住宅取得印紙税報道(The Times’ Stamp Duty Report)

タイムズ紙が住宅取得にかかる印紙税の問題を8月6日のトップ記事とし、また社説でも取り上げた。この問題は、それ以外のメディアでも取り上げている。

英国人にとって、住宅は非常に大きな関心事である。住宅は、短期的には価格の上下があるかもしれないが、長期的には上がると考えられている。この原因の一つには、住宅が不足していることがある。建設許可制度が厳しく、キャメロン政権が経済成長のためにそれを緩和しようとしても保守党内部からも反対があり、遅々として進まない。

英国人の住宅への「執着」は、例えば、ドイツ人と対照的だ。ドイツでは借家が多いが、英国では持ち家が多い。

英国では、初めて住宅を買う人たちのことがよく話に上る。住宅の価格が上がりすぎて、最初の家が買えないというのである。

これは、最初の家を小さくとも何とかして購入し、しばらくするとその価値が上がるので、その上がった価値をもとにさらに高価な家を買い、そしてさらに高価な家へと移っていくことを想定している。そして子供が成長して家から出て行くと家のサイズを小さくしていく。家を年金の原資と考えている人も多い。

しかし、最初の家が買えないと、最初のきっかけがつかめないことになるので多くの人がそれを問題視するのである。

そのようなことから、英国では、住宅にかかる印紙税にはその富の大きさに関わらず注目する傾向がある。

まずは、現在の英国の住宅にかかる印紙税がどうなっているか見てみよう。6つの区分がある。

税率 住宅購入額
0% £125,000(1875万円:£1=\150)以下
1% £125,000を超え£250,000(3750万円)以下
3% £250,000を超え£500,000(7500万円)以下
4% £500,000を超え£1million (1億5千万円)以下
5% £1millionを超え£2million(3億円)以下
7% £2millionを超えるもの

このうち、2012年度では、723,829の住宅が購入され、そのうち、税率が3%以上、すなわち25万ポンド(3750万円)を超える住宅が182,692で、全体の4分の1を占めた。ロンドンでは、特に住宅の価格が高く、購入された住宅の3分の2近くの印紙税が3%以上である。

さて、タイムズ紙は、いわゆる高級紙の一つで、専門職や中流階級の読者が多い。その読者の関心のありそうな記事をトップに載せるのは当然とも言える。

この記事のもとにした分析は、納税者同盟(Tax Payers’ Alliance)という組織のものであるが、これは、労働党政権時代に政府の無駄遣いを攻撃するために作られた。税金を下げることを標榜し、その支援者には、より自由な経済活動を標榜する人が多い。つまり、ある程度の資産のある人が中心となっている。納税者同盟は、現在の印紙税は高すぎると判断している。

一方、この記事の中で不動産仲介業者のコメントも紹介し、高い印紙税が、住宅の売買を妨げているという。もちろん住宅の売買が活発化すれば、不動産会社は望ましいだろう。

ただし、英国の住宅価格は今年初めから上昇している。直近のハリファックスの報告にもそれは見られる。1年前に始まった、政府とイングランド銀行の金融機関への安いローン(Funding For Lending)や、住宅購入への政府の住宅ローン保証制度などの効果が出てきている。さらに来年1月から始まる、より広範囲の人が利用できる制度(Help to Buy)は3年間の期間限定の予定であるが、前イングランド銀行総裁が、この制度を無期限にしないようにと住宅ブームの過熱する可能性を警告した。同様の見方を持つ人は多い。

現状を考えると、印紙税の制度は、もし過熱すれば一定の歯止めをかける上で有効であり、かつ税収増も期待できるので現在の経済状況下では望ましいのではないかと思われる。

タイムズ紙は、印紙税のかかる、それぞれの住宅価格区分の最低額を上げるか、もしくは、制度を変えて、例えば、100万ポンドの家を購入しても、最初の12万5千ポンドは0%、次の12万5千ポンドは1%、次の25万ポンドは3%、そして次の50万ポンドは4%という具合にしてはどうかという専門家の見解を紹介している。ただし、現在のレベルの住宅価格上昇に拍車をかけるような住宅取得印紙税軽減は現実的ではないだろう。

もちろんタイムズ紙の経済・住宅関連担当者はこれらのことを十分理解していると思われるが、それでも、この納税者同盟のストーリーがトップとなった。英国人の注目を浴びるからだと思われる。

政策のタイミング(Policy and It’s Timing)

政策にはタイミングが重要である。オズボーン財相の3月20日の予算で政府の景気刺激策の中心に住宅政策を置いたが、この政策が結果を出す可能性がかなりあるように思われる。

4月3日に発表されたイングランド銀行の金融機関信用状況概観によると、2013年第1四半期の住宅ローンの金利が下がっており、第二四半期もさらに下がる見通しだという。中には記録的に安くなっているものもあるそうだ。

この原因は、イングランド銀行と政府が、800億ポンド(11兆6千億円)で、2012年8月にスタートした「貸すための資金拠出スキーム(Funding for Lending Scheme)」で、個人や小さな企業への融資を維持または、増加させれば、金融機関は、無制限に金利0.25%で借りられる制度の効果だと見られている。特に、この機会を利用して、市場占有率を増やそうという比較的小さな住宅金融組合が積極的だと言われる。

オズボーン財相の住宅政策は、Help to Buyと呼ばれる。住宅市場は経済効果が大きいが、オズボーンの政策の中心は以下の二つの政策である。

  • 新住宅の価格(最大限60万ポンド(8700万円))の住宅ローンの20%まで政府が5年間無利子で貸し付ける。5%の自己資金があれば申し込める。35億ポンド(5千億円)の政策で、13万人に適用されるこの見込み。申込者は、セカンドハウスではないと言う必要がある。4月1日から3年間適用される。
  • 既存の住宅を含め、住宅価格(最大限60万ポンド)の20%まで7年間政府が保証する制度。総額1300億ポンド(19兆円)の政府保証で55万件の見込み。2014年1月から3年間適用される。

英国の住宅市場は、他の国と異なる点がある。まず、住宅の不足が大きな問題となっている。住宅建築許可は極めて厳しく、建てられる場所がかなり限定されているために、住宅供給がなかなか増えない。

次に英国人には住宅を所有するという夢があるが、住宅の価格が高くなりすぎて、一般の人の手に届かない価格となっている。イングランドでは、平均の住宅価格は、256,995ポンド(3700万円)である。しかし、住宅価格は、過去若干の上下はあったものの、長期的に見ればかなり上がっており、借りて家賃を払うよりも、将来の値上がりを見込んで、購入した方がよいと考える人が非常に多い。つまり、潜在的に買えれば買いたいと考えている人がかなり多い。

一方、かつては、住宅価格の100%や110%などを貸し付ける時代もあったが、今では、家の価格の20%から25%程度の手持ち金を必要とされるものが増え、一般の人には手が出にくくなっている。これらの阻害要因を政策的に緩和し、住宅市場を活性化することで、経済全体に刺激を与える原動力としようというものである。

実は、これまでにも以下のような住宅政策が試みられたが、うまくいかなかった。そこでオズボーン財相の打ち出したものはこれらを増強したものである。

  • First Buy:2万7千の購入者を支援する予定であったが、これまで6,493件だけであった。
  • New Buy:10万件を支援する予定であったが、これまで支援したのは1,522件のみだった(以上タイムズ紙Bricks & Mortar 2013年3月22日)。

First Buyも New Buyもターゲットが狭かったのに対し、今回の政策はターゲットがかなり広くなっている。しかも、住宅ローンを借りる先の金融機関の審査はあるものの政府の同様の政策にあるような申込者の年収の制限もない。

しかもこれらは、慎重な銀行や住宅金融組合に貸し出しを促す効果もある。

なお、他の住宅市場活性化対策として以下のようなものも予算発表に含まれた

  • 2015年までに、手頃な価格の住宅を1万5千件建設。
  • Build to Rent 政策の資金を5倍にする。
  • 公共住宅のRight to Buy の条件の緩和。これまで最低5年住む必要があったが、それを3年とし、価格割引の最高をロンドンで7万5千ポンドから10万ポンドにアップ。
  • 年金を使って、商業用物件をフラットなどの住宅に替えるプログラムの協議を開始する。商業用物件などに投資されている年金ファンドを使って住宅を増やす効果もある。

いくら画期的な政策を打ち出しても、それが効果を生みそうな状況とならないとなかなか結果が出てこないように思われる。その点で、住宅ローンの金利の低下に併せたオズボーンの政策にはある程度結果が出てくる可能性が高いのではないかと思われる。