない。

一方、労働党は、非常に強い選挙区を多く抱えており、例えば、次点との差が大きく、最も安全な選挙区トップ20のうち17の選挙区は労働党だ。世論調査で支持率が低くてもそう大きく議席が減らないだろうと見られている

さらに自民党は、前回の2015年総選挙では7.9%の得票率で8議席だった。23%を獲得した2010年から48議席減らした。しかし、201612月のリッチモンド補欠選挙で、昨年のロンドン市長選で保守党候補だった現職(メイ政権のヒースロー空港第3滑走路決定に反対して議員辞職して再立候補)を破り、自民党下院議員数を9に伸ばした。自民党は、今回のような総選挙を想定して、入念な準備を進めてきたといわれる。前回総選挙で自民党は保守党に多くの議席を奪われたが、今回は、保守党のBrexit政策に真っ向から反対する自民党の議席数が増すだろう。

今回の総選挙の結果が、ハングパーラメント(宙づり議会)となる、すなわち過半数を占める政党がない可能性は2割といわれる。労働党が勝つ可能性はほとんどなく、保守党が過半数を獲得すると見るのは8割だ。ただし、昨年のアメリカ大統領選挙や、現在進行中のフランス大統領選挙で見られるように予想外の状況が生まれる可能性はゼロではない。

よく練られたEU側のBrexit交渉指針

3月29日、イギリスはEUのリスボン条約50条に基づいて、EUを離脱する意思をEU側に通告。2年間の離脱交渉が始まった。それを受け、EU側はイギリスを除いた27か国にBrexit交渉指針案を送ったが、その内容が明らかになった。

前回の拙稿で、EU側の目的は、EUの利益を守り、結束を強めることだと指摘したが、この指針案はそれに沿った、よく練られたものといえる。429日のEUのイギリスを除いた全体会議でこの指針案に沿った形で了承されると思われる。

これは、まず、離脱の標準的な手続きを定めるものといえる。今のところ、直ちに離脱の可能性のある国はない。しかし、リスボン条約で離脱条項(2009年12月発効)を設けたとき、それが実際に使われるようになると考えた国はなかった。それを考えると、今回のイギリスの離脱に関する交渉並びに作業は、将来起こりうる事態の前例となり、極めて重要なものである。EU側が長期的な視野から、慎重な対応、準備を進めてきたことが伺える。それに対し、イギリス側は、このような交渉は一回限りのもので、しかもイギリスが特別扱いされると見ていたようだ。しかし、この交渉の主導権はEUにあり、しかもEU側は、2年間の離脱交渉期間に満足できる合意ができず、合意なしでイギリスがEU離脱となる事態も想定している。

この指針案で特に重要な点は、以下の4点である。

1.「イギリスのEU離脱」交渉と「離脱後のイギリスとEUとの関係」交渉を切り離し、離脱交渉でEU側の納得できる合意がなされた段階で「離脱後のイギリスとEUとの関係」交渉を始める。

2.交渉窓口はEU側で一本化。

3.将来のイギリスとEU市場の関係では、部門ごとに交渉、合意することをせず、全体として交渉。

4.イギリス領のジブラルタルにはスペインが主権を主張してきているが、イギリスとEUとの合意は、スペインの合意なしにジブラルタルに適用されないこととした。

メイ首相はこれまで、2年間の交渉期間で、交渉を終え、その成果を掲げて、20205月の総選挙に臨むつもりだった。離脱通告書でも「イギリスのEU離脱」交渉と「離脱後のイギリスとEUとの関係」交渉を並行して進めるよう要求した。これで交渉の時間を短縮するとともに、最大の懸案の、離脱に伴って想定される費用負担(600億ユーロ:7兆3000億円)を抑え、しかもその費用負担支払いを将来の関係の交渉の道具として使い、さらに、離脱後のEU市場へのアクセスに伴う費用と合わせて離脱に伴う費用負担を目立たないようにする狙いがあったように思われる。

離脱に伴う巨額の費用負担は、保守党内の離脱派が強く反対しており、これをはっきりとわかる形でEU側に支払うようなことは避けたかったと思われる。しかし、EU側はそのようなイギリスの国内事情にかかわりなく、はっきりとした形で結論を出したいと考えている。

これには実質的な面だけではなく、象徴的な意味があると思われる。まず、今後このような離脱がある場合には、このような手順で進められると明示し、しかもこの離脱に伴う費用負担は逃れられないとはっきりと示す目的があるのではないかと思われる。

特にイギリスのようなEU主要国が離脱する場合には、残る国々(27か国)と様々な関係があり、将来の関係にはそれぞれの利害が複雑に絡み、交渉が多面的になる可能性があるが、イギリスのEUへの支払い義務の問題では、残りの加盟国に利害の差が少ない。すなわち、EU側の見解が統一しやすいといえる。

交渉指針では、将来の関係について、イギリス側がEU加盟国に個別に働きかけ、分断攻略に出ることを防ぐために、EU側は、窓口を一本化することとした。また、EU27か国の個別の利害が直接出る可能性があるため、部門ごとに交渉することを避け、全体として交渉することとした。この結果、イギリス側の重点部門、金融関係や自動車などの部門を特別扱いすることはなくなったといえる。

その上、ジブラルタルの問題では、EUのメンバーであるスペインの主張を尊重することでEUの結束を図るとともに、EUを離れれば、立場が弱まることをはっきりと示した。

メイ首相にとっては、このEU側の対応は、特に国内対策上、極めて厳しいものだといえる。

「裸の王様」のようなメイ首相

2017年3月29日、イギリスはEUに離脱の通告。2年間の離脱交渉が始まった。通告書の中で、メイは、EU離脱交渉と、貿易関係も含む離脱後のイギリスとEUとの関係についての交渉を同時並行で進めることを要求。また、イギリスが優位なセキュリティの分野を交渉の道具に使うことを明示した。

また、通告後のインタビューでメイ首相は、イギリスは「離脱後も貿易で同じ便益を受けると思う」と発言した。

EU離脱交渉と離脱後の関係の交渉を同時に進める要求は、EUの盟主であるドイツのメルケル首相が拒否。まず、EU離脱交渉が先行し、それがまとまった段階で離脱後の交渉に入る方針を明らかにした。また、6ページの文書でセキュリティに11回触れているが、これは脅迫だという批判がEU側、さらにはイギリス国内でも出た。

さらに離脱後も貿易で同じ便益を受けるという発言は、3月30日、デービス離脱相が、それは野心だと釈明する羽目に陥った。

メイは、内相時代から自分に都合の悪い事態が発生すると、内務省の担当大臣をインタビューに派遣して答弁させるという傾向があった。今回も同じである。

ただし、イギリスのEU離脱交渉は、これまでになかったほど大規模、複雑、困難な交渉で、イギリスの将来がかかっている。このような大切な交渉にかかわる問題では、メイが自ら説明すべきではないか?

この事態を目のあたりにして、メイは「裸の王様」になっているのではないかと感じた。つまり、メイに本当のことを率直に言う人がその周辺におらず、メイの判断が大きく狂っているのではないかということである。離脱交渉で重要な3閣僚、外相、離脱相、国際貿易相はいずれも離脱派である。財相は残留派だったが、メイとの関係がよくないと見られている。経験豊富なイギリスの前EU大使は、2017年1月に突如辞任した。メイ政権の離脱交渉への考え方が非現実的だと判断したためである。

EU側は自分たちの利益と結束を守ることに躍起である。イギリスが有利に離脱することを防ぎ、他の国が離脱に魅力を感じることのないようにする必要がある。そのためには、イギリスにこれまで約束したことの責任を果たさせ(支払い)、労働力の移動の自由とEU単一市場へのアクセスは切り離せないという原則を貫き、イギリスにいいとこ取りをさせないようにしなければならないという考えがある。

メイが言うような、離脱後も同じ便益を受けるというのは、上記に反する。

イギリスは6400万の人口だが、EU全体の人口5億1千万の市場にアクセスしたい。このためイギリスの立場は強くない。その中でメイの手の内が限られているのは理解できるが、メイのやり方は、EU側の多くを反発させ、交渉をさらに厳しくさせるだけのように思われる。

メイのBrexit

2017年3月29日、イギリスはEUに離脱通知を手渡す。2016年6月23日の国民投票で国民が52%対48%でEU離脱を選択して以来9か月、やっとそのプロセスが始まる。

この間、EU離脱の結果の責任をとってキャメロン首相が辞任、そして後任の保守党党首にテリーザ・メイ前内相が選ばれ、7月13日、首相に就任した。メイ首相は、もともと保守党内の右で、EU離脱を目指す欧州懐疑派に近いと見られていたが、EU国民投票ではEU残留派に名を連ねる。しかし、EU国民投票前のキャンペーンでは、できるだけ表面に立たないよう慎重に行動し、キャメロン首相の広報戦略局長が内情を明らかにした著作でメイの行動を批判した。

メイは閣僚の中でも最も重要なポストの一つ内相を6年間勤めてきており、しかも手堅いと思われたことが首相となった要因だが、首相就任後、レトリックで、その手堅さを捨て去り、国内的な政治的得点稼ぎにまい進し始めた。

メイはこれまでの8か月で自らほとんど何も成し遂げていない。しかし、そのレトリックと弱い労働党のおかげで、世論調査では高い支持率を維持している。

EUとの関係で、メイは、EUからの移民の制限が優先で、関税などの障壁がない欧州単一市場から離脱するとした。そしてEUとの離脱交渉、さらに貿易関係を含むEUとの将来の関係交渉を2年以内に終えるとし、しかも「悪い合意をするよりも合意のない方が良い」と主張するに至る。

このようなレトリックは、国民には強いリーダーのような印象を与え、期待が集まる。しかし、最近になって、これまでの主張は現実的ではないと悟るに至ったようだ。

2年後、合意なしでEUを離れた場合、輸出の半分近くを占めるEUへの輸出には、その日から関税がかかり始め、輸出関係書類などの複雑な手続きが必要となる。一方、EUからの輸入を審査するシステムを構築する必要があり、ある推計では、現在のスタッフを10倍近く増員する必要があるという。しかもEU以外の国との貿易もこれまでEU管轄下のシステムで行われていたが、それがWTO管轄下のシステムにスムーズに移行できるとは考えられていない。

イギリスの国家公務員たちは、財政削減と行政改革で第二次世界大戦後、最小のレベルであり、現在抱えている仕事の上に、過去40年余りの関係を清算し、またイギリス法の中のEU法を仕分けするような複雑で困難な仕事まで対処する能力には乏しい。メイは、一つの法律でイギリスがEUの前身に加入した際の1972年EC法を廃止し、一挙にEU法をイギリス法の中に組み入れる方針だが、それだけでこの問題が解決するわけではない。

スコットランドの独立住民投票の問題でも、そのような住民投票が許されるかもしれないのは、EUとの交渉が終わるばかりか、その後の調整等が終わった後だとして、事実上、無期限に先延ばしし、EUとの交渉が2年では終わらないだろうと考えていることがうかがえる。

実際、EUとの離脱交渉は2年で終えることができるかもしれないが、重要な離脱後の関係交渉をその期限内で終えることができるとみている人は少ない。いずれにしても何らかの移行合意が必要になると見られている。

メイは、これまで離脱交渉と将来の関係交渉を同時並行で進めることができると見ていたが、EU側は、離脱交渉の中で最も重要な「離別清算金」の交渉をまず優先する姿勢だ。これはすでにイギリスがEUのプロジェクトなどで支払うことを保証している金額である。すなわち、この問題が解決できなければ、将来の関係の実質的な交渉に入れない状況だ。

この「清算金」の金額は600億ユーロ(520億ポンド:7兆3000億円)との非公式の概算がある。イギリスには、この「清算金」を払うことなしに離脱できるという議論があるが、もしそのようなことをすれば、EUとの将来関係は、極めて困難なものとなる。離脱派は、現ジョンソン外相も含め、国民投票前のキャンペーンで、イギリスがEUから離脱すれば、イギリスが「週に3億5千万ポンド(490億円)のEUへの負担金をNHS(国民保健サービス)に向けられる」と訴えた。この離脱派の数字は正確ではなく、偽の情報だと攻撃されたが、離脱派はそれを貫き通した。その人たちは、巨額の「清算金」を支払うのには抵抗するだろう。

イギリスは、EU予算の12%を拠出している。イギリスの離脱でそれがなくなるのは大きな痛手だ。EUの中でも、東欧らの経済的に比較的恵まれていない国は、EUからの開発資金などに依存しているが、EUからの援助が大きく減少する状況に面している。これらの国がそう簡単に「清算金」の問題で譲歩するとは考えにくい。

EU側の交渉担当者は、交渉の経緯を透明にすると発表している。すなわち、裏取引のようなことを排除し、またイギリス国民にはっきりと交渉経過を見せることが念頭にある。

結局、強いレトリックで国民の期待を煽り、「悪い合意をするよりも合意のない方が良い」と主張したメイだが、「清算金」の問題で、国内的にもEUとの関係でも躓く可能性がある。この問題をいかに乗り越えられるかがメイの最初の大きな課題である。

依然戦略の定まらないメイ首相

イギリスのEU大使が突然そのポストを辞任し、しかも国家公務員も辞職した。Brexit交渉が4月から始まる見通しであり、この経験豊富な人物をこの段階で失うのは大きな損失だが、その辞任の背景には、メイ政権のこのEU大使への態度と、Brexit戦略が定まらないことがあった。

メイ首相がBrexit戦略をまだ決めていないことは、明らかである。スコットランドのスタージョン首席大臣が、メイ首相の言うことは6か月前と変わっていないように感じると指摘しているが、1月8日のメイ首相のテレビのインタビューでも、ほとんど明確になっていない。

これまでもBrexitとはBrexitと主張してきたが、このインタビューで、イギリスはEUのメンバーでなくなり、EUに何らかの形で部分的に残留する可能性を否定した。移民のコントロールを最優先するかとの問い、すなわちこれをEUの単一市場に残ることよりも優先するかとの質問には答えず、いつもの、イギリスにベストの交渉結果を得るとの答えである。

これは、雑誌エコノミストが指摘したメイ首相の優柔不断さに関係しているように思われる。この傾向はこれまでにも拙稿で指摘したように内相時代にもあった。このような状態がいつまで続けられるか注目される。

政治的な判断ミスでEU離脱通知が大幅に遅れる可能性

EU離脱のためには、リスボン条約50条で定められた手続き開始のためのEUへの通知が必要である。メイ首相は、この通知を、来年3月末までには行うとし、君主の大権を使い、政府の判断で行うつもりだった。しかし、11月3日、高等法院(イングランドとウェールズ管轄)が、議会の承認が必要であると判断したため、政府は最高裁判所に上訴した。この審理は、12月5日から始まり、最高裁判所設置(2009年)以来、初めて11人の判事全員で行われる。その判断は、来年1月になる予定だ。メイは、最高裁判所で高等法院の判断が覆されると強気だが、最高裁が高等法院の判断を支持するのではないかと見られている。もちろん政府側が勝訴すれば、メイの計画通りに通知ができるが、政府側が上訴したために、政府が予想していなかったような状況に追いこまれる可能性がある。

高等法院の判断では、議会で制定された法(1972年欧州共同体法)で与えられた権利(例えば、EU内での移動の自由)を君主の大権(これは、政府の判断で行使できる)で変更できないとした。そのため、議会の両院で法案として可決される必要があるだろうと見られている。しかし、下院では保守党が過半数を占めているものの、公選ではない上院では、保守党は過半数を大きく割っている。国民投票の結果でEUを離脱することとなったため、いずれは両院とも可決すると考えられているが、そのプロセスを直ちに開始するのではなく、最高裁判所の判断を待って2か月遅らせるのが賢明かどうかという点がある。また、最高裁の判断次第では、EU法廃止も含む法案を提出する必要が出てくる可能性がある。政府はEU法廃止法案を来年以降に提出する方針だったが、もしこれも必要ならば、通知が2年遅れる可能性もあると見られている。

特に大きな問題は、最高裁判所の判断如何では、分権政府が大きな力を持つ可能性があることである。外交関係は、ロンドンのウェストミンスターの中央政府の対処することだが、イギリスがEUを離脱すれば、EU法下で保証された住民の権利、そして分権議会に分権された権限の内容に変更が生じる。これまで、ウェストミンスターの議会で、分権議会に影響の出る法案は、それぞれの分権議会で同意の決議を採択することが慣例となっている。このため、ウェストミンスターの議会でイギリスの離脱通知の法案を審議する場合、これらの分権議会が同意する必要があるかどうかという問題がある。

既に、この問題に関連して、北アイルランドの高等法院がウェストミンスター議会も北アイルランド議会の承認も必要ないと判断したが、その後の11月3日の高等法院の判断の結果、スコットランドとウェールズが最高裁の審理に意見を具申することを求める方針だ。スコットランドは、イギリスがEUを離脱しても、スコットランドがEEA(欧州経済地域)に残る可能性を模索している。つまり、EUに加盟していないが、EUの単一市場にアクセスが許され、その代わりに人の移動の自由を許すノルウェー型のモデルを念頭に入れている。

もし、ウェストミンスター議会の法案にスコットランド分権議会の同意が必要ということになれば、スコットランドがEEAに残ることを要求してくるかもしれない。

もともと、メイは、EU離脱交渉を行うにあたって、議会の関与をできるだけ避けたいと考えていた。保守党内にはEU国民投票で残留派が多かったが、議会で保守党内の残留派と離脱派の対立が表面化することを避けようとしたのである。また、EUとの離脱交渉への戦略をできるだけ外に出さないためには、議会の関与を避けることがベストだと考えている。議会の関与を避けてこのような交渉を行うことが可能とは思われないが、高等法院の予想外の判断で、メイが政治的な判断に基づいて行ったことが、その計画に狂いをもたらした。さらにメイが最高裁判所へ上訴したため、メイ政権に大きな打撃を与えかねない、予想していなかった問題が出てきた。それらはイギリスの将来の不透明感をさらに増している。

メイ政権の混乱

デロイトのメモがメイ政権にはBrexitについての戦略がないと指摘した(拙稿参照)ことに対し、メイ政権は強烈に反撃した。しかし、ジョンソン外相がチェコの新聞に、イギリスは「恐らく関税同盟を脱退するだろう」と発言したことに対して、官邸は、まだそのような決定はしていないと否定することに躍起となった。

このジョンソン外相の発言で、デロイトのメモで指摘された点のうち2つのことが裏付けられた形だ。まず、Brexit戦略がまだできていない、次に内閣の中が分裂しているということである。以前漏えいされた閣議に提出された書類で、EU関税同盟を離脱すれば、2030年までにGDPが4.5%減少するとの予測があることがわかったが、ハモンド財相らは、関税同盟を離れるのは得策ではないと判断している。

さらに、デロイトのメモを補完し、さらに踏み込んでメイ政権を批判する発言がInstitute for Governmentからあった。このシンクタンクは国家公務員と強い関係を持っており、この課題について、Brexit省をはじめ、政府の各省からヒアリングを行ってきている。イギリスの国家公務員は、Brexitに対応する技術的な能力はあるが、2010年に比べてスタッフ数が19%減っている国家公務員に、その複雑で困難な作業を遂行する能力はないとする。財政削減で国家公務員の大幅な人員削減がなされ、ここ数十年で最も小さな政府となっている状態で、現在抱える重要な業務の上に、さらにBrexit関係の仕事をさせようとするのは、無理だと主張する。そもそも政府トップがその方針を秘密にしようとしているため、Brexitの担当者も一般の人ほどの知識しかなく、政府がどのような基準でどのようなプロセスで物事を成し遂げようとしているかわかっておらず、ほとんどの省で長期的な計画が立てられない状態だという。政府の対応は、混乱していると主張する。

これは、メイの仕事の仕方にも関係しているように思われる。デロイトのメモでも指摘しているように、メイはすべて自分で詳細を見て判断したがる傾向がある。かつてブラウン元首相にも、すべて自分で判断したがるが、決断が非常に遅いという問題があったが、それと同じだという批判がある。メイは内相時代にも、決断が非常に遅いという批判があった。

もちろんBrexitは大変困難な作業だが、ビジネスマンだったハモンド財相が首相なら全く異なるアプローチを取っただろう。目的を達成するために、より現実的な手段を取ると思われる。しかし、メイの場合、保守党政権の維持が念頭にある上、自分の政治像が過大であるばかりか、ブラウン元首相に似て、自分の能力を過大評価している点が現在の問題を生んでいるように思われる。

まだ初期のメイ政権Brexit準備

7月に発足したメイ政権のBrexit準備は、4か月過ぎてもまだ初期段階であることが漏えいしたメモで明らかになった。11月7日付のメモは内閣府(Cabinet Office)に関係した、デロイトという会計コンサルタント会社のスタッフが書いたものだが、メイ政権のBrexit準備は、多くの人が想像していたレベルのものであることが裏付けられた形である。

このメモの筆者は、イギリス政府の中枢(首相官邸は内閣府の一部分)でトップの情報に触れる立場にある。その要点は以下のとおりである。

  • メイ首相の焦点は、保守党をまとめ、その支持者向けのメッセージを出すことで、まだBrexitに関する産業関係へは目が向いていない。
  • 各省でBrexitのインパクトについての評価、その最悪のケースが起きた場合の計画はあるが、総合的な計画ではなく、Brexitで何を成し遂げたいか、優先事項を特定するにはあと6か月かかる。
  • 500以上のBrexit関係のプロジェクトが動き始めているが、これを迅速に行うには、1万人から3万人のスタッフが必要だろう。
  • 内閣に意見の違いがある。ジョンソン外相、デービスBrexit相、フォックス国際貿易相の離脱派3人の意見とハモンド財相とビジネス相クラークの意見の対立である。
  • メイ首相は、すべてを自分で決めたがるが、このやり方は継続できないだろう。

元閣僚の保守党下院議員ケネス・クラークは、このメモは恐らく正確だと発言した。Brexitの交渉は極めて複雑なものとなると予想されているが、内閣がなかなかまとめられない上、メイ首相は、コントロールフリークで、なかなか決断できない傾向がある。多難といえる。

イギリスとアメリカの違い

トランプ米大統領選当選とBrexitが同じだと言われるが、改めて、イギリスとアメリカの違いが明らかになった点がある。

トランプ当選もBrexitも基本的な原因は、似通っている。特に移民についての多くの有権者の不満は大きい。この不満に対処するため、イギリスでは、EUとの離脱交渉でメイ首相が移民の制限を最優先すると発表した。アメリカに関しては、著名なドキュメンタリー映画監督のマイケルムーアが、「白人の怒り」の問題を指摘した。アメリカでは、公立学校に入学する子供たちの半分以上が非白人になっている。そして2044年には非白人が人口全体で半数以上を占める見通しだ。これが、アメリカで、58%の白人がトランプに投票した大きな理由だと思われる(クリントン37%)。

また、社会に不満を持つ人々の既成エスタブリッシュメントへの反感が出た。イギリスでは、「取り残された人々」が離脱に投票し、アメリカでは特に中西部のかつて製造業で栄えた地域の「取り残された人々」が反エスタブリッシュメント候補のトランプに投票したと言われる。

しかし、社会の違いからくる大きな違いがあるように思われる。それは、社会福祉に関するものだ。イギリスの社会福祉のレベルは高く、誰もが基本的な保障を受ける。その典型はNHSで、貧富にかかわらず、無料でNHSの治療が受けられる。アメリカでは、社会福祉のレベルは低く、トランプが大統領になると、医療ケアの範囲を拡大したオバマケアも廃止されるという怖れがあった。

それが有権者の投票に影響を与えたようだ。イギリスでは、有権者の、所得の最も低い5分の1の68%が離脱に投票したのに対し、アメリカでは所得の最も低い5分の1の41%がトランプに投票しただけだ(クリントン53%)。イギリスでは、最も所得の低い人たちでも社会保障のレベルにそれほど大きな注意を払わなかったことがうかがわれる。

アメリカでもイギリスでも同じような不満が大きな政治的な動きを引き起こしたが、同時に、社会的な違いが浮き彫りになったように思われる。

意外な展開となったBrexit

6月に行われた国民投票の結果を受けて、メイ政権は来年3月末までにリスボン条約50条に定められたEUへの離脱通知をする予定だ。メイ首相は、女王の大権を使い、政府の判断でこの通知ができると考えていた。ところが、民間人がこのプロセスに議会の関与を求めて法的手段に訴え、11月3日、高等法院が、この離脱通知をするには議会の承認が必要だと判断した。そのため、この離脱通知がスムーズにできるかどうか疑問が出てきている。

政府は上訴し、来月、最高裁判所で、その審理が行われる見込みだ。

下院では、メイ首相率いる保守党が過半数を占めているが、保守党内でも離脱派よりも残留派が多い。また、上院では、保守党は過半数を大きく下回る。それでも野党第一党の労働党はイギリスのEU離脱そのものを争うつもりはなく、3月末に通知ができないとしても、いずれは、議会の承認を受けて通知がなされる見通しである。

ただし、議会での審議の過程で、その通知に何らかの条件がつく可能性が高い。具体的には、EU離脱後のEUの単一市場へのアクセスがその条件となる可能性がある。

これは、メイ政権のEUとの交渉の手を縛ることとなるという見方がある。その面は確かにあるものの、メイ首相にとってマイナスばかりではないように思われる。

日産のサンダーランド工場で2つのモデルを製造することとなったのは、メイ政権の「支援と保証」が背景にあったが、クラーク・ビジネス相は、サプライチェーンの部品メーカーのイギリス化にも言及している。サプライチェーンも含めるとかなり広い範囲となり、それらがイギリスにあるということで不利にならないようにするのは簡単ではない。

メイ首相は、これまで移民の制限を最優先すると発言してきたが、これは、離脱派やUKIP支持者たちへのレトリック、さらにEUとの交渉手段に過ぎず、本音は、単一市場へのアクセスが最優先ではないかと思われる。つまり、いわゆる「強硬離脱」という選択肢は、最初からほとんど考えておらず、それがゆえに日産に対しても「保証」できたのではないだろうか。

そう考えると、議会の関与は、一見、メイの手が縛られるようだが、実際には、メイの望んでいる方向へ、強引に引っ張られるという状況になるのではないかと思われる。そして、EUとの交渉の結果、移民制限が望んだほど強いものでなくとも、それが必ずしもメイの責任とはならない状態が生まれる可能性があるということである。

メイはイギリスの経済について極めて慎重だ。イギリスの中央銀行イングランド銀行総裁の任期延長問題でも官邸で総裁と2時間近く話し合い、1年の延長で合意したほどだ。そのメイが、イギリスがEUから「強硬離脱」した場合の経済的リスクを配慮せずに行動するとは考えにくい。