女性教師を「ミス」と呼ぶのは差別?

筆者の妻はかつて刑務所で働いていたことがある。ロンドンの中心街に二人で出かけたとき、「ミス、ミス」と言う声が聞こえた。あたりを見回すと若い黒人の男が妻の方を向いて声をかけている。知らない人だった。すると妻が「元気?」と言った。そして二言三言話をした。

後で筆者が「知っている人?」と聞くと「刑務囚だった人よ」と言う。筆者はそのとき初めて刑務所では、刑務囚が女性スタッフを「ミス」と呼んでいると知った。 

小学校や中等学校でも女性は「ミス(Miss)」と呼ばれる。しかし、この「ミス」という呼び方は女性を蔑視している、男性の呼び方「サー(Sir)」とともに禁止すべきだという意見が出てきている。「ミス」や「サー」と呼ぶ代わりに児童生徒は教師をそれぞれのファーストネーム(姓名の名)で呼ぶべきだという。

「ミス」という呼び方は、かつて独身の女性が家庭教師や教師をしていたころの名残だそうだ。つまり、結婚するとその仕事をやめさせるような社会的圧力があったという。20世紀半ばに既婚女性が教職に復帰することが社会的に認められるようになったと言われるが、「ミス」という呼び方は残った。男性が常に「サー」と呼ばれるのと比べると女性が老若既婚未婚を問わず、「ミス」と呼ばれるのはおかしいというのである。

確かに既婚女性を「ミス」と呼ぶのは少しおかしいような気がする。また、「サー」は「ナイト(Knight、騎士・爵位)」の意味があり、「ミス」と「サー」とでは大きな差があるように聞こえる。しかし、ファーストネームを呼ぶようにするというのも少し行き過ぎのような気がする。ある女性教師はファーストネームで呼ばれることに反対する

ポリティカル・コレクトネス(PC)の観点も無視できないが、ちょうどよい新しい呼び方を探すのもそう簡単ではない。Mr XMrs Yという呼び方を使おうとすると、博士号を持つDr XProf Yはそういい気持ちがしないかもしれない (この「ミス」の議論は、教授がある中等学校に行って「ミス」と呼ばれて差別だと思ったことから端を発している)。またMiss X とMs Yをどう扱うか、また、結婚前と結婚後、配偶者の姓を名乗る場合ともともとの自分の姓を名乗る場合、結婚していないがパートナーがいる場合など様々なケースがある。姓がわからない場合にどう呼ぶかという問題もある。

日本のように男女を問わず「先生」と呼びかけられるのがよいように思われる。

英国のジャーナリスト魂

BBCで非常に厳しいインタビューをすることで有名なジェレミー・パックスマンが、その舞台となったBBC2テレビのニュースナイトという番組を降りることとなった。この番組は午後10時半ごろから始まるが、普通の人と同じように早くベッドに行きたいからだと言う。パックスマンはBBCのスタージャーナリストで、年俸80万ポンド(13600万円:£1170円)とも言われる。

パックスマンの有名なインタビューには、1997年に、内務大臣だったマイケル・ハワードに同じ質問を12回したというものがある。当時刑務所は内務省の管轄下だったが(現在は法務省)、刑務所から囚人が逃亡したことに対して、刑務所サービス長官にその意思に反して刑務所長をその地位から除くよう圧力をかけたかどうかという問題である。内務大臣にはその権限がないのに職分を超えて行動したのではないかという疑いがあった。

筆者はこのインタビューをちょうど見ていたが、その執拗な質問に驚いた。後にパックスマンは次に予定されていたものの準備が遅れており、他に何を聞いたらよいか思い浮かばなかったので何度も同じことを聞いたと漏らしたと伝えられるが、そのようなことが許されるのかと改めて驚いたことがある。

パックスマンには、米国の国務長官を務めたヘンリー・キッシンジャーがその質問に怒って席を立ったとされる事件もある。特にパックスマンが、米国がベトナム戦争を終結させるため1973年パリ協定を結んだ功績のためにキッシンジャーがノーベル平和賞を受賞したのを「詐欺のように感じたか?」と質問したことである。このような質問に慣れていない米国の政治家には厳しすぎたのではないかとみられた。 

英国のジャーナリストは国民の代わりになって聞きにくいことを聞くという職業魂があるようだ。BBCでは朝の人気ラジオ番組Todayのジョン・ハンフリーも厳しい質問をすることで有名だ。それ以外のジャーナリストも朝からそこまで突っ込むかという場面もある。女性ジャーナリストも例外ではない。

同じくBBCのエディ・メイヤーがロンドン市長ボリス・ジョンソンにインタビューしたときには、ジョンソンの将来の首相となる夢が消えたと多くの人が思ったほどだった。ジョンソンが若いころ、人の言葉をでっち上げて書いたことでタイムズ紙を解雇されたことや、保守党の下院議員時代に党首のマイケル・ハワードに自分の情事の噂を否定したがそれが本当だとわかり、影の内閣のポストを解任されたことなどを取り上げ、きちんと答えられないジョンソンに「あなたは卑劣な人じゃないですか」と言った。普通の政治家なら将来の首相になるなどという野心は消えるところであるがジョンソンは生き延び、いまなお、キャメロン後の保守党党首の最右翼候補である。 

BBCの政治部長ニック・ロビンソンの英国独立党(UKIP)のファラージュ党首に食い下がったインタビューもなかなかのものであった。外国人、特にEUからの移民が英国人の仕事を奪っているとファラージュが主張していることに対し、ドイツ人の妻を自分の秘書に雇っていることを質したものである。

また、ロビンソンのキャメロン首相へのインタビューでは、キャメロン首相がイギリスをEUの中に留めたいと考えているのに、EUに留まるかどうかを決める国民投票を2017年末までに行うと約束したことに対して、EUに不満を持つ有権者を「買収」しているのではないかと突っ込んだ質問をした。そして1年後の総選挙の結果、首相官邸を出ることになるかもしれないですねと言うと、普段は非常にスムースに答えるキャメロン首相が言葉に詰まり、非常に深刻な顔をして、それがデモクラシーだ、苦痛だがたいへんいいことだと答えた。

良しにつけ悪しきにつけ、このようなジャーナリスト魂が英国のジャーナリズムにある。