コービン労働党党首が、EU残留を支持する理由

労働党では、下院議員のほとんどが欧州連合(EU)残留支持で、離脱派は一桁しかいない。労働党支持者は、保守党とは異なり、大方が残留支持である。労働党は残留支持と言ってきたが、これまでジェレミー・コービン労働党首は6月23日のEU国民投票に対して積極的に発言してこなかった。しかし、コービンが、このたびイギリスはEUに残留すべきだと公式に発表した。

コービンは、これまでEUを民主的でないと批判してきた。また、1975年の欧州経済共同体(EEC)のメンバーシップの国民投票では離脱側に投票をしたことから、コービンは、本当はEU離脱支持ではないかと憶測されていたのである。

EU残留派と離脱派が拮抗した世論調査がかなり多く、あと10週間ほどの運動でどちらに転ぶか予断を許さない状態になっている。キャメロン首相らには、有権者の多くはキャメロン首相の「威光」の効果で、首相と政府の推薦する「残留」に投票する人が多いのではないかと見ていた向きがあったが、「パナマ書類」に含まれていた、キャメロン首相の亡父の設立したオフショアファンドの問題でキャメロン首相が大きく傷つき、有権者の評価でコービン労働党首よりも低い評価を受ける状態となっている。この中、労働党の支持者の投票がカギを握ると判断されており、コービン党首の積極的な「残留支持」が必要不可欠となっていた。

コービン党首の「残留支持」スピーチの中で、特に興味深いのは、その主な理由だ。イギリスがEUから離脱すると、EU内の規制を離れ、保守党政権が労働者の権利を大幅に捨て去ると主張した。確かに、キャメロン保守党政権では、2015年総選挙後、労働者のストライキを困難にしようとし、また、労働党の財政の多くを占める労働組合からの献金に規制をかけようとしている。

コービンは一方では、EUのこれまでの取り組みを批判し、労働者の権利について他の加盟国と協同して強化することが必要だと述べたが、EU内に残留することで、保守党政権の行うことに一定のタガを絞めようと考えているようだ。しかし、このようなEUの規制が、離脱派がEU離脱を求める強い動機となっており、これまでキャメロン首相らがEU改革を求めてきた一つの理由である。

コービンの「残留支持」を、キャメロン首相は歓迎し、労働党らと多くの点で考え方が異なるが、「残留支持」で同じ目的を持つと主張した。

残留支持側も、すべての人たちが、それぞれの目的に情熱を持って支持しているわけではない。気に入らない面もあるが、残留する方が、現実的、または安全などといった理由で支持している人が少なからずいる。コービンの場合もそれに似ているように思われる。

EU国民投票が曝け出した政治家の野心

イギリスが欧州連合(EU)から脱退するか留まるかを決める国民投票が6月23日(木)に行われることになった。2月19日夜、ベルギーのブリュッセルで開かれていたEU加盟国首脳会議で最終的に決まった合意の内容を聞いて、まず、キャメロン首相は、よくやったと感じた。

その数日前、キャメロン首相が、セキュリティ、ロシア対策、シリア問題対応などでEUは大切だと演説した。事前交渉が難航しているため、EUのメリットの力点を変化させているのではないかと感じた。EUの原則の変更に反対するフランスや、ポーランドなど東欧のメンバーがイギリスで働く国民の福祉手当の制限などを受け入れない姿勢を見せていたからだ。しかし、最終的に、これらの国らとの妥協が成立したのである。

今回の合意には、EU諸国からの移民が大きく減るなどの実際的な効果は乏しいと見られている。しかし、イギリスがEUの中で既に獲得していた「特別なステイタス」を強化し、そのEUとの関係をイギリスに有利に改善したことは明らかであり、その意味で、キャメロン首相の交渉は成果を上げたと言える。その効果は、むしろ長期的に出てくると見るべきだろう。

イギリスは、経済では、アメリカ、中国、日本、ドイツに次いで世界第5位、国連安全保障理事会の5常任理事国の1角であり、原子力潜水艦で常時核攻撃ができる体制を持つ世界第5位の軍事力を誇り、英連邦などの強い国際的な影響力があることを考えると、イギリスがEUを脱退することは、EUの世界に対するステイタスを弱め、また、EU内の開発援助を含め、EU財政に少なからず影響を与える。

しかし、このニュースに関連して焦点があたったのは、下院議員も務めるロンドン市長のボリス・ジョンソンである。ジョンソンが、国民投票で、EU脱退派にまわるか、キャメロン首相のEU残留派を支持するかで、国民投票の行方を大きく変える可能性があると見られていたためである。人気のかなり高いジョンソンの意見に多くの有権者が耳を傾けると見られており、ジョンソンがキャメロン首相の合意を批判し、EU脱退側に立ったことで、イギリスの通貨ポンドがさらに弱くなるなど経済への影響も少なからず出てきている。

キャメロン首相らは、ジョンソンの動きを自分が保守党党首・首相になりたいためだと主張し、ジョンソンの考え方が純粋なものではないと有権者にアピールする戦略に転じた。国民投票へ向けた残留派と脱退派の戦いは、まだ序盤戦であり、今後の展開を見る必要があるが、キャメロン内閣の主要閣僚5人をはじめ20人程度の政府内のポストを持つ政治家を含め、保守党下院議員の半分近くが脱退派に回っており、かなりの激しい戦いとなっていると言える。

ジョンソンは、2月21日に自宅で行った記者会見で、自分の考えを説明した。しかし、ジョンソンが確信を持っているとは感じられないような話しぶりだった。また、ジョンソンが、その「決断」にどうしてそのように時間をかけたのか、という疑問は残る。ジョンソンが、この間に他の人の意見を求める、もしくは何らかの世論調査を行った可能性があるが、脱退、残留のいずれの立場を取るのが自分に最も有利か天秤にかけたのは間違いないだろう。

もしイギリスがEUに残留という結果となれば、保守党下院議員に大きな影響力を持つオズボーン財相が、キャメロン首相の後継者となるレースでさらに有利となるのはあきらかだ。ただし、ロンドン市長を務め、シティのためにも、EUとの関係がスムーズなものである必要性をよく理解しているジョンソンにとって、キャメロン首相の合意は、EU28加盟国のうちユーロ圏に属する19か国の干渉からシティを守ることも含んでおり、それなりに大きな意義がある。それでも、自分が脱退側に回ることで生じる市場の混乱を軽視した動きは、ジョンソンが野心を持っていることを強く示している。さらに、国民投票の結果、イギリスがEUを脱退することとなれば、そのショックはかなり大きなものとなることが予測される。

長期的に見れば、EUを脱退しても、イギリスは政治的、経済的に十分対応できる可能性が高いと思われる。イギリスへの投資などが大きく減るのではないかという見方があるが、これらは思い切った税などの施策で対応できる可能性がある。一方、EU側が、影響力の少なくないイギリスを無視、もしくは冷遇できる可能性はあまりないだろうと思われる。ただし、イギリスとEUとの多分野にわたる交渉には時間がかかり、その過程で、多くの混乱があり、それらの景気に与える影響はかなりのものがあろう。

いずれにしても、今回のイギリスのEU国民投票は、歴史的にみれば、小さな出来事となるように思われる。ただし、次期総選挙前に退く予定のキャメロン首相にとっては、後世の評価を決めるものである。オズボーン財相にとっては、自分がキャメロン後の保守党党首・首相の座を確保できるかどうかの試金石であり、ジョンソンにとっては、この国民投票で、オズボーンを乗り越えられるかどうかの起死回生ともいえる大逆転を狙うものである。しかし、ジョンソンの「決断」は本当にイギリスのためを思ってのものだろうか?ジョンソンが胸に手を当てて、本当に自分が信じたものと確信を持って言えるかどうか疑問に思われる。政治家の野心は、時に当の政治家を超えて独り歩きし始めるように思われる。