重要な学校視察制度(Ofsted Inspection Changes)

イングランドの学校はOfsted(教育基準局)の視察を受ける。(どのような視察が行われているかは以下参照)。キャメロン連立政権のマイケル・ゴブ教育相は学校の視察が教育水準を上げるカギだと考え、元中等学校校長のマイケル・ウィルショー(Sir Michael Wilshaw)をOfstedの責任者である首席視察官に任命した。ウィルショーは、ロンドンの中等学校で校長を務め、特にハックニー区にある学校モスボーン・アカデミーで目覚ましい業績を上げたことで知られる人物である。 

ウィルショーは厳しい視察制度を設けた。学校視察は校長らに大きな重圧であり、できれば避けたいものであろうが、今や学校の8割は優(Outstanding)もしくは良(Good)と評価されている。もちろん視察には学校側から多くの不満や批判がある。中等学校とカレッジの校長ら幹部の組織/組合であるASCLAssociation of School and College Leaders)によれば、今年度(昨年9月から)146人の校長・副校長がOfstedの否定的な視察報告を受けて辞任したという。厳しいが、逆に見れば、視察が効果を上げている証拠ともいえるだろう。

なおスコットランド、ウェールズ、北アイルランドではそれぞれ分権政府が学校を担当している。キャメロン政権の教育省はイングランドの管轄である。

最近、ゴブ教育相が野党時代に設立に関わったシンクタンクがOfstedの視察制度を批判すると報じられ、Ofstedの責任者である首席視察官が怒った。そのポリシー・イクスチェンジ(Policy Exchangeシンクタンクの報告書317日に発表された(報告書の概略を紹介したBBCニュース)。

この報告書は、学校の校長300人に聞いたことをもとにしている。現在のOfstedの視察はその目的にふさわしくないとし、以下の点などを指摘した。

  1. 教室での授業を視察するべきではない。20分弱ほどの授業視察に多くの時間と費用がかかっている。多くの教師は視察官向けの授業に変え、その視察は効果的ではなく、信頼できるものではない。
  2. 視察は基本的に1人の視察官が2年ごととすべき。不良の学校やその他必要な学校にのみ全面的な視察を行うようにすべき。
  3. 多くの視察官の能力が十分ではない。視察官は5年ごとに試験を受けるべき。初等教育や特別ニーズ教育などの経験が不足している場合がある。また、学校のデータは増大しており、それらを理解する能力が不足していると指摘。

現在、視察官となるには5年の教師経験が必須で、視察するのと同様の学校をよく知っていることが必要である。3つの会社が約3千人の視察官を派遣しており、そのうち1,500人が学校を視察している。なお、Ofstedが直接雇用している視察官は3400人でそのうち150人が学校の視察に携わっている。ポリシー・イクスチェンジは、多くの視察官が外注となっている体制を止めるか大幅削減すべきだとした。

321日、首席視察官ウィルショーが視察方法の変更を発表した。全面的な視察は成績不良の学校や評価の境目にある学校らとし、優と良の学校は2年に1度、1人の視察官で1日の視察とすることとした。また、現職の校長/副校長などからできるだけ自前の視察官を使うようにしたいと述べた。

ポリシー・イクスチェンジの批判/提案には消化不良の点もあるように感じられたが、それらに直ちに答えようとするウィルショーらの姿勢は前向きだ。イングランドの教育水準向上への強い熱意のほかに、教師を味方につける必要も背景にあるように思われる。

ウェールズ労働党政府の教育(Labour Education in Wales Falling Behind)

ウェールズは1999年に分権され、分権政府が教育を所管している。英国政府の教育省はイングランドを担当し、スコットランドはスコットランド分権政府が、そして北アイルランドは北アイルランド政府が担当している。

そのため、経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)の結果では、英国内4つの地域の結果が別々に出される。2012年に実施された、68か国・地域の50万人余りの15歳の生徒のテストによると以下のような結果が出た。なお、この検査は3年に1度行われ、今回日本は成績が向上したが、上位は中国の上海、シンガポールや韓国が占めている。

スコットランド イングランド 北アイルランド ウェールズ
数学的応用力 25位 26位 32位 43位
読解力 21位 24位 25位 41位
科学的応用力 22位 18位 24位 36位

英国は全体として停滞していると評価されているが、いずれの分野でもウェールズが他の3地域にかなり離されている。

この結果は、労働党にとって厳しいものと言える。スコットランドは、スコットランド国民党(SNP)の政府、イングランドは保守党・自民党の連立政権、北アイルランドは民主アルスター党とシン・フェイン党を首席大臣、副首席大臣に持つ共同運営形態の政府だが、ウェールズでは1997年のブレア労働党が英国の政権を担当して以来、基本的に労働党が担当しているからだ(ウェールズ民族党が労働党との連立政権に参加したことがある)。

キャメロン首相は、ウェールズ分権政府の管轄するNHSを槍玉に挙げて、ウェールズのNHSでは毎日が危機だ、ウェールズを見れば、労働党が英国の政権を担当すればどうなるかがわかると主張した。今回もゴブ教育相が、ウェールズの教育は退歩していると批判した。ウェールズでは学校ランキング表を廃止し、外部への説明責任を止め、しかもイングランドほど教育にお金を注ぎ込んでいないというのである。

ウェールズのPISA結果は、59か国・地域の参加した2006年以降、後退しつづけている。数学的応用力では33位から43位、読解力では29位から41位、そして科学的応用力では22位から36位である。

ウェールズの教育はどうなっているのだろうか?上記で述べたもののほかに、11歳の児童に実施していたSATsという標準到達度試験も廃止した。その一方、北欧式の、遊びから学ぶ方式を3歳から7歳に導入した。これは学ぶことの楽しさを経験することで生涯にわたって学ぶ習慣をつけようとする試みである。また、従来のAレベルと呼ばれる到達度評価制度に代わって、ウェールズ式のバカロレア制度を導入し、仕事の実務経験やボランティア実習など広い範囲を含むものとした。しかしながら、これらの効果には疑問が出ている。

ウェールズでは貧困の問題のために教育が影響を受けているという声もある。また、ウェールズの児童・生徒一人当たりの教育費支出がイングランドよりかなり低いことを指摘する人もいる。

ただし、ウェールズのPISA成績不良で現れているのは、労働党に内在する問題であるように思える。労働党は、基本的に労働者とインテリ理想主義者の党と言ってもよいだろう。負担が多すぎると教員(すなわち労働者)が嫌う学校ランキング表とSATsを廃止した。一方では、インテリ理想主義者の目指す教育を実施しようとした。もちろん理想主義が成功しないというわけではないが、それは簡単ではない。特に考え方の異なる人たちを満足させようとすると、それはほとんど不可能なこととなる。

イングランドでゴブ教育相が導入した、読み書き計算教育制度のような単純だが地道な手段がより大切なことのように思えるが、ウェールズではこのような制度は導入しないこととした。ゴブ教育相は、教育水準を上げるために、学校運営に大幅な裁量を認める制度を実施しながら、学校ランキング表を用い、学校査察制度を強化している。ゴブ教育相は多くの教員に嫌われている。

ブレア労働党は、お金を注ぎ込むことで、労働者(特に公務員、教員、NHSスタッフなど)とインテリ理想主義者を懐柔しようとした。しかし、現在の財政環境ではそのようなことはできない。財政削減に取り組まねばならないからだ。もし次期総選挙で労働党が勝てば、その政権はかなり苦しむことになるのではないだろうか。