放送局が折れた党首の「テレビ討論」

5月7日の総選挙の前に、主要放送局(BBC、ITV, チャンネル4、Sky)は、3回の党首討論を予定していた。有権者の選挙への関心を高め、また政党の政策を十分理解させることを目的とするものである。前回の2010年の総選挙で、主要3政党(保守党、労働党、自民党)の党首が、イギリス史上初めて、テレビで3回にわたり討論し、有権者の関心が大きく高まったことから、同じような効果を狙ったものである。しかし、前回総選挙のテレビ討論に参加したために不利になったと考えている、保守党のキャメロン首相が、選挙期間中のテレビ討論参加に難色を示し、結局、放送局側が、大きく譲歩し、当初の計画とはかなり異なった形の「テレビ討論」に落ち着くこととなった。

放送局側は、それまで、当初の計画通り実施するとして、もしキャメロン首相が参加したくなければ、その椅子を空席にして討論を行うという方針を繰り返し、主張していた。しかし、最終的に折れた背景には、放送局側の事情もあると思われる。

公共放送のBBCはその免許の更新時期が近づいており、視聴料の徴収を巡る問題がある。また、それ以外の民放は、放送通信の監督機関Ofcomを考慮したものと思われる。選挙結果の予測の多くは、保守党も労働党も過半数を獲得できないが、保守党が最大政党となると見ており、賭け屋の賭け率では、キャメロンが首相として継続するが本命である。そのような状況の中で、現職の首相を粗末に扱えず、妥協できる形で何とかテレビ討論を行いたいという考えがあったと思われる。

主要放送局は、3月30日の下院解散後、以下のようなテレビ番組の予定をしていた。

4月2日 7党(保守党、労働党、自民党、イギリス独立党UKIP、スコットランド国民党SNP、緑の党、それにウェールズの地域政党プライド・カムリ)の党首による討論。

4月16日 同じく7党の党首による討論。

4月30日 首相候補である、保守党のキャメロン首相と労働党のミリバンド党首の一騎打ちの討論。

これが、次のように変わった。

3月26日 保守党のキャメロン首相と労働党のミリバンド党首への別々の質疑応答。

4月2日 7党の党首による討論。

4月16日 連立政権の保守党と自民党を除いた、5党の討論。

4月30日 保守党のキャメロン首相、ミリバンド労働党党首、自民党のクレッグ副首相への別々の質疑応答。これは、2005年の総選挙で行われたものと同じ形である。

労働党のミリバンド党首は、これまで、テレビ討論は、放送局側が決めるもので、自分はそれを受け入れると繰り返し述べていた。しかし、最終的に、新しい案を受け入れた。それでも、キャメロン首相と自分は、同じ場所で、同じ夜、同じ聴衆といるが、キャメロン首相は、自分と討論することを怖がっている、と苦情を言った。

ミリバンド党首は、自分の首相候補としてのイメージを上げるため、テレビ討論で、キャメロン首相と一対一で議論を戦わせたかった。キャメロン首相は、ミリバンド党首を弱いと批判し、ミリバンドは、キャメロンを弱いと批判する。いずれも選挙に与える影響の計算に基づいた行動をしており、どっちもどっちだと言える。

労働党とスコットランド国民党の提携問題

労働党は、前回の2010年総選挙で、スコットランドの59議席のうち、41議席を獲得した。スコットランド国民党(SNP)は6議席だった。

ところが、2014年9月のスコットランド独立住民投票後、SNPの支持率が大きく上昇し、最近の予測には59議席のうちSNPが56議席獲得するかもしれないというものもある。

全国的には、保守党と労働党の支持率は、30%台前半で、同程度。その支持率が、5月の総選挙で維持された場合、もし労働党がスコットランドで前回並みの議席を獲得すれば、選挙区の構造などから、労働党が有利であり、労働党が過半数を獲得できなくても、最大政党となる。しかしながら、労働党がスコットランドで大きく議席を失えば、その可能性は少なくなる。

一方、SNPは、その支持の急増を受け、既に保守党との連携をはっきりと否定し、労働党と連携する方針を打ち出している。労働党とSNPの連携には、公式なもの(例えば、連立政権や閣外協力など)、非公式なものを含めて、各方面から反発がある。

労働党とSNPが連携した場合、イギリス全体の国政が、地域政党であるSNPに牛耳られる可能性がある上、スコットランドの独立を目指すSNPは、その目的に向かって、政権を使おうとする心配があるからである。

また、スコットランドで議席を失う可能性の高まっている労働党議員だ。これまで、スコットランドの有権者は、スコットランド内ではSNPを支持しても、イギリス全体の下院選挙では、労働党を支持する傾向があった。SNPは地域政党だが、労働党は全国政党であり、政権を担当する可能性があるためである。

SNPの言い分は、SNPは下院で労働党を支持するので、SNPを支持することは、労働党を支持することと基本的に同じである、しかもスコットランドに有利だとする。これには、2014年のスコットランド独立住民投票が少なからず影響している。主要3政党(保守党、労働党、自民党)は、スコットランド独立に協力して反対した。そのため、住民は、住民投票では独立に反対したものの、労働党は、かなりの信用を失った。

SNPの議論に対処するため、ミリバンド労働党党首が、SNPとは提携しないとはっきりした方がよいという意見がある。しかし、ミリバンドは、できればそこまでは言いたくない。労働党とSNPの連携の可能性を残しておきたいからだ。もし、SNPと組まないと言えば、政権を自ら放棄することになりかねない。

ミリバンドがそれをはっきりと言えば、今やSNPを支持する、元労働党支持者の多くの考え方を変えるかもしれないという期待がある。これは、特に、議席を失いかねない現職の労働党議員にとっては、切実な問題だ。また、労働党が、SNPとの連携を否定しても、SNPは労働党を支持せざるを得ないという見方がある。もしSNPが労働党を支持しなければ、SNPが保守党の政権を生むことになる可能性があるからである。しかし、このシナリオどおりに動くかどうか、確かではない。

その一方、労働党が、SNPとは提携しないと言えば、スコットランドの有権者が労働党を「罰する」かもしれないという不安もある。

ミリバンドは、労働党とSNPの連携の可能性のために、イングランドでの支持率に影響が出るようなら、立場をはっきりとさせざるを得ないだろう。

保守党は、この「労働党とSNPの連携」を前面に押し出したポスターキャンペーンを始めた。「弱いミリバンド首相」を操るSNPの不安を有権者に訴えることで、保守党が政権を担当しなければならないと示す作戦だ。

SNPの急激な支持の拡大は、イギリス独立党(UKIP)に票を失っている保守党に光明を与えている。