ロビーイングのルールを破った下院議員への制裁が二転三転

ロビーイングのルールを破った下院議員への制裁が、ジョンソン首相の指示で二転三転し、ジョンソン首相に大きなダメージとなった。

2021年11月3日、英国の下院は、ロビーイングのルールを破って、大臣や官僚など関係者に陳情していた保守党下院議員への制裁(30日間の登院停止)勧告を覆した。そしてこの勧告を出した制度そのものの見直しを始めることを賛成多数で決めたのである。このベテラン保守党下院議員オーウェン・パターソンは元閣僚で、1年に112,000ポンド(1736万円:£1=155円)ものコンサルタント料を受け取り、合わせて50万ポンド(7,750万円)もの報酬を2つの会社から受け取っていたと言われる。

この勧告は、下院の規範委員会の決定に基づくものだ。この委員会は、下院議員7名と一般人7名で構成される。その下院議員の内訳は、保守党4名、労働党2名、SNP1名である。この委員会は、下院の議会規範コミッショナーの報告に基づき判断する。そして委員会の判断は、通常、下院がそのまま承認する。特に今回は、委員会が、パターソンの件は、おカネをもらって大臣や当局に働きかけた「悪質なケースだ」とし、全員一致で制裁に賛成した。

ところが、保守党党首であるジョンソン首相は、規範委員会の勧告に反対するよう保守党下院議員に指示した。保守党は2019年下院総選挙で他の政党議席を80議席上回る勝利を収め、首相の指示通りに投票すれば、下院の投票でその通りの結果を得られる。投票結果は、規範委員会の勧告は承認されず、また、同時に、下院は、議員の規範問題を扱う新しい仕組みを作ることに賛成した。この投票には、野党の労働党、SNP、自民党などがこぞって反対票を投じた上、保守党議員が13名反対票を投じた。また、投票に出席しなかった保守党議員も多かった。政府の役職についていたが投票しなかった保守党下院議員は直ちにその役職をクビになった。一方、野党は、新しい委員会を作ることには反対で協力しないと表明した。

この結果は、1晩で覆ることになった。ビジネス相が、報道機関を回って、規範コミッショナーは辞職を考えるべきだと示唆したが、朝刊は、この下院投票の結果を第一面トップで取り上げて批判したものが多かった。「恥を知らない保守党下院議員が汚職ルールを引き破る」といったセンセーショナルで猛烈な反発に、保守党は突然方針を転換することとなる。パターソンの件は改めて採決するとし、規範の新体制は、野党と相談しながら進めるとした。また、政府の役職をクビになった保守党下院議員には、新しい役職を与えた。行き場を失ったパターソンは、下院議員を辞職した。

このUターンは、ジョンソン政権に大きな痛手となったように思われる。下院での投票直後、BBCの政治部長が規範委員会の勧告に反対した保守党議員は、そのことをこれからずっと言われ続けるだろうと発言したが、保守党議員のジョンソン首相への信頼は大きく揺らぐだろう。

この問題は、ジョンソンの2019年12月のカリブ海ホリデーに関連しているのではないかと見る向きもある。パターソン問題を扱った議会規範コミッショナーがジョンソンのホリデーのお金の出所を詮索し、ジョンソンがルールを破ったとの結論を出し、それを規範委員会に送った。規範委員会がさらに調査を進め、ジョンソンの報告には誤りがなかったとしたが、ジョンソンのコミッショナーへの対応を批判した。ジョンソンは、パターソンの件をこの規範コミッショナーへの復讐に使ったのではないかというのである。この規範コミッショナーに調べられて制裁を科されたり、調査を受けていたりする議員はかなりおり、このコミッショナーを嫌っている下院議員はかなりいると思われるが、ジョンソン首相の復讐の話はさもありなんと思わせるところにジョンソンの問題がある。

ジョンソン政権後に向けて動き出した保守党

ジョンソン首相の保守党政権は、長期政権と思われたが、必ずしもそうではない状況になっている。

保守党を率いるジョンソン首相は、2019年12月の下院総選挙(上院は公選ではない)で大勝した。保守党議席が下院の他の議席の合計を80議席上回ったのである。英国の下院は、任期が5年の固定制である。下院の3分の2が賛成すれば、解散総選挙できることになっており、任期途中で総選挙が行われる可能性はあるが、そういう事態でも、ジョンソン首相に都合の良い時に実施されるだろうということから、ジョンソン首相の地位は安泰だと見られてきた。ところが、前回の総選挙から2年もたたないうちに、ジョンソン首相の後の政権を想定した動きが出てきている。

2019年総選挙では、保守党が労働党の伝統的に強い議席を多数獲得したことが、保守党の大勝につながった。その傾向は、2021年5月の地方選挙・下院補欠選挙でも続き、保守党は地方選挙で大きく議席数を増やした上、下院補欠選挙では、野党第一党の労働党が継続して維持してきた「労働党の指定席」ともいえる選挙区だったが、保守党が大勝して議席を獲得し、繰り返し選挙区に入ったジョンソン効果が出ていると思われた。ところが、その翌月6月に行われた、現職の保守党下院議員が死去したために行われた「保守党の指定席」の選挙区補欠選挙で、自民党の候補者に大差で敗れた。敗北した保守党候補者が予想もしていなかったと言ったほどで、保守党に衝撃が走った。ジョンソン政権に不満のある保守党支持者が自民党に投票し、また、勝ち目のないと思われた労働党支持者が自民党に投票したために起きた結果だが、ジョンソン政権への不満が想像以上に大きいことがわかったのである。さらに7月には、保守党が労働党から議席を奪えるだろうと思われた下院補欠選挙で、わずかな差で敗れ、議席が奪えなかった。

ジョンソン首相の政権運営には、多くの批判がある。数々の政策変更、ジョンソンの元トップアドバイザーからの強い批判、コロナパンデミック対応策など、枚挙にいとまがない。ジョンソンへの批判は、世論調査でも高まってきており、保守党の下院議員の中には自分たちの次の選挙を心配する声が出てきている

これらの批判の中でも、特にジョンソンが自分たちを特別扱いし、一般の人たちの従わねばならないルールに従わないという批判は強いものがある。また、いいことを言っても、その内容が希薄(例えば、イングランドの比較的恵まれない地域をレベルアップすると主張しながらその具体策に欠けるなど)で、しかも実行が伴わない(今後の介護負担に関する政策を決めると首相就任時に約束しながら進んでいない)など、ジョンソンは都合のいいことばかりを言うが、「嘘つき」だという批判を生むに至っている。根底には、ジョンソンが、本当に国民のことを考えているのかという疑問(昨年秋、専門家らがコロナによる死者の数が急速に増えているためロックダウンをするよう求めたのに対し、「死体が山積みになっても」ロックダウンをしたくないと叫んだ、また、死亡者の多くは80歳以上の高齢者で、平均余命を考えると早晩死ぬのだからと言ったといわれる)と、首相としてのジョンソンの能力への疑問が出てきていることだ。

ジョンソンの能力への疑問は、アフガニスタンのタリバンが首都カブールを押さえた問題で端的に出た。もちろん、タリバンの動きを把握する、英国のインテリジェンス(諜報)に問題があり、そのような事態になることを予測できていなかったことは、統治能力の欠如を疑われても当然だ。夏季休暇中の下院を臨時に呼び戻してアフガン問題の緊急討論の機会を持ったが、ここでは、メイ前首相を含む保守党の議員たち、特にアフガニスタン派遣も経験した軍経験者たちから非常に強い批判を浴びた。その中でも、英軍の駐留に協力した通訳などが、タリバンから迫害を受けることのないように、英国への移住を認める政策で、ジョンソン政権の対応の遅れが大きな争点になった。特に、8月15日にカブールのほとんどがタリバンの手に落ちたのに、そのような事態の起きる重大な時にジョンソン首相とラーブ外相の最も重要な人物2人とも休暇中だったことが大きなニュースとなった。ジョンソンは、国内でのホリデーで、14日の土曜日に出発し、その後の事態の進展を受けて日曜日にロンドンに帰り、緊急事態に省庁を超えて対応するコブラ(COBR or COBRA)と呼ばれる会議を開いた。一方、ラーブ外相は、地中海のギリシャのクレタ島の海辺で日光浴をしており、イギリスに帰国したのは16日の月曜日だった。しかも13日の金曜日、英国外務省の官僚が、英軍に協力したアフガン人を助けるため、ラーブにアフガン外相に直接電話をしてくれるよう頼んだが、ラーブは副大臣に頼んでくれと断ったという。アフガン外相は、英国の副大臣からの電話は格が違うためとらないとしたため、その電話がなされないまま、タリバンがカブールに入ってしまったというのである。

ラーブに批判が集まったが、ラーブは野党などから求められた辞任を拒否し、ジョンソンはラーブを信任しているとして更迭することを拒否した。ジョンソンは、これまでも、内相(パテル内相による内務省職員の取り扱いがハラスメントだとし、事務次官が辞任し、その事務次官は自分の件を労働裁判所に提訴している。パテル内相は、その前の職でも同じような問題があったことが明らかになっているが、更迭されず、今も内相のままだ)、厚生相(ハンコック厚生相が、政府のコロナのソーシャルディスタンスのルールを破って、自分のアドバイザーである人妻と不倫をしていたことがわかったが更迭されず、その後、大臣の職務上の情報管理の問題で辞任した)、そして今回の外相と、深刻な問題があっても、ジョンソン自身の行跡を追求されるのを恐れてか、更迭を拒否するばかりである(この理由についての一つの分析参照)。

ただし、ジョンソン首相には、ラーブのことよりも、アフガニスタンから8月末に撤退するとしているアメリカの問題の方がはるかに重要だ。それまでに英国関係の人の撤退、国外脱出を完了するのは難しいためだ。この問題での英国とアメリカとのやり取りの中で、英国はアメリカと特別な関係にあるとのジョンソンの主張が、アメリカにとってそれほど重要なものではないことが明らかになってきた。ジョンソンがEU離脱の際に、アメリカとの特別な関係があるから大丈夫だと主張してきたのとはかなり様相が異なる。EUとの関係も良好ではない。EU離脱交渉の中で、アイルランド島にある英国領の北アイルランドの特殊な問題を解決するために特別な手続きを定めたのに、英国はそれを蒸し返そうとしている。英国の2020年のGDPは、日本の半分を少し上回る程度である。そのような国が、アメリカとの絆を基に、世界を席巻するグローバル英国と主張するのには少し無理がある。ただし、そのような英国の優越を信じてEU離脱に賛成した有権者の夢を砕く可能性を秘めている。

これらの問題が次々に展開する中、国民のジョンソンへの信頼は大きく失われてきたようだ。ジョンソンがどこまで持ちこたえられるか、見どころである。

唯我独尊メイ首相

イギリスがEUから離脱する予定の日は2019年3月29日だったが、下院がメイ首相のEUとの合意を大差で2度否決したため、メイ首相はEUに3か月ほどの期限延長を願い出た。メイ首相のやり方に疲れ果てたEUは、3月22日、もしEUとの合意が下院の了承を得られるなら、欧州議会議員選挙日の前日5月22日まで、もし下院が賛成しなければ、4月12日まで延長するとし、それをメイ首相も受けいれた。

メイ首相は、3月25日に始まる週に、自分のEU合意をもう一度下院に持ち出して可否を問うと見られていた。しかし、閣外協力を受けている北アイルランドの民主統一党(DUP)がメイ合意に賛成しないと発表。保守党強硬離脱派も反対するとしている。さらに保守党をはじめ、野党にも、これまでブレクシット案への合意ができていないのは(自分の責任ではなく)下院議員たちの責任だと国民への訴えで主張したメイへの反発は強い。そのため、メイの合意が下院に承認される可能性はほとんどなく、メイ首相は自分の合意を下院に出さないかもしれないと示唆した。

これは、イギリスのEU離脱が4月12日となる可能性を強く示唆している。すなわち、メイは自分のやり方が通らないなら、とにかくイギリスをEUから離脱させるという自分の「約束」を守るつもりだという考えのように見える。合意があろうがなかろうが、である。歴史的に見れば、それは、何もできず、混乱だけもたらせて去った首相というレッテルよりよいだろう。自分だけが正しいとする唯我独尊メイにはそのような腹積もりがあるように思われる。

このようなメイ首相をなぜ保守党は見限れないのか。昨年12月の保守党の党首信任投票でメイは過半数の支持を受けた。そのため、1年間は再び信任投票が行えない。しかし、下院はメイ政権を不信任投票で倒すことができる。しかし、保守党下院議員にそれに踏み切れない人がほとんどだ。ほとんどの保守党選挙区支部で強硬離脱派が多い。そのため保守党の中でソフトな離脱を図る議員たちも保守党党首のメイ首相を不信任するまでには踏み切れていない(それができる議員は既に離党した)。政党選挙のイギリスの総選挙で、地元の選挙区支部から候補者として選任されなければ議員として生き延びられないためだ。あとしばらくの期間、あらゆる術策を講じて延命を図ろうとするメイ首相と、将来の方向を決める力を握ろうとする議会勢力とのせめぎあいが続く。

次期総選挙候補者になれないことを恐れる現職議員たち

9人の労働党と3人の保守党の下院議員がそれぞれの党を離党した大きな原因に、選挙区の政党支部でこれらの下院議員の言動を批判する声がかなり強まっていることがある。様々な嫌がらせや脅迫がある上、このままでは次期総選挙の候補者から外される可能性があるという危機感のため、「正当な理由」を掲げて離党し、新たな方向を模索する機運があった。

なお、イギリスでは、日本でよくみられるような「無所属」で当選することは極めて難しい。党単位で選挙を戦うことが慣例となっており、それを反映して、選挙費用も250万円ほどと抑えられている。

労働党の場合

労働党は、2015年の党首選挙以来、大きな変貌を遂げた。2015年総選挙に敗れた前党首エド・ミリバンドが党首を辞任した後の党首選挙に、ジェレミー・コービンが党内左派を代表して立候補した。推薦した人たちの予想も裏切り、コービンが大差で当選し、党首となった。コービンブームが起きたためだ。それでも、左派のコービンでは総選挙に勝てないと信じた労働党下院議員たちは、2016年EU国民投票でコービンが中途半端な残留運動をしたと批判し、コービン影の内閣からの大量辞職、そして4分の3近い党所属下院議員がコービン不信任(これには拘束力がない)に賛成するという手段に出た。その結果、2016年秋にもう一度党首選が行われた。ところが、コービンは前回よりもさらに大きな支持を集め、党首に再選された。これらの過程で、コービン支持の団体、モメンタムが生まれ、力を増強し、また、コービンに投票するために労働党に入党する人たちの数が急激に増え、20万人程度から、50万人以上となった。今では、西欧一の党員数を誇る政党である。そして、メイ首相が楽勝を信じて仕掛けた2017年の総選挙で、10万人を超えるメンバーのモメンタムが中心となって運動し、コービン労働党の予想外の健闘を招き、メイの保守党の過半数割れを引き起こした。

労働党下院議員たちの多くは、コービンを党首から引き下ろすことはあきらめたものの、中にはコービンを公に批判し続ける議員がいる。コービンがイギリスのEU残留を求めない、第二のEU国民投票を直ちに求めないなどとブレクシットへの対応を批判し、また、コービンがユダヤ人差別を助長しているなどして声高に批判してきた。そのため、これらの議員の選挙区支部で、コービン支持の党員らが議員への不信任投票を実施し、それがいくつも可決されている。ただし、不信任だけでは、現職議員がそのまま次期総選挙候補者となることを食い止めることはできない。

これは、各選挙区支部で、その支部を構成する団体の一定数以上が次期総選挙候補者とすることに反対した場合(トリガー投票と呼ばれる)に可能となる。その場合、現職議員も候補者選出プロセスで他の候補者と争わなくてはならなくなる。かつては50%以上の団体の反対が求められたが、昨年の党大会でそれが3分の1以上に引き下げられた。以前よりも現職下院議員を「クビ」にしやすくなったと言える。

なお、コービン支持者が政党支部の幹部になる例が多くなっており、反コービンの下院議員には居心地の悪くなる例が増えている。

保守党の場合

保守党は、支持者の高齢化がかなり前から問題になっていた。党員数は10万人を大きく割ったと見られており、保守党は最近まで党員数を公表することを拒んでいた(2018年3月時点で12万4千人とみられている)。党員には、もともと反EUである欧州懐疑派が多く、財相も経験した親EUのケネス・クラークが党首選に立候補した時には、党首選の保守党下院議員から2人選ばれる段階で十分な支持がなく、党員全体での投票に進めなかった。党員がクラークを選ぶはずがないと見られたからである。

2016年のEU国民投票で、イギリスはEUを離脱することとなった。そのため、イギリスのEUからの「独立」を目指したイギリス独立党(UKIP)の存在意義が弱まった。今や保守党の中の残留派や旧残留派(EU国民投票前のキャンペーンでは残留を求めたが、今では離脱を受け入れ、できるだけソフトな離脱を求める立場)と強硬離脱派の対立があるが、UKIP支持者らがイギリスの確実なEU離脱を求めて、強硬離脱に反対する下院議員たちの動きを妨害し、また次期総選挙での立候補を阻止するため、保守党に多く入党する動きがある。これはUKIPのシンボルカラーを使って「パープルウェーブ」と呼ばれている。

すなわち、特にソフトな離脱を求める保守党の下院議員たちには、嫌がらせや脅迫が絶えないうえ、選挙区ではこれらの下院議員に反対する党員の数が増えているのである。保守党の場合、次期総選挙の候補者となるためには、現職議員は政党支部にその申請書を提出し、それが委員会で検討され承認されるという過程を経る。ただし、選挙区支部党員50人以上、もしくは党員の10%が求めれば、現職議員を次期総選挙の候補者とするかどうかの投票が実施される。もし、否決されると、候補者選考プロセスで他の候補者と争わなくてはならなくなる。

離党した議員たちには、それぞれの理由がある。しかし、その背景には、上記のような問題がある。

保守党党首選の可能性?

6月のEUサミットで、ブレクシットの概要が決まるはずだった。ところが、このサミットでは移民の扱いが中心課題となり、ブレクシットはその他の話題の一つに過ぎなかった。その理由の一つには、保守党の中だけではなく、メイ政権の中でもブレクシットに関する考え方がまとまっていないことがある。それをまとめるのは、7月6日(金)に首相別邸で予定されている閣僚の集まりとされている。2016年6月のEU国民投票から2年たち、来年3月にはEUを離脱するというのに、未だに政府の立場が決まっておらず、追い詰められた状態になっていること自体、危機的な状態である。

ところが、問題はそれだけにとどまらない。有力閣僚のゴブ環境相が、首相別邸の会議で提出される予定の文書が気にいらず、破り捨てたと報道された。この文書は、ブレクシットに関する内閣小委員会の中のワーキンググループの報告書で、内閣の中の意見の相違をまとめるための重要なものである。すなわち、7月6日の会議の、少なくとも基礎になる文書にケチがついたことで、この会議そのものの意義が疑われる事態になってきた。

ゴブ環境相は、2016年のEU国民投票で離脱派キャンペーンの有力者の一人だった。ゴブ環境相の動きは、メイ下ろしの一環である可能性がある。強硬離脱派の中の他の有力リーダーであるジェイコブ・リース=モグは「原理主義的」であり、ジョンソン外相は、その軽率な言動に問題がある。もしメイが退くこととなった場合、リース=モグかジョンソンが後任の保守党党首、首相となって、EU側と交渉する立場となることには、保守党内からも、EU側からも理解されることが難しいだろう。その一方、ゴブの能力を高く評価する声があり、しかもプラグマティックな人物だ。保守党内をまとめ、EUに対峙するには、恐らく、これらの人物の中では最もふさわしいだろう。

そのようなことを反映しているのだろう、ブックメーカーの賭けでは、ゴブは次期保守党党首候補の筆頭となっている。ゴブに首相となる野心があることはよく知られており、現在の火中の栗を拾う覚悟はあるように思われる。むしろ今を逃せば、2016年の党首選でミソをつけたゴブのチャンスはなくなるかもしれない。7月6日の会議がどうなるかで、保守党の党首が交代する可能性が出てくる。

DUPのメイ政権閣外協力

2017年6月の総選挙で下院の過半数を失い、メイ首相は10議席の北アイルランドの民主統一党(DUP)と閣外協力合意をした。閣外協力の代償として、メイ首相は北アイルランドに10億ポンド(1500億円)の追加予算を与えた。そしてDUPはイギリスのEU離脱の交渉に当たってメイ首相と直接コンタクトできる立場にある

そのDUPの協力を得て、メイ政権は、新聞の行動規範に関するレヴィソン委員会の第2の勧告の実施を止めることに成功した。データ保護法案にそれを可能にする新条項を入れようとする試みにDUP下院議員が保守党議員らとともに反対したため、304対295で否決されたのである。

レヴィソン委員会は、電話盗聴問題に端を発した新聞の行動規範に関する問題を調査するためにキャメロン首相が2011年7月に設けた公的調査委員会である。そして2012年11月、委員長のレヴィソン判事が、それまでの新聞の自己規制では不十分だとして、まず公的な権限を持つ監視機関の設立を勧告し、第2段階として新聞の不正な行動や警察との関係の公的調査を勧告したのである。

ほとんどの新聞紙はこれらの勧告に反発した。また、このような公的調査委員会を設けたキャメロン首相を嫌った。そして自ら自主監視機関を設ける一方、第2の勧告の実施に反対した。保守党は、これらの新聞の自主監視機関(Ipso)はその役割を十分に果たしているとし、それ以上の手段を講じる考えはない。また、第2番目の勧告も実施する考えはない。

政権基盤の弱体化しているメイ首相は、これらの新聞に頼っている。一方、それらの新聞が最も恐れているのは、コービン率いる労働党が政権を握ることである。コービンがレヴィソン勧告をそのまま実施するのが明らかなためだ。

DUPは、北アイルランドがレヴィソン委員会の調査に含まれていなかったことを理由に、北アイルランドの新聞の行動規範についての調査を求め、それを実施することとなった。ただし、その結果が出るのは、まだ遠い先のことで4年先のようである。

イギリスのEU離脱交渉の行方

イギリスとEUが、イギリスのRU離脱後「移行期間」を設けることに合意した。2016年6月のEU国民投票で離脱が多数を占めた後、イギリスは、2017年3月末にEUを離脱する通知を出した。リスボン条約50条には、その通知後、離脱交渉は2年間と決められている。すなわち、2019年3月末にイギリスはEUを離脱する。そしてイギリスが40年以上、ほとんどすべての面で関わってきたEUからの離脱交渉をそれまでに終える必要があることになる。そのため、離脱後のイギリスとEUとの貿易などの重要な経済的関係は、この離脱後の「移行期間」で煮詰められることとなる。

ただし、この2020年末までの「移行期間」の合意も絶対的なものではなく、離脱交渉が「合意できなければ、何も合意されなかった」こととなるという但し書きがつく。それでも、イギリスとEUとの将来の関係は、少なくともカナダとEUとの「自由貿易協定」程度のものにはなると思われ、何らかの合意を生む努力がなされるのは間違いない。そのため、ある程度の問題があっても「移行期間」には進むだろう。

ただし、今回の「移行期間」合意に関して注目されるのは、保守党の離脱派のリーダーであるジェイコブ・リース=モグが「ほとんどすべての分野でEU側の要求に屈した」とコメントしている点だ。離脱派にとっては、メイ政権は急速にソフトな離脱に向かっているように見える。この評価はあながち誤りではないと思われ、メイ首相は、できるだけソフトな離脱に向かって進んでいるように思われる。

メイの戦略は、保守党の離脱派の反乱をできるだけ抑え、離脱派の重視する問題はなるべく先延ばしにし、最終的な局面まで手の内を明かさず、その時点で「賛成するか反対するか」の二者択一に労働党など野党を追い込み、それらの協力を得て押し通すといったものではないか。あまり早くから手の内を明かすと、保守党内の反乱が本格化する可能性がある上、親EU派の多い野党から余計な介入が入る可能性がある。

メイ首相は、2017年6月の総選挙で、下院の過半数を失い、北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力を得て政権を維持している。その中で、党内の不満をできるだけ防ぎ、政権維持していくことが必要とされる。ただし、現在のような状況をいつまで維持できるかは大きな課題で、早晩メイ政権が倒れる可能性は否定できない。

その時に総選挙となる可能性はある。もしメイ首相が円満に退き、後継に保守党首相が選出された場合には、その最有力候補はリース=モグである。リース=モグが保守党党首・首相となった場合、イギリスとEUとの交渉はかなり不透明になるだろう。

保守党の党首選が間近?

もし、保守党の下院議員たちが党首に不満を持ち、党首を変えたいと思えばどうするか?

党首選を仕切る無役の下院議員の会、1922委員会の会長に党首不信任の手紙を送る。もしその数が保守党下院議員の総数の15%となると、保守党下院議員による党首の信任投票が実施される。そこで信任されなければ党首選が実施されることとなる。その場合には現職は立てない。もし信任されたとしても党首としての権威はさらに衰えることとなる。

現在、保守党下院議員の数は316人。すなわちその15%である48人が党首不信任の手紙を送ると、不信任投票が実施されることとなる。

1922委員会の会長が、メイ首相の不信任が15%に達し、党首選になるのではないかと心配していると伝えられた。現在の時点で、既に40人ほどの手紙を受け取っているようだ。もしこの情報が正確なら、あと10人足らず。そう遠い数字ではない。

メイ首相を巡る保守党内の動き

ボリス・ジョンソン外相とジェイコブ・リース=モグ下院議員がテリーザ・メイ首相(保守党党首)を倒すことにつながる動きを示しだした。メイ首相への保守党内の不満は、これからますます高まる気配だ。

ジョンソンが、イギリスがEUを離脱した後、EUに支払う必要がなくなるお金から国民保健サービス(NHS)に1週間1億ポンド(155億円)支払うべきだと閣議で要求すると報じられ、大きな物議をかもした。

これは、2017年のEU国民投票のキャンペーンで、離脱派のリーダーとして、EUから離脱すれば、NHSに週に3億5千万ポンド(540億円)回せると訴えたことが背景にある。予算がほとんど増加しない中、需要の増加で苦しんでいるNHSに理解を示す姿勢を打ち出し、メイを直接攻撃せず、自分の存在感を出す目的があったのだろう。

当の閣議では、ジョンソンはメイから叱責され、さらに他の閣僚らから、閣議で話し合うことは他で話すべきではないとクギをさされた。しかし、ジョンソンの目的は達成されたように思われる。

一方、EU離脱強硬派のリース=モグは、メイ政府のEUとの交渉姿勢は臆病で、EU離脱に伴う打撃をなるべく少なくしようとしているようだとコメントした。メイを支持すると言うが、ブックメーカーが、メイの後継の最有力候補としているリース=モグがこのような発言をすることは、党内の空気を反映しているといえる。

メイは保守党内を掌握しているとはとても言えない。EUとの交渉は3月から本格的に始まるが、それまででもメイ政権への危機が起きる可能性はある。

メイ首相と国の運

トップ政治家にとって最も必要なのは「政治センス」である。これは、政治の状況を読んで、大きく、どういう政治の方向を取るか直感で判断できるとか、人々の気持ちを感じられ、それに対応できるというように、頭よりも心でそれを察知できる能力と言える。メイ首相はそれに欠ける。すなわち、多くの官僚に見られるように、与えられた仕事をきちんとこなす能力があっても、刻一刻変化する状況に対してクリエイティブな行動のできる能力に乏しい。メイは官僚としては優れているかもしれないが、イギリスがEUを離脱するような重大な時に国の舵を取る役割は、荷が重すぎる。メイが力を失い、早晩その地位から去る状況が生まれているのは、イギリスという国に運があることを示しているかもしれない。

イギリスは、1973年以来、過去44年間メンバーだったEUを離れることとなった。イギリスとEUとの関係は、単に全貿易の44%を占めるEUとの貿易関係だけではなく、産業、労働、消費、人権、研究開発、地域開発、セキュリティなどを含め、社会のほとんどすべての分野に及ぶ。EUを離れるにあたり、EU法や規制に関わる19000の法令を見直す必要がある。すなわち、EUを離れることは、イギリス人にとって、非常に大きな変化だ。そしていかにEUと別れるかは、今後のイギリスに大きな影響を与える。

メイ首相は、68日の総選挙で率いる保守党の議席を減らし、第一党の座を維持したものの全650議席のうち318議席と過半数を割った。お粗末な選挙戦を展開したためだ。その後のロンドンの公営住宅グレンフェル火災、10議席を持つ、北アイルランドの統一民主党(DUP)との閣外協力をめぐる協議、さらに、イギリスに住むEU国人のEU離脱後の権利をめぐるイギリスの提案などお粗末な対応が続いている。

メイのお粗末な政権運営

EU離脱交渉は、619日から始まったが、メイが昨年713日に首相となって以来の言動で、EU側(イギリスを除く27か国)の態度を硬化させ、EU側は、その既得権の維持、EUの今後を優先し、容易に譲歩する考えはない。EU側は、EU内のセキュリティなど他の問題の方が大切で、イギリスとのEU離脱交渉は二の次だとする。

メイは総選挙で当初、地滑り的大勝利を予測されながら、それまでの過半数をやや上回る状態から、少数政権となったことから、権威を失った。メイの側近らのスピン(情報、印象操作)で、有権者からの支持率はサッチャーを上回る、戦後最高レベルとなったが、本人の政治センスのなさが曝け出され、支持を失ったのである。

メイは、施政方針である、621日の「女王のスピーチ」で、首相就任以来主張してきた数々の政策を放棄した。保守党が過半数を大きく下回る非公選の上院(執筆時点で807議席のうち254議席)ばかりではなく、下院保守党内での見解の相違から、下院の賛成を得る見込みのないものは放棄せざるを得なくなったためだ。また、EUとの対決的な離脱交渉戦略を改めざるをえなくなった。しかし、メイの施政方針もEU離脱交渉も中途半端でとても維持できるものとは思えない。

メイの政策変更

メイ政権は、3月の予算で、2025年までに財政赤字をなくすとしたが、総選挙後、これまでの緊縮財政を緩和し、国家公務員や看護師らのNHSスタッフの給料も、過去7年間の1%アップ上限を変更し、増やす構えだ。ポンドが下落し、輸入品などの価格が上がり、物価が2.9%上昇する中、ある程度の賃上げが必要となっている。

グレンフェル火災以来、公営住宅をはじめとする、公共建築物の火災対策をめぐる巨額の財政負担が予想され、しかも総選挙マニフェストで挙げていた、高齢者の冬季燃料補助、年金上昇率の計算基準、高齢者ケア費用負担、無料学校給食の変更など数々の財源確保策を実施しないこととしたため、財政が混乱するのは間違いない。

壁にぶち当たるEU離脱交渉

EU離脱交渉は、既に壁にぶち当たっている。イギリスは、既に、EU側の求めた、2段階交渉プロセスに合意した。最初にイギリスのEU離脱交渉で合意し、その後、貿易をはじめとするお互いの将来の関係交渉に入るという段取りである。

第一段階のEU離脱交渉では、①イギリスに住むEU国人の権利、②メンバー国としてイギリスに責任のある、EU側に支払うべき「離婚料」、③アイルランドの北アイルランドと南のアイルランド共和国の国境問題がある。このうち最も容易な問題だと思われた、①イギリスに住むEU国人の権利とEU国に住むイギリス人の権利の問題では、メイが622日のEU首脳会談で提案したが、十分ではないと冷たい反応を受けた。それだけではなく、今後、このようなことは、正式な交渉の場で対応すべきで、重要なサミットで持ち出さないようにという指摘を受けたと言われる。さらには、EU加盟国のリーダーと個別に話をする場合には、離脱交渉に関する話を持ち出さないようにとクギをさされたと言われる。

このイギリスに住むEU国人の権利に関して最も重要な問題は、合意ができても、どのような形でその合意がきちんと実行されるかという点である。EU側は、欧州司法裁判所がその任に当たるべきだとする。メイは、まず、イギリスの裁判所がその任を果たすとする。メイは、これまでにイギリスが主権を取り戻すために欧州司法裁判所の管轄から離れると発言しており、また、保守党内の強硬離脱派への配慮から、欧州司法裁判所は受け入れ難い。一方、将来結ばれるであろう離脱条約で明記されれば、国際司法裁判所で扱える、もしくは、新たに仲裁機関を設けるなどの案もあるが、いずれも現在のところ実現性は乏しい。メイは、基本的に、これまでの発言から強硬離脱的戦略を捨てられない。

スムーズにいかないDUP閣外協力

メイの期待したDUPとの協力関係交渉も壁にぶち当たっている。DUPの要求しているとされる、北アイルランドのNHS(国民保健サービス)へ10億ポンド(1400億円)、さらにインフラ整備などに10億ポンド、計20億ポンド(2800億円)の財政要求は、バーネット・フォーミュラと呼ばれる予算計算方式で、自動的に他の地域、イングランド、スコットランド、ウェールズへの増額を招き、20億ポンドで済まず、総額700億ポンド(49千億円)となるという見方もある。北アイルランドの人口185万人はイギリスの全人口の3%弱であるため、全体額が35倍膨れ上がる可能性がある。財務省らが慎重だとも言われている。

その上、DUPはもともとEU離脱派だが、ソフトなEU離脱を求めている。また、北アイルランドと南のアイルランド共和国との国境は、現在のように、地図上国境はあるが、物理的な国境のない状態を維持したいとしており、メイの強硬離脱的な戦略とどのように折り合えるか疑問がある。

メイの後継首相 

現在のメイは、総選挙直後より強い立場だとする見方もあるが、とてもそのような状況とは言えず、まさしく風前の灯火であり、メイ政権は早晩崩れるだろう。

その後継首相は、もしすぐに総選挙が行われなければ、現離脱相のデービスとなるだろう。

長く筆頭候補だったジョンソン外相は、離脱交渉の終わる2019年前には党首選に出ないと示唆した。EU離脱に当たり、イギリスは何らの支払いをする必要はないどころか、むしろこれまでの貢献分から払い戻しがあるべきだと主張した上、昨年6月のEU国民投票キャンペーン中にEUを離脱すれば、週に35千万ポンド(490億円)をNHSに向けられると主張した。これらの発言と現実の交渉を両立させることは極めて難しい。また、ハモンド財相は、EU残留派だった上、ソフトな離脱を訴えており、党内をまとめることは難しい。

デービスは、離脱派の一人だったが、既に離脱交渉の難しさを十分に理解している。2005年の党首選で勝利するだろうと見られていたが、キャメロンに敗れた。キャメロン党首の下で影の内相となったが、人権問題で自分の考えを貫くために、議員辞職して再び立候補し、当選した人物である。625日のBBCテレビでのインタビューで、イギリス側とEU側が折り合える点を探ると発言したが、現実的な対応をするように思われる。

一方、もし、総選挙があれば、労働党が政権に就き、党首コービンが首相となるだろう。コービンは政治センスが意外に優れていることが明らかになってきている。コービンは、昨年のEU国民投票の前、EU残留を10の内、7もしくは7.5賛成とし、EU残留に100%賛成ではなかった。しかし、EU離脱交渉では、労働党は、合意を必ずするとし、労働者を守るために、貿易関係を重視するとしている。メイと比べて、これまでのお荷物がはるかに少なく、より現実的な交渉ができるだろう。

メイの困難な立場は、多くの国民にEU離脱後の不安を掻き立てており、貿易で現実的な妥協を求めるようになってきている

この状況の中では、メイが首相の座を去ることは、恐らくイギリスにとって望ましいことのように思われる。イギリスがEUから離脱すること自体、長期的に見れば悪いことばかりではないだろう。しかし、その離脱の仕方が大切で、長期的な関係が維持できる、スムーズな離脱となるよう慎重な配慮が必要だ。もしイギリスに運があれば、政治センスのないメイがこの舞台から退場させられることとなるだろうと思われる。