EU離脱のマイナス効果

オズボーン財相が、4月18日、財務省のエコノミストの分析に基づき、イギリスが欧州連合(EU)を離脱すれば、イギリス経済は2030年までに6%縮小し、そのマイナス効果は、一家族当たり、年に4300ポンド(65万円:£1≒150円)と主張した。

これらの数字だけを聞けば、非常に大きなマイナスだと感じられるが、オズボーン財相の目的は、そのような印象を与えることである。実際には、イギリスがEUに残留する場合と離脱した場合には2030年までに6%の差が出てくる可能性があり、また、その差は、一家族当たり4300ポンドとなるとの計算である。家族の所得がそれだけ減るわけではない。また、これは、多くの仮定に基づいたものであり、確実にそうなるというものではない。つまり誤解を招くようにする目的があるのである。その必要があるような状況になっていること自体、遺憾な事態であると言える。

確かに、イギリスのEU離脱には多くのマイナス面がある。イギリスの人口は6500万人ほどであるのに対し、イギリスを除いたEUの人口は5億人ほど。イギリスの輸出の44%はEU向けであり、一方、EUからイギリスへの輸入は8%足らずである。イギリスはその輸出先としてEUにかなり依存している。そのため、離脱の場合、EUとの貿易協定などを新たに結ぶ必要がある。カナダとEUとの貿易協定の前例があるではないかとの声もあるが、この貿易協定締結までには7年かかっており、2年間の移行期間中には、難しいかもしれない。なお、ゴブ法相の主張するような「自由貿易地域」で欧州の市場に完全にアクセスできるが、規制を受けないという考え方は、非現実的である。

さらに、イギリスは、EUの貿易交渉に大きく依存しており、そのEU離脱の影響は、対EUだけに留まらない。カナダには、経験豊富な人材がいたと言われるが、イギリスにはそのような人材が不足していると思われる。

いずれにしても、オズボーン財相は、EU離脱はイギリスに大きなマイナスだと主張する。しかし、このEU国民投票そのものはキャメロン首相とオズボーン財相が生み出したものである。オズボーン財相は、イギリスの財政への危険を少なくしようと、財政赤字を2020年までに無くし、国の債務を減らす必要があるとするが、このEU国民投票のような「賭け」で国の将来に大きな危険を招く可能性を生み出すのは、その本来の目的に反しているように思われる。

一方、イギリスの景気は悪化している。NIESRによると、2016年第一四半期の経済成長は0.3%で、その前の2015年第四四半期の半分だ。他の指標も軒並み下がっている。中央銀行のイングランド銀行の金融政策委員会によると、EU国民投票による不確かな経済環境でポンドは下がっており、ビジネス判断が先延ばしになっている、企業の借入需要の減退、また、商業物件の取引が大きく下がるなどの状況が生まれている。

イギリス経済はEU国民投票のためにマイナスの影響を受けている。また、オズボーン財相が指摘するような危険があるのなら、これらの政治家が国の将来を本当に憂えているというよりは、自分たちの政治的な目的を達成するために、危険な賭けに出ていると言われてもやむを得ないだろう。

コービン労働党党首が、EU残留を支持する理由

労働党では、下院議員のほとんどが欧州連合(EU)残留支持で、離脱派は一桁しかいない。労働党支持者は、保守党とは異なり、大方が残留支持である。労働党は残留支持と言ってきたが、これまでジェレミー・コービン労働党首は6月23日のEU国民投票に対して積極的に発言してこなかった。しかし、コービンが、このたびイギリスはEUに残留すべきだと公式に発表した。

コービンは、これまでEUを民主的でないと批判してきた。また、1975年の欧州経済共同体(EEC)のメンバーシップの国民投票では離脱側に投票をしたことから、コービンは、本当はEU離脱支持ではないかと憶測されていたのである。

EU残留派と離脱派が拮抗した世論調査がかなり多く、あと10週間ほどの運動でどちらに転ぶか予断を許さない状態になっている。キャメロン首相らには、有権者の多くはキャメロン首相の「威光」の効果で、首相と政府の推薦する「残留」に投票する人が多いのではないかと見ていた向きがあったが、「パナマ書類」に含まれていた、キャメロン首相の亡父の設立したオフショアファンドの問題でキャメロン首相が大きく傷つき、有権者の評価でコービン労働党首よりも低い評価を受ける状態となっている。この中、労働党の支持者の投票がカギを握ると判断されており、コービン党首の積極的な「残留支持」が必要不可欠となっていた。

コービン党首の「残留支持」スピーチの中で、特に興味深いのは、その主な理由だ。イギリスがEUから離脱すると、EU内の規制を離れ、保守党政権が労働者の権利を大幅に捨て去ると主張した。確かに、キャメロン保守党政権では、2015年総選挙後、労働者のストライキを困難にしようとし、また、労働党の財政の多くを占める労働組合からの献金に規制をかけようとしている。

コービンは一方では、EUのこれまでの取り組みを批判し、労働者の権利について他の加盟国と協同して強化することが必要だと述べたが、EU内に残留することで、保守党政権の行うことに一定のタガを絞めようと考えているようだ。しかし、このようなEUの規制が、離脱派がEU離脱を求める強い動機となっており、これまでキャメロン首相らがEU改革を求めてきた一つの理由である。

コービンの「残留支持」を、キャメロン首相は歓迎し、労働党らと多くの点で考え方が異なるが、「残留支持」で同じ目的を持つと主張した。

残留支持側も、すべての人たちが、それぞれの目的に情熱を持って支持しているわけではない。気に入らない面もあるが、残留する方が、現実的、または安全などといった理由で支持している人が少なからずいる。コービンの場合もそれに似ているように思われる。