次回総選挙の予想

次の総選挙はいつ?

英国下院の前回の総選挙は、2019年12月12日に行われた。英国の総選挙は、前回の総選挙から5年以内に行われる必要があるが、若干の調整日が加えられるため、次の総選挙は、2025年1月28日までに行われることになっている。しかし、首相の判断でそれより早く解散されて総選挙が実施される可能性があり、それは2024年夏ごろと見る人が多い。

なお、英国下院の議会議員の任期を5年と定めた2011年議会任期固定法が2020年に廃止され、首相は、自らの都合のよい時期に総選挙を実施できる。

もし、任期満了まで待つと、その時点での政治情勢に結果が左右される可能性がある。例えば、英国では国営のNHS(国民保健サービス)が医療サービスの中心で、基本的に無料で診察が受けられ、必要があれば入院できるが、冬期はインフルエンザの流行などで、病院が非常に忙しくなり、すぐに対応してくれなくなる可能性があり、そのような時期に総選挙を実施すると、有権者の不満が政権政党の得票に反映される可能性がある。そのような事態を避けるため、ある程度早めに総選挙を実施するほうが得策であるという考え方がある。また、少し早めに計画しておくと、政治上の大きな問題、例えばスキャンダルなどが起きた場合には、総選挙を先延ばしするなどの融通がきく。一方、次期総選挙で負ける可能性が高い場合には、任期満了まで待つという考え方もある。

英国の総選挙の仕組み

英国の総選挙は、小選挙区制で行われる。すなわち、一つの選挙区から最高の得票を獲得した1人の下院議員が選ばれる仕組みである。英国は二院制で、上院(貴族院)と下院(庶民院)の二つの議院があるが、上院は任命制であるのに対し、下院は公選で、一般有権者の投票で選ばれる。そのため、下院が上院に対して優越している。

英国には650の選挙区があり、地理的な条件の制約があるごく一部の選挙区を除き有権者7万2千人程度で1選挙区を構成する。基本的に8年に1回、選挙区の境界の見直しが行われることになっている。

英国の総選挙と政党

英国は、政党中心の選挙である。各政党が、総選挙の前にマニフェストを発表し、政策を訴え、それが選挙運動の中心となる。一般に有権者は、政党のイメージ、党首、そしてマニフェストを基に投票すると言われる。ただし、マニフェストをきちんと読む人はほとんどいないと言われる。マニフェストを読む人は、いわゆるオタクか政治ジャーナリストなど非常に限られた人たちとなる。

政党が中心となる選挙であり、個人票はほとんどなく、ベテラン議員でも個人票は1割程度しかないと言われる。むしろ、歴史的な経緯や住民のタイプによって保守党の強い選挙区、労働党の強い選挙区があり、それぞれの特に強い選挙区では、候補者に選ばれるだけで、当選が確実になる。650選挙区の地図で、それぞれの政党カラー、保守党は青、労働党は赤で選挙区を塗りつぶしていくと、一定の地域的なパターンが現れることから、それぞれ「青い壁」、「赤い壁(このリンクをクリックすると、2017年総選挙と2019年総選挙の結果が色で比較されているのを見ることができる)」と言われるようになった。2019年の総選挙では、「赤い壁」選挙区のかなり多くが青くなり、保守党の大勝につながった。

2019年総選挙の結果

2019年総選挙は、ブレクシット(英国のEUからの離脱)が大きなテーマであった。全650議席のうち、主要政党獲得議席数は以下のとおり。

(SNPはスコットランド国民党で、スコットランドの地域政党)

2019年総選挙で、保守党は議席を伸ばし、労働党は大きく議席を失った。この結果、保守党は650議席のうち、365議席を獲得し、他の政党の合計議席は285議席となった。これは、英国ではマジョリティ80議席(365-285=80)といわれる。もし、80人の保守党下院議員が重要投票に参加しなくても政権が維持できる状態を示し、政権の極めて強い立場をあらわしている。(なお、可否同数となった場合、下院議長は、中立的な立場を維持し、個人的な意見に基づく投票は行わず、議論を促進、または、現状維持につながる投票をすることになっている。実際には、北アイルランドの地域政党シンフェイン党が7議席持つが、国王に忠誠を誓うことを拒否して審議に参加していないため、マジョリティはさらに大きくなる。)

次回総選挙の予想

2022年で、これまでに行われた主要政党の議席獲得予想の世論調査の結果は以下のとおりである。

(*1: 労働党が最大政党だが、過半数に足りない状態。 *2:MRPは、近年広く使われるようになった世論調査手法である。サンプル数が千余りの世論調査を単純に広域に当てはめて議席数を予測するのではなく、有権者の動向とそれぞれの選挙区の特性、有権者の特徴などを分析したうえで、それぞれの選挙区の結果を予測して集計する手法である。2017年総選挙でYouGovがこの手法を用い、最も正確に予測したことで有名になった。*3:GBとUKの違いは、UKが北アイルランドを含んでいるのに対し、GBは含んでいない。北アイルランドは、英国の他の地域と大きく異なり、地域政党が競い合う地域である。)

Savantaが12月2日から5日に行った世論調査の議席数予想では、労働党が482議席、他の政党議席合計が168議席(保守党の69議席を含む)となり、労働党がマジョリティ314議席(482-168=314)という結果だった。保守党の壊滅的な敗北を示す数字である。これとよく比較されるのが、労働党が歴史的な地滑り的大勝利を収めた1997年の総選挙である。なお、1997年総選挙では、全659議席であったが、その主な結果は以下の通りである。

現在の保守党の低迷は、2010年に保守党が政権に就いて以来の緊縮財政で英国の公共サービスが弱体化していることに起因する。さらに2代前の首相、ボリス・ジョンソン時代の「パーティゲート」問題をはじめとするスキャンダル、さらに2022年9月にその後継首相となったリズ・トラスが経済政策で大失敗し、わずか50日で終わった短期政権を経て、保守党に対する信頼が低くなっている。

その上、ブレクシットを推進したのは保守党だが、EU離脱は誤りだったという人が多くなっている。英国は、2020年12月31日に正式にEUを離脱したが、YouGovの世論調査によると、ブレクシットは誤りだったという人が56%、正しかったという人は32%で、ブレクシット支持は記録上最低となっている。

現在のリシ・スナク首相は、それらの負の遺産を引きずっており、支持が増える兆しが見えていない。むしろ10%を超える急激なインフレのため、特に公共サービス関係の、鉄道、郵便、看護師、緊急医療関係者をはじめとする勤労者が賃上げを求めてストライキを実施しているが、スナク政権はまともに対応しようとしていない。さらなるストライキが計画されており、状況はさらに悪化する可能性がある。

ウクライナ戦争をはじめとする世界的規模の問題がいくつもある中、政治の方向性を出していくのは簡単ではない。スナク首相は、2022年10月に首相に就任したばかりだが、既に幾つも政策をUターンしている。保守党内に異なる意見があるためで、保守党をまとめるのに苦労している。公共サービス関係の賃金問題も党内の右派の批判を避けるために強硬な立場をとっている様子がうかがえ、党内対策が最優先になっているようだ。一方、労働党は非常に強い立場になっている。

いじめの疑いをかけられた下院議長

ジョン・バーコウは2009年に下院議長に就任した。その前任のマイケル・マーティンは労働党の下院議員だった人物で、もともと労働組合の代表をしており、議員の経費問題が出た時には、議員を労働組合のメンバーのように守ろうとした。その結果、この問題の処理を誤り、辞任を迫られることとなった。その後を受けたのが、バーコウである。それから9年、今やバーコウにいじめの疑いがかかっている。下院のバーコウの秘書をしていた職員が、バーコウからいじめを受け、その結果、「強制的に」辞職させられたと主張したのである。

バーコウはもともと保守党の右派の議員だったが、後に労働党からロンドンのウェストミンスター区の区議会議員選挙にも立ったサリーと付き合い、結婚し、その考え方が大きく変わった。2009年には労働党が下院の過半数を占めていたが、労働党の多くの議員の支持を受けて予想外に議長に選ばれた。一方、その経緯から保守党の一部から嫌われ、これまで何度も議長追い落としの攻撃を受けている。2010年の総選挙で労働党が敗れ、保守党・自民党の連立政権が生まれた時も攻撃を受けたが、保守党の中の支持者の援助も受けて議長の座に残った。

議長の職はイギリスでは特別に扱われており、就任後党籍を離れて中立の立場を取る。そして総選挙では、主要政党は議長の選挙区に候補者を立てない。議会のあるウェストミンスター宮殿の中に住居が設けられており、議長を退けば上院議員に任ぜられ、特別の年金もつく。なりたい人は多いが、運とタイミングが良くなければこのポストにはつけない。

イギリスの首相は、選挙で選ばれた独裁者と言われることがあるが、率いる政党が一旦下院の過半数を獲得すると、ほとんどのことを自分の判断で行うことができるようになる。そのため、議会無視の傾向が出てくる。バーコウはこの流れに歯止めをかけ、議会がその役割をきちんと担えるよう努力してきた。また無役の下院議員にできるだけ多くの発言機会を与えるようにしてきた。その結果、首相への質問時間が長くなり、首相らが不満を持っているとも伝えられた。これらの努力でバーコウを高く評価する声も少なくない。バーコウは下院の近代化をはかるために下院事務総長とも衝突した。ブラックロッドと呼ばれる議会の儀式をつかさどる役割を果たした人物がバーコウは激しやすい気性だと批判したが、さもありなんと思われる。

マーティンは、議長の職に9年あった。バーコウも9年で退くとしていたが、その9年は今年の6月に迎える。そのような中で、バーコウへのいじめ批判が出てきたことはうさん臭い要素もあるように思える。

バーコウは小柄で、保守党内のバーコウ批判派から、よく、聖人ぶった小人と呼ばれていた。妻のサリーの頓狂な振る舞いや浮気もバーコウの威厳を傷つけた。その中でよくこれまでやってきたと思われる。

それでも下院議長にはそれなりの威厳と抑制が必要だ。バーコウはいじめの疑いを否定しているが、本当にそのような問題があったのならば、その責任を取る必要があるだろう。