なぜイギリスの住宅市場は過熱しているのか?

イギリスの住宅価格が高騰している。統計局(ONS)によると、3月末までの1年間でイギリス全体の住宅価格が8%、ロンドンで17%アップしたという。経済が回復している中、住宅ブームがその最大のリスク要因であると見られており、その対策が急務だ。 

それではなぜ、イギリスの住宅価格が高騰しているのだろうか?

住宅価格高騰の原因 

まず、イギリス人の住宅に対するメンタリティーを理解する必要があるだろう。イギリス人は持ち家を好む。統計局によると、イングランドとウェールズの持ち家率は1918年時に23%であったが、197150%まで上がった。そして2001年国勢調査時に69%を記録し、2011年には64%に下がった。EUの統計ではイギリスは2007年に73.3%のピークを迎えたという。

持ち家が好まれる理由は、住宅価格は短期的には若干の価格の上下があるにしても、長期的には価格が上がると考えられていることがある。日本では家が古くなると価値が減少すると考えるが、イギリスでは必ずしもそうではない。イギリス人にはもともと古いものに価値を見出す傾向がある。

つまり、家を借りて家賃を払うよりも、住宅ローンを借りて毎月支払いをすれば、長期的には資産となり、しかもその住宅の価値が上がり、有利だと考えられているのである。

ただし、住宅ローンを借りて住宅を購入する場合には、かなりの自己資金が必要なため、すぐに購入できるわけではない。それでも住宅を買えれば、その価値が次第に上昇していくので、それをもとに次々に大きな住宅に買い替えることができることとなる。イギリスではこれを「住宅階段(Housing ladder)」とよく言う。つまり、最初の住宅を買うことが、階段を上がり始める第一歩となるので非常に重要である。

次に、現在の住宅市場を取り巻く環境を考える必要があるだろう。

イギリスの経済が世界金融危機前の2007年並みに回復してきた。雇用が増大し、失業率が下がり、しかも賃金が上昇してきた。多くの人たちが今後の経済の行方に自信を持ち始めてきている。

ロシアの経済制裁、ウクライナ危機などで、これらの地域からロンドンに避難してきている資金がある。さらに確実に価格が上昇すると見られている住宅を中東やアジアを含めて外国人が投資対象としてみる傾向が強まっている。

さらに政府のHelp to Buyと呼ばれる政策である。これは、60万ポンド(約1億円)までの物件に対して、5%手持ち資金があれば、政府が15%から20%までを保証する仕組みで、貸し手である銀行や住宅金融組合などのリスクを下げ、より安く借りられる。

2012年の住宅市場の低迷を受け、住宅市場に刺激を与えるために設けられた。住宅市場は、景気刺激の波及効果が大きいことに注目したものである。当初から住宅供給が乏しいのにこのような政策手段を打てば、住宅バブルが発生する可能性があると指摘されていた。

なお住宅供給不足については、今年3月までの1年間で11万軒余りの新築住宅が建設された。しかし、人口増を考えると1年に25万軒が必要と言われ、必要な数の半分にも達していない。これは歴史的な傾向で、イギリスには慢性的な住宅不足の問題がある。

このHelp to Buyの効果が予想外に早く出始めた。実際にはこの制度を使った住宅購入の数はそう多いわけではないが、買い手の期待が上がりすぎ、また売り手が強気になり、買い手は、早く買わねば、手が届かなくなる、後れをとるという心理が出てきて、住宅価格が急上昇するという状況となっている。 

ロンドンでは現在、売り手の提示価格は、週に平均で4,400ポンド(75万円)上昇していると言われる。 

イングランド銀行の対応

このため、住宅価格の高騰のし過ぎを警戒したイギリスの中央銀行であるイングランド銀行のマーク・カーニー総裁は、この原因はイギリスの住宅供給が遅れていることにあるとし、カーニー総裁の出身国カナダでは、人口が英国の半分ほどであるのに毎年イギリスの2倍の新築住宅が建築されていると指摘した。

イングランド銀行には、政策金利を設定する金融政策委員会(MPC)に加えて、金融の安定性を高める目的の金融安定委員会(FPC)が設けられたが、オズボーン財相は、イングランド銀行に既に与えた手段を使って住宅の過熱を防ぐ手段を取るよう求めている。

すでにMortgage Market ReviewMMRという仕組みで426日から制限が加わっている。さらに6月にFPCが住宅の価格に対する借り手の年収の割合を厳しくするのではないかという見方が強まっている。カーニー総裁が年収の4.5倍や5倍という例を挙げて警告したことだが、特にロンドンでは、典型的な住宅が459,000ポンド(7,800万円)で、典型的な年収は35,000ポンド(約600万円)であり、13倍にもなっている。

現在、政策金利は0.5%で20093月以来据え置かれているが、それが今後ともに継続すればやっていけても、それが上昇すれば困難に陥る人が77万人いるという。なお、1997年の総選挙後にイングランド銀行の金融政策委員会が政策金利決定の権限を与えられたが、1998年から2007年までの政策金利の平均は5%ほどである。金利が上がってもやっていけるかどうかの査定をMMRで既に実施しているが、それをさらに厳しくするのではないかとみられる。 

さらに貸し手の銀行や住宅金融組合の自己資本比率を増やすなどのマクロプルデンシャル策も検討されているようである。

さらにHelp to Buyの上限を大幅に引き下げる、縮小することなどをオズボーン財相にアドバイスするなども考えられる。

カーニー総裁は、政策金利を上げることは最後の手段としている。これには金利が上がれば苦境に陥る人がいる上、経済全体に悪影響があるという問題がある。なお、住宅を現金で買う人は全体の3分の1いると言われるが、こういう人たちには政策金利を上げても直接の効果はない。 

大幅な住宅の建設をすれば、もちろん効果があるだろう。現在の住宅ブームは、需要に比べて供給が少ないことが原因である。キャメロン政権では、15千軒のガーデンシティ建設を発表した。しかし、このようなガーデンシティを建設することもイギリスではそう簡単ではない。 

結局、試行錯誤を重ねながら、少しづつ取り組んでいくしかないようである。

政治で景気を左右できる?

英国の経済が好調と言える状況だ。数字を見ると以下のようなこととなる。

  1. 賃金の上昇率1.7%(12月から今年2月)がインフレ率(CPI:消費者物価指数)1.6%をやや上回った。
  2. 失業率(12月から今年2月)が過去5年間で最低水準の6.9%まで下がった。中央銀行のイングランド銀行の総裁が就任当初、利上げの目安とした7%を下回った。
  3. これらのデータを受けて英国の通貨ポンドは米ドルに対して4年ぶりの高値を記録した。

ただし、賃金は2008年以来、実質で10%近く下がったことを考えると、景気が上昇傾向となったと言っても明るい要素だけとはいいがたい。特にボーナス分を除くと賃金上昇率は1.4%でインフレ率を下回る。さらに英国で伝統的に使われているRPI(小売物価指数)は、家賃や住宅ローンの支払いなども含み2.5%。

さらに失業率についても、就業者数239,000のうち通常のフルタイムは44,000のみである。

これらから見るとオズボーン財相のまだすべきことが多いというコメントは妥当なものと言えるだろう。野党労働党の「生活費危機」のキャンペーンはまだまだ続く。オズボーンの財政経済政策、特に財政削減が経済成長を遅らせ、その結果、賃金の目減りを招き、生活費危機を招いたというのである。

今回の経済指標の発表で、年内、もしくは来年早々にも金利が上がる可能性が指摘されている。しかし、20155月の総選挙前に金利が上がると、多くの影響が出る可能性がある。特に昨年から住宅価格が急上昇しているが、住宅ローンの負担が大幅に増加する可能性がある。キャメロン首相の保守党はそのような事態は避けたいだろうが、景気がもし過熱するとイングランド銀行の金融政策委員会がそういう判断をする可能性がある。

現在の景気は、かなりの程度、住宅価格の上昇と消費に支えられており、均衡のとれた経済発展のための製造業や輸出産業などはまだ弱い。3月のオズボーン財相の予算でもこれらの産業に重点的な配慮をしたが、消費頼みの構造は変わっていない。

IMF2014年の英国の経済成長予測では、アメリカの2.8%を上回り、G7のトップの2.9%の見通し。ちなみに日本は1.4%の予測である。ただし1年余り前には景気後退が心配されており、IMFがオズボーン財相に財政経済政策を変更する必要があると警告したことから見ると、IMFの予測に頼るのは必ずしも賢明ではないかもしれない。

経済が順調に成長していくように、しかも過熱しすぎないようにうまく手綱を取っていくのはそう簡単なことではない。特に来年5月の総選挙を控えている中ではそうだ。